山田祥平のRe:config.sys

さっきの続きをすぐに見たい




 アドビが新たなソフトウェア「Adobe Digital Editions 1.0」の提供を開始した。デジタル出版物を入手、管理、閲覧するためのビューワというふれこみだが、実は、Adobe Readerよりも、ずっと使いやすいPDFリーダーでもある。

●当たり前ができないコンピュータ

 コンピュータは便利だ。けれども、意外なところで不便を感じる点がまだまだ多い。日常の生活では当たり前のようにやっていることが、コンピュータではできなかったりすることが少なくないのだ。

 たとえば、読みかけの本はどうだろう。傍らにある文庫本を手に取れば、たいてい、読みかけのページをすぐに開けるように栞がはさんであるはずだ。雑誌やパンフレットだったら、乱暴にページを折り曲げてあるかもしれない。小説などでは複数の本を同時進行的に読むことはあまりないが、たとえそうだったとしても、それぞれの本ごとに栞がはさんである。

 PCで扱えるコンテンツは増える一方だ。でも、それを読む、見る、聴くという点ではまだまだだ。たとえば、今日買ってきた3枚のCDをリッピングし、順に聴き始めたとしよう。その日は時間がなくて、2枚目の4曲目までを聴いたとする。そして翌日、再びiTunesを開き、昨日の続きを聴こうとしたときに、前回、聴いていた位置をレジュームしてくれるかというと、そうはなっていない。自分で曲を探し出す必要があるのだ。スマートプレイリストを工夫し、特定日付以降に追加した曲をアルバム順に並べ、その中から1回も聴いていない曲を再生するようにするといった作業が必要になる。

 録画済みのTV番組はというと、Windows Media Centerでは録画済みのdvr-msファイルの場合は、前回見たところから再生が始まるようになっていて、コンテンツごとに再生位置を記憶しているが、どのコンテンツを見ていたのかは自分で探さなければならない。また、通常のMPEGファイルでは、再生位置の記憶さえできない。

 アプリケーションでは、ExcelもWordも、最近使用したドキュメントの一覧は得られるものの、最後の編集位置に関しては、Excelは覚えているが、Wordは覚えていない。Adobe Readerも同様で、PDFファイルを開けば必ず最初のページが開く。

●メディア・オリエンテッド・レジューム

 Vistaのスタートメニューには、最近使った項目のリストがあるし、フォルダオプションで、ログオン時に以前のフォルダウィンドウを表示するように設定しておけば、ログイン時に前回開いていたフォルダウィンドウが開く。

 ブラウザはいくぶんましだ。ページを読んでいる途中で、ついうっかりブラウザのウィンドウを閉じてしまったとしても、履歴から今日表示したページ順を選択すれば、さっきまで開いていたページがわかる。でも、それが長いページだった場合には、読んでいた位置を自分で見つけなければならない。

 最後の状態を覚えておいてほしいのなら、アプリケーションのウィンドウを閉じなければいいと言われればそれまでだし、スリープとレジュームをうまく使えともいわれそうだが、すぐに実装できそうなくらいに簡単なことのように見えるのに、なぜ、前回編集参照位置の記憶といった機能がOSでサポートされないのだろう。

 1台のコンピュータでさえ、この調子だから、複数台のコンピュータとなると、話はもっとややこしい。コンピュータに限った話ではない。ポータブルメディアプレーヤーのように、持ち出すことを前提にコンピュータと連携するデバイスでも同様だ。

 たとえば、帰宅途中にポータブルデバイスやノートPCでコンテンツを楽しんでいたとしよう。コンテンツの半ばで自宅に到着し、その続きを大きな画面や、ちゃんとしたスピーカーで楽しみたいと思ったときに、それがすぐにできるかどうか。ポータブルデバイスではQVGAのWMVで楽しんでいたコンテンツの再生位置を、そのエンコード元のMPEGファイル中から探し出して、そこから再生することができれば、どんなに便利か。充電のためにクレードルにドックするようなシンプルな操作で、それがなぜできるようになっていないのか。

●XMLがすべてを覚える

 「Adobe Digital Editions 1.0」は、少なくとも1台のコンピュータで使う限り、PDFや電子ブックの閲覧に際して、これまで感じてきた不満の多くを解消してくれる。このビューアには、ライブラリモードとリーディングモードという2つのモードがあり、そこを行き来してコンテンツを楽しむようになっている。

 ライブラリモードには、任意のPDFを追加することができる。メニューから追加してもいいし、フォルダウィンドウからのドラッグ・アンド・ドロップでもかまわない。ライブラリに追加したコンテンツは、そのダブルクリックで開き、通常のリーダとして読み進めることができる。

 うれしいのは、アプリケーションを終了しても、次に開いたときには、前回の状態がそのまま再現されることだ。PDFファイルを読んでいたのなら、そのとき読んでいたページが開き、すぐに続きを楽しめる。ライブラリに複数のコンテンツが登録されている場合も、コンテンツごとに最後に開いていたページが記憶されている。だから、どのコンテンツを開いても、前回見ていたところの続きをすぐに見つけることができるのだ。

 致命的な欠点としては、複数のインスタンスを開くことができない点くらいだろうか。でも、その欠点も、個々のコンテンツの最終位置の記憶がカバーしてくれる。

 「Adobe Digital Editions 1.0」をインストールすると、ドキュメントフォルダの中に、「My Digital Editions」という名前のフォルダが作成される。購入したコンテンツは、ここに保存されるが、ライブラリに既存のPDFファイルを追加しても、ここにはコピーされない。

 このフォルダには、manifest.xmlというファイルが置かれ、その中に、ライブラリ内のファイルの在処と追加日、見開きや単一ページなどの表示モード、ズーム倍率、開いていたページなどの情報が格納されるようになっている。ファイルのプロパティを操作するのではなく、ファイルに関するメタデータを、単一のXMLファイルにして保存しておくという方法だ。たったそれだけのことで、従来のリーダーよりも、格段に便利な環境が得られる。いわば、iTunesの方式だ。

 もし、このファイルを複数のPCで同期したり、共有したりすることができれば、ノートPCとデスクトップPCで、コンテンツを合理的に往復させられるかもしれない。自宅で読んでいた本の続きを、ノートPCで移動中に読むような使い方が便利になるわけだ。理想的には、このファイルの保存場所を自由に指定できるようになっていればよかったと思う。

 ちなみに、今回公開された「Adobe Digital Editions 1.0」は、英語版のみだが、日本語を含むPDFファイルの表示に問題はなさそうだ。ただし、ページの綴じ方には未対応で、縦書き右開きのPDFを見開き表示にしたときに不都合が発生する。日本語版は今年の下半期のリリースが予定されているとのことだから、きっとそれで対応するだろう。

●汎用メディアプレーヤーとしてのPC

 「Adobe Digital Editions 1.0」は、「Adobe Digital Editions Protection Technology(ADEPT)」によって、コンテンツ保護機能についてもサポートは万全だ。出版社によるコンテンツ販売のみならず、期限付きの貸し出しモデルまでがサポートされ、図書館型の貸し出しや、定期購読などの配信までを含めたソリューションで、電子出版の未来をサポートするのだそうだ。

 個人的には電子ブックは今後、団塊世代の需要によって、爆発的に普及するのではないかと思っている。紙の本には紙の本のよさがあるのだが、ハードカバーの単行本はかさばる上に重い。それに、文庫本は高齢者には文字が小さすぎて目が疲れる。200ページ程度の一般的な単行本が400g前後であることを考えると、ノートPCが1kgをはるかに下回るようになった今、紙の本が持つ欠点の多くをカバーできるはずだからだ。

 専用アプライアンスとしての電子ブックリーダーがいいのか、薄型のノートPCやタブレットPCなどの汎用機がいいのかは、今の時点でなんとも言い切れないが、現在のポータブルメディアプレーヤーのように、デバイス自体が妙に独立してしまって、コンテンツ同期転送以外の連携がうまくいかないくらいならPCがいいと思う。もちろん、そのためには、PCにまだまだ軽く薄くなってほしいし、画面の向きの切り替えや、明るいところでの視認性を含めたディスプレイの工夫も必要だ。

 新たなソフトウェアの登場で、昨日までのPCが、まるで別物のように使いやすくなる。こうした動きを見る限り、汎用メディアプレーヤーとしてのPCにできることは、まだたくさんあるはずだ。

□関連記事
【6月20日】アドビ、Flashコンテンツも表示できる電子書籍閲覧ソフト(INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/20/16111.html
【2006年7月14日】【山田】グーテンベルクの願い、アルダスの夢
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0714/config114.htm

バックナンバー

(2007年6月22日)

[Reported by 山田祥平]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.