3月中旬 発売 価格:56,700円 連絡先:CPサービスセンター セイコーインスツル(以下SII)の「SR-E8500」は、英語学習/研究に特化した電子辞書だ。オックスフォード英英・類語辞典といった英語を本格的に学ぶためのコンテンツが充実しているほか、パンタグラフ式のキーボードやマグネシウム合金の本体といった、ノートPC顔負けの機構/仕様を誇る製品である。 ●「英語特化モデル」の普及機
本連載でこれまで取り上げてきた電子辞書は、いずれも「生活総合型」と呼ばれるオールマイティな製品であり、学習からビジネス、旅行まで、幅広いジャンルのコンテンツが収録されていた。 家族の誰もが使える便利さの反面、英語や中国語など特定語学の専門的な学習や、高校生の受験対策といった特定ジャンルにフォーカスした場合、やや力不足であったのは事実だ。PCに例えると、テレビ録画はそつなくこなすものの、チャプター単位での動画編集が行なえるほどの機能は装備していない、といった感じだろうか。 そのため、各電子辞書メーカーは、各用途に特化したモデルをラインナップとして取り揃えたり、別売で追加用のコンテンツを用意しているのが一般的だ。今回取り上げるSIIの「SR-E8500」は、そんな特化型モデルの1つで、英語学習に特化したモデルである。コンテンツ数は24個と、生活総合モデルに比較すると少なめだが、そのうち英語関連のコンテンツ数が13個を占めるほか、同じ英語関連でも旅行英会話系のコンテンツは収録しないなど、学習・研究用途に役立つ英語コンテンツにフォーカスしていることが最大の特徴だ。 ●筐体はコンパクト。液晶やヒンジの作りはややチープ まずは製品の外観から見ていこう。 本製品は液晶画面の大きさを追求するのではなく、携帯性を重視したコンパクトな設計となっている。幅と奥行きは、本連載の第1回で紹介したシャープ「PW-N8100」とほぼ同じだが、本製品のほうがやや薄く、上面もフラットであるため、本製品のほうが圧倒的にコンパクトに感じる。 重量は240gと、PW-N8100の295gと比べると2割ほど軽く、実際に手に持ってもはっきりと違いがわかる。数十gの違いとはいえ、店頭でデモ機を手にした場合、機種選定の決め手になりかねない部分だ。
「SII」のロゴが掘り込まれた上蓋部は、マグネシウム合金によるマットなシルバーを基調としており、非常にスッキリした外観だ。四隅にはリベットが露出しており、どことなくコンクリート打ちっぱなしのマンションを想起させる。頑丈さを視覚的に強調するためのデザインかもしれないが、やや無骨な印象を与える。
ヒンジの作りはやや甘く、蓋を開けた時に意図した角度でピタッと止まらず、若干の遊びができてしまう。筆者が所持する個体の問題かと思いWeb上で調べてみたが、ほかにも同じ症状に遭遇している人はいるようだ。ガタつきがあると取られかねない症状で、やや気になる。 画面のドット数は320×240。前回のカシオ「XD-GT6800」(480×320)のちょうど半分のドット数ということになる。実際に使っている限りではスペック表の数値ほどの差は感じないのだが、メニュー画面のデザインがやや大雑把ということもあり、タブ形式の詳細なメニューを採用した他社製品に比べると、どうしても見劣りする。メニューを2ページに分けなくても、もっとコンパクトにまとめる方法はあるのではないかと感じた。
液晶画面はやや視野角が狭く、ナナメ方向から見ると稀に二重に映って見えることがある。過去にレビューしたカシオ製品やシャープ製品では見られなかった傾向だけに、少々気になるところだ。コントラストをきちんと調整した場合でも、バックライトは事実上必須と見たほうがいいだろう。また、カシオ製品の液晶と比べると、黒が黒でなく、ややグレーがかって表示される点については、気にするユーザーはいるだろう。
電源は単4電池×2本を採用しており、電池寿命は約90時間とされている。また、別売ながらACアダプタも利用できる。旅行用のコンテンツを収録せず、もっぱら机上での学習を前提とする製品だけに、この配慮はありがたい。 音量の調整は、メニューボタン→環境設定から行なう。本体側面のダイヤルで直感的な操作が可能だったカシオ製品や、音量大/小ボタンが付属していたシャープ製品に比べると、インターフェイス的に劣っていることは否定できない。特に、スピーカーとイヤフォンを切り替えて利用する場合は、いちいちメニューを開いて音量を調整する必要があり、厄介だ。
本製品上段のファンクションキーはやや操作方法が特殊だ。他社製品の場合、1つのコンテンツに1つのキーが割り当てられているのに対し、本製品では例えば「和英」を1回押すとジーニアス和英辞典、2回押すと和英表現辞典が呼び出されるといった風に、押す回数によって複数のコンテンツが呼び出せるようになっている。最初はやや戸惑うが、慣れてくると非常に使いやすくなる。 ●ノートPCと同じ、パンタグラフ式のキーボードを採用 本製品の大きな特徴として、キーボードにノートPCと同じパンタグラフ式を採用していること挙げられる。同社ではこれを「カイテキー」と呼称しており、ノートPCと同じ打鍵感を得られることから、同社製品を熱狂的に支持するユーザーも多い。 ただ、ノートPCとまったく同じ使い勝手を想像して製品を購入すると、実際に利用した際にやや戸惑うのも事実。その原因は、単純にキーサイズとピッチの問題だ。SR-E8500の場合、キーのピッチが約13mmしかなく、これはXD-GT6800の16mmよりも小さい。つまり、打鍵感こそノートPCと同じでも、キーボードの面積そのものが狭いため、タッチタイプを困難にしているのだ。
とはいえ、パンタグラフ式できちんと打鍵しようとすると、それこそかつてのNEC「モバイルギア」級のキーボードを採用しなくてはならないわけで、これはある意味仕方のない問題だと言える。筆者個人の印象としては、タッチタイプに限ればカシオのXDシリーズ、打鍵感を優先するのであれば本製品を推したい。両手でホールドして親指で打鍵するというスタイルに限れば、SII社製品の右に出る製品はないと思われる。 話が前後するが、キー配列そのものは一般的なQWERTY配列に準拠している。上段のファンクションキーは、シャープやカシオ製品のようにアルファベットキーと間を空けてレイアウトされているのではなく、ぴったりと隣接しているのが特徴だ。下段の上下左右キーや決定/訳キーも同様の配置で、ほぼ全面がキーというデザインになっている。前述のファンクションキーへのコンテンツ割り当ても含め、シャープやカシオ製品とはまったく別の進化の系譜をたどってきた電子辞書という印象だ。 ●充実のネイティブ発音コンテンツ。ただしスピーカーは難あり 冒頭で述べたように、本製品に搭載される全24コンテンツのうち13コンテンツが英語関連である。それらの中には、例えばオックスフォード英英辞典のように、他社製品のほとんどが第6版を収録している中、本製品はいち早く第7版を収録するなど、こだわりを感じるコンテンツも数多い。 それらの中で最大の特徴と言えるのが、ネイティブ発音による音声機能の充実だろう。本製品では「ジーニアス英和大辞典」で見出し語約28,000語、TOEICテストは単語約1,600語、熟語約900語、例文約1,600文を、ネイティブスピーカーの発音で聞くことができる。コンテンツ数を羅列するといまいちピンと来ない人もいるだろうが、他社のジーニアス英和大辞典では多くても約14,000語しか収録されていないことを考えると、その倍、28,000語という収録数は圧倒的である。リスニング用途にはうってつけで、特にTOEICの受験を考えているユーザーには心強い存在だ。 この音声コンテンツについて、他社製品と比較してみよう。例えばカシオの電子辞書は、ネイティブ音声と合成音声(トゥルーボイス方式)の2通りを収録している。後者については、どのコンテンツのどの単語でも読み上げが行なえる半面、文章をソフトウェアで解析して発音するアルゴリズムのため、実際には有り得ない発音をする場合がある。製品の説明書にも「単語・例文によっては適正でない発音をする場合があります」と記されているほどである。 その点、ネイティブ音声に限定して収録してある本製品は、特定の辞書=ジーニアス英和大辞典からの音声読み上げしか対応していないものの、どの発音もネイティブであるという安心感があり、実用性は高い。もし今後、本製品が他のコンテンツでも音声読み出しを可能にすれば、28,000語という数もあいまって、最強の英語学習用の電子辞書となることは間違いないだろう。 ただ、1つ残念なのは、音量調整のためにわざわざメニューを呼び出さなくてはいけなかったり、スピーカー音がこもって聞こえるなど、充実したネイティブ音声コンテンツを生かすためのハードウェアが力不足に感じられることだ。コンテンツそのものでは他社製品を凌駕していながら、それを生かすハードウェア面が追いついていないのは、もったいないと言わざるを得ない。 特にスピーカーの問題はやや切実だ。本製品の場合、前回までのシャープ、カシオ製品のように、キーボードの左右にスピーカーがレイアウトされていない。これは、パンタグラフ式のキーが全面を占めてしまっているため、スピーカーを設置しようにも設置場所がないのである。実際にはスピーカーは底面に備えられているのだが、スピーカー穴もなく、お世辞にも聴き易いとは言えない。イヤホンを利用すれば問題ないとはいえ、始終イヤホンをつけて聞くわけにもいかないだろう。スピーカーを多用せざるを得ない環境で利用する場合は、注意する必要がある。 ●訳語検索などユニークな機能を搭載。カードによるコンテンツ追加も可能 このほか、本製品ならではのユニークな機能や、特徴をいくつかピックアップしてみたい。 英語関連コンテンツで面白いのは、ジーニアス英和大辞典に付属する「訳語検索」機能だ。これは、例えば「あたらしい」と入力すると「new」はもちろんのこと「alternative」、「innovation」、「novel」など、和訳の中に「新しい」という日本語を持つ単語がリストアップされるという機能である。英和辞典を和英辞典や英英辞典と同じように、しかも手軽に使える、電子辞書ならではのユニークな機能だ。このように、同じジーニアス英和大辞典でも、電子辞書のメーカーによって機能に差がある場合があるので、購入時にはよくチェックしたほうがいいだろう。
英語関連でもう1つ、TOEIC関連で、ボキャブラリー・イディオムをチェックできるコンテンツが収録されているのが目立つ。通勤通学時や、寝る前のちょっとした時間を使って学習ができるのはありがたい。ランダム出題機能こそないものの、ことTOEICの学習に関しては、リスニング対応も含め、お役立ち度の高いモデルだと言えるだろう。 コンテンツの追加については、同社が「シルカカード」という愛称で呼ぶ拡張メモリカードを利用する。一部のカシオ製品のように、カードの内容を本体にコピーして利用することはできず、異なる辞書を利用する場合はカードそのものを差し替える必要があるので、同時に利用できる追加コンテンツは1個のみということになる。 複数辞書の一括検索機能に関しては、搭載コンテンツ全てに対しての検索が行なわれるので、どの辞書で検索するかを1つずつ選ぶ必要がない。ジャンプについては、単語を範囲選択して行なうのではなく、単語の最初の一文字を指定するという、カシオ製品と同じ方式だ。 この一括検索の際は、シルカカードもきちんと検索対象に含まれる。他社製品に比較すると、拡張コンテンツの親和性は高い。自分なりのコンテンツを追加した場合でも、内蔵コンテンツと遜色なく扱うことが可能だろう。
●まとめ パンタグラフ式のキーボード、マグネシウム合金のボディと、ノートPC顔負けの仕様を誇る本製品だが、その中身は実直なまでに電子辞書本来の機能を追及した製品である。単純にPCとの親和性だけで言えば、USBケーブルでPCと接続してコンテンツを転送できるXD-GT6800のほうが、PCライクな使い方ができる。本製品については、外見とは裏腹に、本来の電子辞書の立ち位置をしっかりと守っている製品である。 ノートPCと電子辞書を併用していると、電子辞書のキーボードのあまりの打鍵感の悪さに閉口することがあるが、パンタグラフ式のキーボードを採用した本製品の場合は、その心配も皆無と言える。タッチタイプこそ厳しいものの、このキーボードにこだわってSII社製品をチョイスするユーザーが多いのも、十分に理解できる出来だ。 今後の課題は、画面やスピーカーなど、ハードウェア面の改良であろうか。全体的にコンテンツのポテンシャルは感じるものの、ハードウェアがそれを発揮しきれていないのは勿体ないの一言である。特にスピーカーについては、ネイティブ音声のメリットを殺しかねない仕様となっており、早い改善が望まれるのが現状だ。 製品をしばらく試用したが、使えば使うほど馴染んでいく感覚は、これまでの製品の中でも高い部類に入ると感じた。独特なインターフェイスにさえ納得できれば、コンテンツの充実度やキー入力の快適さもあいまって、購入するメリットの多い製品だと言えるだろう。
【表】主な仕様
□セイコーインスツルのホームページ (2006年8月14日) [Reported by 山口真弘]
【PC Watchホームページ】
|
|