6月まで松下電器の社長を務めた中村邦夫氏(現会長)は、2001年度には約4,200億円の赤字という、同社創業以来最悪の決算から、「中村改革」と呼ばれる構造改革を断行。「破壊と創造」に取り組み、この数年の間に、勝ち組の筆頭に掲げられる企業へと大きく転換させた。中村氏を指して、「21世紀最初の、歴史に残る経営者」と称するエコノミストもいるほどだ。 そして、そのあとを受けて、6月に社長に就任した大坪新社長には、中村改革以降の成長戦略が求められている。大坪社長自らも、就任会見では「成長へのフェーズチェンジ」を基本方針に掲げ、成長戦略の実行に挑む姿勢を見せる。大坪社長は、果たしてどんな舵取りを行なおうとしているのだろうか。Web媒体では、初めての単独インタビューとして、大坪新社長に同社の事業方針を聞いた。 -- 7月7日に行なわれた社長就任後初の会見では、「成長へのフェーズチェンジ」、「モノづくり立社」、「現場主義」そして、「闘う松下」といった言葉を掲げましたね。個人的に気になったのは、改めて「闘う松下」を強調したことです。なぜ、この言葉を使ったのか。まず、この意味からお聞かせください。 大坪: もともと「闘う松下」というのは、中村前社長が使い出した言葉です。実は、パナソニックAVCネットワークス社(PAVC社)の社長時代に、中村さんから、「闘う松下のスタンスを強烈に打ち出せ」と言われたことがあった。それも一度ではありません。常々、中村さんは、この世界はオセロゲームだと言います。勝ち組が、あっという間に、負け組になる。この競争の厳しさはみんな実感している。 PAVC社は、プラズマTV対液晶TVという激しい戦いの中にある。これから液晶陣営が大画面化において攻勢をかけてくるのがわかっている。私もそれを強く意識しているつもりでいたが、中村さんは、「もっと闘う姿勢を出せ」、「徹底的に闘え」という。そう言われて、初めて、闘う意識が十分でないことがわかった。闘うというのは、あらゆる手立てをつくすこと。その徹底ぶりは尋常ではない。このときに初めて、これが、闘うという意味であると痛感したのです。そういうことを経験して、私も改めて、「闘う松下」という意味を強く考えた。
私の推測ですが、中村さんは、2001年度の大赤字から、業績が順調に回復してきたことで、社員の中に安心感があることを察知していたはずです。ですから、「闘え」ということを改めて言ったのではないかと。 他社との激烈な競争を勝ち抜くには強い意志がいる。それをもっと強く従業員に浸透させなくてはいけない。それがグローバルエクセレンスの実現に直結する。 2005年度を終了して、外部からは、「これでもう営業利益率5%が見えたでしょう」と言われる。社内にもその達成がほぼ手中にあることを感じている節がある。そうした状況で、バトンを受けた私としては、社員がそんな意識のままでいてもらっては困るわけです。私が、中村さんから言われて感じとった以上の危機意識を、全社員に持ってもらわないと、行く先は「5%で終わり」ということになる。だから、いまこそ、「闘う松下」を徹底することが必要なんです。 そして、私が言う「闘う」対象は、競合他社だけではなく、松下の内部も対象になる。松下電器の社内には、まだ20世紀型の古い体質が残っている。意味のない因習やしがらみがまだまだ残っている。私はそれを強く感じています。これを破壊しつくすためには戦わなくてはならない。中と闘うことは、外と闘うことと同じぐらい重要なことなんです。
-- 社内に残っている体質の中で気になる部分はありますか。 大坪: 私が感じるのは、仲良く、摩擦を恐れずにやろうという意識があることです。また、過去のやり方をそのまま踏襲している部分も目につく。なぜこれをやらなくてはならないのか、なぜ必要なのか。それを考えて、必要なことに対して、明確な答えを持った行動でなくてはならない。単に過去のやり方を踏襲しているだけというものが残っていれば、私は徹底的に潰していくつもりです。 中村さんは、古い松下を変える象徴として、組織にぶらさがっているだけの人間はいらないといった。それは私も同じです。スキルも何もなく、会社の過去の流れに乗って、自分のポジションに安穏としているような社員はいらない。ただ、多くのノウハウを持っているベテランの人たちがいる。こうした人たちが元気をなくすと困る。彼らにはもっと活躍してほしいと考えています。 一方で、若い人たちが思っていることをはっきり言う体質へと変わり始めてきた。課題は、これを、どうやってもっと活用するか、という点です。私は、若い人と話す機会をなるべく多く持ちたいと努力しているが、私一人では限界もある。各ドメインのトップの方にも、それをお願いしています。また、女性の活躍や、外国人の活躍にも期待したい。いまは、外国人の役員は1人だけだが、中堅レベルでの活躍は世界各国で目立ってきているし、女性の活躍の場も広がっている。松下電器は、多様性という観点で、まだ力を発揮できる余地がありますよ。 -- 大坪社長が社内に向かって「闘え」と言った時には怒っている時だと。 大坪: いや、私は、松下電器のこれからの経営には、後ろ向きだとか、受け身になるイメージは作りたくない。すべてが、前向きで、ポジティブでありたい。社内に「闘え」と言ったら、「また怒られた」、「駄目だった」、「やり直そう」というのではなく、武者震いするような、そんな体質にしていきたい。
-- 「モノづくり立社」という言葉は、今回、大坪社長が初めて打ち出した言葉ですね。これまでは、「技術立社」という言葉を使っていましたが、技術立社の進化が、モノづくり立社と捉えていいですか。 大坪: そう受け取ってもらって結構です。モノづくり立社でいう「モノづくり」とは、製造部分だけを指すのではなく、商品を生み出すプロセス全体を指すものです。開発、企画、デザイン、設計、調達、製造、品質、マーケティング、サービスに至るまでの、すべてのブロセスがモノづくりの構成要素となります。そして、それが「商品」に結実する。モノづくりのすべての領域で強みを発揮することがモノづくり立社の基本的な考え方です。 特に、大切にしたいのは、「裏の競争力」。生産性、コスト、品質、共有化、リードタイムの短縮といった一般消費者からは見えない現場の競争力を持つことこそが、製品の価値創造の源泉であり、それが収益に直結する。 -- 「裏の競争力」は、ソニーの中鉢良治社長も使っている言葉ですね。 大坪: 中鉢さんとは何度かお目にかかりました。お互いに製造現場を経験してきたせいでしょうか、似ているなぁと思う部分もありますよ(笑)。 -- モノづくり立社は、ずいぶん前から考えていた言葉なのですか。 大坪: 実は、社内で内示を受けてから、2月23日の社長交代発表会見までは、沈黙の期間で(笑)、誰にも相談できずにじっと社内のことを考えた。その時には、これからも基本的な考え方は、「技術立社」になるだろう、と考えていました。だが、記者会見が終わったあとは、沈黙の期間から解放されますから、もっと自由に動き回れるし、発想が自由になる。そこで、いろいろな人とお会いし、話をすると、どうも、技術立社だと、技術の部分や技術者に焦点があたりすぎる嫌いがある。製造業で大切なのは、技術をベースにして、さらに、すべてのことが絡み合って商品を作ること。ですから、モノづくり立社だと。 それと、私が考えていること、言いたいこととを、もっとも端的に示しているのが、モノづくり立社なんです。技術立社というと、質問するほうも、どうしても技術とか、知財の話になりがちです。しかし、モノづくり立社といった途端に、経営に対して幅広いレンジでの質問がくる。それに対して、私も答えやすいし、いまの松下電器をもっとも的確に表現しやすい。 -- すでに海外の機関投資家とミーティングを行なってきたようですが、モノづくり立社という言葉は、彼らに認識されましたか。 大坪: 英語では、「マニュファクチャリング・オリエンティッド」という表現にしました。確かに、欧米には、自動車メーカーなどの大手製造業はあるものの、松下電器のようなAV中心のメーカーがない。日本や韓国の投資家のように、自分の住んでいるすぐ隣に、そういうメーカーがあるわけではないですから、なかなか直感的にマニュファクチャリング・オリエンティッドは、解釈してもらえなかったようです。 ただ、私は、機関投資家の方々に、大画面TVのプラズマ対液晶の意味を改めてご説明さしあげた。これが、マニュファクチャリング・オリエンティッドを理解することにつながり、私のメッセージが力強いものとして伝わったようです。 -- プラズマ対液晶という観点では、どんなことを言われたのですか。 大坪: 例えば、プラズマパネルの製造コストは、液晶に比べて少なくて済む。これは、裏を返せば、残りのコストのウエイトが多いというです。果たして、この構造はコスト競争力上、優位なのか、優位ではないのか。あるいは、どういう考え方をするべきなのか。この点を示したわけです。パネルのコスト構成比が少ないことは、残りの部分に、製造をしている人の知恵が生きる余裕度が大きいということにつながる。そこに毎年、毎年投資をし、工夫することができる。これこそ、モノづくり立社そのものの姿なのです。よりよい商品をつくるために、あらゆる部門の人たちが、必死になって知恵をつかう。これが我々が目指す製造業であり、モノづくり立社の肝であると考えています。 -- 現場主義を、かなり強く強調しましたね。 大坪: 現場主義とは、現場、現物で議論することです。現場に出向いて、一番詳しい人と、直接、対話をすることが大切。私は、「NATOはNG」だと言っています。NATOとは北大西洋条約機構の意味ではなく(笑)、No Action, Talk Onlyの意味。口ばかりで、行動しない人はいらないということなんです。とにかく行動することが大切だということを社員にも訴えました。
-- これをあえて強調したのは、現場主義が欠如している、と感じたからですか。 大坪: いや、現場主義が欠如しているわけではない。ただし、10%という営業利益率をあげることがどれだけ大変なことなのか。奇手奇策によって、わずか1年、2年で、営業利益率10%を実現できるはずがない。そうした考えは間違いです。そこに捉われると、自分たちの製品そのものや、仕事そのものを徹底的に見直して、いまの5%の体質を、底力によって、6%、7%へとあげていく必要がある。あえて、現場主義を打ち出したのは、自分たちの足下をもう一度見つめ直す必要がある、という意味であり、前向きな意味を込めているのです。
□松下電器のホームページ (2006年8月30日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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