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任天堂 岩田聡社長インタビュー(4)
Wiiでは門外不出のノウハウをどんどん出す




岩田聡氏

 新世代のゲームコンソールWiiを発売した任天堂。Wiiでは、任天堂の内部で開発したソフトウェアのノウハウを、積極的に公開することでゲームデベロッパのサポートも充実させる。また、欧米のデベロッパにもアピールし、海外での成功も狙う。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)に、ソフトウェア開発とそのサポートについて伺った。


●任天堂のソフトウェアノウハウを社外に提供

【Q】 9月の合同記者会見の際に、私は開発環境について質問をしました。デベロッパ側のハードルを下げるために、任天堂がどのような取り組みをしているのか。それについて、次のように答えていただきました。

【岩田氏(9月)】 当然ながらゲーム開発の敷居を下げることは、私たちも非常に重要と思っています。Wiiでは、開発キットのハードウェアを大体20万円程度で皆さんに販売できるにしよう、なんて考えたのはそのためです。今までの常識では、次世代ゲーム機のコンソールの開発ハードは何百万円が普通でしたから、これは法外に安いわけです。

 で、なぜ安くするかのというと、ちょっと試してみたいと思ったときにすっとできる。なるべく、第一のお客様である開発者に、負担なく試せるようにしたいと、私たちも強く意識しています。

宮本茂氏

 これは、要素技術の公開についても同じです。WiiでもDSでもそうですが、新しい要素技術ができた時には、なるべく幅広く公開して行きます。例えば、DSだと手書き認識や音声認識や音声合成という技術を、我々が使えるように開発しました。それを、すぐにソフトメーカーの皆さんにも、小さな負担でお使いいただけるようにした。以前は門外不出だった宮本(宮本茂氏、任天堂専務)たちのノウハウも、今どんどん出すように務めています。

【Q】 サードパーティにとって、任天堂プラットフォームのジレンマの1つは、任天堂以外のタイトルが成功しにくいことです。プラットフォームで売れるタイトルトップ10のほとんどが任天堂タイトルで占められる。ノウハウを外に出すことで、こうした状況も変わりつつありますか。

【岩田氏】 現実にDSで売れたソフトで任天堂比率が高いと言われてますけど、ソフトメーカーさんのソフトで成功しているものがないわけではない。『たまごっちのプチプチおみせっち』や『ファイナルファンタジーIII』は成功しています。『オシャレ魔女 ラブandベリー ~DSコレクション~』、『ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー』もあります。ですから、上位が任天堂ばかりという状況は変わって行きますよ。

 今、上位が任天堂ばかりに見えるのは、我々には任天堂プラットフォームしかないからでしょう。必死にそこだけに注力して来たためだと思います。DSに関しては、特に早くからやって来た影響が出ている。しかし、我々もソフトメーカーが成功してこそプラットフォームの成功があると思っています。それを実現するために、取り組んで行きます。

【Q】 Wiiでは具体的にはどんな任天堂内部のノウハウが、サードパーティに提供されているのですか。

【岩田氏】 例えば、Wiiリモコンでは、「テニスのスイングの検出はどうやっているんですか、ゴルフやボーリングはどうしてますか、ゼルダのあの部分の処理はどうなっていますか」といった質問がいっぱい来るわけです。かつては、そうしたノウハウは、任天堂から門外不出だったんですけど、今、私はひたすら皆の尻を叩いて「出しましょう出しましょう」と言っています。

 確かにこれらは貴重なノウハウなんですけど、Wiiのゲーム全体が底上げされれば結果的にプラットフォームホルダーである任天堂に一番メリットがある。だから、なるべくそこは了見の狭いことは言わないで、出して行きましょうよと。それで、昔と比べてすごく開発部門から情報が出るようになったと、うちのライセンシング部門は喜んでいるんです。

●社内のライブラリや開発環境を整備し社外へ広げる

Wii Preview後の記者会見での岩田氏と宮本氏

【Q】 かつての、任天堂プラットフォームでは、任天堂とサードパーティの間で、ノウハウの格差が開いていました。今回は、ノウハウを出すことで、その差を埋めるわけですね。9月の記者会見では、宮本氏が「メインのメンバーが(Wiiの)ライブラリ作りをしている」と説明されました。ノウハウは、開発環境からライブラリとして見える形で出しているんですか。

【岩田氏】 きれいにライブラリとして汎用化できるものと、アドホックでトリビアルなテクニックと両方あります。

 例えば、アメリカのベンチャーのAiLiveさんが、「LiveMove」というWiiリモコンの動きを検出、認識するライブラリを作りました。任天堂がお願いして作ってもらったんですけど、これはまさにライブラリとして統合するイメージで進めています。

 一方で、任天堂のこのソフトの中で、どういう処理をして検出しているか、といった情報は、単純にライブラリとして統合できません。例えば、テニス用の処理が、すべてのソフトに万能で使えるとは限らないので。そうしたものは、情報として提供しています。

【Q】 ゲームデベロッパには、最近の任天堂が変わったと語る人が多くいます。よりオープンになり、コミュニケーションがよくなったと。デベロッパサポートは、どのように変えて来たのですか。

【岩田氏】 当然ですが、社外へのサポートのためには、まず社内の体制を充実しないといけないんです。これは、DSを立ち上げる時から始めたのですが、やはり、プラットフォームの立ち上げの時に、どれだけソフトの作り手の人たちの敷居を下げられるかがすごく重要です。そのために、「社内向けだけでなく、社外に提供することを前提に、ライブラリや環境の整備をしようよ」となりました。そこで、リソースをちゃんと割り当ててチームを作って、環境の整備を以前以上に積極的にしているんですね。

 以前は、プラットフォーム側は最低限しか提供しないで、後はデベロッパさんが頑張るというのが、どちらかというとゲームの文化でした。昔の時代で言えば、「何番地のビットいくつはこういう意味だから、ここを叩け」というのがデベロッパに対するサポートだったんです。ライブラリとかSDKの提供と言うよりは、むしろ、「開発者向けにスペックを公開します、ハードはこうなっているから、後はあなたたちが頑張ってください」という情報提供。私なんかは、ポートをガリガリ叩いていた世代のプログラマですから、実は、それはそれで面白かったんです(笑)、デベロッパとしてですけど。

 ただそれだと、デベロッパが、みな同じところで苦労をしてしまう。開発チームの数だけ、同じ苦労を重ねることになります。これは、無駄です。ましてや今は、リソースの増大が課題とされている。それなのに、ただ絵を出すだけで皆が苦労していてどうするんだと。絵を出すくらいは、与えられた環境でさっとできるようにしないといけない。

 今は、うちも、そういう方向に、はっきり舵を切って動いています。ライブラリを社内専用ではなく、当社のプラットフォームの上の全デベロッパに使っていただくんだと。もちろん相手が望めばですけど。

●ソフト開発者としての経験から開発効率アップへ

【Q】 ライブラリを共有化すれば、それだけデベロッパの開発労力を減らすことができる。これは、PCやサーバーのソフトウェアでは常識ですが、ゲーム開発では最近まで、実現されていませんでした。デベロッパとしての経験も活かされているんでしょうか。

【岩田氏】 ええ、これは、以前、自分がソフト開発会社にいた時から考えてたことなんです。その当時、開発というフェイズの中に、人間がやるしかないことと、コンピュータがやれるのに人間がヒーヒー言ってやっているものがある。それなら、人は人しかできないことをやって、後はできるだけ自動化しよう、と考えて取り組んだ時期があったんです。ですから、そういうことをしっかりやれば開発全体の効率アップにつながるという強い実感がありました。

 当然、任天堂の開発現場でも、そういう思いを抱いている人がいました。ですから、彼らとよく話をして、チームを作って、しっかり時間とリソースを割り当てるようにしました。社内の体制が強化されたので、結果として外から見た場合、任天堂が以前よりサポーティブであると言っていただけるんだと思います。

【Q】 MicrosoftはエンドユーザーがXbox 360向けのゲームを簡単に開発できる環境として「XNA Game Studio Express」を提供しようとしています。デベロッパのコミュニティを、エントリレベル側に広げる試みです。昨年(2005年)のGDCでは、あなたも学生時代からゲームプログラミングをして来たことを明かしました。Microsoftのこうしたアプローチはどう見ていますか。

【岩田氏】 僕らは段階があると思っているんです。今まだ、プロのゲーム開発者に任天堂が提供している環境が、自分の中で満点ではないんですね。私は自分がソフト開発者だったので、開発者の目で見て、今の環境に改善の余地がないと言えるかというと、全然そうじゃない。もっともっとやらないといけないことがある。

 それをやった後に、もっと幅を広げるために、例えば、学生さんや社会人の方たちが、アマチュアとしてゲーム機プログラムをできるようにするという可能性は否定はしないんです。けれど、その前にプロの環境を隙がないようにしたい、というのがあります。

2005年のGDCのキーノートスピーチでは、岩田氏は自らのゲーム開発のルーツについて語っている。高校時代にHP電卓をクラスで最初に購入、グラフィックスがない野球ゲームを開発したことや、ゲームプログラミングを学びたいと考えて東京工業大学に入ったこと、秋葉原で同好の仲間を見いだし、それがHAL研究所の立ち上げに加わるきっかけになったことなど

●変わり始めた欧米のゲーム市場

【Q】 Wiiのアプローチは、日本のゲームデベロッパには親しみ易いのですが、欧米のゲームデベロッパをひきつけることができるのでしょうか。ゲーム市場自体の規模は、今や、海外の方がはるかに巨大になっています。そして、欧米市場では、デベロッパはグラフィックスやコンピューティングを高度にすることで、ゲームを進化させようとしているように見えます。9月の合同記者会見の際に、私のこの質問について、次のように答えていただきました。

【岩田氏(9月)】 私も、じつは1年くらい前は、似た印象を持っていました。DSが日本でだんだん受け入れられても、欧米ではまだという時期が明らかにありました。やはり、欧米はまだ性能至上主義で、豪華ですごいゲームが未来を切り開くし、スポーツ、映画ベース、バイオレンスベースのゲームにしても、高性能が有利で、それを欧米のゲームメーカーが求めている。それで市場が拡大しているのだから、もっとそうしたい、というが欧米の開発者の考えだと聞いていました。

 ところがやはり、欧米業界も昨年(2005年)末あたりは飽和現象が起きて、そして2006年の前半はちょっと縮小気味。で、ここ何カ月かはゲーム業界は、ちょっと昨年よりよくなっているんですが、何が違うかというとDSが売れている。

 特にヨーロッパではヒットチャートの上位にDSのソフトがごろごろあって、「これは日本のチャートか」と私が見て思うくらい劇的に変わりました。すると、欧米のデベロッパと話をしても内容がすごく変わって来たんです。「自分たちも、今までと同じやり方一直線ではコスト効率がこの先悪くなるかもしれない。その意味で、任天堂の提唱する方向も非常に面白い」と言っていただけるようになった。

 ですので、今、私は、Wiiの提唱するやり方が欧米のデベロッパの要求を満たしていないとは感じていないんです。ただ、当然幅があります。今でも、より豪華なゲームを作りたいという方にとっては、任天堂はファーストチョイスにならないかもしれない。一方、そこはパワーゲームの世界なので、予算があって規模とノウハウを多く持った会社が有利な場所になります。それ以外の場所では、任天堂のアイデア勝負には非常に共鳴すると。ですから、流れは明らかに変わって来ていると思います。

●海外でのDSの躍進が状況を変え始めた

【Q】 あれから2カ月ちょっと、米国でWiiは非常に好調な立ち上がりで、その裏には米国大手ゲームパブリッシャのサポートがありました。米国でもデベロッパのWiiへのサポートは、強まっているように見えます。

【岩田氏】 ますますそう思いますね。私は海外に行くたびに驚くんです。西洋では、日本と違って“ゲーム離れ現象”が表面には見えていませんでした。ですから、2005年の終わり頃(欧米ゲーム市場が停滞したと言われ始めた時期)に思ったのは、これはある種のゲーム離れのちょっと違う表面化だなと。実際、人に聞くと、「同じようなものばかりで最近は新しい動きがないよね」という方は確かにいるんですが、日本のように市場の縮小が何年も続くという状況ではありませんでしたから。2002年にガガッと市場が伸びて、高止まりしていましたので、欧米では、もう少し時間が経たないと同じ認識を共有できないのではないかと思ったんです。

【Q】 しかし、欧米でもゲームコンソールの停滞感が強くなり、その一方で、DSが躍進を始めました。その影響は大きいのでは。

【岩田氏】 はい。実は、2006年の夏に海外でもDS Liteが出たり、春から夏にかけて『脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)』が出たり、『nintendogs』が日本以上にアメリカやヨーロッパでヒットしたりということが実際に起きました。すると皆さん考えるわけですね、日本市場で起きていることの意味を。

 それからDSを実際に遊んでみると、また違う見方が産まれてくる。例えば、欧米のゲームデベロッパの方が「私のワイフは全くゲームに興味を示さなかった。ところが脳トレはやるんだよ、nintendogsは触るんだよ、自分の仕事は触ってくれないのに任天堂が作ったものには触る。おれは悔しい」となるわけです。

 こうやって、DSで遊ぶ人が広がることで、素晴らしいと言って下さる方が急速に増えた。だからやっぱりお題目じゃなくて、実例があって「おまえたちの言っていることがわかった」と初めて言ってもらえるんだと思うんですね。

●EAが主力タイトルのWii版をローンチにリリース

【Q】 2006年春のGDCでは、キーノートスピーチの中で脳トレをフィーチャして説明しましたね。スピーチに出席した欧米のゲームデベロッパ全員に、脳トレソフトの実物も配布しました。反応はどうでしたか。

【岩田氏】 ええ、GDCで「話は分かった」と言う方はたくさんいたと思うんです。でも、あの時点では、腹の底に落ちて分かったという方は少なかったかもしれない。

 しかし、今は、欧米のメディアやデベロッパの中にも、「任天堂の言っていることには価値がある。新しくゲームの定義を広げて、規模や複雑さに依らずに新しいテーマを持ち込むことで、新しい人をゲームの世界に呼び込める可能性がある。また、新しいユーザインターフェイスのトライアルも面白い」と言う声が出てきている。

【Q】 それが欧米のデベロッパのタイトルが揃った、米国でのWiiのローンチにある程度つながるわけですね。

【岩田氏】 今回、Wiiのタイトルでは、Electronic Arts(EA)さんが、リモコンヌンチャク(Wiiリモコンに拡張モジュールを装着した状態)で操作する、「Madden NFL 07」(アメフトゲーム)を頑張って作ってくれたんです。彼らが、何を言っていたかというと、「Maddenは確かによく売れていて、今でもEAの看板ゲームだけれども、やっぱり新しいお客さんに対しては年々敷居が上がっている。Maddenが、今売れなくなるとは思わないけど、新しいお客さんが取れていないという現実がある。それに対して、Wiiのようなアプローチは歓迎しているんだ。Maddenの世界に、Wiiの直感的でわかりやすい操作で人が入って来てくれれば、自分たちにとっても新しい可能性が広がる」と。どちらかというと、重厚長大が一番得意なEAでもそう言ってくださる。

 その一方、EAの対極にあるような小規模デベロッパも、任天堂に共鳴するところがある。小規模デベロッパの中には「パワーゲームの世界になったら俺たちの出る幕はないと思っていた。だけど、任天堂は希望を見せてくれた」と言ってくれる人が出て来ている。

 すると、単純に日本はOKで西洋はダメということではないんです。今まで、ビデオゲームは、世界的にずっと一方向に向かって来た。より重厚長大に、より豪華に、より多く、より複雑にと。ところが、その一方向だけじゃない路線があっていいと、多くの方に共感していただけるようになった。そういうことだと思います。

【Q】 DS/Wiiの、ユーザー人口を拡大するというアプローチが世界で通用すれば、ワールドワイドのゲーム人口が増えることになります。Wiiの手応えは、感じ始めたのでしょうか。

【岩田氏】 日本で開催したWii体験会の会場を覗いてみると、お父さんと息子さんといった組み合わせで、楽しそうに遊んでいただけている。開発者も、お客さんが楽しそうに遊んでいるのを見ると、今まで取り組んでいたことが受け取られるのが分かるので嬉しいと言っています。こういう感触が得られることは、心強いですね。

【Q】 私の家は男の子2人がゲーマーで、今まで末の娘だけがゲームをしなかった。ところが、DSをきっかけに娘もゲームをするようになり、ゲーム人口は5人家族の80%にまで増えました。DS効果は肌で感じています。

【岩田氏】 今度は、Wiiで、ぜひゲーム人口100%になることを願っています(笑)。

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【12月11日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(3)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1207/kaigai325.htm
【12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(2)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1207/kaigai325.htm
【12月6日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(1)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1206/kaigai324.htm

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(2006年12月12日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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