●仕様に準拠していない日本のIEEE 802.11a 5月9日に、バッファローから「世界標準11a」と呼ばれる無線LAN機器の新製品が発売された。もともとIEEE 802.11aはIEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers:電気電子学会)が定めた仕様であり、いまさら「世界標準」ってどういうこと? と思ったユーザーもいたかもしれない。これを説明するには、これまで使われてきたIEEE 802.11aについて、若干説明しておく必要がある。 これまで国内で使われてきた5GHz帯の無線LAN(IEEE 802.11a)は、5.15GHz~5.25GHzの100MHzに、4つのチャネルを設けたものだった。その中心周波数は次のように設定されていた。
【表1】従来のIEEE 802.11aチャネル(J52)
諸外国の中には、5.25GHz~5.35GHzの100MHzを割り当てたところもあった(例、米国)が、日本ではここを気象レーダーが利用するため、無線LANには割り当てられていなかった。また、気象レーダーとの干渉を防ぐ目的で、5.24GHz~5.35GHzにガードバンドが設定されていた関係で、日本国内のIEEE 802.11aは中心周波数が下に10MHzずれていた。つまり、諸外国における5.15GHz~5.25GHzの無線LANについて、中心周波数の設定は次のようなものだった。
【表2】諸外国でのIEEE 802.11aチャネル(W52)
さらに、5.25GHz~5.35GHzについても、下の4チャネルが割り当てられていた。
【表3】5.25GHz~5.35GHzチャネル割り当て(W53)
まとめると、これまで使われてきた日本の5GHz帯無線LANは、IEEE 802.11aと言いながら、 1. 利用可能な帯域が半分のため、利用可能なチャネル数も半分の4チャネルしかない という2つの問題を抱えていたことになる。 ●仕様準拠に移行するIEEE 802.11a
しかし、2003年7月の世界無線通信会議(WRC-03)において、5GHz帯無線LANの利用周波数帯の標準仕様が策定されたこと、詳細検討と実測を通じて5.24GHz~5.35GHzのガードバンドを省略しても、気象レーダーとの干渉を回避可能であることが判明したことで、この2つの問題を解消する方向性が打ち出された。 その改正案に関するヒアリング等を行なったうえで、電波監理審議会からの答申が4月13日に出され、2005年5月から施行されることになった。冒頭で触れた「世界標準11a」というのはバッファローの用語だが、言うまでもなくこの改正に準拠した製品を指す。 世界標準11aという言葉でも明らかなように、新しいIEEE 802.11a準拠製品は、5.15GHz~5.35GHzの200MHzに設けられた8つのチャネルを利用可能で、中心周波数はWRC-03で提唱されたものと同じ。早い話、表2と表3の8チャネルが新しいIEEE 802.11aで利用可能なチャネルだ。従来の国内規格とは10MHzずれているが、世界共通の周波数割り当てということになる。 従来のものと区別するためJEITAでは、表1の4チャネルをJ52、表2の4チャネルをW52、表3の4チャネルをW53と呼ぶことにしている。たとえば、従来のIEEE 802.11aに準拠した製品は「IEEE 802.11a準拠(J52)」、新しいIEEE 802.11aに準拠した製品は、「IEEE 802.11a準拠(W52/W53)」のように表記される。 この新しいIEEE 802.11a規格の導入により、条件さえ整えば(国内に加え相手先国の認証がとれた無線LAN機器であれば)、IEEE 802.11a対応の機器でも国際ローミングが可能になった(少なくとも国際ローミング可能な無線LAN機器を製造可能になった)。 また、5GHz帯の複数チャンネルを利用した無線LANの高速化規格が登場してきた場合、それを取り入れることが容易になる。もちろんチャネル数が増えることは、干渉を回避しやすいということであり、大量の無線LAN端末を利用する企業等での使い勝手も向上する。 だが、新製品は良いことばかりではない。中心周波数がずれたことで、従来製品との互換性が問題になる。同じ5.15~5.25GHz帯であっても、J52対応の無線LAN機器とW52対応の無線LAN機器は相互接続できない。これが問題になるのは、すでにIEEE 802.11a(J52)を使っている環境に、IEEE 802.11a対応の無線LAN機器を増設する場合等だが、移行をスムーズに行なうため、いくつかの移行措置がとられる。 まず最初に言っておかねばならないのは、新しいIEEE 802.11aが利用可能になったからといって、従来のIEEE 802.11aが利用できなくなるわけではない、ということだ。J52を利用することを前提で、わが国での利用が認められた無線LAN機器は、これからも利用し続けることができる。それだけでなく、製造や販売を継続することも可能だ。唯一、新しいIEEE 802.11aへの移行を促すという意味で、新規のJ52専用無線LAN機器の認証は行なわれない。 新規に販売される(認証を受ける)IEEE 802.11a対応無線LAN機器だが、アクセスポイントについては、J52をサポートする機器は認められないが、クライアント(PCカード、MiniPCIカード、USBアダプタ等)については、一定期間新規格(W52/W53)と旧規格(J52)の両対応が認められる。両方をサポートする製品は、電波を出す前にアクセスポイントが発する電波を受信し、それにしたがってチャネルを選択するパッシブスキャンをサポートしていなければならない。
またW53をサポートするアクセスポイントは、気象レーダーとの干渉を検出し、回避するDFS(Dynamic Frequency Selection)と呼ばれる機能を実装する必要がある。クライアントについてはDFSの実装は求められていないが、それゆえW53を(アクセスポイントを用いない)アドホックモードで利用することはできない。 新規アクセスポイントがJ52をサポートしないため、このままでは既存のJ52対応クライアントと新しく購入したアクセスポイントは接続できないということになる。この問題を回避するため、一定条件下において既存の無線LAN機器を新規格対応にアップデートすることが認められる。一定条件とは、 1) 新規格への対応を行なうアップデートは機器内部に記録されているファームウェアの更新で行ない、ドライバでの対応は認められない の3点。かなりハードルは高い。 このハードルを越えて更新し、実現できる機能は、W52への切り替え(アクセスポイント、クライアント)、あるいはW52とJ52の両対応(クライアントのみ)のどちらか。両対応の場合は、パッシブスキャンをサポートしている必要がある。いずれにしても、W53をサポートすることはできない。これは、W53がJ52で扱う周波数帯域外であることに加え、W53のサポートにDFSという旧規格では要求されなかった機能が必要になるためだ。 想定される更新のシナリオは、ユーザーがWebページからMACアドレス、あるいはシリアル番号を入力してログインし、オンラインで書き換えを行なう、というものだが、更新途中でのネットワーク切断など懸念材料がなくはない。また、更新サービスを提供するのは基本的に認証取扱業者(通常は、無線LANモジュールの製造元)で、それを組み込んだ最終製品を販売するPCベンダーが代行することも可能とされているが、両方が存在する場合、どちらが提供するのか、という問題もある。 このような場合、面倒な更新をするくらいなら、下取りして新製品を安価に提供するということも普通は考えられるのだが、MACアドレスを無線LANのセキュリティに用いていることも少なくないため、すべて下取りで対応とはいかないのも厄介だ。 こうした問題のせいか、ファームウェアのアップデートを行なうとしているベンダーはあるものの、現時点でそのサービスを実際に提供しているところはない。新規製品も今のところ、冒頭で触れたバッファロー製品だけといっていい状況だ。 同社は以前からWebページでこの問題(間もなくIEEE 802.11aに変更があること)の告知を行なってきており、新規格への対応に積極的なベンダである。新ファームウェアの提供は7月からだが、ユーザーの手元での無償バージョンアップ(J52対応をJ52/W52対応に)のほか、一部製品については製品を送り返すことによる有償バージョンアップ(J52対応をJ52/W52/W53あるいはW52/W53対応に)も予定している。 現在店頭に並んでいるのは、新規格に対応したブロードバンドルータ2種(IEEE 802.11b/gと同時使用対応と、IEEE 802.11b/gとIEEE 802.11aの切り替え使用対応)とCardBus用無線LANカード2種と、これらをセットにした製品。ほかに法人向けのアクセスポイントも発売中となっているほか、Ethernetメディアコンバータも近日発売の予定だ。 ●新規格対応製品「WER-AMG54/P」を試す この中からIEEE 802.11aとIEEE 802.11b/gの切り替え使用の無線ブロードバンドルータである「WER-AMG54」に、無線LANカード「WLI-CB-AMG54」を組み合わせた「WER-AMG54/P」を使ってみた。今回用いた製品は、出荷時期が最も早いものであるせいか、対応するチャネルの表示について、JEITAのロゴは使われていなかったが、今後発売されるものについては、JEITAのロゴが使われるようになるのではないかと思われる。
WER-AMG54は、2.4GHz帯(IEEE 802.11b/g)と5GHz帯(IEEE 802.11a)の切り替え使用で、工場出荷時の設定はIEEE 802.11b/gになっている。現状でのノートPC等の対応を考えれば妥当だと思われるが、ここではIEEE 802.11aに設定を変更した。また、筆者の環境はすでにルータが存在しているので、内蔵ルータを無効にしてブリッジモードで(アクセスポイントとして)使用したが、設定等でチャネルが変わったことを意識するのはデフォルトのチャネルの設定(36チャネル)くらい。 この設定をW53のチャネルにしてしまうと、ファームウェアを更新したクライアント(J52/W52対応のクライアント)が接続できなくなるので注意が必要だ。もちろん、ファームウェアを更新していないJ52対応の無線LAN機器からは、WER-AMG54が提供する無線LANは全く見えないがこれは想定した通りである。 このような互換性が生じる最大の要因は、アクセスポイントについて新旧両対応が認められなかったことだが、これを認めると新規格への移行が進まなかったり、J52とW52の干渉が生じるケースの増大が懸念される。すでに運用されている無線LAN機器の周波数帯の切り替えという、ほとんど前例のない事柄だけに、若干の混乱は避けられない、ということだろう。 不幸中の幸いは、2.4GHz帯のIEEE 802.11b/gに比べ、IEEE 802.11aはあまり使われてこなかったことで、影響を受けるユーザーがまだ少なくて済んだことだ。とはいえ、最も多くのユーザーが利用しているであろうノートPCの内蔵無線LANモジュールのアップデートがどうなるのか、今後が気になるところだ。 □JEITA「5GHz帯無線LANの周波数変更」に関するガイドライン制定について (2005年5月27日) [Reported by 元麻布春男]
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