第344回
Office 2007が見せる新しい側面
~モバイルユーザーへのGrooveのススメ



Excel 2007の画面

 先週、Microsoftは3回もの記者説明会を開催した。そのうちの1つは「Office System 2007」である。

 PC Watchを訪れる読者の多くにとって、Microsoft Officeは積極的に活用するアプリケーションではなく、会社などで与えられた書類作成のための道具でしかないかもしれない。

 かつてはWindowsを使いこなし、Officeを用いて書類作成ができることこそが「PCを使える」という証のように言われていたが、それも今や昔話でしかない。Officeが新バージョンといっても、いま1つハートには響かない。そう感じる人も多いはずだ。

 そう感じる理由の1つには、近年のOfficeが個別のツールの改良(も、もちろん施しているが)よりも、企業向けソリューションの提供にフォーカスを当てていたせいもあるだろう。必要な人にとっては重要なOffice関連の情報も、個人でパソコンを使うユーザーにとってはさほど重要ではない。道具として使うだけならば、なにもMicrosoftのOfficeでなくともいいだろう、という考え方はある面で正しいと思う。

 しかし、今回のOffice System 2007は、おそらくOfficeスイートが登場してから、もっとも大きな変化といって差しつかない進化を遂げている。Windows Vistaが新しい魅力を引き出すのに苦労しているように見えるのに対して、Officeの開発チームはこれまでにないファインショットを飛ばしてくれそうだ。

●エンタープライズからパーソナルまで、幅広いユーザーに適合

 MicrosoftのOfficeチームが、製品の名称に“System”を挟んだのはOffice System 2003、つまり現行バージョンからのことだ。個別のアプリケーションツールを進化させるだけでなく、サーバーと統合してシステムソリューションを提供するための構成要素を提供していますよ、という意味だ。

 しかし現行のOffice System 2003は、同社のWindows Server 2003とBackOfficeの組み合わせ、あるいはSmall Bussiness Serverなどと組み合わせた時にしか、その良さを発揮することができなかった。

 Office 12、つまりOffice System 2007のβテストは2005年の秋から開始され、筆者も少しずつ評価をしていた。新バージョンのトピックは無数にあり、Microsoft PDC 2005のレポートとして紹介したユーザーインターフェイスの大きな変革もその1つ。(PDFの書き出しはAdobeからの抗議により削除される予定だが)XPSドキュメントのダイレクト生成や、ECMA標準として仕様をオープンにしたXMLベースのOpen Document Formatなどもある。しかし、それらもあくまで、新Officeが用意した話題のごく一部にしか過ぎない。

 Officeがもっとも大きく改善されたと感じたのは、そうした柔軟性の欠如に対して、きちんと回答を用意していることだ。

 大企業向けシステムから個人オフィス、商店まで、あるいはサービスと結合したソリューション指向からエンドユーザー自身の運用を主体とした利用スタイルまで、さまざまな切り口でユーザーに対してシステム提案を行なえるよう、システムを構成するための要素を多数用意した。

 これまで“Windows Serverを立てないとこのソリューション提案は使えないのね”とか、“結局、Exchange Serverがないとダメなんだ”などと思っていた部分が、完全にではないにしろ、代替案を提示できるだけの材料を提示するまでに至っている。

 Office System 2003の時には、“System”と名付けるのはまだ早いのでは? との感想を持ったが、今回のバージョンならばSystemと言えるだけの製品群に成長しているように思う。その中では個人、あるいは個人オフィス程度の規模でコンピュータを使っているユーザーにも役立つものがある。

 その中から、今回は特にわかりやすい、「Groove」をピックアップしてみよう。

●P2Pによる情報共有、共同作業を支援するGroove

 中でもピアツーピアによる情報共有や共同作業を支援するGrooveというアプリケーションは、個人同士あるいは社内の非公式な作業グループ、あるいは社外を含めたグループなど、さまざまな形態での新しいコミュニケーションの手段を提供してくれるだろう。

 Grooveは、かつてLotus(現在はIBMソフトウェアの一部)の「Notes」というグループウェアを生み出したレイ・オジー氏が、Notesの開発を行なっていたIrisをスピンアウトして作った会社およびアプリケーションだ。そのGrooveは2006年3月10日にMicrosoftに買収され、オジー氏はMicrosoftのCTOに就任している。

レイ・オジー氏 Grooveのホームページ。右上に「Office Groove 2007」の文字

 かつてNotesのライバルと言われたExchangeが、現在はMicrosoft Officeチームに移管されていることを思えば、なかなか興味深い組み合わせである。

 Grooveは3.0まで開発が進んでいたが、これまで一度も日本語化は行なわれてこなかった。しかしその注目度は抜群である。オジー氏の知名度もその一因だろうが、近年のビジネス向けアプリケーションにはない、アーキテクチャ面でのおもしろさがあるからだ。一応、日本語も通っていたため、日本でもGrooveを使っていたユーザーもいたほどだ。

 新OfficeはGroove 3.0をベースに、SharePoint ServiceなどMicrosoftの技術と一部連携を深めた「Groove 2007」を開発し、Officeファミリの1つとして単体パッケージで販売。Office System 2007 Enterpriseにも同梱される。現在、Groove 2007のページから日本語のβバージョンを入手可能だ。

 Grooveはピアツーピアでデータを同期するファイル交換ツールのような動作をする。任意の誰かがGrooveで“ワークスペース”を作成し、そこに他メンバーを招待してグループを作成する。同じグループに登録したユーザー同士は、ワークスペースを開設したホストとの間で自動的にデータを交換/同期し合うのだ。

Office Groove 2007β版のワークスペース画面。左はファイル、右はディスカッションウィンドウ

 単純にファイルを置くだけでも、それなりに便利に使えるが(同じくMicrosoftが買収した「FolderShare」にもこの点では似ている)、Grooveではカレンダーやアドレス帳、掲示板、画像ライブラリに定型データの入力フォームといった、特別な意味を持つデータ形式をグループの共有データに追加することができる。

 こうした意味のあるデータは、Grooveの上からはスケジューラや掲示板リーダ、画像ビューアのように見える。Grooveに登録された仲間同士だけで利用できるメールシステムも利用可能だ。

 これらのデータ交換、メッセージ交換、それにデータの保存は、すべて暗号化されているため、インターネットベースで情報を共有したりコミュニケーションを行なう場合でも、情報が漏れる危険性をユーザーが気にせず簡単に利用できるメリットもある。

 ファイル交換を行なうためには、ワークスペースを共有するメンバー同士の所在やオンライン状態を知る必要があるが、これはサーバーを経由して行なう。この点は一般的なインスタントメッセージソフトと同様で、フリーアクセスのサーバーも公開されている(デフォルトではここに接続される)。

 しかし実際のファイル交換はクライアント同士で行なわれるため、クライアント間の速度が速ければ同期にさほど時間はかからない。古い3.xまでのNotesを使っていたユーザーなら、考え方がオリジナルのNotesにそっくりということがわかるだろう。以前のNotesはサーバー不要で、どれか1つのクライアントソフトがサーバーの代わりになり、そのサーバー代わりのクライアントが持つデータベースを同期する、という仕組みで動作していた。

 グループウェア機能を持つ高機能メッセンジャーとも言えるGrooveは、小規模なグループで共同作業を行なうにはぴったりだ。インストールもWindows Messengerなどとほとんど変わらないイージーさがあるので、β版を入手して仲間同士で何ができるかを実験してみるといいだろう。仕事以外にも、さまざまな形で使えることがわかるはずだ。

●相性の良いモバイルユーザーとGroove

 Grooveは、もともと大企業でも使える仕事に役立つ、グループ作業の効率を最大化するために考え出された製品だ。このため、カスタムフォームでアプリケーションを自分でデザインしたり(デザインツールもGroove内に内蔵されている)、ホストコンピュータがオフラインでも同期ができるよう、同期のための中間キャッシュをもって同期用データを配信するサーバーなど、必要に応じてグレードアップすることが可能だ。もちろん、ユーザー同士を結びつけるサーバーも、社内に置くことができる(企業向けメッセンジャーソフトと同じ)。

 サーバーレス(デフォルトのサーバーを使う)での使い方から、大企業向けグループウェアソリューションまで、完全プログラムレスからカスタムフォームを活用した使い方まで、幅広く対応でき、しかもシンプル。筆者はかつて毎年、Notes関連のカンファレンスに出かけていたが、今とは異なる昔ながらのNotesの良さを引き継いでいるのがGrooveだ。

 それはモバイルユーザーとの相性の良さにおいても同じだ。Notesはあらゆる情報をデータベースとして持ち、そのデータベースをローカルHDDのデータベースに複製する。今では“同期”という考え方はさまざまなソフトウェアで当たり前に使われているが、かつて同期して複製を持ち歩き、オフラインでも情報にアクセスできるという使い方を最初に実装したのはNotesだった。

 Grooveも全く同じで、ワークスペースに参加しているユーザーは、その複製をローカルのHDD内に持つ。だからオフラインでもワークスペースの情報を参照できるし、掲示板への投稿やファイルの追加をオフラインで行なっておき、あとからオンラインになった時にまとめて反映させるといった使い方が可能なのだ。

 また、同じIDでログオンすれば、複数台のPCでワークスペースが常に同じ状態に保たれる。普段は会社のデスクトップPC、出先では会社のノートPC、自宅では自分所有の別のPCといったように、利用するコンピュータすべてで同じ情報にアクセスできるようになる。たとえグループで使わないとしても、個人情報管理のツールとして用い、自分のデータを複数台のPCで共有するためのツールとして考えてもおもしろい。

 前述したようにGrooveで扱うデータは通信内容も、HDD上のファイルも、いずれも暗号化されているため、Grooveにログオンされなければ、たとえ出先でノートPCを盗まれたとしてもGrooveで管理していた情報は漏れることがない。

 このようにモバイルユースで情報を持ち歩き、活用して仕事をする人たちにはとても便利なツールだ。2006年の3月までMicrosoftの一員ではなかったため、使い勝手や画面デザインは他のMicrosoft製品とは違った雰囲気を持っているが、それは見た目だけではない。Grooveには追加のサーバーなしに、誰でもすぐに利用でき、すぐに役立ち、複数PC間が壁を越えてコミュニケーションできる。

 もっとも良いことばかりではない。まだ買収して日が浅いため、他のOfficeアプリケーションとの連携は限定的だ。たとえば機能的にはかぶる部分も多いOutlookとの連携は希薄である。住所データも、スケジュールデータも、メールデータも、データ構造からして全く違う。Outlook 2007のスケジュールに、Grooveのカレンダー情報を重ねて表示したくとも、Outlookにはそうした機能が実装されていない。その点では、まだまだOffice Systemのメンバーとして中途半端さは否めない印象だ。

 しかしGrooveはそれ単体でも、十分に活用できるソフトウェアである。使っているうちにアイディアが沸いてくる、最近のアプリケーションにはない製品でもある。まずは試してみる。そこから何かを感じてみることを勧めたい。

□マイクロソフトのホームページ
http://www.microsoft.com/japan/
□Office Groove 2007の製品情報
http://www.microsoft.com/japan/office/preview/programs/groove/highlights.mspx
□関連記事
【5月31日】マイクロソフト、Office 2007の新機能を解説
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0531/ms.htm
【2005年9月16日】【本田】エンドユーザーにとってのOffice 12の価値
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0916/mobile307.htm
【2005年3月11日】米Microsoft、P2Pコラボレーションソフトの米Groove買収で合意 (INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/03/11/6811.html

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(2006年6月8日)

[Text by 本田雅一]


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