元麻布春男の週刊PCホットライン

ViivとVistaに感じる日米の齟齬




CEATEC 2006で基調講演を行なうErik Kim副社長兼デジタルホーム事業部長
●IntelのCEATECでの講演はViivがテーマ

 10月3日から幕張の日本コンベンションセンター(幕張メッセ)で、CEATEC 2006が始まった。

 アジア最大規模のエレクトロニクス関連の展示会ではあるものの、PC関連の話題は必ずしも多くはない。これはPCがとっくの昔に「日本の産業」ではなくなっていることを考えれば、やむを得ないところだろう。最もPCに近い話題は、初日に登壇したIntelのErik Kim副社長の基調講演ということになる。

 Kim副社長は、この7月20日付けの人事で、The Digita Home Groupの事業部長に就任したばかり。先のIDFでは、同事業部による基調講演がなかった(最終日にTechnology Insights枠による、事業部CTOのBrendan Traw氏の講演はあったが)ことを考えると、大きなイベントでの基調講演を、事業部長として行なうのは、あるいは初めてのことかもしれない。

 もちろん内容はデジタルホーム、コンシューマ向けのIntelプラットフォームである「Viiv」を中心としたものであった。が、これはKim副社長、あるいはIntelに限った話ではないのだが、米国企業の本社からきたスピーカーの発言は、日本市場の現状に即していないのではないか、あるいは日米間の相違にあまり敏感ではないのではないか、という思いを禁じ得ない。

 現状でViivの中核と考えられているのはAV機能である。ここでは、AV機能で戦って、PCはAV機器(専用機)に本当に勝てるのかとか、現状ではほかに適切なアプリケーションがないからAV機能を前面に押し出して戦わざるを得ないだけではないか、といった批判はとりあえず置いておく。AV機能で厄介なのは、コンテンツの問題が必ず関与してくることだ。

●PCに表われる日米の事情の違い

 伝統的なPCのアプリケーションソフトウェア(生産性向上のツール群)は、少なからずユーザーがデータを生成する。が、AV、ゲーム、Webブラウザといったアプリケーションは、基本的にユーザーは他者の作ったデータを利用することが基本になる。データが他者のものだから、そこに権利関係がどうしても発生する。権利関係を管理するために、DRMという問題が生じる。そして、誰が権利関係のボスか、という問題も避けられない。

 米国において、コンテンツ産業の王様は映画産業である。王様というのは、カネと権力が最も集まっているところ、というくらいに考えてもらって構わない。ところが、日本におけるコンテンツの王様はTVである。まずここが違う。TVと映画ではDRMに対する考え方も同じではない。エンターテインメントPCのあり方も当然変わってくる。

 わが国でリビングルームPCといえば、テレパソと呼ばれることもあるくらい、TVの視聴機能は不可欠である。TVが王様であることを考えれば当然のことだ。TVを少しでも良いコンディションで視聴し録画するため、ゴーストリデューサーやハードウェアエンコーダチップを始めとする「高画質化機能」が重視される。もちろん、上位モデルに関してはデジタル放送への対応が不可欠だ。

 だが、米国のリビングルームPCにTVチューナは必ずしも必要とされていない。そもそも、電波を使ったTV放送を視聴している人口が少ない。多くは、ケーブルTV会社と契約し、そのセットトップボックス経由で、ペイパービューの映画などと同じようにTVのコンテンツも楽しむ。TV番組を見るためにPCにまず求められるのは、セットトップボックスの出力を受けるビデオ入力であり、TVチューナ機能ではない。最近のNVIDIAやATIのビデオカードには、ビデオ入力機能を標準で備えたものが少なくないが、セットトップボックスの出力を受けると考えれば、これで用が足りるわけだ。

 こうしたコンテンツ産業の違いは、リビングルームPCにも影響を与える。日本のテレパソは、TVチューナ、液晶ディスプレイ、DVDドライブに資金が投下されている。また多くの場合、デジタル放送のDRM規制をクリアするため、TVとPCの一体化を余儀なくもされている。

 その一方で、PC機能の中心であるCPUは安価なCeleronが主流で、GPUもチップセット内蔵で済ませていることが少なくない。ビデオの表示に、システム負荷の小さいオーバーレイが選択されることが多いのは、デジタル放送やHD DVD/Blu-rayといったHDビデオのデコード負荷が高いこともあるが、CPUやGPUにあまり予算を投じられないことも無縁ではないだろう。わが国ではゲームは専用機のコンテンツであり、PCでゲームを楽しむユーザーは限られるから、CPUやGPUに資金を投じてもリビングルームPCのセールスにはつながらないと考えられている(ゲームで専用機に勝てなくて、AVで専用機に勝てるのだろうか、という批判も置いておこう)。

 一方、米国のリビングルームPCでは、TVチューナはオプション扱いであることも珍しくない。内蔵している場合も、TV番組を録画する際のエンコードはCPUによるソフトウェアエンコードが中心だ。その代わり、CPUやGPUには、ハイエンドでなくてもそこそこのものが使われていることが多い。わが国に比べれば、PCゲームは米国ではポピュラーである。

 こうした違いが現れるもう1つの部分はOSの選択だ。日本ではテレパソのOSとして、Windows XP Home Editionが選ばれることが少なくない。Windows XP Media Center Editionが選ばれている場合も、TV視聴機能にWindowsのMedia Centerを使っている例は少ない。Media Centerがわが国のデジタル放送に対応していないことが原因だが、逆の見方をすれば、わが国のデジタル放送が、独自の規制への対応を全世界共通のプラットフォームに対して要求しているともいえる。

 米国では、この種のPCのOSにはまずWindows XP Media Center Editionが選ばれる。TV放送を視聴するオプションを加える場合もMedia Center機能で済まされることが多い。Media Centerのビデオ機能は、DirectX Video Acceleration(DXVA)を用いており、オーバーレイ表示に比べると高級なCPUとGPUが必要になる。

 つまり、TVチューナやハードウェアエンコーダーチップにお金をかけるのが日本流、CPUとGPUにお金をかけるのが米国流、というのが乱暴な分類である。そして必須コンポーネントにWindows XP Media Center Editionを含むViivは、明らかに米国流のプラットフォームだ。

 基本的にViivは、IntelのプレミアムブランドのCPU(PentiumおよびCore 2 Duo)をプロモートするためのものである。CentrinoのロゴがMobile Celeronには決して与えられなかったように、ViivのロゴはCeleron D搭載PCには決して与えられない。Core 2 Duoを売るためにViivがあるのであって、Viivを売るためにCore 2 Duoを作っているわけではない。

 わが国でViivがどうしてもパッとしない印象なのは、Windows XP Media Center Editionを中核としたViivのソリューションが、日本の特殊事情(デジタル放送)に対応できないという問題に加え、日本のプラットフォームのあり方(安価なプラットフォームに、高品質なAV機能を組み合わせる)と合致しないからだ。

 来日するIntel本社のエグゼクティブのスピーチにどうしても違和感を感じるのは、現状での違いを踏まえたものではないからではないかと思っている。同じ“Viiv”を米国流の“ヴァイブ”ではなく、“ヴィーブ”と呼ばせることに、日本のプラットフォームと米国のプラットフォームは似ているけど違うのだよ、という意味が込められていたのだとしたら、何という深謀遠慮だろう。

●Windows Vistaが改革のきっかけとなるか

 少なくとも現状のアナログ放送を前提にする限り、日本流の方がTVを見たり録画する品質や安定性は上だと思う。つまり日本の消費者は現時点においてあまり損はしていないと思うが、これは長く続かないだろう。間もなく登場するWindows Vistaが、AV機能を備えたプラットフォームのあり方を変えてしまうからだ。

 Windows Vistaではビデオのオーバーレイ表示は推奨されない。具体的にはWindows Vista Aeroとビデオのオーバーレイ表示は両立しない。オーバーレイ表示を必要とするアプリケーションを起動すると、WindowsはAeroを一時的に無効にする(UIはWindows Vista Basicに落とされる)。オーバーレイアプリケーションを終了させると、UIは再びWindows Vista Aeroへ復帰する。

オーバーレイを利用するプログラムが起動され、実際にオーバーレイサーフェイスが要求されると、Windows Vistaはこのような警告メッセージを表示してVista Basicへ移行する(Aero実行時のみ)

 システム負荷の小さいオーバーレイ表示が推奨されなくなるのは、オーバーレイ表示を行なうサーフェイスが、OSにとって一種のブラックボックスであり、そこを十分に管理できないからだ。言い換えれば、ハリウッド(米国コンテンツの王様)が求めるコンテンツ保護、セキュアな動画再生環境が構築できないのである。

 長期ライセンスの企業ユーザーと異なり、コンシューマー市場のプリインストールOSは、新版のリリースと同時に更新される。つまり2007年の1月にWindows Vistaがリリースされると、量販店の店頭に並ぶPCのOSは基本的にすべてWindows Vistaになる。低価格なテレパソなら、UIがWindows Vista Basicで、TVがオーバーレイ表示でも問題はないだろうが、購入後、ユーザーがグラフィックスカードをAero互換にアップグレードすると破綻してしまうだろう。また、すでに販売済みのテレパソのアップグレードという極めて厄介な問題は避けられない。

 問題はViivが対象にするようなハイエンドモデルだ、地デジやBSデジに対応するようなハイエンドモデルが、TV表示を行なうたびにUIがガチャガチャ切り替わるというのは、ちょっと考えられない。これを避けたければ、これまでオーバーレイ表示を前提に作り込んできたAV機能を、すべてDXVA対応に作り直さなければならない。おそらく各メーカーは、必死にこの作業に取り組んでいることだろう(そういえば、PC向けTVチューナカードの大手であるカノープスが、今年は新製品を発表していないことにお気づきだろうか)。果たして2007年の1月にこの作業が間に合うのか、各社の技術力が試されている(この理由により、テレパソへのWindows Vistaアップグレードは、しばらく様子を見ることをお勧めする)。

 もしこの移行がうまくいけば、否応なく日本と米国のプラットフォームの差は縮小する。Intelが言うViivのメッセージも、もう少し届きやすくなるかもしれない。

□関連記事
【9月29日】【山田】【特別編】Viivの行方
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1004/config126.htm

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(2006年10月5日)

[Reported by 元麻布春男]


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