元麻布春男の週刊PCホットライン

サンフランシスコで夢は語られるか




●進歩する意欲の低下

 フツーの人がフツーに使うPCは、もはやどんなPCでもいい、とは良くいわれることだ。要するに、メールしてブラウザを使って、他者が作ったコンテンツを利用しつつ、たまにOfficeスイートを使う程度の利用であれば、現在市販されているPCはすべて十分な能力を持っている、というくらいの意味である。そして、これはどうやらコンセンサスになりつつある。

 もっともWindows Vistaの登場により、少なくともメモリを1GB以上搭載している方が良いとか、非ゲームユーザーであっても外付けのグラフィックスチップが全くの無駄になることはないとか、どうもシングルコアよりデュアルコアにしといた方が具合が良さそうだ、といった「留保条項」は増えつつある。このこと自体は、PCの業界が前進するのに望ましいことではあるのだが、かつてのように、少しでもスペックの良いPCが欲しい、今から次の世代の高性能ハードウェアが待たれる、といった渇望を呼び起こすほどではない。

 たとえば現在の最新CPUがサポートする64bitモードにしても、サーバー等を除けばその普及ペースは遅々としたものになってしまっている。8bitから16bit、あるいは16bitから32bitへの移行といった過去のアドレス空間の拡張時も、すぐに移行が完了したわけではないが、少なくともユーザーの間にアドレス空間の拡張による恩恵を待ち望む空気は強かったと思う。

 ところが現在の64bitモードについては、ハードウェア的に利用可能になってから数年が経ち、サポートする2世代目のOSさえ登場しているのに、一向に普及する兆しがない。PC量販店の店頭を眺めても、64bit版のWindows(XP、Vistaを問わず)をプリインストールしたPCなど1台もない。直販あるいはホワイトボックス系のPCでBTOオプションを選ばない限り、64bit版WindowsはPCと共にやってこないのである。

 Intel系プロセッサの場合、16bitから32bitへの移行は単にアドレス空間が拡張されるだけでなく、セグメントモデルからリニアモデルへの転換、複数の16bit環境を同時に利用できる仮想86モードといった付加要素もあったから、今回と単純に比較してはいけないのかもしれない。が、それにしてもPC利用環境の64bit化はちっとも進んでいないと感じる。そしてより大きな問題は、MicrosoftにPC利用環境の64bit化を進めようという、具体的な施策、あるいはビジョンが見えてこないことだ。

 それどころか、あるイベント(TechEd)でMicrosoftは、もうビジョンは語らないことにしたのだと述べたという。そういえばWinHECでの基調講演も内容が乏しかったし、PDCがキャンセルされたニュースは記憶に新しい。Microsoftは本当に将来ビジョンを語りたくないようだ。

 その理由は、守れないビジョンやプランを語って、迷惑をかけてはいけない、ということらしいが、それは違うと思う。Microsoftは紛れもないPCプラットフォームのリーダー企業であり、PCプラットフォームがどこに向かうのか、あるいはどこへ向かわせようとしているのか(Microsoftにはその力があるハズ)、説明する義務と責任がある。それを守れるか、守れないのかは、また別の問題だ。

 ここでアドレス空間の問題を例に出したのは、この問題が比較的逼迫したものになりつつあるからだ。この春からのメモリ価格の暴落で、1GB DIMMの価格は4,000円を切る水準に達している。一般的なマザーボードにDIMMスロットは4本あるから、安価にメモリを4GB実装できるようになったわけだが、この4GBは32bitプロセッサの仮想アドレス空間に等しい。

 実際、32bitのWindowsでユーザーアプリケーションが利用可能なアドレス空間は、この4GBからシステム領域の1GBをのぞいた3GBである。1GB DIMMの値下がりに引きずられるように値下がりを始めた2GB DIMMの普及を考えるまでもなく、4GB空間からの脱出はクライアントPCにおいても切実なものになりつつある。その現在においてもMicrosoftにはPC向けの(サーバー向けを除く)64bitアプリケーションが1本もない。64bit環境への移行を促すビジョンもない(実際には存在するのだが、語りたくないだけだと信じたいが)というのでは、ユーザーは身動きがとれない。

 Microsoftのみならず、ユーザーやハードウェアOEMも含めて、みなが64bit環境に及び腰になるのは、ソフトウェア、特にデバイスドライバの互換性に代表される互換性問題だろう。筆者は、この互換性問題をすんなり解消する解決策はないと思っているが、同時に真の問題は互換性問題を解決することではなく、互換性問題を乗り越えるだけのメリット、魅力を示せるかどうかにかかっているのだと思っている。

 たとえ古い環境との互換性が十分でなかろうと、新しい環境が魅力的なものであるなら、ユーザーは橋を渡る。橋を渡るユーザーは、ハードウェアベンダに新環境への対応を要求する。そうして新しい大地が拓かれるのだ。

 もちろん何の必然性もなく互換性を断ち切ることは、ユーザーにとっても望ましいことではない。しかし、幸か不幸か、新しい環境の中に古い環境を取り込むことを容易にする技術(仮想化技術)が、今まさに普及しようとしている。互換性の維持については、仮想化を利用するといったアプローチも次のWindowsでは現実的になるだろう。今Microsoftに望まれるのは、魅力ある新環境のビジョンを語ることであり、ビジョンについて口を閉ざすことではない。

●可能性を感じさせるApple

WWDC 2007の会場であるSan FranciscoのMoscone West
 さて、広い意味でのPC業界にはAppleという会社がいる。パーソナルコンピュータの草分けであり、おそらく現存する企業としては最古参とでもいうべき存在だ。そのCEOはビジョンを語ることにかけては、この業界でトップクラスだと信じられている。時々、自社のWebページで自らの意見を披露して、話題にもなるほどで、パーソナルコンピュータの将来ビジョンを聞くのに、これほどふさわしい人もいないだろう。

 と同時にAppleは、互換性をある程度犠牲にしたプラットフォーム移行の達人でもある。今のMacに使われているIntelプロセッサは、Macにとって680x0、PowerPCに続く3世代目のアーキテクチャであり、各世代間のプロセッサに命令セットレベルでの互換性は全くない。これは同じIntelアーキテクチャの32bitと64bitどころの違いではない。

 確かに現在のMacの市場シェア(全世界で2~3%といわれる)を考えれば、互換性をある意味無視したかのようなプラットフォーム移行が、ビジネスとしての成功に裏付けされたものだとはいえないかもしれない。プラットフォーム移行が原因で離れてしまったユーザーや、サードパーティも少なくないのだろう。しかし、少なくとも製品技術的には、Appleはプラットフォームの移行を見事にやり遂げ、成功させてきた。ビジネス的にも、少なくとも米国ではMacのシェアは上昇に転じており、復調の兆しが見える。

 というわけで、筆者は今サンフランシスコにきて、Appleの開発者向けイベントであるWWDC 2007におけるSteve Jobs CEOのキーノートスピーチを心待ちにしているところだ。今回のWWDCは、テーマが次期OSであるLeopardに絞られたものになるとも言われているが、それもまた好都合。OSの時代は終わったなどとも言われる中、どのようなビジョンを見せてもらえるのか楽しみである。


□WWDC 2007のホームページ
http://developer.apple.com/jp/wwdc/

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(2007年6月12日)

[Reported by 元麻布春男]


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