大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

レノボ、ThinkPadの研究開発拠点を公開
~落下試験機など製品保証試験も披露




 レノボ・ジャパン株式会社は、同社の3大研究開発拠点の1つである大和研究所の様子を報道関係者向けに公開した。

 レノボが、全世界に向けて出荷しているノートPC「ThinkPadシリーズ」をはじめとするノートPCの開発拠点である大和研究所は、世界で最も優れたエンジニアが作り出す「ベスト・エンジニアードPC」としての開発体制が確立されているという。

 同社の研究開発に対する基本的な考え方とともに、大和研究所で行なわれている開発段階における製品保証試験の実際の様子などを通じて、レノボの大和研究所をレポートしよう。

レノボの大和研究所は、日本IBMの大和事業所内にある 大和研究所に展示されている歴代のThinkPad。PS/55やLenovo 3000も展示されている

●イノベーション・トライアングルを形成

 グローバルカンパニーであるレノボは、全世界3カ所に研究開発拠点を持っている。

 ThinkPadの研究開発を中心に、ノートPC全体の開発および品質管理を行なう日本の大和研究所のほか、ソフトウェアの開発部門である米ノースカロライナのラーレイ、「Lenovo 3000」の開発などを行なう中国・北京の各拠点である。

 同社では、これらの研究開発拠点を指して、「イノベーション・トライアングル」と呼ぶ。

石田聡子執行役員

 レノボ・ジャパンの石田聡子執行役員は、「それぞれの拠点が相互に連携しており、大和研究所の厳しい品質管理手法が、北京の研究開発拠点でも活用されるなど、ノウハウの共有という点でも、グローバルな体制が採られている」とする。

 この3カ所の研究開発拠点のほかに、中国・上海に基礎研究およびデスクトップPCの製造拠点が、また、中国・深センにもノートPCの製造拠点を持つ。

 さらに、外部の企業との協業、主要顧客に対する最新技術や事業コンセプトおよび開発コンセプトの紹介などの役割を担うイノベーションセンターが、ラーレイ、北京、そして、インドの3カ所に設置されている。インドでは、インド国内向けPCの生産拠点も擁している。


●日本IBM時代からの研究開発体制を維持

横田聡一執行役員

 神奈川県大和市にあるレノボ・ジャパンの大和研究所は、東急田園都市線および小田急江ノ島線の中央林間駅から徒歩15分の距離にある。

 日本IBMの大和事業所と同じ敷地内にあり、旧IBM時代からのPCの研究開発体制がそのまま維持されている。

 「現在、日本IBMではハードウェアの開発はほとんど行なっていない。レノボが持つ施設は、大和研究所のハードウェアの研究開発設備のほとんどを買い取ったものだといっていい。十分ともいえる研究開発施設を保有している」(レノボ・ジャパン横田聡一執行役員)と胸を張る。

 「良い製品を開発するためには、優れたテスト施設や、テスト機をいかに開発するかが鍵になる。レノボでは、IBM時代から、顧客の故障モードを理解し、それを再現するテスト機を作り、最終製品の品質向上につなげている。その姿勢はいまも変わらない」(横田執行役員)という。

 大和研究所における製品保証試験は、開発中の製品を対象に実施される。

 試験項目は100以上にのぼり、ユーザーの要求などによって項目内容が強化されたり、項目数が増減したりするという。なお、量産中の製品に関しては、製造拠点において抜き取りでの検査が行なわれるが、大和研究所で行なわれているほどの過酷な試験は行なわれていない。

 製品保証試験が行なわれる施設には、研究開発部門や製品保証の関連部門の限られた社員だけが入室でき、レノボ・ジャパンの天野総太郎社長も、事前の申請なしには自由に入れないという。

・環境試験室

 気温70度からマイナス40度までの環境試験が可能な環境試験室。一般的には5度から35度の間で試験を行なうが、LCDやHDDといった部品レベルでの試験の場合は、マイナス20度といった試験も行なう。エベレストの登山隊にThinkPadを携行してもらった際にも、ここで環境試験が行なわれた。

地下1階にある環境試験室。左側のコートは、試験の際に着るためのもの ちょうどThinkPadが試験されていた
試験室の温度は0度。高温多湿、低温多湿などの設定も可能 右側の装置では、HDDなどの環境試験も可能となっている

・音響試験室

 レノボでは、半無響室と残響試験室の2つがある。いずれも、ノートPC本体の動作時における騒音を測定する施設だ。4方向からマイクで集音し、専用ソフトで計測している。PCの騒音には規定値がないため、合格基準値はレノボ独自に設定している。だが、日本IBM時代から設定していた基準が高かったこともあり、この10年間、基準値は変えていないという。

半無響室。床面以外から音の反射がない部屋での騒音を測定する 残響試験室。反射性の強い壁、床、天井で構成される部屋。トンネルの中以上に反響する。上部には回転拡散装置がある。この装置は日本で最初に導入された

・電波暗室

 地下1階に設置された電波暗室。ノートPCから発する電波を2つのアンテナを使って計測する。ノートPCには約200点の部品が使用されており、これらから発せられる電磁波の放射は複雑。さらに、ボード上の回路が一部でも設計変更になると電磁波の現象も変化する。加えて、世界の地域ごとに基準が異なるため、それぞれの基準をクリアするような工夫も必要だ。

電波暗室。PCが設置された机は、床が回転して、360度測定可能 2台の大型アンテナでノートPCから発する電磁波を測定する

・耐久試験室

 開閉試験の様子。4日間連続で開閉作業を行なう。天板の真ん中を持って開閉するのではなく、右上、あるいは左上を持って、ねじれなどの負荷がかかる状態での開け閉めを行なう。開閉時の異音や表示される画像の品質をチェックする。開閉回数は公表していないが、数万回の規模に達する。一般的に使用される回数の3倍程度にあたるという。

 加圧検査は3種類行なっている。平均荷重試験では、女性が乗っても大丈夫な重量で試験を行なう。また、一点加圧試験では500円玉程度の大きさで加圧する。そして、もう1つは、天板の上に手を付いてしまった場合や、長時間重いものが乗ってしまった場合などを想定した試験となっている。

【動画】開閉試験の様子。これが4日間繰り返される 【動画】平均荷重試験の様子。女性が乗っても大丈夫という水準で検査
【動画】一点加圧試験の様子。加圧重量は小学生の子供の力程度だという こちらは長時間に渡って、重いものが乗っていた場合を想定した試験

・振動・衝撃試験室

 この試験室だけは写真撮影が禁止となった。理由は、他社とは異なるノウハウがあるため。実際、落下試験機など一部の試験機は、レノボ自らが製作したものが使われていた。落下試験機は、約40~50cmの高さから金属で固定した形で落とす試験ほか、今年に入ってから、直接、ノートPCを落とす専用試験機を新たに導入。また、6面の各方向からの落下や、8面の角落下試験を実施。さらに、実際の利用環境を想定して、鞄を床に置いた際に、鞄の中に入ったノートPCに対する衝撃検査を行なうバンプテストや、PCを持ち上げようとして、手がすべってHDD側から机の上にPCが落ちてしまった状況を想定して検査する、片持落下テストなどを行なっていた。

 現在、ThinkPadの開発体制は、メカの設計などを行なう機構設計部門、エレクトロニクス関連の開発を行なうエンジニアリングチーム、管理を行なうプロジェクトマネジメント部門の3つで構成されている。

 これらのチームが連携して、ThinkPadの開発が行なわれる。

 もちろん、最新のThinkPadの開発でも、大和研究所ならではのこだわりが随所にある。

 例えば、5月に発表したTシリーズで採用した、マグネシウムによる「LCDロールケージカバー構造」では、十分な無線WANおよびLANアンテナのための空間をLCD側筐体に確保。さらに、LCDモジュールからのノイズを遮蔽、同時にLCDモジュールに対する衝撃にも耐えうる強度を実現している。これにより、IEEE 802.11g無線LANの接続環境では、従来モデルに比べて35%の性能向上を実現するなどの効果が出ている。

 また、Santa Rosaの環境においては、社内で「ThinkPad WOW」と呼ぶ機能として、バッテリライフコントロール機能により、15%のバッテリライフの向上を実現したほか、ThinkPad独自のフクロウ羽ブレードによる静音冷却機能の採用によって、従来モデルに比べて、10%の低温化と、3dbの静音化を達成したという。

「ThinkPad T61」に採用されたマグネシウムによるLCDロールケージカバー構造 パームレスト部分の高温を防ぐために開発された専用ファン

 こうした大和研究所の研究開発体制において完成した性能向上への取り組みの背景には、顧客の利用環境を想定し、それに向けた開発、設計体制と、試験の繰り返しが行なわれていることが見逃せない。

 「ThinkPadは、ビジネスシーンで活用されるツールとして、それに必要とされる機能の実現に取り組んでいる。開発、試験もそれに準じたものになっている」(石田執行役員)という。

 大和研究所が担当する開発領域は、ハードウェアだけではない。実は、ソフトウェアの開発も、大和研究所にとっては重要なものとなっている。

 レノボが提供する各種ソフト技術は、「Think Vantageテクノロジー(TVT)」と総称され、同社ではこれを「データ移行」、「セキュリティ」、「ワイヤレス」、「データ管理」、「扱いやすさ」という5つの観点から、「導入/移行」、「運用/保守」、「廃棄」に至るまでのライフサイクルを支援する技術として、ThinkPadなどに採用している。

 「クライアントPCは、製品導入にかかわるコストよりも、運用コストの比率が高く、管理費用、メンテナンス費用をいかに低くするかという点が重要。そこに着目したのがTVTになる」(レノボ・ジャパンの熊木淳執行役員)としている。

 ソフトウェアは、ノートPC関連の開発を担当する大和研究所、デスクトップおよびノート関連のソフト開発を担うラーレイ、そして、チャイナ・デベロップメント・ラボ(CDL)として設置された中国の深センの3カ所で開発しているが、大和研究所で開発された代表的なものとしては、「アクティブ・プロテクション・システム」が挙げられる。加速度センサーを利用して、本体が机の上から落下した時などに、HDDのヘッドを自動的に退避させ、データを保護することができる機能であり、これにより、持ち運ぶことが多いノートPCの安全性を高めることが可能になる。

 そのほか、ワイヤレスアクセス・ポイントの検出やセキュリティ設定などを行なう「アクセスコネクション」、簡単にプロジェクターへの表示設定などができるようにする「プレゼンテーションディレクター」、不在時に定期的なメンテナンス作業などを行なう「バックグラウンド・マネージャー」、消去してしまったファイルなどのリカバリーを行なう「レスキュー&リカバリー」、ドライバの自動更新やダウンロードを行なう「システムアップデート」などが、大和研究所で開発されたという。

 また、Santa Rosa上で提供されるAMTと、「LANDesk Management Suite」を活用することで、システム管理者は、ThinkPadの管理を容易にできるようになるといった機能も、大和研究所で開発されたTVT技術との連動によるものだ。

 「レノボになっても、製品づくりの試験内容は変化してない。むしろ、試験の内容は強化している。北京のイノベーションセンターを訪れたユーザーからも、中国メーカーだから品質が低いという認識は違うということを言ってくれる例も多い。製品保証試験の取り組みを見てもらえば、品質に対して甘えを許さない体制であることが理解してもらえるだろう」(石田執行役員)としている。

 ThinkPadの品質が落ちたという指摘があるのは事実だ。また、量販店店頭では、中国で生産しているレノボブランドの製品を指して、「中国製だから品質が悪い」という声があるのも事実だ。

 だが、レノボ・ジャパンでは、ThinkPadの品質には変化がないどころか、以前よりも強化していることを訴える。先行イメージだけで捉えるのではなく、改めて、店頭でレノボブランドのPCを見てほしいというのが同社のメッセージである。展示されている製品から、「ベスト・エンジニアードPC」の姿勢が伝わってくるかもしれない。

□レノボ・ジャパンのホームページ
http://www.lenovo.com/jp/ja/
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【2005年5月17日】始動するレノボ・ジャパン 第1回 「変わるもの」と「変わらないもの」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0517/lenovo01.htm

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(2007年6月11日)

[Text by 大河原克行]


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