第288回
「Tiger」と「Longhorn」の類似性を否定するMS幹部



 米国シアトルで開催中のハードウェア開発者向け会議「WinHEC 2005」が終わる頃、MacOS Xの新しいバージョン、コードネーム「Tiger」と呼ばれていた「MacOS X 10.4」がユーザーの手元に届く。「Longhorn」の機能に関しては、一昨年のWinHEC(あるいはそれ以前)からコンセプトが明らかになっていた。読者の多くはそれを忘れているかもしれない(それほど昔のことだ)が、TigerとLonghornには驚くほどの類似性がある。

 それはこの数週間話題になっている検索機能や、グラフィックエフェクトにおけるGPUの活用といった目に見える部分に関してだけではない。Apple ComputerのCEOが、アナリスト向けミーティングで、LonghornはTigerのマネだと言い放ったほどだ。先に市場に登場するTigerに対して、マイクロソフト幹部はどのような考えを持っているのか? そして、LonghornとTigerはどのような点で似ているのだろうか?

●Longhornはマネではない。追い抜かれただけだとオルチン氏

Microsoft プラットフォームグループ担当 副社長 ジム・オルチン氏

 Microsoft プラットフォームグループ担当 副社長のジム・オルチン氏は、WinHECにおけるビル・ゲイツ氏の基調講演後、より詳細なプレゼンテーションを行なうとともに、記者からの質問を受け付けた。その中にはもちろん、Tigerについて質問もあった。

 「Appleは先進的で技術革新を行なう企業だと思う。彼らは革新的な技術を数多く生み出し、新しい技術にも挑戦している。しかし、だからといってLonghornがTigerの模倣というのは間違いだ」と、Appleを持ち上げつつも類似説を否定。

 「たとえばSpotlightのような検索機能は、すでに一昨年秋のProfessional Developers Conference 2003(PDC 2003)で披露している。彼らがSpotlightに言及し始めたのはずっと後のことだ。単に我々が多くのハードウェアやソフトウェアに対応するため、開発と準備を進めている間に追い抜いていっただけだ(オルチン氏)」

 またオルチン氏は表面上は同じように見える機能でも、細かな使い勝手や機能は異なるとも主張している。ゲイツ氏の基調講演ではWinFSが取り除かれた後のファイル検索機能やバーチャルフォルダといった機能を紹介したが、これらにはSpotlightよりも進んだ要素が含まれていると主張している。

 もっともPC上から情報を探す機能が、LonghornとTigerの両方で話題になっているのは偶然ではないだろう。どちらが先にアナウンスしたか、先に発売したかといった話ではなく、デスクトップとフォルダを用いた現在のGUIが限界に近づいているからだ。

 現在のPCは、情報を多人数で共有しながら共同作業を行なったり、インターネットで大量の情報を集めたり、あるいは電子メールであらゆる人たちとコミュニケーションを取るといった作業が日常的に行なわれている。これにより、PCで扱う、あるいは保存されている情報量が劇的に増加しているのは明らか。

 すでにユーザーがGUIのメタファーを使い、自分で情報の整理/整頓を行なっても、とても追いつかないほどの情報量になっている。LonghornあるいはTigerにしても、ニーズがあってこそ機能を実装しているだけとも言える。ただし、両OSの類似性はまだほかにもある。

●元々よく似ていたWindowsとMacOSのグラフィックアーキテクチャ

 Windowsのグラフィック描画はGDIを通して行なわれているが、その背後でフレームバッファに描く手法は少しづつ変化してきた。たとえばWindows 2000ではGDI(GDI+)による描画をDirectDrawの描画サーフェスで行なうように変わった。

 このことを発表したのはWinHEC 98のことだが、当時からMicrosoftは3D機能を用いてデスクトップを描くようになると話していた。DirectDrawサーフェスへの描画は、その後、Direct3Dをデスクトップ描画に使うための布石だったと言える。当時のグラフィックチップは、現在のようなプログラマブルなプロセッサではなかったが、デスクトップやウィンドウを3D機能で描いた場合でも文字が見にくくならないよう、Anisotropic Filtering機能付きのGPUを使うようデベロッパーに呼びかけていた。

 ただし、実際にはその後、GPU側のアーキテクチャが変化し、計画はやや軌道修正することになる。WinHEC 2002/2003で詳細が明らかになってきたLonghornのアーキテクチャでは、GPUに描画用シェーダを渡してグラフィックの描画を行なうというアイディアに変化したわけだ。

 通常のウィンドウ描画や動画表示など、さまざまな部分でGPUのピクセルシェーダが使われる。動画の拡大やシャープネス処理など高画質化処理にも、GPUのパワーを利用することが可能だ。このためLonghornのグラフィックサブシステムが持つ能力を100%発揮させるためには、DirectX 9に対応したピクセルシェーダが必要になる。

 当時はシェーダに依存したアーキテクチャは早すぎるとの意見もあったが、結局Longhornのリリースが遅れ、今やチップセット内蔵GPUにまでDirectX 9のピクセルシェーダが入るようになってきた。

 Longhornで使われる「Avalon」を用いたデスクトップデザイン「AeroGlass」は、半透明効果や半透明ウィンドウを透過させて動画が見えたり、拡大縮小処理が多用されていたりと派手な演出が特徴だ。そうしたエフェクト自身は、単純にそういう見せ方をしているだけだが、その背後にはGPUを活用するAvalonのアーキテクチャが存在する。

 もっともMacOS Xも実はよく似たアプローチを取っており、PDFのアーキテクチャを画面描画に利用している「Quartz」(WindowsでのGDIあるいはAvalonに相当する)が「Quartz Extreme」へと進化し、GPUの3D機能を利用した柔軟なアクセラレーションが可能になった。

 さらにTigerでは「CoreImage」という新しい機能が加わっている。CoreImageはさまざまな画像処理アルゴリズムをGPUのシェーダプログラムで書いたモジュールにより処理する仕組みで、アプリケーションはCoreImageを使うことでCPUではなくGPUのパワーを使い、高速に画像処理を行なうことが可能になる。

 Longhornのアプローチとは異なるが、倍々ゲームで増え続けるGPUのパワーを活用しようという元となっているアイディアそのものは同じとも言えるだろう。

●Longhornのオリジナリティ

 ではLonghornにオリジナリティはあるのか?

 確かに初日のWinHEC基調講演で行なわれたデモだけを見ると、実装は異なるものの切り口はTigerと同じと言われても仕方がない面はある。開発に手間取っている間に、Tigerが先に登場してしまうのだから、この時点でオリジナリティは失われたと見る人も少なくないだろう。

 しかしLonghornの改善点は非常に多岐にわたっており、今まさに注目されている機能だけを取り上げて比較、論じるのはあまり意味のある事とは思えない。すでに1年半前のPDC 2003で明らかになっているIndigoには多数のオリジナリティがあるし、Avalonのビジュアルツリーと呼ばれる構造化されたデータオブジェクトを基礎にしたネットワーク透過なXMLベースの描画アーキテクチャもネットサービスとローカルアプリケーションの融合を狙う上で興味深い側面がある。

 また今回のWinHECで明らかになってきた興味深い機能もいくつかある。

 ひとつはセキュリティに関連するいくつかの機能だ。セキュアブート機能はファイルやボリュームといった単位ではなく、HDDパーティション全体を暗号化し、PC上で管理するすべてのデータやアプリケーションをセキュアにしてしまう。TPM1.2に対応したセキュリティチップの機能を用いて実現され、ノートPCを紛失したり、盗まれた場合にも情報が漏れないメリットがある。

 また、MicrosoftはデジタルチューナカードとGPUの両方にAES暗号化モジュールを埋め込み、デジタル放送をPCで安全に扱う仕組みをLonghornで提供する。現在のWindowsアーキテクチャでは、DirectShowフィルタを通る段階で生の映像データをあらゆるWindowsアプリケーションが“のぞき見”することができるが、Longhornと対応チューナ、GPUを用いれば、デジタル放送を安全にPCで扱うための道筋ができる。

 ディスプレイとGPUの間でHDCPによる暗号化を行なう必要はあるが、今までHDCPに対応してもアーキテクチャ面で簡単に映像データを盗めていた状況と比較すると、プラットフォームとしての信頼度には雲泥の差がある。この技術に対応すれば、デジタル放送の録画/再生に、今よりも現実的で扱いやすい手法で対応できるだろう。

 加えて基調講演で紹介されて以来、AdobeのPDFへの挑戦ではないか? と受け取られている新文書フォーマットのMetroに関しても、実際にはPDFとは競合しない、純粋に文書印刷の改善を狙ったものであることがわかってきた(Metroに関しては別途レポートする予定)。

 もっとも、Longhornには見た目にわかりやすい部分で革新的と感じる部分が少ないのは確かかもしれない。基礎工事が主たる目的なのかもしれないが、見た目の部分でTigerと比べられると不利な面はあるだろう。

 関係者によると年内とは明言されていなかったLonghorn β2のリリース時期が、Microsoft内部では年内、それもPDCからさほど間を置かないタイミングを目標としている事が明らかになっている。Microsoftはなかなか登場しないLonghornに対するユーザーの失望を最小限に抑えるためにも、今回こそはスケジュールを守り、その基礎工事による前進を見せなければならない。

□Microsoftのホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/
□WinHECのホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/whdc/winhec/
□WinHEC 2004レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/link/winhecs.htm

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(2005年4月27日)

[Text by 本田雅一]


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