元麻布春男の週刊PCホットライン

コピープロテクションCDが招く災い




●「rootkit」入り音楽CDの存在が明るみに

 米国の著名なプログラマーであり、ライターであるMark Russinovich氏(Microsoft Press刊の「Inside Windows 2000」などの執筆で知られる)が執筆した、10月31日付のBlogからすべては始まった。氏のBlogによると、Sony BMGのCopy Protected CDが、専用プレーヤーといっしょに「rootkit」と呼ばれる、ある種のソフトウェアをインストールすることが分かったという。

 Sony BMGのCDがインストールするrootkitは、システムの一部をのっとり、特定のファイルやレジストリをシステムから隠してしまう。その隠し方は実に念入りで、アンチウイルスソフトのようなセキュリティソフトの目さえかいくぐってしまうほどであった(一部には、アンチウイルスソフトウェアが検出しないよう、大手セキュリティソフトウェアとSony BMGの間で話し合いが持たれたという報道もされている)。

 実際、問題になったCDが発売されてから、8カ月近い間、誰もこのソフトウェアに気づかなかった。また、このrootkitは、該当の音楽CDを再生していない時もわずかながらにCPUを占有する。しかもこのソフトウェアをアンインストールする手段は用意されておらず、ファイルを消去するなど強制的に排除しようとすると、ユーザーPCのCD-ROMドライブが利用できなくなってしまうという(Sony BMG以外の無関係なCDからの音楽の取り込みにノイズが加えられるという報道もある)。

 rootkitを悪用することで、コンピューターウイルス等の悪意を持つソフトウェアの侵入を招く危険性を持つ(実際、この脆弱性を利用したコンピューターウイルスがすでに発見されており、セキュリティソフトウェア会社から警告が出されている)。セキュリティソフトウェア会社によっては、rootkitそのものをスパイウェアとして、対策を施すべき対象と認定している。

 にもかかわらず、これをアンインストールするためのパッチはいまだに提供されていない(完全に元に戻すには、Microsoftのコードが必要になるからだとも言われている)。

 提供されているのは、ファイルを隠さないようにするパッチのみで、問題の本質的な解決、つまりユーザーのPCをrootkitの入ったCDを再生する前の状態に戻すことは実現されていない。どうやら、一番確実な方法は、OSをクリーンインストールし直すことのようだ。

BBC News World EditionのTechnology欄トップ。Sony BMGが配布したrootkitを悪用したコンピューターウイルスの登場がトップ扱いになっている(11月11日付け)

 こうした厄介なソフトウェアを配布したことに関して、Sony BMGと、Sony BMGにこのコピープロテクション技術を提供したFirst 4 Internetという会社が非難の標的になっており、すでに集団訴訟が開始されつつある。OSを意図的に改竄したということそのものが、犯罪行為ではないかという指摘もされている。英BBC NewsのTechnology欄のトップにも登場するなど、この問題は簡単には沈静化しそうにない。

 幸い、わが国で販売されているCDには、輸入版を除き、問題のrootkitの入ったものはないと言われている。だが、CCCDはわが国にも存在しており、それが何をしているのかは、明らかにされていない。控えめに言っても、CCCDやそれに類するCDは買わないに越したことはない。

 CCCDについては、以前も非難の的になったことがあるし、またか、と思った人も多いのではないかと思う。問題の本質は、元々コピープロテクションを想定していないフォーマットに、後付けでコピープロテクションを加え、しかも従来のものと互換性を持たせようとしたことにある。そんな都合の良いことができるハズがなく、どこかに無理のしわ寄せがくる。それは分かっていたことである。


●コピープロテクションCDより、DRMに配慮した規格を

 無理のない解決策は、最初からコピープロテクションに配慮した、既存のCDとは互換性のない、新しいフォーマットへユーザーを誘導することだ。実はその試みもなされたのだが、失敗に終わった。SACDやDVD-Audioと呼ばれているものがそれだ。

 なぜSACDやDVD-Audioはうまく行かなかったのか。それはユーザーが移行するメリットを見出さなかったからだ。CDに対するSACDやDVD-Audioのメリットは、大容量化による音質の向上、これしかない。長時間録音という特徴もありはするが、これは必ずしもメリットにはならない。たとえばポピュラー音楽の場合、1枚のCDに収められているコンテンツは50分前後だが、SACDやDVD-Audioによって5時間収録できると言われても、ミュージシャンは困ってしまうだろう。コンピレーションCDなどで、複数枚のCDが1枚になる、というメリットは考えられるが、たった1枚の板に数万円の価格をつけても、それはなかなか売りにくい。

 音質や画質の向上は、基本的に市場をドライブしない。それは、過去のさまざまな失敗で実証されている。Lカセット、S-VHS、DATなど、画質や音質の向上のみを訴求したフォーマットが、前世代のデファクトスタンダードを置き換えたことはない。CDがアナログLPを置き換えることができたのは、取り扱いが格段に良くなったことが主な要因であり、必ずしも音質の向上が理由ではない。

 DVDにしても、画質が良いからVHSを置き換えたのではなく、取扱が格段に良いからと考えるべきだ(だから大きくて重いLDはマニアアイテムどまりで、VHSを置き換えるところまではいかなかった)。

 SACDやDVD-Audioがうまくいくには、まず規格を統一すること、そして音質に加えて別の強力なアピールを持つことだった。たとえば標準フォーマットを8cmにする(これによりポータブルプレーヤーや、オートチェンジャーに新しい発展が望める)、コンテンツの価格をCDの半額にする、CDプレーヤーを下取りに出すとSACDやDVD-Audioのプレーヤーが半額になる、といったキャンペーンである。

 コンテンツの価格を半額にしても、不正コピーがなくなるのであれば、長期的にはペイしたのではないかと思うのだが、それを提案した会社があったようには思えない。それどころか、最初のSACDやDVD-Audioのプレーヤーは、一般ユーザーの手の届かない価格であり、コンテンツは高音質を理由に一般のCDより高めの価格設定がなされた(売れる見通しが低いこともあっただろうが)。これでは失敗するべくして失敗した、と言われてもしょうがない。

 しばらく前に筆者は、Blu-ray Disc(BD)とHD DVDについて、勝ち馬に乗る、という発言をした。筆者がこの次世代DVD戦争に乗り気になれないのは、BDとHD DVDの姿がSACDとDVD-Audioに重なるからだ(LDとVHDにも重なっているのだが)。偶発的な事故によりCSSが破られたDVD-Videoの姿は、コピープロテクションのないCDそのままに思われるのである。

 話を音楽に戻すと、CDにコピープロテクションを加える、というのはもう諦めるべきだ。それはコピープロテクションを前提にしていないCDというフォーマットと根本的に矛盾する。不法コピーを本当に防止したいのであれば、DRMを付与できる別のフォーマットを推進する以外に道はない。それは、音楽配信可能なMP3/AAC/ATRAC3+といったファイルフォーマットである(もう8cmにしようが何にしようが、SACDやDVD-Audioのようなパッケージを主流にすることはできない)。

 大手が音楽配信にいまひとつ及び腰だったのは、既存の音楽流通、CD販売店との兼ね合いがあったからだろうが、CD販売店には音楽ダウンロード店になってもらうしかない。自宅ダウンロードとの差別化は、情報とノベルティ(歌詞カード、ポスター等)の提供あたりに求める。厳しいかもしれないが、在庫を持たなくて済むというメリットもある。その辺で活路を見出すしかないように思える。

 むしろ問題は、DRMの標準をAppleに握られつつあることだろう。このままDRM標準をAppleが握り、パッケージとしてのCDが衰退していけば、やがてミュージシャンはレコード会社を飛び越え、Appleと直接契約するようになる。それだけに大手レーベルは、コピープロテクションを前提にしていないという致命的な欠点を持つCDを、まだ捨てられない。後継(SACD/DVD-Audio)が失敗してしまった以上、CDの無理な延命(後付けのコピープロテクション)を図りつつ、自らも音楽配信に乗り出す、という難しい舵取りを強いられている。

 その音楽配信についても、Appleに対し大きなアドバンテージ(楽曲を管理し、携帯プレーヤーについてもリードタイムを持っていた)があったにもかかわらず、すべてフイにしてしまった。現状は、コピーフリーのCDを売り続けるか、Appleに丸ごと販売委託をするかの二者択一を迫られつつある、というのが実情だ。

●音楽を買ってもらうために、なすべきことは

 しかし、もっと本質的な問題は、音楽そのものが以前ほど売れなくなっている、ということだ。レコード会社はこれを違法コピーのせいにしがちだが、筆者はそればかりだとは思わない。最大の原因は、音楽に触れる機会が減っていることだ(音楽そのものにも要因はあると思うが、それは「最大」ではないと思う)。

 筆者が若かった頃、音楽に触れる機会はもっと多かったように思う。TVの音楽番組は今より多かったし、何よりラジオが元気だった。'70年代の後半、NHK FMの夜7時15分から8時まで、丸ごと洋楽のLPをかける番組があり、筆者など一生懸命カセットテープに録音し、その中から今月はどのアルバムをレコードとして買うか悩んだものだ。

 当時はこうした行為をエアチェックと称し、そのための雑誌(FM誌)も4誌ほどあった。それでレコードの売り上げが減ったのかどうかは分からない。確かに、エアチェックテープで事足れり、とするユーザーもいたことだろうが、筆者のように限られた予算の中からレコードを購入する重要な指針としていたリスナーも多かったハズだ。現在、アルバムを丸ごと聞かせてくれる定期番組はあるのだろうか。レコード店の試聴コーナーでは、誰が使ったのか分からないヘッドフォンを装着することに抵抗のある人も少なくないに違いない。

 AppleのiTMSは、音楽のオンライン販売としては世界でNo.1である。が、筆者が不満なのは、試聴が30秒に限られることだ。30秒ですべてを理解しろというのは無理な話である。レコード会社にお願いしたいのは、すべての楽曲を丸ごと、自宅で試聴できるようにして欲しい、ということだ。

 24kbpsや32kbpsという低ビットレート(おそらくAMラジオくらいのクオリティだろう)でもいいから、丸ごとすべて聞かせて欲しい。32kbpsでダウンロードしたからCDは要らないという人は、DRMをつけようが、CCCDだろうが、音楽を買わない人である。そういう人に何をしても無駄だ。買うつもりのない人に無理やり買わせる方策を考えるより、潜在的に買いたいと思っている人に、CDを買わせるようにしむけた方がうまくいく。低ビットレートの音楽については、クレジットを明確にすることを条件に、Podcast等に使うことも認めればいい。とにかく音楽に触れてもらう機会を増やすこと。それなしに音楽の売り上げは増えないと思う。

 筆者は'80年代の後半あたりに1度音楽を聴くことをほとんど止めてしまった。また音楽を聴くようになったのは、iPodなどのデジタルオーディオプレーヤーと遭遇してからだ。そしていわゆるインディーズレーベルが、少なからず音楽をフリーダウンロード可能にしていることに感心した。

PSP向けにミュージッククリップの無料配信を行なっているEpitaph Records。PSPやiPodなど、マーケティングに使えそうなデバイスは増えている。うまく使わない手はないと思うのだが

 今、一番ツボにはまっているのは、「HorrorPops」(一言で表すと、バンシーズのスージー・スーとブライアン・セッツァーが結婚したような音楽)というPsychobillyバンドなのだが、米国での発売元であるEpitaph Recordsは、128kbpsや192kbpsといった高ビットレートのMP3をフリーダウンロードさせてくれるし、PSP用のMPEG-4ビデオ(5G iPodへ転送可)さえダウンロードさせてくれる(一部リンクが壊れたりしているのはご愛嬌)。もちろん、DRMのようなややこしいものは一切ない。筆者は4曲の音楽と2本のムービーをダウンロードしたあげく、既発売のアルバムを2枚とも購入した(ちなみに日本での発売は、ソニーミュージックである)。CDを買う人というのは、そういうものだ。

 音楽をまた聴くようになって分かったのは、音楽を聴く量が増えれば、TVを見る量が減る、ということだ。人間の1日は24時間しかない。昔と違って今は、1日の間に、仕事をして食べて寝る以外に、TVを見て、Webを見て、映画を鑑賞して、音楽を聴いて、本を読んで、ゲームをする。音楽を本当に売りたいなら、まずほかの娯楽から時間を奪わなければならない。

 そのためには、音楽に触れる機会そのものを増やす必要がある。どのフォーマットで買ってもらうかは、その次のステップの話ではないのかと思えてならない。せっかくインターネットやPodcastなど、音楽へ触れる機会を増やす手段があるというのに、敵視するばかりでは、ジリ貧になるだけだと思う。


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【11月14日】米Microsoft、SONY BMGのDRM技術について削除ツールで対応を表明 (INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/11/14/9837.html
【11月11日】Symantec、SONY BMGのDRM技術を悪用したウイルス「Ryknos」を警告(INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/11/11/9820.html

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(2005年11月15日)

[Reported by 元麻布春男]


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