WinHECというイベントは、Microsoftが開催する各種イベントの中でも、彼らが誘導しようとしているトレンドを読み取りやすい。 たとえばProfessional Developers Conference(PDC)は、自社のOS向けにソフトウェアを開発してくれる人が対象であり、純粋にWindowsをより深く理解して、よりよいソフトウェアの実装を促すといった役目がある。Tech・Edも対象がプログラマからシステムインテグレータに変わるだけで、基本的には同じだ。Windowsのロードマップや新機能の詳細、ソフトウェア面での可能性などは見えるが、ハードウェアを購入するエンドユーザーから見ると、具体的な変化が見えにくい。 しかしWinHECの場合、Microsoftはハードウェア開発者に提案し「こんなことを考えているので、こんな製品はできないだろうか?」あるいは「Windowsはこう変化していくから、こんなハードウェアによる新しい市場が生まれていく可能性がある」といった提案を積極的に行なう。 このため、自分の使うPCやPC周辺機器の具体的な将来の姿が想像しやすい情報が(本来は)多い。たとえばWindowsのグラフィックスが、将来的にすべてDirect 3Dに収斂され、ポリゴンで作ったウィンドウサーフェイスのテクスチャに2D描画を行なうといった、3Dグラフィックスを基礎にしたアーキテクチャになっていくといった話はWinHEC 98の時に示されているし、その後のアップデートでGPUの機能を使ってデスクトップの描画を行なうといった手法も、WinHEC 2000あたりで講演内容に組み込まれていた。 別の見方をすると、Microsoft……いや、WinHECはビル・ゲイツ氏が個人的に強く推進した会議と言われており、実際にはゲイツ氏が考えるビジョンを具現化していくためのイベントだったとも言える。 ●サービス指向、家電指向がより強まる
そのゲイツ氏が引退を表明したあと、最初のWinHECが今年(2007年)だったわけだが、その内容をハッキリと書くなら、“お寒い”ものだったと言える。すでに発表済みだった「Windows Home Server」を除けば、魅力的な新製品の提案はなく、“Longhorn Server”の正式名称が無難に「Windows Server 2008」に決まったぐらいがニュース。 クライアントPCの技術セッションも、比較的多くの時間を割いていた省電力関係のセッションを含め、既存のWindows VistaをハードウェアにフィットさせるためのTipsに近い内容が多く、昨年(2006年)の講演との違いもさほど無かった。 つまり、Microsoftは最速では来年(2008年)、少なくとも再来年(2009年)には登場する将来のWindows(MicrosoftはVista以降、1年後にサービスパック、2年後にメジャーアップデートのサイクルを守りながら、新しいOSを提供すると話している。したがって、予定通りなら来年の秋にはWindows 7となるOSが登場することになる)で、どのようなコンピューティング環境をユーザーに提示しようといった具体的なビジョンを示さなかったのだ。 ただ、ネットワークサービスとの連携をより強めたアプリケーションの開発や、Winodws上で実現されている機能やサービスを家電領域に広げていくことに関して、これまで以上に強い意志を持ってやっていくといった意図は感じられた。 たとえばWindows Home Serverは、当初はPCに対するストレージとバックアップのサービスが主な仕事だが、将来的にはデジタル家電に対するサービスやネット家電を含むホームネットワークを守るセキュリティゲートウェイといった役割も担っていくことになるだろう。
まずはWindows Home Serverを普及させ、その上にアプリケーションを構築していけば、エンドユーザーが利用するWindowsファミリー製品との連携で、多様な進化を遂げるためのプラットフォームができあがる。 Windowsクライアントを核にしたホームネットワーク、たとえばWindows Media Connectなどは、一部のPCマニアには受けがいいものの、裾野を広げるまでには至っていない。しかし、常時ONにしてネットワーク上で動作しているサーバを家庭内に送り込むことができれば、Windowsを家庭内のさまざまなデジタル機器に広げていきたいMicrosoftにとって、足がかりとなる可能性がある。 ●OSレベルでのSSDへの対応を模索するMicrosoft もう1つ、大きな流れとして、(Microsoftだけの話ではないが)SSD(ソリッドステートドライブ)に関する話題も、SSDのセッションに限らずいくつものセッションで言及された話題だった。 急速に大容量化と低コスト化が進んでいるNAND型フラッシュメモリのトレンドがSSDへの期待を高めているのはご存知の通り。現在は32GBで市価10万円と高価なSSDだが、これはまだ一般流通に流れるSSDの数が少ないこと、そもそも生産量そのものが少ないことなどが原因だ。高価なことに変わりはないが、OEM調達の場合は32GBならば250~350ドル程度とみられる。
すでにSSDをオプション装着できるPC、あるいは一部の構成でSSDを前提としたモデルを設定するなどの例があるが、今後、さらにSSDに対応したモデルが増えていけば、HDD装着モデルとSSD装着モデルの価格差は徐々に縮まっていくに違いない。NAND型フラッシュメモリのLSIレベルでの価格を考えれば、流通量さえ増えていけば劇的に価格は下がっていく。 当初は小型モバイル機に限定された使われ方になるだろうが、データ保管の信頼度が高いことを好感し、企業向けPCの一部に採用が始まる頃になれば、我々が個人で購入するモバイルPCにSSDを自由に選べるようになっているだろう。1年後、2年後を見据えれば、1.8インチHDDがカバーしていたアプリケーション領域は、SSDに置き換えられるだろう。 一方、SSDにはいくつかの問題点がある。 1つは容量の問題。この問題を抜本的に解決するにはMLC(Multiple Level Cell)の応用、あるいは将来的なセル構造の見直しが必要だ。もっとも手っ取り早い方法はMLCをSSDに用いる方法だが、MLCはSLC(Single Level Cell)に比べ、書き換え可能回数が1桁少ない。ザックリとした数字だが、SLCが10万回以上の書き換えが可能だとするなら、MLCは1万回しか書き換えができない。 つまり、書き換え頻度の高いデータをMLCのフラッシュメモリに置くのは危険だ。たとえばWindowsのスワップファイルをSSD上でどのように扱うかなど、OSレベルでの改善ができそうな部分はありそうだ。WinHECのテクニカルセッションでは、SLCとMLCのNAND型フラッシュメモリを混在させたコンポジット型SSDに言及し、扱うデータの種類や目的に応じて、MLCの領域とSLCの領域を使い分けるといったアイディアが示されていた。 また、セルの管理単位に合わせて、データ書き込みのアライメントを取ることや、SSDが不得手な細かな単位でのランダム書き込み指示を融合して一度に書き込む機能などの必要性にも言及していた(もっともこれらの機能は、Windowsよりもドライブ搭載のコントローラレベルでやった方が良いだろうが)。 いずれにしろ、Windows上でSSDを認識し、最適なSSDへのアクセスを実現できるよう、現在、ATAのT13技術委員会にコマンドセットのSSD向け拡張を提案しているところだという。Microsoft側としてOS側で対応するのが適切と考えられる部分は、Vistaのストレージシステムに反映していく。 実際にストレージ周りに手を加えるとなると(たとえ小改良だったとしても)、サービスパック、あるいはメジャーアップデートでのタイミングとなる。最短ではVistaのSP1が提供される時となるが、サービスパックでの機能追加は行なわない方針とのことなので、メジャーアップデートとなるWindows 7の頃にSSDに特化した機能が実装されるのかもしれない。 前述したようにWindows 7はVistaの2年後にリリースというスケジュールだが、SP1の提供が噂通りに来年初頭ならば、Windows 7を2008年秋に出すというのはかなり困難と思われる。とはいえ、SSDのコストダウンや容量向上のペースを考えれば、メーカーが積極的にSSDを製品に搭載し始めるのは再来年ぐらいだろう。2008年末から2009年初頭がWindows 7の登場時期となるならば、ちょうどタイミングが合うことになる。 □Microsoftのホームページ(英文) (2007年5月21日) [Text by 本田雅一]
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