第307回

エンドユーザーにとってのOffice 12の価値



「β1を皆さんに配布します。是非、オフィスβの試食を。参加者の皆さんにはOffice印のステーキナイフをお持ち帰りいただきます」とおどけるシノフスキー氏
 前日、ビル・ゲイツ氏が発表した「Office 12」。メニューやツールバーを廃した全く新しいコンセプトのユーザーインターフェイスを搭載するOffice 12は、その斬新さが売り物かと思えた。

 しかしゲイツ氏はオフィス製品を担当する上席副社長スティーブン・シノフスキー氏が講演する余地を意図的に残していたのかもしれない。Microsoftがロサンゼルスで開催中のProfessional Developers Conference(PDC)2005の2日目、全来場者を集めて行なうジェネラルセッションで、シノフスキー氏はOffice 12の“キモ”も言える、インフォメーションワーカー向けソリューションプラットフォームとしてのOffice 12に関して講演を行なった。

●“文書を作るだけ”ではなくなってきたOfficeの役割

 “シノフスキー氏”と言っても、読者のほとんどはその名前を知らないだろう。しかし同氏はMicrosoft Officeの初期の段階から開発に関わったベテランで、現在はOffice製品の開発全体を統括している人物だ。そのデモンストレーションを見ていると、シノフスキー氏がOfficeの隅々まで理解し、使いこなした上で、さまざまな提案や機能を製品に実装している事がよくわかる。

 シノフスキー氏が特に注目を集め始めたのは、彼が“インフォメーションワーカー”という言葉と、インフォメーションワーカーに対する価値をどのように提供するのか。そのコンセプトの実装において実績を上げたからだろう。

 以前のOffice製品は、ビジネス文書を作成する効率を上げる事に全力を注いでいた。しかし単純にアプリケーションの機能を洗練するだけでは、効率はなかなか上がっていかない。

 文書を作成したり、さまざまな情報を見て判断するOffice製品ユーザーは、仕事の中で流れていく大量の情報を頭の中で処理し、それを文書に変換して残していく。言い換えれば、情報をいかに効率よく他の形式に変換したり、あるいは自分の分かり易い形式、多様な切り口で観察/判断するかが、生産性を決定づけるとも言える。コンピュータを用いて情報を自在に操れることこそが、Office製品に求めてられているという事だろう。

 インフォメーションワーカーに関してはさまざまな解釈があるが、上記はレドモンドにあるCenter for Information Workerを見ての率直な感想である(CIWに関しては以前のレポートを参照してほしい)。CIWは理想をビジュアル化したショールームのようなものだが、それを現実の製品にするのがシノフスキー氏の仕事というわけだ。

 しかし現在のOffice 2003が、そうした理想を実現しているかと言えば、まだまだ初期の段階だ。Office 2003では、情報が集まる中心地としてOutlookの機能に大きく手が加えられたが、まだまだ十分とは言えない。またこのバージョンから“Office System”と名乗り、サーバとクライアントの組み合わせで、情報が効率よく流れるよう工夫が施され始めているが、仕事のスタイルは会社や部署、所属する人たちの違いによってさまざま。あらゆる環境にフィットする柔軟性を備えたプラットフォームにはなりきれていない。

 加えて、いくら機能的には既に飽和しつつあるとは言え、基本的な使い勝手や文書作成の手順が従来とさほど変化していないとなれば、なかなか新しいOfficeを使いこなし、少しでも仕事を効率よくとユーザー自身がモチベーションを持てないものだ。

 現実のOffice 2003は、上記のような懸念に対して、それを払拭する売り上げを挙げている。Office 2000、XP、2003の中で、最も浸透率の向上速度が速かったのは、実はOffice 2003なのだ。しかし、売り上げの好調さとは裏腹に、Microsoft自身は危機感を持っていたのかもしれない。

 このところ数回のバージョンアップで、Office製品はサーバとの連携によるグループワークの効率化と個人の生産性を上げる機能面でのアップを交互に繰り返してきたが、Office 12ではその両面に手が加えられている。ゲイツ氏の基調講演では個人の生産性を上げる機能について紹介されたが、シノフスキー氏は“情報を効率的に操るシステム”としてのOfficeにフォーカスを当てて紹介した。

●ドキュメントライフサイクルにフォーカス

 シノフスキー氏はここ10年でOffice製品が大きく変化してきたと話す。かつてWordやExcelなど単体アプリケーションの組み合わせで構成され、拡張性もアプリケーションの中で閉じていたOfficeは、今や各製品の連携性が重視された1つのシステムとして機能するようになり、Live Communication ServerやExchange Server、SharePoint Serverなどのサーバ群とも連動する設計になっている。

 加えてOffice 12ではXMLやWebサービスとの連動、Visual Studioや.NETフレームワークと組み合わせたアプリケーション開発、オープンなXMLスキーマを用いたXMLベースのファイルフォーマットなど、拡張性や将来性を重視した業務アプリケーションの一部を構成するプラットフォームとしての役割も大きくなっている。

 こうした変化の根底にあるのは、ドキュメントライフサイクルという考え方だ。

 ドキュメントライフサイクルとは、Officeを用いて作成される成果物である文書やデータが、生まれてからその意味を失うまでのライフサイクルを考え、どのように生まれ、閲覧され、修正され、再利用され続けるのか。その文書やデータの意味がなくなるまでのライフサイクルを示す言葉だ。Office 12では、ドキュメントライフサイクルを通して、業務の成果物が効率よく活用される事をサポートしていこうと考えている。

 もともとのワープロや表計算、プレゼンテーションソフトは、ドキュメントを生み出すために存在した道具で、紙で行なってきた作業をコンピュータで効率化してきた。しかし今日、ドキュメントは電子データのままで扱われることが多い。成果物は電子的に共有され、関係する多くの人たちによって再利用される。

 ここで大きな意味を持ってくるのは、“SharePoint”の技術だ。SharePointにはSharePoint Portal Serverという製品もあるが、ここでは主にWindows SharePointサービスの事を指している。SharePointサービスはもともと、FrontPage Server Extentionとして生まれたのが最初で、その後、Office 2000においてOffice Server Extentionというドキュメント共有用のサーバソフトウェアとして発展。Office XPではSharePoint Team Serviceという、小グループ向けのコラボレーション用ポータルサイトを構築し、そこで文書共有やディスカッションなどを行なえるようになった。

Office12と同時に配布が開始される予定の「Windows SharePoint Service v3」 Officeは機能的にも役割的にもこの10年で大きく変化してきた もともとはOfficeチームがワークグループの生産性向上のために添付しはじめた「FrontPage Server Extention」が、今や作業の中心地として機能するワークグループポータルへと変化してきた

 現在のSharePointサービスは、今もOfficeチームが開発を行なっているものの、Windows 2003 Serverに同梱される機能へと変化している。Office 12と同時にSharePointサービスも最新の.NET技術に対応した新バージョンへと更新されるが、これもWindows 2003 Serverの更新版として配布されることになると見られる。

 次バージョンのSharePointサービスは、小グループの作業性を高める作業チーム単位の簡易ポータルサービスという位置付けを超えて、企業内で文書の活用をより効率的に行なえるよう、Office 12との連動性が大幅に高められている。共同作業で仕事を進める際に、あらゆる文書の中心点としてSharePointサービスを位置付け、ワークフローや文書管理をユーザーにとってシンプルなものにしている。

 簡単なワークフロー設定をSharePointサービスで行なったり、あるいは文書タイプを自分で定義し、カスタムのメタデータを埋め込んだり、アクセス権の細かな設定を利用してユーザーごとに適したテンプレートを配布するといった用途にも利用できる。またここで設計したワークフローの中で、文書タイプごとに自動的に適切なメタデータが付加されていくようカスタマイズすることも可能だ。

 またSharePointに集まる情報からRSSフィードを作成する事が可能になるなど、チーム向けポータルとしての機能性もブラッシュアップされている。

●エンドユーザーにとってのOffice 12の価値

 シノフスキー氏は終始、デモを通じてOffice 12の魅力について紹介したが、しかしそれはWindows 2003 Serverにのみ同梱されるSharePointサービスとセットで動作するものが多い。今後、SharePointサービスがどのような形で配布するのか詳細は未定だが、ASP.NETをフル活用している事もあり、Office 12におけるWebサービスとの連動性はWindows 2003 Serverに今後も強く依存せざるを得ない。

 ではエンドユーザーにとってのOffice 12の価値とは、どのような部分にあるのか。ひとつは前日にゲイツ氏がデモを行なった文書作成における大幅なユーザーインターフェイスの変化だろう。もうひとつは.NET対応が徹底化されたことにより、企業内のシステムとの連動性が高まることで、ユーザーが意識せずにネットワークを活用可能な環境を構築できることだ。

 そして最後にOfficeが作るネイティブの文書フォーマットがXML化される事も大きなトピックだろう。Word、Excel、PowerPointが作る文書は、すべてオープン化されたXMLスキーマを用いたXMLファイルとなる。仕様はすべて公開されるため、ユーザーは将来、文書を再利用する際、他のアプリケーションを用いたり、メタデータの付加などを自動化するなどの簡単な加工を行ないやすくなるだろう。

 もっとも、Office 12がどのように変化したのか。実際には製品に触れなければわかりにくい部分も多い。シノフスキー氏によるとOffice 12β1は今年の終盤に開始される予定で、PDC2005の来場者で希望する人全員がダウンロードによってβテストに参加できるようにするとし、βサイトへの参加キーをアナウンスした。

 なおOffice 12のリリース時期について、Microsoftは「Windows Vistaと同時期」としかアナウンスしていない。しかし現バージョンであるOffice 2003は、2003年9月1日に企業向けボリュームライセンスの受付を開始し、店頭パッケージは10月24日に出荷している。同社の企業向けライセンスでは、3年以内に新しいバージョンを提供する事を明記しており、Office 12の企業向けライセンス受付は来年の9月ぐらいになると見られる。

□PDC2005のホームページ(英文)
http://msdn.microsoft.com/events/pdc/
□関連記事
【2004年8月30日】Microsoftが考える未来コンピューティングコンセプト
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0830/ciw.htm

バックナンバー

(2005年9月16日)

[Text by 本田雅一]


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