大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ThinkPadに見る、変わらぬデザインと堅牢性の「進化」
~「ThinkPad Reserve Edition」を日本で初公開




 ThinkPadの四角くて、黒い基本デザインは、象徴的なものといえる。このデザインに対するこだわりは、他社にはないものだといっていい。また、IBM時代からこだわった堅牢性、信頼性は、レノボになったいまでも確実に継続されていると同社では説明する。

 ThinkPadのこだわりについて、デザインと機構設計の面から探ってみた。

●60種類以上の試作品が作られたトラックポイント

 ThinkPadのデザインコンセプトは、'92年に、イタリア・ミラノ在住のデザイナーであり、IBMのデザインコンサルタントのリチャード・サッパー氏によって定められている。

 外観はシンプルなものであり、効率的な形状。そして、ソフトブラックの塗装、それと対比される赤いトラックポイントを持つというものだ。

 「米国の会社と、日本の開発拠点、欧州のデザイナーが同じ方向性を持って考えた、世界で通用するコンセプト。それがThinkPadのデザインコンセプトといえる」と語るのは、レノボ・ジャパンの研究/開発 デザインスタッフデザイナーの嶋久志氏。'89年に日本IBMに入社以来、一貫してThinkPadのデザインに携わり、Z60シリーズ以降は、ThinkPadのデザインチームのリーダー的役割を果たしている。

IBMのデザインコンサルタント リチャード・サッパー氏 レノボ・ジャパン 研究・開発 デザインスタッフデザイナー 嶋久志氏

 「シンプルな外観を開くと、数多くの興味深い機能が満載されている。それは日本の松花堂弁当のようなもの」と嶋氏は語る。ThinkPadのデザインを語るとき、必ず出てくるのがこの松花堂弁当の例えである。

 箱の外観はシンプルだが、開けてみるとそこには開けたものに驚きを与える。ThinkPadのデザインは、そのシンプルさと驚きをベースに作られているのだ。

 ThinkPadのデザインの考え方は、「形状は機能に従う」、「形状+機能が良いデザイン」というものだ。機能性だけを追求したもの、あるいは形状だけを追求したものはどちらも良いデザインとはいえない。企業のユーザーが使うためのノートPCとしての機能を追求し続けたThinkPadだからこそ、あの形状が生まれたというのがレノボの説明である。

 形状と機能へのこだわりは、ThinkPadの最大の特徴であるトラックポイントの取り組みでも明らかだ。

 トラックポイントは、その形状を決定するまでに60種類以上もの試作品が作られたという。大きさの違うもの、まわりにカバーがあるもの、丸や三角の形状のものなどさまざまである。さらに、形状と大きさが決まった後には、同様に60種類にもおよぶ硬度の試作品が作られたという。

トラックポイントの試作品の数々 形状が決まった後に硬度でも60種類程度を試作

 「女性が使いやすい形状や硬度はどれか、また、国によって異なる嗜好のなかで、どれが最適かを考えた末に生まれたのがトラックポイント」だという。

 初期のトラックポイントの登場以来、進化を遂げてきたトラックポイントだが、「決して、いまのままでいいと思っていない。まだまだ使いやすさを追求する」と語る。トラックポイントはまだまだ進化を続けることになる。

●5年後を見据えるアドバンスド・デザイン

 では、ThinkPadのデザインはどのようなプロセスを経由して完成するのだろうか。

ThinkPadのデザインのほとんどは大和事業所で行なわれる

 ThinkPadのほとんどのデザインを担当する大和事業所では、次のようにしてデザインを完成させていく。

 まず最初に取り組むのは、デザインではなく、市場の定義を明確化し、ユーザー情報や競合商品に関する理解を共有することだ。市場や顧客の状況を掌握し、その上で、コンセプト・デザインの開発に取りかかる。さらに、コンセプト・デザインをもとにして、設計を洗練。ここで再度、ThinkPadユーザーや非ユーザーの反応などを調査した上で、市場の状況を改めて確認し、デザインの見直しに着手する。その繰り返しを経たのちに、評価と妥当性を検証し、実際の商品化につなげる。

  「デザインにおいては、ユーザー・エクスペリエンス・デザインの手法を用いている。ユーザーが実際に手に触れてみて、必要と思えるデザインを採用する。なぜ、ここでこんなデザインをしているのかといった理由が、廃棄する直前にでも理解されるのであればありがたい」と、1つ1つのデザインにもこだわりを持っていることを示す。

 一方、アドバンスド・デザインと呼ばれる将来に向けたデザインに対する取り組みも同時並行的に行われている。いわば、デザイナーの頭の中にあるアイデアを視覚化し、それを5年後のデザインへとつなげる取り組みだ。

 ここでは、テーマを設定したブレインストーミングから始まり、アイデアスケッチを経て、クイックモデルの製作、外観モデルの製作を行なったのちに、構造(堅牢性や信頼性)を考慮したモデルが製作される。そこから得られたノウハウを再度フィードバックして、さらに完成度の高いデザインへと高めていく。

 最近のアドバンスド・デザインでは、ThinkPadのペリフェラル製品のデザインについて、いかに使いやすいものを創出するかといったテーマでの検討が進められたほか、ディスプレイを開くとキーボードが前方にせり出す構造のノートPCのデザインなどがあったという。「アドバンスド・デザインによって検討されたテーマは、2005年からの3年間でも10案件以上にのぼる。それぞれに約10種類程度の実物大の試作品を作って検証している」という。

 8月末には、中国・北京のデザインチームが提案したノートPCとデスクトップPCが融合した新たなデザインについての検討をはじめ、次世代のデザインについての情報交換が、大和事業所で行なわれる予定だ。

アドバンスド・デザインで作られた開けると前にキーボードが前にせり出す機構 中国のデザインチームが提案した新たなPCのデザイン

 「IBM時代と、レノボになってからの違いは何かといえば、PC専業メーカーとなったことで、PCのデザインに関しても、より積極的な投資を行なえるようになったこと、そして、日本、米国、欧州に加えて、中国のデザインチームも参加することができるようになり、より多様性が発揮できるようになったこと」と嶋氏は語る。

●ThinkPad Reserve Editionの日本での発売はあるか

 こうしたデザインチームの発想の中から生まれたのがThinkPad Reserve Editionである。

 ThinkPad Reserve Editionは、ThinkPad X61sをベースに製品化されたプレミアム製品だ。

 一見すると、ハードウェア本体をレザーのカバーでくるんだようにしか見えないが、レザー部を本体の一体成形とし、ラッチ部分やアンテナ部も一体化した形で、デザインされた格好でレザー部の穴が開いている。レザーは、北海道に本拠を持つ馬具、革製品として世界的に著名なソメスサドルが担当。「世界中のメーカーの中から選んだもの。リチャード・サッパーが、その仕事ぶりに関心しているほど」と語る。

ThinkPad Reserve Edition レザーにはLenovoのロゴ レザー部はソメスサドルが担当
ラッチ部やアンテナ部もレザーは一体成形となっている ThinkPad Reserve Editionのロゴ ThinkPad Reserve Editionを開いたところ

 ターゲットは企業経営者などエグゼクティブ。単にプレミアム製品として販売するだけでなく、24時間安心して利用できるようなサービスまで提供するというものだ。「愛着を持って使ってもらうということを狙った付加価値型の商品」(レノボ・ジャパンの石田聡子執行役員)という。

 梱包されている箱にもこだわりがある。箱を開くと、梱包箱を開くと、まずは白い梱包が表れる。黒いThinkPadからは異質な雰囲気だ。さらにこれを開けると、中央にトラックポイントをイメージさせる赤い丸を配したデザインの梱包が現れる。そして、いよいよ製品が出てくるという仕組みだ。

ThinkPad Reserve Editionの梱包箱 開くと中も白い箱となっている それを開けるとトラックポイントを模したデザイン

 ThinkPad Reserve Editionは、すでに北米および欧州で販売を開始しているが、日本での販売については、現時点では未定だ。

 レノボ・ジャパンの石田聡子執行役員は、「北米で販売している価格では、日本のユーザーがどの程度購入してくれるのかが読めない。そのため、日本での導入には慎重にならざるを得ない。だが、今年(2007年)10月には、ThinkPadが誕生から15周年目を迎える。その記念モデルとして、ThinkPad Reserve Editionを日本に導入する可能性はある」とも語る。

 日本で販売された場合、ThinkPad Reserve Editionの価格は、少なくも50万円以上にはなりそうである。

 同社のブランド価値を高める製品としての位置付けを担うことになりそうだが、果たして、どの程度の台数を日本向けに用意するのだろうか。

●カラーバリエーションはあるのか?

 ところで、今後、ThinkPadのデザインはどうなるのだろうか。

 嶋氏は、これまでのThinkPadのデザインを「洗練進化」という言葉で示しながら、「これからも洗練進化していくことは変わらない」と語る。

 四角いデザイン、ブラック塗装という基本的なデザインは、ThinkPadの発売以来変更はないといっていい。一部で別カラーの製品が登場した経緯や、キーボードレイアウトや、ロゴの位置などにも一部変化があったものの、ここまで基本デザインに変更がないノートPCは珍しい。

ThinkPadの製品ラインアップと機能

 だが、'92年に登場したThinkPadと、現行のThinkPadを見比べてみると、明らかにデザインが進化している。

 「これからもThinkPadのイメージを乱さない形で進化を遂げる。イメージを乱さない範囲であれば、丸みを帯びたものや、カラーバリエーションの提案なども考えられる。私は、むしろカラーバリエーションには挑戦してみたい」と、嶋氏は意外なコメントを発する。ユーザーの要望さえあれば、ThinkPadのカラバリもないわけではなさそうだ。

 同社では、全世界を対象に、ThinkPadに対するイメージ調査を定期的に実施している。そこで、ThinkPadに欠けているとされるものを、次期製品のデザインや機能の中に取り込んでいくという試みを繰り返している。

 「パイオニアというイメージが欠けているという結論がでれば、それを補完するデザイン要素はなにかを抽出して、モックアップとして形にする。これによって、デサインの進化を図っている」という。

 こうしたデザインに対する取り組みの積み重ねが、ThinkPadのデザインとそこから醸し出すイメージを進化させているのだ。

 「s30を発売した時にように、多くのユーザーが期待していたことに対して、期待通りの製品を出せるThinkPadであり続けたい」と嶋氏は語る。

 複数の国のデザイナーが参加する多様性、PC専業メーカーとしてPCへのデザイン投資を拡充することができる強みを活かして、ThinkPadのデザインはますます進化することになるだろう。

●素材を材料メーカーと共同で開発する強み

 一方、ThinkPadの信頼性および堅牢性を実現する機構設計に対する取り組みはどうだろうか。

 レノボ・ジャパンの大和事業所には、日本IBM時代からThinkPadの設計、開発に携わってきた技術者たちが、引き続きThinkPadの設計、開発に取り組んでいる。その手法は、従来と変わらない。

 レノボ・ジャパンのノートブック開発研究所サブシステム技術プラットフォーム機構設計担当・大谷哲也氏は、「ThinkPadの基準を維持するための開発、設計、そして試験については妥協を許さない。それが、ThinkPadのプラットフォーム機構設計における他社に勝る堅牢性、信頼性につながる」と語る。

 同社では、筐体を構成する部品材料、素材の開発においては材料メーカーと協業で開発。また、液晶やキーボード、HDDといった主要コンポーネントも関連部門や供給メーカーとの協業によって開発しており、これによって、ThinkPadの品質を高めることに成功している。

 例えば、CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)では、ThinkPad 700/750から、内部のフレーム部材にいち早く採用。2005年のThinkPad Z60tでは、水に浮く筐体を実現することに成功した。このCFRPは、第5世代と呼ばれ、筐体上部(天板側)に、複数のCFRPを重ねた間に低比重の発泡材を挟み込むことで軽量化と堅牢性を実現したという。

レノボ・ジャパンのノートブック開発研究所サブシステム技術プラットフォーム機構設計担当 大谷哲也氏 CFRPの開発経緯。ThinkPadの歴史はCERPとともにあるという

 これも素材メーカーとの緊密な協業関係によって実現したものである。

 「ThinkPadの歴史は、CFRPとともにあったといっていい。軽量で、高剛性を実現し、衝撃吸収性に優れ、成形の自由度が高いCFRPによって、ThinkPadは大きく進化した」

第5世代のCFRP。これが浮かぶ筐体を実現している 【動画】筐体が浮かぶ様子。右が第5世代のCFRP

 一方、ThinkPadのモノづくりの中でもこだわっているのが、ユーザーの声を反映するという手法だ。

 その手法を裏付けるこんな逸話がある。

 米国のある高校では、全校でThinkPadを導入していたというが、その不良発生率は平均の10倍以上に達していたという。そこで、2004年春、大和事業所のエンジニアが実際に同校など複数の高校、大学を訪問して、利用状況を調査した。実態調査の結果、ThinkPadを校内のあらゆる場面で活用する実態が掌握できた一方で、ThinkPadが入った鞄の上に別の鞄を乗せたり、ThinkPadのHDDに収めている音楽を聞くために、サスペンドさせずに自転車のかごに乗せて走るというような、想定外の使い方がされていることがわかったという。

 そこで、ThinkPad Roll Cageによって、ボードなどのコア機能部分や、ディスプレイなどを衝撃から保護したり、HDDを衝撃から守るために対衝撃性機構の採用や、ラバー製のショックアブソーバーの採用などを図った。

 「ユーザーはどんな使い方をするのか、といった実態に則した機構強化を行なっているのがThinkPad。すべての機構設計はこの発想のもとに進められている」という。

 とくに、ThinkPad Roll Cageは、モバイル環境での利用を想定して開発された同社独自のものだ。

 マシンの剛性を向上させるためのRagged Mechanical Design、動作時の衝撃を緩和するHDD Protection、システム基盤のひずみを低減するPlanar Strain Reductionなどによって、ThinkPadの堅牢性、信頼性は高まっているが、ThinkPad Roll Cageは、外部からの圧迫による内部の主要部品を守るフレーム構造で、筐体の剛性は20~40%向上、内部回路基板への負荷は約30%向上したという。

ThinkPad Roll Cage ThinkPad Roll Cageディスプレイ部。アンテナ部分をマグネシウムの外にはわせる

 「当初は、システムサイドの剛性を高めることを目的に開発したもの。これを採用することで不要な部品を取り除くこともでき、結果として剛性を高めながら、重量はそのままとなった。一方で、液晶ディスプレイ側にもこれを採用することで、パネル強度が高まり、ワイド液晶の採用による横長化にも対応した剛性を維持できた。また、マグネシウムの外側の素材を、剛性を追求せずに、割れないことを優先するものとできるつといった工夫も可能になった。マグネシウムは、電波を通さないためアンテナの配置にも課題があった。だが、アンテナをマグネシウムの外に設置する構造とすることで、これらの問題も解決した。一方で、ディスプレイ側への採用によって、重量が増加するという課題が発生しており、ここに改善の余地がある」とする。

 このように、レノボ・ジャパンは、変化しないデザインとともに、変わらぬ高い品質を維持するために、ThinkPadの進化に対して、絶え間ない努力を続けているのは間違いない。

□レノボ・ジャパンのホームページ
http://www.lenovo.com/jp/ja/
□関連記事
【6月11日】【大河原】レノボ、ThinkPadの研究開発拠点を公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0611/gyokai208.htm
【2006年9月25日】【大河原】国内シェアNo.1に向けた第1歩を踏み出す
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0925/gyokai179.htm

バックナンバー

(2007年8月27日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.