デジタル家電にPCアーキテクチャは入っていくことができるのだろうか? PC業界ではしばしば投げかけられる疑問だが、Intelのエリック・キム氏の答えは決まっている。当然、デジタル家電にPCアーキテクチャは入っていくと考えている。 Samsung出身でデジタル家電分野のエキスパートとしてIntelに迎えられたキム氏は、自身の経験を踏まえた上で、家電分野におけるIntelの競争力が非常に高いことをアピールしている。 ●ワンチップPCソリューションが見いだす可能性 たとえばデジタルハイビジョンTVを考えた場合、現在、その中に入っている汎用プロセッサは、PC用に比べると低速な組み込み用RISCプロセッサでしかない。近年はそれでも高速なクロックで動作し、DDR2メモリと組み合わせて高機能を実現している例もあるが、コンピューティングパワーはさほど大きくない。 その代わりに高級なTVには、デジタル映像処理を行なうための専用プロセッサが搭載されている。映像を専門に扱うプロセッサと、汎用的なプログラムを動作させるプロセッサでは、その性格が大きく異なることは容易に想像できるだろう。画質が良いことと、内蔵汎用プロセッサのパワーは無関係だ。 つまり、ほとんどの日本のTVメーカーは、他社との差別化を画質で行なっており、故に独自に開発した画像処理手法を効率的に行なう専用プロセッサにコストをかけている。そこに汎用マイクロプロセッサの代表格であるインテルアーキテクチャ(IA)が入り込む余地は無さそうだ。 しかし、キム氏はIDF 2007 Chinaの基調講演、そしてその後のブリーフィングの間を通し、IAの家電での成功を信じて疑わなかった。特に熱心に売り込んでいるのが、デジタルTVへのIAプロセッサの内蔵である。 「インターネットは新しい技術やコンテンツが日々、PCから生まれ続けている。PCアーキテクチャを採用することで、それらのコンテンツに柔軟に対応可能だ。たとえばYouTubeがこれだけ世界中で使われている中、PCアーキテクチャ以外ではそれを見ることができない」とキム氏。 Intelが提供するワンチップの家電向けソリューションが、デジタルTVの中に入り込むきっかけとして、インターネットとの親和性の高さをキム氏は真っ先に挙げる。
キム氏は基調講演の中でIntel CE 2110メディアプロセッサを発表した。これはA/V処理を行なう1GHzのXScaleとMPEG-2/H.264対応のハードウェアデコーダ、DDR2メモリコントローラ、2D/3Dグラフィックス機能を統合したシステム・オン・チップ(SoC)だ。 上記の製品は、もちろんPCアーキテクチャではないが、Intelが2008年に提供を予定している製品には、IAコアとPCレベルの高速グラフィック機能に加え、家電デバイスに必要なI/OインターフェイスやAVパイプライン(メディア処理に特化した処理パイプ)も内蔵されるという。 このチップを使えば、インターネットの中で育ったソフトウェアやサービスも、迅速にTVやレコーダに載せることができるというのがキム氏の主張だ。 ただし、いくつかの疑問もある。 ●IA内蔵チップは本当に競争力があるのか?
Intelが2008年に投入しようとしているIAコア内蔵のSoC型メディアプロセッサは、おそらくプロセッサの計算能力という面では、疑いようのない力を発揮するだろう。家電向けチップに載せるIAコアが何になるのかは現時点ではわからないが、電力効率を考えればIntel Core 2アーキテクチャあたりが載ると考えるのが妥当なところ。当然、パフォーマンスは(家電としては)非常に高い。 しかし、一方でデジタル家電に特化したアーキテクチャで作られる、各家電ベンダー独自のチップは、汎用プロセッサとしての能力は低いものの、特定用途に絞り込んでいるため、チップの単価は相当に安い。キム氏は「競争力のある価格で出す」と話しているが、計算能力が高い=高付加価値とは限らない家電の世界で、本当にIAコアが必要なのか? というと疑問符が付く。 「デジタルTVの価格は徐々に下がってきており、今後はコスト面で非常に厳しくなる。独自の半導体を使うことで差別化を行なうよりも、開発しやすいPCと同様のアーキテクチャを持つIntelのSoC向けにソフトウェアを開発した方が、トータルのコストは安くなる」とキム氏。 また、「日本では、すでにインターネットアクセス機能を持ったTVがあることは知っている。しかし、それらは特定のポータルでしか通用しない簡易的なブラウザだったり、インターネットからのビデオダウンロードやストリーム再生も、特定のサービスだけにしか対応していないなど、柔軟性に欠けるものしか存在しない。では、それらのインターネット接続機能は使われているだろうか? インターネットへの対応は、PCアーキテクチャであることが1番効いてくる」と語る。 だが、本当にそうなのだろうか? TVの価値は、TVを正常に受信でき、操作性がよく、高画質が良いことによって高まる。インターネットへのアクセス機能は、あくまでもプラスαでしかない。「TV+」といった製品は、TVにおまけが付いてくるのであって、そのおまけにお金を支払うならば、少しでも大きなTVが欲しかったり、グレードの高いTVを選びたいと考える消費者の方が多数派ではないだろうか。 加えて、PCライクなアーキテクチャに独自ソフトウェアでインターネットサービスを利用するような端末は従来からあったが、いずれも柔軟性において本当のPC並だった製品は1つもない。 たとえばキム氏自身が引き合いに出していたYouTubeは、自分で映像をアップロードしなくとも、コメントを付けたり、好きな映像を検索したり、あるいはYouTubeを起点にさまざまコミュニケーションが広がるといった、PCによるインターネットアクセス特有のダイナミズムがあってこそ、おもしろさに深みが出るのではないか。 そういったPC由来のサービスへの対応をテコに、おそらく安くはないだろうIAベースのSoCをコスト管理の厳しい家電メーカーが、それも主力製品のTVに採用するとは思いにくい。もちろん、アップルが「Apple TV」にインテルアーキテクチャを採用したという実績はあるが、これはいわゆるマジョリティになっているデジタル家電ではない。 大手家電メーカーが採用することがあっても、インターネットアクセス機能を売りにした、特殊なセットトップボックスや小型のTVに限定されるのではないか。あるいは中国の新興家電メーカーならば、Intelから開発のヘルプを受けられることも加味してメリットを感じられるかもしれないというのが、個人的な“感想”である。 ●そもそもPCを活用するメリットとは キム氏はPCアーキテクチャを採用したSoCの利点として、ソフトウェアや開発環境の(PCとの)共通性を挙げた。しかし、特定の主目的がある製品分野で、PC的な付加価値は消費者に伝えにくいものだ。 PCの価値とは、PCならではの強大なプロセッサパワーと、ソフトウェア開発のバックボーンが巨大であることに収斂されるように思う。そこから引き出される、家電製品では得られないインテリジェンスこそが、PCがPCたる所以だろう。 ならばIntelはデジタルTVやデジタルレコーダそのものの価値を高めるためにIAコア入りのSoCを提供するのではなく、PCのパワー、インテリジェンスをネットワーク経由で享受できる仕組みを、システムとして提案すべきだ。 SoCとするためにパフォーマンスを削り、IAコアを搭載する利点がインターネットとの親和性だけというでは、Intelのコストモデルに見合う価格での製品は作れない。消費者はTVに何を求めているのか、レコーダに何を求めているのかを見直さなければ、正しい道は拓けないように思う。 □Intel Developers Forumのホームページ(英語) (2007年4月18日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
|