第281回
ワイヤレス機器間接続に立ちはだかる壁



 久々に欧州に出向いてみると、やはり北米とは異なる独特の雰囲気がある(もちろん、今回訪問したドイツと他の欧州諸国もそれぞれのお国柄で異なる面は多々あるが)。新聞や雑誌では、“欧米”と一括りに表現されることが多いものの、北米と欧州では、考え方や消費者行動には大きな違いがある。新しい規格の普及ペースや、新商品の拡大ペース、家電の買い換えサイクルなど、あらゆる面で両者は異なる市場だ。

 その欧州市場で数年前からすっかり定着しているのがBluetooth。北米でも採用機器が少しずつ市場が拡大しているというが、欧州での定着ぶりにはかなわない。もちろん日本とは比較にもならない。空港のエレクトロニクスショップはもちろん、駅前の安売り量販店までBluetooth製品が並ぶ。

 流通量が多いため量販店での実売価格は北米や日本の半値前後。日本でも販売されているプラントロニクスの「M2500」は約29ユーロだった。棚の占有率は、ヘッドセットに限れば有線よりもBluetooth対応製品の方がはるかに大きい。

●早すぎた? モバイルPC向けBluetooth搭載

 ハッキリとは憶えていないが、はじめてBluetoothについてIntelの担当者と雑談したのは'99年秋か2000年の春。Intel Developers Forumがまだパームスプリングスで行なわれていた時の事だったと記憶しているから、かれこれ5年ほど前の事。

 その後の日本におけるBluetoothの普及は、いまだに出口が見えない。

 今思えばBluetoothの実装がまだ不完全な時期に、急いでモバイルPCへの標準搭載を進めすぎたのが原因なのかもしれない。もちろん、加えて携帯電話へのBluetooth搭載に携帯電話会社が消極的だったということもある。いずれにしろ、業界はBluetoothの普及に楽観的過ぎる見通しを立て、結果的には離陸に失敗してしまったという事だ。一度離陸に失敗すると、ミソが付いた規格にどのベンダーも及び腰になる。

 少しモバイルPCのカタログを見回してみるとわかるように、Bluetoothを標準搭載したPCは日本では絶滅へと向かっている。Bluetoothに特に積極的だったソニー、IBM、東芝のうち、ソニーとIBMはPCラインナップからBluetoothの標準搭載モデルがなくなっている。東芝も最新機種のdynabook SS MXでは搭載しているがLXには搭載しておらず、ユーザーからの強い要求もないため、今後はさらに搭載を続けていく事が難しくなっていると話していた。

 日本以外の市場向けには、Bluetooth標準搭載PCはむしろ増える傾向が強いというから、そのうちまた復活する可能性もあるが、なんとも差がつき始めたものだ。このような状況下でBluetoothが再びチャンスを手にするには、世の中の流れに変化が起こる必要がある。

 PCがBluetooth普及のトリガーになれなかったのは、おそらく携帯電話など主要な対応機器が揃わなかったためだ。言い換えればPC以外にトリガーとなりえる要素、携帯電話を起点にした拡がりに期待するしかない。

●腰の重い携帯電話会社

 ところが日本では自動車会社が車載コンピュータ向けの通信手段としてBluetoothのダイヤルアップ・プロファイルを用いようとしたり、車を運転しながらの携帯電話使用が禁止されてワイヤレスハンズフリーのニーズが高まったりと、Bluetoothへの期待が大きくなる状況にあるにもかかわらず、そうはなっていない。

 期待が高まり、製品化が相次ぐためには、Bluetoothの有用性に関してユーザーへの認知を拡げる必要があるが、いまだに携帯電話会社はBluetoothの普及に対して重い腰を上げようとしない。NTTドコモとauは一部上位機種にのみ搭載で、プロモーションにもさほど積極的ではない。ボーダフォンはBluetooth搭載端末を多数用意しているが、こちらは積極的に推進というよりも、ワールドワイドで同一機種を提供していく関係上、“端末にくっついてきている”というのが正しい認識だろう。

 早い話、積極的にBluetoothを活用しようというのであれば、それらの端末を購入すればいい。しかし一部のマニアが、一部の機種を使って、よくわからない使い方をしているだけでは、一般への認知は絶対に拡がらない。商品やサービスを提供する側が積極性を持たずして、携帯電話のように極端にユーザー数が多い市場に向けてその良さを告知していく事は非常に難しいと言わざるを得ない。

 もう何度も書きすぎて飽きてしまった感もあるが、欧州での普及や北米での認知向上、さらに社内でしかたなく携帯電話を使わざるを得ないユーザーの利便性のためにも、ドコモとauには重い腰を上げて欲しいものだ。

 急にある時点からBluetooth!と声を荒げてみても、市場は急には反応しない。デジカメ機能や音楽再生などで、どこまで買い換え需要を喚起できるというのか? もうその先は見えているようにも思える。もちろん、Bluetoothを搭載する商売上のメリットはあるのか? と問われれば、今のところ返す言葉はないのも事実。そうした意味でも、PCへの標準搭載時期と携帯電話への搭載時期、両者のズレが大きかった事が悔やまれる。

●Microsoftは本気で取り組む気があるのか?

 2週連続でMicrosoft批判は気が重い。Microsoftに気を遣っているわけではないが、PCユーザーのほとんどが利用するOSの悪口ばかりを言っても、あまりプラスにはならないと思うからだ。しかしBluetoothでも、Windowsの機能はユーザーニーズをまったく満たしていない。

 Microsoftにしてみれば「まだニーズはない。ニーズがあるなら標準でさまざまなサポートを行なう」と話すかもしれない。以前にもBluetoothに関して質問したとき、Microsoftの人間はそのように応えたからだ。

 確かにWindows XP SP2では、Microsoft標準のスタックでマウスやキーボード、ダイヤルアップ、Bluetooth経由のLAN接続などなど、サポートが改善されたように見える。ただ、その実装レベルはまだまだ良好とは言えない。

 たとえば、インターネットでの音声通話が一般化しようというのに、SP2のBluetoothスタックはBluetoothヘッドセットすらサポートしていない(このためMicrosoft製のBluetooth対応キーボード/マウスを購入しても、機能はSP2の範囲に制限されてしまうので注意。別途Bluetoothスタックを用いた製品ならばOK)。ダイヤルアップネットワーク利用時、タイミングによってはうまく携帯電話との通信が確立しない事もある。

 これらの問題はSP2のBluetoothスタックを使わなければ解決する。従ってサードパーティ製Bluetoothスタックを利用する、という前提に変化はなく、OSとの密接な統合など臨むべくもない状況だ。MicrosoftはLonghornまで、このまま放置するつもりだろうか?

 なんだかぼやき節が酷くなってきたが、実際の利用状況でも実装の悪さが目に付いてしまうので余計だ。

 たとえば携帯電話とヘッドセットの関係。ペアリング認証を行ない互いに機器登録を済ませておけば、電話がかかってきた時にヘッドセットに呼び出し音を流したり、バイブレータで知らせ、さらに通話ボタンを押してオフフックにできる。当たり前に便利に使える。

 ところがヘッドセットプロファイルをサポートしたWinodws用Bluetoothスタックを用い、同じ事をSkypeなどのインターネット電話クライアントで行なおうとしてもできない。Windowsでヘッドセットを使おうと思うと、

1. PCとヘッドセットのBluetoothによる通信をWindows上から指示
2. ヘッドセットのフックボタンを押してPC-ヘッドセット間の通信を確立
3. Skypeなどで電話をかける(あるいは受ける)
4. ヘッドセットのフックボタンで通話を終了

という手順を踏まなければならない。4番で一度通話を終了してしまうと、PCとヘッドセットの通信も切れてしまうため、次回にヘッドセットを使うときはWindows上から接続をやりなおす必要がある。電話をかける場合には、面倒ながら儀式として許容できなくもない。しかし、電話がかかっていてから1番の操作を行なうのは困難。かといって、通信しっぱなしではヘッドセットのバッテリがスグになくなる。

 こりゃぁ使い物にならない、というのが正直な感想になるだろう。実際にユーザーの立場で使ってみながらテストを行なっているのかも疑わしい。

 この問題はサードパーティ製Bluetoothスタックにあるのでは? という意見もあるだろう。だが、取材してみるとそうでもなさそうだ。

●Mac OS XでのBluetoothヘッドセット

 筆者はまだ現行Mac OS Xに関してさほど経験を積んでいるわけではないが、どうやらBluetoothの実装に関しては、Mac OS Xの方がよほど練られているようだ。ダイヤルアップ時の使い勝手も、モデムを使う場合とまったくと言っていいほど変わらずに使える。

 我が家で導入したMac miniにはBluetooth内蔵オプションを付けているが、PDAとの同期にしろダイヤルアップにしろ、当たり前に動いてくれるので何ら不自由はない。これはMicrosoftの開発力が劣っているから、ではなく、Bluetoothの実装に関してMicrosoftがあまり関心を抱いていないからでは? とも邪推したくなる。

 ちなみに先ほどのBluetoothヘッドセットに関しては、Mac miniにプリインストールされているMac OS Xをネットワークでアップデートしてもプロファイルはサポートされない。アップルのWebサイトから「Bluetooth Software 1.5 for Mac OS X」を手動でダウンロード/インストールする必要がある。なぜアップデートが自動的に行なわれないかは不明だが、その実装は特別に素晴らしいわけではないが、Windowsでの体験に比べればはるかに良い。

 まず、Macとヘッドセットの通信は自分で開始する必要がない。Bluetoothオーディオ出力をアプリケーションが開こうとすると、その時点でOS側がBluetoothヘッドセットへの接続を試み、Bluetoothヘッドセット側のフックボタンを押すと通信が始まるのだ。本当に当たり前で何でもない事だが、これだけの事でずいぶん使い勝手が良くなる。おかげで、最近はSkypeで電話する時にはMacを使うようになってしまった。

 こうしたユーザー体験のひとつひとつを大切にすることが、なかなかわかりにくいBluetoothの良さを伝える上で必要な事だろう。ユーザーがより良いと感じてくれる当たり前の実装は、自分で使ってみればスグにわかるのだから。

 なお、上記の件をSkypeの日本オフィスやBluetoothデバイスのベンダーに問い合わせてみたところ、オーディオポートをオープンしても自動で通信が開始されない件は、アプリケーションやスタックの問題ではなくOS側の仕様によるものだとの回答を得た。スグに対応できそうにない問題ではないだけに、Longhornと言わずBluetoothサポート部分のアップデートででも対応して欲しいものだ。おそらく使いにくい点は、Bluetoothヘッドセットだけではないだろう。

□関連記事
【2003年11月19日】【本田】来年こそ普及する? Bluetoothの明日はどっちだ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1119/mobile220.htm
【2003年6月18日】【本田】Bluetoothはなぜ日本で流行らない?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0618/mobile206.htm

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(2005年3月18日)

[Text by 本田雅一]


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