写真はデジタル化されてはいないし、化学反応によって感光した潜像を黒化させたものという定義も変わらない。変わっていないのに、写真は銀塩写真と呼ばれるようになり、本当は写真ではないデジタル画像が写真と呼ばれるようになってしまっている。「Photograph」の「Photo」はギリシア語で「光」、「graph」はギリシア語で「描く」の意味なのだそうだが、「真実」なんて意味はどこにもない。日本人はそれを「写真」と訳したが、欧米人は「Picture」とも言い換える。写真も絵画も同じ言葉で表現するのだから、国民性の違いを感じてしまう。 ●アドビ「Lightroom」を試す アドビがプロフェッショナルフォトグラファー向けのデジタルイメージングソリューション「Lightroom」のパブリックβ Windows版の提供を開始した。同社がソリューションと銘打つのは、この製品が、単なる画像処理ソフトではなく、プロフォトグラファーのワークフローすべてをワンストップでサポートすることをアピールしたいからなのだろう。 Lightroomのパブリックβは、Mac版が今年の1月に公開され、ユニークダウンロード数も145,000に達しているという。今回は、新たにWindows版が公開され、そのβテストのフィールドを広げる。Macではすでに手元でも試していたが、Windows版の公開を機会に、その使い勝手を見ていくことにしよう。 Lightroomは、ライブラリ、デベロップ、スライドショー、プリントという4つのモジュールによって構成された統合環境だ。 デジタルカメラで撮影した写真は、まず、Lightroomのライブラリにインポートする。インポートには保存フォルダに置いたまま参照するリファレンス、複製を取り込むコピー、保存フォルダから削除してしまう移動、アドビが提唱するRAW形式であるDNGに変換するコピーの4種類のハンドリング方法が用意されている。また、インポート時には、ファイル名のリネームはもちろん、撮影日付またはフォルダ名による分類やキーワードの設定を指定しておくことができる。 対応ファイル形式は、JPEG、TIFF、各社のRAW、PSDだ。インポートは明示的にファイルやフォルダを指定して実行するほか、ウォッチフォルダを指定しておき、Lightroomの起動時に自動的にインポートさせる機能も用意されている。 ぼくは、JPEGとRAWの同時記録ができるカメラでは、保険の意味と、荒選び時の処理速度確保のために、その機能をオンにして撮影しているが、そのインポートでは、RAWのみが認識され、JPEGファイルは無視される。ベースネームが同じRAWとJPEGファイルがある場合は、RAWのみがインポートされる仕様のようだ。処理速度が十分に高速なら、これはこれでリーズナブルだ。 ●インポート単位でシュートに分類 ライブラリはシュートと呼ばれる単位で分類される。フォルダ名で分類してインポートした場合はフォルダ名が、日付で分類してインポートした場合は、撮影日付がシュート名となる。シュートは階層構造を持たせることもでき、新しくシュートを作成して、別シュートの写真をそこに移動させることも可能だ。 さらに、シュートとは別に、コレクションと呼ばれる仮想フォルダ的な分類方法も用意されている。シュートにおいては、ライブラリ内の写真は一意であり、シュート間ではコピーができず必ず移動になるが、コレクションは、シュート内に写真を置いたまま分類するというものだ。もちろん、複数のシュートから写真をもってきてもかまわない。コレクション内では写真の並び順も自在だし、同じ写真を複数のコレクションに入れておくこともできる。もちろん、写真そのものは、個々のシュート内に置いたままとなる。そういう意味ではショートカット集ともいえる。 また、シュート内の写真はキーワードをつけて分類することもできる。こちらは自動コレクションといった感覚でとらえればいいだろう。ただし、並び順は日付順や取り込み順など機械的なソートオーダーにしかならない。 ぼくの使い方では、イベントや旅行などから戻ってきた時点で、撮影済みのファイルを常用のストレージに適当な名前のフォルダを作ってコピーし、それをリファレンスモードでインポートする。フォルダ名は便宜上、撮影内容を想像しやすいものをつけておくが、インポート時の分類は撮影日付にしておいた方が、あとの使い勝手はよさそうだ。というのも、手動で日付ごとに分類するのはたいへんだが、イベントや旅行などの撮影単位は、特定の日付や期間にまとまっているので、それにイベント名や地名をキーワードとして設定するのはたやすいからだ。キーワードはインポート時に同時設定できるので、分類は日付、キーワードとしてイベント名や地名をつけるのがよさそうだ。 ●シームレスにモードを行き来できるUI Lightroomのウィンドウは上部にメニューバー、左側にライブラリ管理パネル、中央に写真表示領域、そして右側には選択されている写真の操作パネルがある。また、下部にはフィルムストリップペインが用意されている。それぞれのパネルは、TabやShift+Tabで表示のオンオフを切り替えることができ、ファンクションキーやマウス操作で必要なときに必要なものだけを表示できるので、ウィンドウ全体を広々と使える。 インポートされた個々の写真は中央の領域にサムネール表示される。この領域は複数の写真を並べて表示するグリッド、一枚だけを表示するズームイン、選択した複数枚の写真を並べて表示するコンペアという3つのモードを持つ。どのモード時も、フィルムストリップにはサムネールが表示されているので、通常はズームインモードにしておくのが使いやすそうだ。 インポート後、いずれかの好みのモードで写真を見ていく。いったんシュートを選んだら左右のパネルは非表示にし、左右の方向キーを押せば、写真が次または前に送られていく。こうして一枚一枚眺めながら、気になる写真を見つけたら、画像中の任意の位置をクリックする。すると、その位置を中心に画像が等倍表示される。これがルーペモードだ。 ルーペモードでは、ポインタが手のひら状に変わり、ドラッグ操作で画像の任意の部分に移動できるので、ピントがあっているかどうか、ゴミがないかどうかなどを確認するのに便利だ。 グリッド、ズームイン、ルーペを行き来しながら写真の荒選びを進めていこう。連続した同一カットの写真は複数枚を選択して比べてみる。アップルの「Aperture」のように、一定時間内に撮影された写真を同一カットとみなしてスタックするような機能がないので、複数枚の写真は手動で選択する必要がある。 これはと思った写真には0~5までのレーティングをつけておく。レーティングは数字キーを押すだけでどの表示モードのときにもつけられる。また、クイック・コレクションと呼ばれる一時的なコレクションに入れることもできる。グリッドモードではグリッドの左上にクイックコレクション用のマークボタンがあるのでそれをクリックすればいい。グリッドモードを含むその他の表示モードではショートカットキーとして「B」が用意されているのだが、現ベータではバグのためなのだろう機能しないのが残念だ。 ●できることをあえてしない選択 Lightroomは、フォトグラファーがこれまで慣れ親しんできたワークフローを、大きく逸脱することなくデジタル化しようとしている。フィルムの時代には、撮影済みのフィルムは現像所に現像を依頼し、現像から上がってきたスリーブ入りのフィルムをライトボックスの上に載せ、ルーペを使って順に見ていき、これはと思ったカットは、デルマと呼ばれる油性の色鉛筆でスリーブの上から印をつけておく。それをあとで切り出し、トレファンと呼ばれる透明の袋に一枚ずつ整理していた。 デジタル化によって、現像所に預けるという過程がなくなり、フォトグラファーは撮影直後にいきなり現像済みのフィルムストリップを手にする。 カラーのリバーサルフィルムの場合は、現像所が仕上げたストリップがそのまま最終出力となっていたが、デジタルの場合は、むしろ、ネガフィルムの扱いに近い。つまり、フィルムの現像後、そのフィルムを使って露光した印画紙をもういちど現像、定着、停止と進めてきたプロセスだ。画像が出力される最終的なデバイスは、ディスプレイと紙の2種類があるが、Lightroomがモジュールとして用意した、ライブラリ、デベロップ、スライドショー、プリントという流れはわかりやすい。RAWファイルは現像が必須だが、JPEGは一発本番のリバーサルなのでセレクト後、いきなりスライドショーやプリントに進むといったところだろうか。もちろん、JPEGファイルのデベロップもできるが、これはリバーサルフィルムのデュープのようなもので、当然、画質は落ちてしまう。 フィルム時代のワークフロー、ネガフィルムとリバーサルフィルムの特性など、Lightroomが提供するソリューションに慣れ親しむのに苦労するフォトグラファーはいないだろう。 けれども、本当にそれでいいのかとも思う。というのも、フィルムの扱いと大きな違いがないというのは、何も変わらないということでもある。すなわち、不便な部分も含めてデジタル化されているわけだ。写真のセレクトは、1枚1枚を目で確認しながら、人間が判断して切り出していく。時系列で並べるだけではなく、似た色合いのカット、似た構図のカットなどを自動的にまとめてくれれば、切り出し作業はもっとラクになるかもしれない。もっというなら、ピンボケらしきカットを探し出し、自動的にマークをつけるくらいのこともできそうだ。 そもそも、Lightroomのソリューションには検索という概念がほとんど前面に出てこない。かろうじて、キーワードやシュート名でライブラリをフィルタする機能は用意されているのだが、EXIFなどのメタデータを元に検索する機能がない。だから、特定のカメラで撮影した写真を探したり、特定のレンズで撮影した写真だけを抽出するようなことはできない。 アドビには「Bridge」と呼ばれる画像管理ソフトがあり、Photoshopなどといっしょに提供されているが、それとて、メタデータの検索は可能だ。もちろんファイルの検索はOSにまかせる方が一元的でわかりやすいかもしれない。でも、Lightroomは、インポートが必須の手続きなので、OSが見つけたファイルをLightroom内で探し出すのはけっこうたいへんで、ファイル名を頼りに探すしかない。あるいは、OSのフォルダから、過去にインポート済みのファイルをLightroomにドロップすれば、それがインポート済みであることが警告するダイアログボックスが表示され、いったんインポート済みコレクションとして登録される。そのメタデータからシュートを特定でき、同じシュート内の他の写真にたどりつくことはできるが、なんとも作業は繁雑だ。 オマケといってもいいBridgeや、Photoshop Elementsのようなコンシューマー向けの製品にさえ実装されている各種の便利機能をあえて外すことで、Lightroomは、不便も含めたデジタル化によって、フィルムの時代と何も変わらないことをアピールしているように見える。もし、背景にそうした意図があるとすれば、かなり特異な存在といえそうだ。 できることをあえてしない。実装できる機能をあえて実装しない。フォトグラファーは新しいものを何も手にはしないし、したくもない。だからこそ、Lightroomのソリューションに違和感なく入り込んでいけるとでもいいたげだ。便利を追い続けてきたデジタル化の本流から、ちょっと脇道にそれ、ソフトウェアの新しいメタファを模索しているのかもしれない。
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(2006年7月28日)
[Reported by 山田祥平]
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