●PCは一家に1台ではなく1人1台とアピールし始めたマイクロソフト マイクロソフトが個人ユーザーに対して、「やっぱりmyPC」というキャンペーンを行なっている。 「やっぱりmyPC」という名称を聞いただけでは、どんなことを訴えようとしているのかわからないかもしれないが、実は中身は単純でわかりやすい。「やっぱりmyPC」とは、家庭内でも1人1台のPCを使って欲しいという意味を持つ。いまでも、1台のPCを家族で共用しているケースが多い個人ユーザーに対して、PCを1人1台環境で利用することのメリットを訴えていく。 キャンペーンといっても、2006年6月まではこのアピールを継続していく予定だという。短期的に終わってしまうものではなく、長期的に家庭内でも1人1台、PCを利用することでのメリットを訴えていく。 これまでは、PCを一家に1台は導入していくべきだと、PCメーカーもマイクロソフトもアピールしてきた。そのメッセージが1人1台へと変化したのはどういう理由からなのか。そして、家庭内でも1人1台でPCを利用するようになると、その活用法はどんな変化を遂げるのか。 ●最初は思いつきから始まった
「PCを一家に1台ではなく、1人1台とアピールできないかという発想は、最初から裏付けがあったわけではなかった」――「やっぱりmyPC」のコンセプトを最初に発案したインフォメーションワーカー本部の横井伸好本部長は、こう打ち明ける。 「今年の1月、プリインストールPCの売り上げをアップするために、どんな販促活動を行なっていけばいいのかと考えていた。しかし、予算は限られている。限られた予算の中で、PC出荷に影響を与える仕掛けができないものだろうか……そんなことを考えているうちに、PC未購入の層に訴えかける前に、すでにPCを購入している家庭に対し、2台目、3台目のPCの買い増しを訴えることが重要なのではないかと考えた」 これまでマイクロソフトが訴えてきたのは、PC未導入の家庭に対しPCの楽しさや有用性を訴えていくことだった。しかし、内閣府「消費動向調査」によれば、PCの世帯普及率を見ると、家族が2人以上の家庭の場合、'95年以降、着実に普及率が上昇。2003年3月末には63.3%、2004年3月末には65.7%だったのに対し、2005年3月末には64.6%と減少してしまっている。 「普及率を上げることも重要だが、プリインストールPCの出荷台数を増やすために即効性があるのは、すでにPCを持っている家庭内での買い増しを訴えていくことではないのか?」
こんな横井本部長の発案を受けて、実際の家庭の導入状況を調べたマーケティングストラテジー部の飯間貴昭シニアマーケティングエグゼクティブは、「調査を行なってみると、予想以上に買い増しを必要とする家庭が多かった」と話す。 家庭で2台目のPCを購入する理由を調査すると、「壊れた」、「以前に利用していたPCが古くなった」といったネガティブファクターが1位、2位を占めているものの、3位以下は「PCでTVが見たい」、「モバイル(ノート)PCが欲しい」といったポジティブファクターが占めていた。 「家庭内でも買い換え、買い増し需要は着実にある。個人市場に対しては、家庭内に新たにPC導入を促すのと同時に、買い換えや買い増しを促していくことも重要な要素だとデータでも裏付けられる結果となった」(飯間シニアマーケティングエグゼクティブ) ●7月末まで実施したキャンペーンに予想を超えた反響集まる そこでゴールデンウィークをターゲットに、2005年4月から7月末までの期間、家庭内の買い換え、買い増しを訴えるキャンペーンを展開することが決定。「どうしてもう1台、PCが必要になったのか」をテーマに、6軒の家庭の例を紹介するWebサイトを立ち上げた。 「このサイトに対して、予想以上に反応があった。『うちも同じ』、『我が家の状況に似ている』といった声が数多く集まった。新しいOSの機能を紹介するといった内容でもなく、格好いいテーマを掲げたキャンペーンというわけではなかったが、リアルな提案に共感を覚えてくれたユーザーは多かったようだ」と横井本部長は予想を超えた反応があったことに驚きを隠さない。 マイクロソフトの調査によれば、8,487世帯中、77.1%の家族で『PCを使う人が2人以上』となった。1台のPCを家族で共有していると、お父さんが仕事をしようと思っても仕事ができない……となったり、子供が学習目的でPCを利用しているため、その間は家族がPCを利用できないといった弊害が起こっていることがわかった。 ただし、新しいPCを購入することに対して、不安を感じているユーザーも多かった。不安の上位となっていたのが、「データ移行」、「新しいPCのセットアップ」、「インターネットのアクセス設定」といったものであった。 そこで、サイト内でこうした不安を解消する具体策を紹介していった。 「不安点に対しては、具体的に解決策を提示する必要がある。幸いにも、社内にこうした問題点を解消するコンテンツが揃っていた」(飯間シニアマーケティングエグゼクティブ) 4月から7月末までにサイトを見た人に対し調査を行なったところ、「新しいPCは絶対にいらない」と答えていた人のうち54%の人が考えを変えたという結果が出た。「PCが欲しくなった」という人は27%存在し、サイトを見た直後に、オンラインショップやPCを販売している店舗に出向いたという人も9.7%いた。サイトを見た人が、かなり高い確率でPCを買い換えたいという意識を持ったのだ。 こうした反響から、当初は7月末までの期間限定のキャンペーンであったが、8月以降も継続してアピールを行なうことが決定した。 「思いつきで始めたものだったが、しっかりとデータで裏打ちされたことで、社内及びPCメーカーからも支持を得ることができた。しかも、家庭内に複数台のPCを持つというアピールは、我々マイクロソフトにとってプラスとなるだけではなく、PCメーカーにとってもプラスとなる。もちろん、ユーザーにとってもプラスとなるもので、誰にとってもマイナスにならないアピールになる」と横井本部長は説明する。
●コンシューマの世界で初のシナリオマーケティング マイクロソフトでは企業ユーザーに対しては、機能ではなく、用途ベースのシナリオマーケティングをすでに実施していた。しかし、コンシューマユーザーに対しては、依然として機能や製品ベースの提案が主となっていた。これまで同じコンシューマ市場をターゲットとしても、「Office」、「Windows」、「Xbox」などプロダクト個々にアピールが行なわれてきた。 それに対し、「やっぱりmyPC」は、コンシューマユーザーをターゲットとした初のシナリオマーケティングである。初めて個々のプロダクトを連動して利用することで、どんな使い方ができるのかといったアピールが行なわれていくことになる。 このシナリオマーケティングにのっとって、これまで一家に1台だった家庭に複数台のPCが導入されることで、色々な変化が起こることが説明されていくこととなる。 例えば、Officeについても、規定の2台のPCにインストールするだけでは足りなくなり、「家庭向けライセンス販売」が必要になる可能性もある。すでに量販店でライセンス販売は行なわれているが、「もっと購入しやすいライセンスを提供する必要も出てくる。そういうものをマイクロソフトとして用意しなければならない」と横井本部長は話す。 家族でルールを決めることも必要だ。例えば、子供に自分だけで利用するPCを与える場合には、親があくまでも管理者となってPCを利用する際のルールを明確にする必要があるだろう。 また、PC本体の仕様も、もっと細分化されて、お母さんがキッチンで利用することを想定したサイズや機能を持ったものや、子供向けの仕様といった製品が登場する可能性もある。 「現在のPCは、楽しさを追求したものが多い。だが、PCならではの便利さをもっと訴求するものがあっていいのではないか。家族みんなで利用するのではなく、個人が利用するというスタンスとなってこそ、PC本来の便利さを追求した機種が登場してくるのではないか」(横井本部長) 現在のところ、このアピールは最低でも2006年6月末まで継続することが決定しているが、「できればもっと複数年、アピールしていきたいテーマ」としてさらに長期のアピールも検討されている。 PCはPersonal Computerの略であり、本来は1人1台が当然の機器であった。また、PCがコミュニケーションツールであり、音楽や映像など、PCがデータを蓄積するための機器となった今、プライバシーの面からもほかの人には見られたくない情報も少なくない。PCが本来の意味に立ち返ろうという指向性を持った今回の試みが、どのような反響を呼ぶのかを注目したい。
□マイクロソフトのホームページ (2005年11月8日) [Reported by 三浦優子]
【PC Watchホームページ】
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