後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Pentium Extreme Editionの前倒し発表の内幕




●対AMDのためにデュアルコア投入を急いだIntel

 Intelは、初のデュアルコアCPU「Pentium Extreme Edition(Smithfield-XE:スミスフィールド-XE)」の投入を“計画通り前倒し”した。これで、IntelはAMDに先んじて、デュアルコアCPUをPC市場に投入したという冠を、一応、得たことになる。一応と書いたのは、Pentium XE投入がIntelにとって、かなり無理のあるプランで、通常のIntelの製品ローンチとは異なる性格のものだからだ。

 それを反映するかのように、Intel初のデュアルコアCPUの割には、Pentium XEの発表は地味だ。華々しい発表イベントもなければ、OEMから搭載製品が出そろうこともない。どちらかと言えば、ひっそりと、目立たないように出てきた。そもそも、4月18日という日程も中途半端だ。また、Intelは3月のIntel Developer Forum(IDF)時には、今後はプラットフォームをプロモートすると説明していたが、その気配もない。

 もちろん、こうした諸々の事象には、その理由がある。まず、Intelは、Pentium XEと「Intel 955X(Glenwood:グレンウッド)」チップセットを大々的にプロモートしたくても、できない。まず、投入を急いだPentium XEの出荷量は、極めて限られており、ワールドワイドでわずか数千個しか供給されないという。また、ボードベンダやシステムベンダ側の準備も整っているとは言えない。多くのベンダが、限られた数のサンプルしか入手できておらず、サンプルが提供された時期も3月以降という。

 しかし、こうした状況も、Smithfieldの開発計画全体を考えれば無理もない。Intelは、もともとSmithfieldを第3四半期に投入するつもりだった。Smithfieldの開発をスタートしたのが昨年前半だったと考えれば、これは穏当なスケジュールだ。しかし、IntelはSmithfieldの発表を第2四半期に繰り上げ、さらに、第2四半期の終わり(Computex時期)ではなく、4月へと繰り上げた。発表時期を繰り上げれば、それだけバリデーション(検証)期間が短くなる。Intelとしてはリスクのある選択だったわけだ。

 それでもIntelが無理を承知で前倒ししたのは、もちろん対AMDのためだ。「IntelがPentium XEの発表を急いだのは、なんとしてもAMDより先にデュアルコアを発表したかったから」とある業界関係者は語る。AMDは、以前からデュアルコアを今年前半中に投入すると説明している。Intelが通常のスケジュールでデュアルコアのローンチを進めていれば、先行するAMDに先に発表されることは明かだった。それを覆すための前倒し発表だったわけだ。

●周到に計画したPentium XEの前倒し作戦

 もっとも、Intelは慌ててPentium XEを前倒ししたわけではない。それどころか、今回のPentium XE前倒しについては、周到に準備を進めてきた。Intel社内では、この計画は「Surprise and Roll」プラン、つまり、驚かせつつ一気にロールアウトまで持って行くことを目的としていると明確に位置づけられていたらしい。

 具体的には、まず2月7日に、デュアルコア「Smithfield」の初期生産を開始したとアナウンスして一発目で驚かせ、その後、IDFやCeBITでアナウンスやデモを行なって盛り上げ、あれよあれよという間にPentium XEのローンチまで持って行く。

 ただし、普通にこの工程を進めたのでは、ライバルAMD側に動きを察知されてしまう。そこで、Intelはパートナーを絞り込んだ。まず、1月末頃から最大手のPCベンダーとボードベンダーそれぞれ1社ずつのみに、Smithfield-XEのサンプルを提供、バリデーションを先行させたらしい。つまり、一部のパートナーと、前倒しで投入できるだけの製品検証を進めていたわけだ。

 その一方で、通常の顧客に対しては、Pentium D(Smithfield:スミスフィールド)のローンチは5月下旬から6月上旬、Pentium XEは未定だが第2四半期中というスケジュールを伝え、Intelは煙幕を張っていた。通常のパートナーに対するサンプル提供は、このスケジュールを裏付けるようなペースだった。そのため、業界関係者でも、Pentium XE前倒しについて、かなりの部分は最近になるまで寝耳に水状態だった。

 Intelはこうして準備を進める一報、AMDの動きに神経を尖らせ、AMDのスケジュールに先行できるようにプランを詰めていた。その結果が、今回の発表だったわけだ。

●1GHzではAMDに冠を取られたIntel

 Intelの今回の動きは、5年前の意趣返しでもある。というのは、5年前の3月、Intelは同じような展開で、AMDに1GHz CPUの冠を取られてしまったからだ。

 あの時の動きはこうだった。IntelはPentium III 1GHzの出荷を、当初は2000年9月頃に予定していた。それに対してAMDの1GHz版AthlonのXデイは6月で、Intelは対抗するために、急きょPentium III 1GHzを限定生産で前倒しすることにした。ただし、この時は、Intelは秘密裏にコトを運ばず、限定生産することを公式に明らかにしてしまった。

 そこで、対抗するAMDも計画を繰り上げ、Athlon 1GHzを前倒しすることにした。もっとも、当初はIntelの1GHz版リリースの正確な日付が明らかではなかったため、AMDも日程を確定していなかったようだ。だが、3月頭に、Intelの発表日が3月8日になったという情報が漏れた。その途端、AMDはAthlon 1GHzのリリースをIntelの日程の直前の米国3月6日(日本3月7日)に設定。3月5日の日曜日にはWebサイトに予告をアップした。

 こうして、Intelは、1GHzでの先行に執念を燃やすAMDに、見事に1GHzの冠を取られてしまった。

 あれから5年、今回のデュアルコアレースは、時代の移り変わりを見事に反映するものとなった。前回は、相手の発表スケジュールの裏をかき、先行発表したのはAMDだった。だが、今回は、攻守が変わり、IntelがAMDの頭を抑える結果となった。Intelは、AMDが同社の動きを知って、発表予定を繰り上げることを警戒していたと言われる。しかし、AMDは悠然と構えているように見える。Intelのアグレッシブな動きからは、業界トップらしい余裕が感じられない。

Smithfieldのダイ

 変わらないものもある。無理をしても発表を行なうIntelと、相対的に余裕があるAMDという構図だ。

 1GHzの時は、IntelはAthlonより高クロック化で不利なPentium IIIで、無理矢理1GHz品を限定出荷した。今回も、スケジュール上はかなり無理があるにもかかわらず、Smithfield-XEを前倒し投入した。そもそも、IntelのSmithfieldは、2個のCPUダイ(半導体本体)をくっつけたいわば簡易デュアルコアで、AMDのデュアルコアのように、内部リソースを共有した本格的な設計ではない。

 それに対して、1GHz時にはAMDは、初期の出荷量で明らかにIntelを上回った。設計上も、外部I/Oを共有し、CPU内部で2個のCPUコアの調停を行なう、一般的な意味でのデュアルコアとなっている。製品供給の状況はまだわからないが、設計で先行していたAMDの方が最初は分が良さそうだ。

●揺らいできたIntelの技術リーダーシップ

 だが、これも、もう少し広い視点で見れば、違う話になってくる。GHzレースの時は、Intelにはその後に高クロックにフォーカスして設計したPentium 4が控えていた。いったん、Pentium 4がロールアウトすれば、一気に形勢を逆転できる状況にあった。今回も似たような部分があり、Intelは2006年の中盤以降に、最初からデュアルコアを前提として設計された新CPU「Conroe(コンロー)」を投入する。巻き返せるチャンスを握っているわけだ。

 結局のところ、両社の技術上の不利/有利は、目まぐるしく移り変わっている。両CPUメーカーは数年単位の製品計画サイクルで動いており、両社のサイクルは同期していない。そのため、時期によってはどちらか片方が有利になる。だが、両社とも、相手に決定的な差をつけることが難しい。

 ただし、ここ数年でIntelの技術リーダーシップが揺らいで見え始めたのも事実だ。GHzレースの時は、単に1GHzという節目の数字だけの戦いだった。しかし、今回は、デュアルコアというCPUアーキテクチャ上の選択が問題となっている。そして、このところ、x64やデュアルコアと、IntelはAMDが先に言い出した技術トレンドを追いかける格好になっている。

 これは、現実に技術上の優位がどちらにあるかよりも、どう見えるかという点の方が問題だ。Intelにとっては、AMDに技術リーダーシップを握られたように見えることが非常に苦しい。技術リーダーシップこそ、IntelがPC業界の技術トレンドを、自分の描く方向へと進めるためのカギだからだ。Intelとしては、巻き返しのためにも、次々に技術をぶち上げる必要がある。AMDは、Intelに対抗するために、自分達の技術リーダーシップをもっと強調する必要がある。

□関連記事
【4月19日】Intel、Pentium Extreme Editionと955Xチップセットを出荷
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0419/intel.htm
【3月3日】【海外】間に合わせ的なIntelのデュアルコアCPU
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0303/kaigai161.htm
【2000年3月8日】Intelも1GHz到達。Pentium III 1GHz発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000308/intel.htm
【2000年3月6日】AMD、Athlon 1GHzを正式発表。1GHz搭載機はCompaqとGATEWAYから
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000306/amd2.htm
【2000年3月3日】【海外】IntelがPentium III 1GHzを来週3月8日に発表へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000303/kaigai01.htm

バックナンバー

(2005年4月20日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.