大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンが純正インクにこだわる理由
~インクカートリッジリサイクル工場見学記付




セイコーエプソン・濱典幸取締役

 セイコーエプソン株式会社は、報道関係者を対象に同社のインクジェットプリンタ用インクカートリッジの製造拠点およびリサイクル拠点の様子を公開した。

 同社は、インクの開発、生産をすべて自社で行なっており、「エプソンならではの高画質の実現、長い期間に渡って色褪せない優れた耐候性を実現できる強みがここにある」(セイコーエプソン・濱典幸取締役)としている。

 同社では、長野県・塩尻市の広丘事業所をインクカートリッジ生産のマザー工場として、周辺地域に3つの協力工場を配置。ここで日本市場向けの生産を行なう。また、日本を除く海外に関しては、北南米、欧州、東南アジア、中国と、4つのエリアに分類。5つの生産拠点と4つの梱包/出荷拠点を有している。

 今回、公開したのは広丘事業所の協力工場の1社である、みくに工業。岡谷市内に本社があり、最大生産能力は月産約7万個に達し、協力工場としては最大規模となる。

 インクカートリッジの生産は、ほとんどの工程を自動化しており、最近では、工場全体よりも、生産する機械内部のクリーン度を高める「局所クリーンルーム」への取り組みを強化しているところだ。

●数々の独自技術を採用

 インクカートリッジの生産をクリーンルームで行なうのは、それだけ高い精度が求められているからだ。

 例えば、気泡がインク液の中にあると、これが障害となり、インクがノズルから適切に噴出されないというトラブルにもつながる。その解決のために空気のみを通すインク逆流防止膜を採用したり、インク気化防止チャネル、インク送り出しのための機密バルブといった独自の構造を採用。インク均質化のためのリブ構造やインク安定供給のためのスマートバルブ構造なども同様に印字品質を高めるために必須の技術である。

 また、ピエゾ式の特徴である駆動パルスの変化により、1/6/10pl(ピコリットル)という3種類のインク滴の射出を行なう微妙な制御を可能としたり、それぞれの滴サイズを均等に、しかも正確な角度で射出するという点でも精密な技術が要求される。

ピエゾ方式による印字方法 インク内に異物があることによる影響 クリーンルームでの作業

 加えて、ICチップであるインテリッジをカートリッジに装着しており、これによってインク残量の適切な情報をユーザーに知らせることができるようにしている。

 1つ1つのインクカートリッジの生産に、こうした高い技術と品質、精密性が求められることから、生産体制もクリーンルームでの作業が必須になるというわけだ。

 「使用される水は、半導体生産工場と同じ純度のものを使用している」(IJP技術開発部・小池尚志部長)という点からも、エプソンがインクカートリッジの生産品質に強くこだわっていることがわかるだろう。


●インクもこだわりの生産体制

 一方、インクそのものの開発、生産も、すべてセイコーエプソンおよび限定した協力工場だけで行なわれている。

 インク組成は、自社内で組成設計し、厳しい評価を繰り返し実施。さらに、インク素材は化学メーカーと共同開発したエプソン専用品として、インクの製造も社内および一部協力会社のみでの生産としている。

 エプソンのインクには、いくつものこだわりがある。

 顔料インクでは、発色性を改善するために粒子サイズを極小化。同時に粒子の表面をマイナス電荷で覆われるようにすることで、粒子同士が反発して分散性を実現。これにより、インクジェット性の改善などの効果がある。

 また、染料インクでは、分子構造を再設計して耐久性を向上。褪色性を抑えることに成功している。

 これも、純正インクならではの特徴的な部分だといえるだろう。

●付加価値路線を今後の柱に

 セイコーエプソンは、国内プリンタ事業においては、今後、高付加価値路線を柱とする計画を明らかにしている。

 「インクジェットプリンタは、エプソンの主柱事業であり、継続的に安定利益が確保できるようにしなくてはならない。中期経営計画では、エプソンの強みであるフォト技術、インク技術、画像処理技術、ヘッド技術を活用することで、プリントボリュームの大きい市場に対して重点的に展開していくことになる」と、セイコーエプソンIJP事業部・三村孝雄事業部長は語る。今後は、プレミアムフォト市場などに対して、付加価値製品を前面に打ち出した戦略を強化する姿勢を見せる。

 エプソンが、インクの開発から生産までのすべてを自社体制としている点も、付加価値戦略の推進には大きな威力を発揮することになるのは明らかだ。

互換インクのデメリット 同社純正インクカートリッジに採用される独自技術 顔料インクは染料インクと比較し水に溶けにくい

 エプソンでは明らかにしていないが、業界関係者の証言などによると、昨今では、非純正インクが広がりをみせ、国内では2004年には約98%だった純正インク比率が、2005年には95%に減少したという。しかも、一部の大手販売店では、80%台後半にまで純正インクの販売比率が減少しているという。

 また、海外では非純正インクの使用比率が高く、とくに、「非純正インクの約8割が中国製と予測され、400~500種類もの非純正インクが市場に出回っている」(IJP技術開発部・小池尚志部長)として、中国ではむしろ純正インク利用率の方が低いという状況だ。

 中国で流通している非純正インクの中には、染料インクであるにも関わらず顔料インクと表示したり、エプソンの純正インクと混ざるとインクそのものが凝固し、プリンタ本体に悪影響を及ぼすものもあるという。

高画質印刷には純正インクが不可欠だと主張 純正インクと海外で販売されている非純正インクの混合により凝固した例

 セイコーエプソンのIJP技術開発部・林広子部長は、「エプソンが実現する高画質印刷、耐候性は、エプソンの純正インク、純正カートリッジ、マイクロピエゾヘッド、専用印刷用紙、プリンタドライバといった各技術の緊密な連携にのってのみ実現される。どれが欠けても、最高の品質を実現することはできない」と語る。

 エプソンが追求した高画質、耐候性は、純正インクでのみ実現するというのが同社の主張なのである。

 同社が非純正インクの排除に力を注ぐ理由の1つはここにあるといえよう。

●リサイクルにも力を注ぐ

 一方、エプソンは、インクカートリッジのリサイクルにも力を注いでいる。

 これを担っているのが、諏訪市内にある協力工場のイングスシナノである。

 量販店の回収ボックスや、大手企業に設置された回収ボックスによって、回収されたインクカートリッジは、エプソンの広丘事業所を経て、イングスシナノに運び込まれる。最近では、家庭や学校で出た使用済みインクカートリッジを、回収数に応じてベルマークの点数に還元するサービスも開始しており、ベルマークとの連動で回収実績があがった学校数は延べ4,680校に達している。

 イングスシナノでは、インクカートリッジをフォームタイプとハブタイプとに分類してリサイクルラインを用意している。

 フォームタイプでは、シールなどをはがしたあと、縦に裁断して、中からウレタンフォームを取り出して、ウレタンフォームとプラスチック素材に分類。フォームは、インクを絞り、水洗浄し、脱水、乾燥を経て、フォームメーカーに戻される。ウレタンにはインクの色がついたままになるが、そのカラフルさを利用した活用も可能になる。

リサイクル事業にも注力 世界規模でリサイクルを展開 カートリッジの種類別の分解例
カートリッジの分解工程 洗浄されたウレタンの乾燥 色のついたウレタンのリサイクル例

 プラスチックの方は、分解後、水洗浄が行なわれ、脱水、乾燥を経て粉々に粉砕される。粉砕されたプラスチックは、成形メーカーなどの再利用事業者に渡され、リサイクルが行なわれる。エプソンが量販店店頭などに配置している回収ボックスも、この再生プラスチックを利用して作られたものだ。

 ハブタイプのリサイクルは、ICチップをはずしてから、残インクを抜き、蓋をはずしたのちに、専用装置であるプレス抜き機を利用して分解しやすくする。水洗浄や脱水、乾燥を経て、粉砕されるという工程だ。

 フォームタイプとハブタイプそれぞれに1ラインずつ用意しており、粉砕ラインではこれらが統合されている。

イングスシナノ
小林秀年社長

 現在、イングスシナノが回収したインクカートリッジのうち、43%がリサイクルに、51%が還元剤として使用されており、焼却分はわずか6%だという。

 現時点では、インクカートリッジ全出荷量に対する回収率は10%を切っている段階だが、今後、この回収率を高めながらリサイクルの体制を強化していく考えだ。

 イングスシナノの小林秀年社長も、「当社は年商規模が約20億円。そのうち、インクカートリッジのリサイクル事業の比率はわずか5%。今後、事業拡大を見込みたい」と意欲を見せている。

 このように、エプソンは、最後のリサイクルの部分まで、徹底した体制を確立している。環境に配慮した体制が整っているのだ。ここにも同社が純正インクカートリッジを強く推奨する理由があるといえよう。


□セイコーエプソンのホームページ
http://www.epson.jp/
□環境活動のページ
http://www.epson.jp/ecology/index.html
□イングスシナノのホームページ
http://www.ings-s.co.jp/
□関連記事
【2005年6月6日】エプソンサービス修理工場見学記
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0606/gyokai126.htm

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(2006年4月18日)

[Text by 大河原克行]


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