山田祥平のRe:config.sys

広いリビングよりも、鍵のかかる個室が欲しい




 次世代のパソコン環境を語るときに、必ず話題になるのがホームネットワークだ。そのテクノロジーが実現する環境の具体的な説明では、仲のよさげな家族がリビングルームに集い、この夏の家族旅行の写真をみんなで見ていたりするわけだ。それにしても、家族は本当にコンテンツを共有したがっているのだろうか。

●オフィスと家庭は対極の環境

 オフィスでは業務のためにパソコンを使う。その業務をこなした報酬としてサラリーを受け取るのが会社員だ。業務の成果物は、基本的に会社のものであり、そこではプライバシーという概念は希薄だ。会社のために必要ならば、システム管理者は個人宛のメールも平気で見るし、見られて困るメールをやりとりしている社員の方が悪いことになる。

 特定の社員が、自分の業務に必要なデータを独占してしまっていたら、それは会社にとって損失だ。だからこそ、情報を共有するという考え方が生まれたのだ。ITの世界でも、グループウェアがめざすものはそうだし、ワークグループやドメインといったネットワークメタファは、こうした下地から生まれてきたものだといえる。

 組織では、個々の構成員が情報をうまく共有し、1人の仕事の成果を、他者がうまく活用するにはどうすればいいかを考えることが第一義だ。会社は複数の人間の集合体ではあるが、法人という言葉の通り、実際には、仮想的な1人の人間にすぎないのだ。

 こうした事情の元に培われたノウハウやテクノロジーを、そのまま家庭に持ち込もうとしていいのだろうか。パソコンのコンシューマーユーザーは、長い間、業務用の冷蔵庫を家庭で使うようなことを強いられてきたわけだが、時代も大きく変わり、ようやくパソコンがパーソナルなものになろうとしているのに、それを取り巻くテクノロジーが、またもや業務色濃いメタファを持っているのでは話にならない。

●何を見せたいと思い、何を見せたくないと思うか

 まず、データ以前の問題として、ハードウェアとしてのパソコンを家族で共有するというのがよくない。冷蔵庫は一家に1台でも、箸や茶碗は、1人1人が専用のものを使うだろう。うちはそうじゃないという一家でも、歯ブラシならどうか。歯ブラシとパソコンを比べるなんて、ちょっと極端だが、パソコンはそのくらいパーソナルなコモディティにならなければならないのだ。だいたい、娘が学校にパソコンを持ってでかけたら、母親が家で使うパソコンがなくなってしまうというのでは話にならない。

 いろいろな意味で、携帯電話はパソコンが見習わなければならない要素をたくさん持っている。あとからやってきて、アッという間に追いついて、今ではずっと先を行っている。これは驚異だ。

 考えてもみてほしい。17歳の高校生は、自分が携帯電話のデジカメ機能で撮影した写真を家族に見せたいと思っているだろうか。百歩譲って、よほど見せたい写真があったとしよう。でも、そのときは、それだけをメールで送るにちがいない。すべての写真を常に家族が見ることのできる場所に置くようなことはしないんじゃないか。もし、就寝中などのスキを狙って盗み見ようとしているのに気がつかれたら、軽蔑されかねない。もしかしたら、着信や発信の履歴、電話帳でさえ見られるのをいやがるかもしれないのだ。

●Windows Vista Server Home Edition の可能性

 ごく一般的な家庭なら、どうしたって冷蔵庫は必要だ。ただ、冷蔵庫はよほどのことがないかぎり、1台あればそれでいい。台所の冷蔵庫には、食材以外にも、お気に入りの銘柄のビールや清涼飲料水が常備されているだろう。家族はそれぞれが何の疑問もなく、冷蔵庫のドアを勝手に開け、自分の好きな飲み物を飲む。まさに共有だ。そこにビールが2本冷えていることは秘密でもなんでもない。データの共有と異なるのは、飲めばそれがなくなってしまうことくらいだ。

 家庭で使われるパソコンも、冷蔵庫的な機能を持つものは必要だろう。だから家族の人数分+1台が一家に必要なパソコンの台数だ。

 ただ、そのパソコンにはディスプレイやキーボード、マウスはいらないかもしれない。操作が必要ならば、それぞれのパソコンから、リモート操作できるようになっていればいいからだ。まるでNASのようだが、NASがあくまでもストレージ機能を目的としたものであるのに対して、こちらには、もうちょっとインテリジェントな機能が求められる。

 たとえばテレビ録画機能などは、冷蔵庫パソコンにW録画程度の機能が実装されていて、それをリモートから録画予約設定できれば、個々のパソコンにテレビ機能が実装されている必要はないかもしれない。そういう意味ではDLNAが目指しているような、家庭内のパソコンに散在するコンテンツを、それがどこにあるのかを気にすることなく参照できて楽しめるといった環境を、本当に、人々が求めているのかどうかは難しいところだと思う。

 さらに、共有スペースとは別に、自分だけしか参照できない鍵のかかる部屋が、冷蔵庫パソコンの中に確保できるのが望ましい。まあ、内緒で好物のキャンディを隠しておける場所のようなもんだ。

 また、周辺デバイスとしてのプリンタやスキャナなどを家族1人1人が持つ必要はないだろう。今後の住宅には、こうした冷蔵庫パソコンと周辺デバイスを置くためのスペースが必要になるんじゃないだろうか。今の住宅なら、洗濯機置き場や冷蔵庫置き場が必ずといっていいほど確保される。それと同じように、できれば音が外に漏れないように工夫され、ある程度の温度の管理ができるようなホームサーバー置き場があると便利だ。となれば、Microsoftには、次世代のサーバーOSには、管理の優しいホームユースを想定したHome Editionを用意してほしいくらいだ。

 もっとも、そこまでやるようになるのか、ネットワークの帯域が十分に広くなり、こうした機能はホスティングするのが普通ということになるのかは微妙だ。そういう時代にはテレビの録画機能なんて、誰も必要としていないかもしれない。以前も書いたように、コンテンツはすべてオンデマンドで視聴できるようになっている可能性もあるからだ。

●ホームネットワークが目指す別の方向性

 ぼくが知らないだけで、今の子どもたちは、親とすごく仲がいいのかもしれない。家族の間では秘密なんてないのかもしれない。少なくとも、テレビドラマに出てくる家族の多くは、表面的には仲が悪そうに見えても、実際には強い絆で結ばれている。

 年に一度の家族旅行がとても楽しみだという女子高校生がいたって何の不思議もないし、ちょっと高価なものが欲しいときには、ちゃっかりと父親をデパートに誘う娘もいるだろう。

 すべてがあけっぴろげの家庭で、母親に机の引き出しをゴソゴソと詮索されても、何の気にもしないおおらかな大学生もいるかもしれない。たとえ、何かを見つけても、犯罪の臭いでもしない限りは、見なかったことにするのが賢い母親だ。

 そんな彼、彼女たちも、携帯電話は自分専用のものを1台、肌身離さず持っているのだし、家に忘れて出かけてしまうと不安で仕方がないというのが普通だ。たぶん、親に自分の携帯電話を貸すようなこともなかろうし、かかってきた電話に出るようなことがあったら、とりあえずは怒るにちがいない。パソコンがそのくらいパーソナルな存在になれば、コンテンツの共有なんて発想は出てこなくなるかもしれない。

 近未来のホームネットワークのあり方を考えるなら、もうちょっと別の方向性を模索してもいいんじゃないかと思うのだ。

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(2005年8月12日)

[Reported by 山田祥平]


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