元麻布春男の週刊PCホットライン

IDFに見るIntelの新しい進路




●再び1つに戻るIntelアーキテクチャ

トップキーノートに立ったオッテリーニ氏。髪も切り若々しい印象がある
 例年より若干早く秋のIDFがSan Franciscoで開幕となった。'97年9月の第1回から数えて17回目となる今回は、ポール・オッテリーニ社長がCEOに就任して最初のIDFでもある。もちろん氏は2001年秋のIDFで最初のトップキーノートを務めて以来これで5回目のいわばベテラン。特別な感慨はないのかもしれない。

 オッテリーニ氏のキーノートの冒頭で流されたのは、IT産業がまだまだ成長の余地を残した産業であることを主張するビデオ。成熟産業として墓場に葬られるには早すぎる、というものである。これまでのビデオと一味違っていたのは、デジタル技術の隆盛の例として、iPODやポッドキャストがチラリとフィーチャーされていたこと。これらのデバイス/技術はIntelと直接関係したものではないが(少なくとも今のところ)、AppleがIntel製プロセッサを採用すると発表する前には考えられなかったことだ。

 ただしキーノートでApple(の関連製品/サービス)が登場したのはこれきりだった。IDFのセッション全体を見渡しても、Appleに関連するのはMac OS X向けにIntelが提供する開発ツールを紹介するものが1つだけ。内容的にはWindowsやLinuxで実績のあるツールをすべてIntelプラットフォーム上のMac OS X向けに提供します、というもので、すでに発表された枠内のものであった。

 話を戻してオッテリーニ氏のキーノートだが、成長の根拠として挙げられていたのは、大きく分けて2つである。1つは、モバイル、デジタルオフィス、デジタルホーム、といった既存市場における成長余地、もう1つが新興諸国市場および医療分野という、従来のIntelではあまりカバーされてこなかった市場だ。

WoodcrestのDPサーバーをデモするオッテリーニ氏。指を4本立てているのは、デュアルコア×デュアルプロセッサで計4個のプロセッサがソフトウェアから認識されていることを示したもの 新マイクロアーキテクチャに基づく三つ子のプロセッサ。現在モバイル系とそれ以外(NetBurst)で2つに分かれているx86のマイクロアーキテクチャは、再び1つになる

 前者をドライブするのはますます普及が進むWiFiであり、マルチコアプロセッサであり、各種の新技術(*Ts)である。特に今回のIDFの大きな話題の1つは、2006年後半にも導入が開始されるx86マイクロプロセッサ(64bit拡張サポート)の新しいマイクロアーキテクチャのお披露目で、モバイル、デスクトップ、DPサーバの各セグメントに、それぞれMerom、Conroe、Woodcrestという開発コードネームを持つ、三つ子プロセッサ(同じマイクロアーキテクチャ/コア技術をベースにしているという意味で)を準備していることを明らかにした。その準備は、すでにシリコンが動作する段階に入っており、オッテリーニ氏のキーノートで動作デモが行なわれた。

 新アーキテクチャは、パイプラインが14段(ちなみにP6は12段、Netburstは20段)、同時発行命令数が4といった技術的な詳細も一部明らかにされたものの、そのネーミングについては明らかにされていない。また、MPプロセッサ(Xeon MP)についても2007年以降に登場するWhitefieldが新アーキテクチャを採用することになっている。この世代において、Intelのx86プロセッサは再び1つのマイクロアーキテクチャに回帰することになる。

 ただ、マルチコアプロセッサの話題がある一方で、*Tsについてはそれほど新しい話題がなかった印象だ。*Tsの実用化に際してはソフトウェアサポートが不可欠だが、現在は次期Windowsである“Windows Vista”のベータが始まったばかりの微妙な時期だから、というのはうがちすぎた見方だろうか。

 また、*Tsの話題があまり盛り上がらないというのは、新しい使い方の提案もままならないということ。マルチコア技術でムーアの法則をこれからも維持し続けるつもりであることは分かったが、そのトランジスタ、あるいはその性能で何を実現してくれるのかについてはあまり具体的な姿は見えてこなかった。このあたり「Celeronの国」からきたプレス(「日本でCeleronばかり売れるのは君たちがちゃんと仕事をしていないからではないか」、とお叱りをうけた故事による)としては、もう少し具体的な話を聞きたいところだ。

●人材を得た今回の新規事業

 一方、Intelにとって大きな潜在性を秘めた新規市場だが、新興諸国市場を扱う専門の事業部としてChannel Platforms Group(CPG)を、医療分野向けの事業部としてDigital Health Groupを、それぞれ今年の初めに立ち上げたばかり。前者の事業部長にはビル・スー副社長が、後者の事業部長にはルイス・バーンズ副社長がそれぞれ就任した。今回のIDFでは、オッテリーニ社長のキーノートの途中でスー副社長が登壇し、CPGの紹介を行ったほか、Burns副社長はDigital Health Groupの事業部長として初となるキーノートスピートを午後から別途行なった。

オッテリーニ氏に招かれて登壇したスー副社長。共有して利用するCommunity PCのリファレンスデザインを紹介した CPGのヘッドクォーターはサンタクララ(カリフォルニア)でもなければヒルズボロ(オレゴン)でもなく、上海に設けられた。ほかにバンガロール(インド)、カイロ(エジプト)、サンパウロ(ブラジル)に拠点がある

 CPGがターゲットとしているのは、中国、インド、エジプト、ブラジルといった、現在急速な経済発展を遂げている、あるいは極めて近い将来の経済発展が見込める国々の市場だ。すでにCPGは上海、バンガロール、カイロ、サンパウロに拠点を構え、それぞれの国に即したプラットフォームの研究、開発、マーケティングに着手している。これらの国々は、先進国市場ほどの購買力がなかったり、PCを利用する基本的なインフラ(安定した電力供給、通信網の整備)が欠けていたりしたことから、従来1つの独立した市場とはあまり考えられてこなかった。ハッキリ言えば、先進国で時代遅れになったような古いPCを安値で販売すればいい、といった見方をされがちだった。

 CPGは、こうした見方を改め、新興諸国には先進国とはまた違った要求がある、ということをきちんと意識し、そのニーズに応えようという事業戦略から生まれたものだ。たとえば、まだ個人所得がそれほど多くないこれらの国々向けには、公衆環境で共有されることを前提にしたPCを用意する、ほこりや虫(ソフトウェアの虫ではなく、蚊やハエといったリアルの虫)の対策をどう考えるか、あるいは電源の供給に不安のある地域に自動車バッテリで利用できるPCはどうか、といった具合である。

 以前(確かPalm SpringsでのIDFだったと思うが)、当時Intel Architecture Groupのグループ副社長であったAnand Chandrasekher現副社長が、プレス向けのブリーフィングでPentium IIIプロセッサの利点について紹介したところ、氏の出身地域でもある西アジアからきたプレスに、Intelはいつも新しいプロセッサがどんなに素晴らしいか力説するが、私の国ではPentiumなんか見たこともない、これをIntelはどう考えるのか、と詰め寄られたことがあった。この頃のIntelには、まだ具体的な回答がなく、Chandrasekher副社長は答えに窮してしまったが、今のIntelなら、質問者を満足させられるかどうかはともかくとして、ある程度具体的な回答を提示できるだろう。それは大きな進歩に違いない。

 医療分野の詳細については、また稿を改めることにするが、Intelによるとこの市場のIT化は、他の産業に比べて10年あまり遅れていることが珍しくないという。Intelはここに標準化されたプラットフォームを持ち込むことで、情報の共有化の促進、医療環境の改善を促したいとしている。全世界的に高齢化が進みつつある今、この市場の潜在性は大きい。

 新興国市場と医療分野、この2つの市場に対するIntelのアプローチは、一義的には市場の大きさであり、あくまでもビジネスとしてのメリットを踏まえてのものだと思う。こう書くと、Intelはこれらの分野を金儲けの材料にする、とも取られがちだが、市場経済の世界において、ビジネスベースで物事が進むのは重要なことだ。逆にIntelが慈善事業としてこれらの市場を助けたいなどと言っていたら、筆者は薄気味悪く思っただろう。あくまでも採算性をベースにした事業として、成長分野として考えていることに筆者はある種の清々しささえ感じる。

 今年の1月にIntelがCPGとDightal Health Groupを設立し、その事業部長に当時のDesktop Platform Groupの共同事業部長であったスー副社長とバーンズ副社長を任命した時、多くの人は驚いたハズだ。Desktop Platform GroupというIntelのメインストリーム中のメインストリームの事業部から、新設の事業部へいきなり行くということが自分の身に起きたらと思えば、誰しも色々と考えることがあるハズだ。しかし、スー副社長は香港出身であり、祖国のIT化に大きな夢やビジョンを持っているのかもしれない。またBurns副社長は、介護の必要な19歳の娘さんを持つ父親であることを今回のキーノートで表明した。そして、現在の事業部について、自身の個人的体験がプラスに作用しているとも明かしてくれた。これらを考えると、1月の人事もそれほど悪いものではなかった、むしろ適材適所だったのかもしれない。

□IDF Fall 2005のホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/us/fall2005/

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(2005年8月25日)

[Reported by 元麻布春男]


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