日本における普及の兆しがなかなか見えなかったBluetooth。その理由として様々な指摘があったが、2004年には普及する見通し、との意見が多い。欧州を中心としたGSM圏での普及により、アプリケーションの開発が今後加速するとの見られており、またトヨタ自動車がBluetoothの積極採用を表明しているからだ。 自動車業界のBluetooth採用が進むならば、携帯電話会社も端末にBluetoothを内蔵させる理由が出てくる。NTTドコモは2004年に出荷する自社端末でのBluetooth採用について言及しており、トヨタ自動車と関係の深いauもBluetooth対応端末を計画していると言われる。また東芝は、小型オーディオ機器向けへのBluetooth応用に向けて製品への積極的な実装を進めようとしている。 さらにPC業界においてもBluetooth搭載モデルは(まだまだ稀少とはいえ)増加傾向にある。PC各社が独自に提供するBluetoothスタックとユーティリティも、かなり使えるレベルになってきた。相変わらずWindows XP標準のBluetoothスタックは低機能だが、来年の前半に提供されるWindows XP SP2ではBluetoothサポートの大幅な改善が予定されているという。 ここまで材料が揃ってくると“いよいよ”と言いたいところだが、これまでの緩やかな普及速度を考えると、本当に急速に普及するのだろうか? と、自信の一方で不安を感じるのも事実。昨今のBluetooth関連の動きについて、Bluetooth SIGエグゼクティブ・ディレクターのMike McCamon(マイク・マッカモン)氏に話を聞いた。 ●アジアでの普及は家電製品が鍵
これまで動きが鈍かった日本市場だが、自動車業界からのアプローチをきっかけに、携帯電話にも広がる可能性が出てきた。実際、絶滅しかかっていた日本のBluetooth対応携帯電話/PHSだが、今後は増加に転じると聞いている。Bluetooth SIGとしての来年の見通しを聞かせて欲しい。 「まず製品ですが、おっしゃるとおりBluetoothは携帯電話に多く採用されています。欧州では携帯電話への実装をきっかけにBluetoothが広く普及しました。しかし地域ごとに、キラーアプリケーションは異なると見ています。米国ではPCへの普及が不可欠でしょう。一方、日本を含むアジアでは家電製品への採用が鍵になると考えています」。 日本は世界的に見ても、ワイヤレスのデータ通信インフラが非常に整った地域だ。欧州で携帯電話+Bluetoothの組み合わせが受けたのは、どちらかといえば音声通信時、ワイヤレスヘッドセットを使えるというのが理由だった。しかし日本ではヘッドセットで携帯電話を使う文化がない。同じ携帯電話へのBluetooth実装でも、中心となるアプリケーションは違うように思う 「Bluetoothの応用分野として、携帯電話は日本でも米国でも将来的にはメインストリームになるでしょう。おっしゃるとおり、ヘッドセットよりもデータ通信での利用が多いかもしれません。あとは自動車でのハンズフリー会話機能ですね。しかし2004年に、Bluetoothが日本市場で普及のきっかけを掴むとしたら、それはオーディオ製品だと思います。韓国でもほぼ同様のタイミングで出てきます」。 ポータブルオーディオがBluetoothを内蔵し、ワイヤレスでヘッドセットに音楽ストリームを流す。確かに日本向けのアプリケーションだとは思うが、コストや対応メーカーはどうなのか? 「今年6月にオーディオプロファイルの正式版がリリースされました。これを製品に実装し、登場するまでにはおよそ12カ月のリードタイムが必要です。2004年後半にはBluetooth対応のポータブルオーディオが発売されます。当初は多少高価な製品になるでしょうが、ワイヤレスの便利さを考えると妥当な価格にはなると思いますよ。 そしてもちろん、ソニーや東芝といったBluetoothに積極的な日本企業の活動にも期待しています。彼らは非常に精力的にBluetoothへの対応作業を進めています。あとはゲームコントローラですね。ゲームコントローラのBluetooth化も進むはずです」。 とはいえオーディオ製品へのBluetooth実装が、広い意味でのBluetooth普及に繋がるかどうかには疑問も残る。 「これは実際に欧州で起こっていることですが、1つでもBluetooth製品を持つと、顧客は次々にBluetooth対応買う傾向があります。欧州の場合で言えば最初の製品は携帯電話です。Bluetooth携帯電話があるから、Bluetoothヘッドセットを買い、Bluetooth内蔵PCを買い、と広がっていきます。そして一度Bluetooth製品に染まってしまうと、Bluetoothに対応していない製品が非常に不便なものに感じてしまい、非対応製品は購入の選択肢から外れるようになる。これを我々はカスケード効果と呼んでいます。同じようなことが、米国や日本でもきっと起こるでしょう」。 つまり、たった1種類でもBluetooth製品を普及させれば、あとは自ずと普及が進むというわけだ。果たして、それがオーディオ製品なのかというと個人的には疑問もあるのだが。 ●PCへのBluetooth実装では歯切れの悪さも 家電製品や携帯電話へのBluetooth実装では歯切れの良いMcCamon氏だが、PCでのBluetoothサポートに関するコメントでは、多少、歯切れの悪さも目立った。特にMicrosoftのBluetoothサポート状況に関しては、非常に慎重という印象を受けた。 MicrosoftはWindows XP SP1において、Windows標準のBluetoothスタックを提供した。しかしこのBluetoothスタックは拡張プロファイルがインストーラブルではない、モノリシックな構造になっており、限られたプロファイルしか利用できない。このため、Bluetooth内蔵PCやBluetooth通信カードなどの多くは、独自のBluetoothスタックとアプリケーションを添付している。 ややこしいことに、こうした各社独自のBluetoothスタックではMicrosoft製Bluetoothキーボードとマウスが動作しないため、Windows XP標準のBluetoothスタックに入れ替える必要がある(当然、その他の機器で動かないものも出てくる)。 Microsoftが拡張プロファイルのインストールが可能な、Bluetoothクラスドライバを提供すれば話は早い。しかしMicrosoftはこうした技術に対し、仕様がガチガチに固まらないとクラスドライバを提供しようとしない(これはかつてUSBのホストコントローラ仕様が揺れ、WindowsでのUSBサポートに混乱が生じたことへの反省だと考えられる)。彼らはWindows XP SP2でBluetoothのサポートを改善すると話しているが、クラスドライバではなく、単にサポートするプロファイルの数を増やしただけのものになりそうだ。 「Microsoftの事について話す時は、常に慎重にならなければなりません。下手な事は言えないということです。ひとつ言えるのは、彼らはBluetooth SIGの主要メンバーであり、彼らなりに最善のサポートを努力しているようだということでしょう。私から言えるのは、次のサービスパックで何らかの改善が行なわれそうだ、ということだけです」。 McCamon氏は個人的にはMacを利用しているとのことだが、Mac OSのBluetoothサポートは、さすがに特定ハードウェアを対象にしたクローズドアーキテクチャだけあり、統合度の非常に高い実装となっている。 「AppleのBluetoothサポートはベストなものですし、彼らはまたBluetoothをどのようにパソコンに活かすかに関し、非常に積極的に作業をしています。たとえばMac OSのアドレス帳機能と統合されているデータ同期の機能“iSync”は、Bluetoothデバイスとシームレスに繋がります。非常にエレガントな統合です。将来、Microsoftも同様の機能を実装するでしょうね。そのほかにも、ソニーはクリエとバイオをうまくつなげていると思います」。 もっとも、専用機に近いアプローチのAppleや、自社製品の垂直統合が得意なソニーと、汎用的にすべてのPCをサポートしなければならないMicrosoftでは事情が全く異なる。少なくともプロファイルを増やすごとに、ドライバの入れ替えとなる現状は避ける必要があるだろう。全てのBluetooth搭載PCがフラットにサポートされなければならない。 「またMicrosoftですね(苦笑)。ひとつだけ情報があります。Microsoftは12月に、Bluetoothサポートに関して新しい発表を行なうでしょう。そのアナウンスに耳を傾けてください。また、PCだけが重要なわけではありません。Windowsは、PCという製品分野の1つのOSでしかありません。携帯電話や家電製品など、様々な製品に搭載されるわけですから、PCがそのすべてをサポートできるわけでもないですし、サポートする必要もないでしょう」。 ●操作性統一はSIGでの検討課題 現時点でのBluetoothの問題として、うまく接続されるかどうか、どうやって接続すれば良いのか、ワイヤレス故にわかりにくい部分が存在することがある。たとえば有線であれば、同じRCAピンコネクタでも、プラグの色によってアナログオーディオかビデオか(両者はインピーダンスが異なるため互換性がない)、あるいは左右チャンネルが簡単に判別できる。またコネクタの形が違うことで、間違った接続が行なえないようになっていることも多い。 ところがBluetoothでは目に見えないプロファイルによって、接続の可否が決まってしまう。たとえ繋げる事が可能な、つまり同じプロファイルを持つ機器同士でも、機器同士の接続設定を行なう方法は機器によって異なる。このあたりが、本来簡単なハズのBluetoothを難しくしているように思えてならない。 「ユーザーは基本的に、どのようなプロファイルが搭載されているのかを知る必要はありません。もちろん、すべてのプロファイルを、あらゆる機器がサポートすることはできないでしょう。ですから、デバイスごとにユーザーの使い方を研究し、必要なプロファイルを実装するのです。たとえば、自動車にはどんなプロファイルが必要なのか? ユーザーは何をしたいのか? きちんと作れば、プロファイルがインストーラブルである必要はありません」。 機能があらかじめ決まっているデバイスに関して言えば、確かにユーセージモデルに合わせて必要なプロファイルを実装すればいいだけだ。しかし現実には、機能的な不足から独自プロファイルを使わざるを得ない場合があったり、後から追加された標準プロファイルと過去の独自プロファイルが、似たような機能を持ちながら互換性がない、といったことが発生している。 例えば携帯電話用のヘッドセットを、PC経由でIPフォンのヘッドセットに使おうと思っても、PCのBluetoothスタックはそれをサポートしていない。PCでIPフォンを使うといったことが、プロファイル実装時に想定されていないためだ。 またある携帯電話端末はハンドセットと本体をBluetoothでつないでいるが、独自プロファイルとなっており、他機器との互換性がない。これはヘッドセットプロファイルに、ダイヤルを行なう機能がないため。その後、ハンズフリープロファイルによってこの問題は解決されているが、結果的に市場には似たような、互換性のないBluetoothデバイスが存在していることになる。 「Bluetooth 1.1がリリースされてからの2年間、なぜうまく普及が進まなかったか、その原因はわかっています。指摘の通り、SIGとメーカー、それにメーカー同士でBluetoothの実装に関する共通認識ができていなかった。将来的に、プロファイルがインストーラブルにできるならば、そうなるといいとは思います。しかし、実装方法を統一して、相互運用性を高めていく方が今は優先されています。昨年の12月、5ミニッツイニシアティブをSIG内に立ち上げました。製品の箱を開けて、5分以内には繋がっている。それを可能にするため、SIGに参加しているベンダーと共に改善を行なっているところです」。 接続に関しては、Bluetooth SIGの中でBluetooth機器同士を繋ぐ時の、統一的な作法を決めることはできないのか。SIGで無理ならば、(IEEE 802.11とWiFiのように)外部の企業グループが標準を決める方法もある。 「今年、ソニーは6月に行なわれたBluetooth SIGの会合で、Bluetoothベースのユーザーインターフェイス“FEEL”をデモしました。デバイスを近づけると繋がったり、ジェスチャーを行うと何らかのタスクが実行されるというものです。FEELはソニー独自のコンセプトですが、アイディアとしては非常に良いと思っています。FEELのような、Bluetoothで接続したり、何らかのタスクを行なう上での作法を決め、それらをBluetoothのコアスペックに入れられないか、といったことはアイデアベースでは持っています。 ただし使い勝手を上げるとセキュリティの問題が出てくるのが常ですから、難しい面もありますね。これは非常に大きな問題です。IBMがビジネスで使うには、もっとセキュアな手順でなければダメだと演説すれば、逆方向でNokiaがもっと使いやすくないとユーザーには受け入れられない! と叫ぶ。そんな中で、より簡単に使うための作法を決めていくには、まだ時間がかかるでしょう」。 ●将来は物理層を切り離す可能性も ごく私的な意見だが、Bluetoothのスペックから物理層を切り離した方が良いのでは? と思うことがある。蓄積したBluetoothスタックのノウハウ、対応アプリケーションの数々は貴重な財産だ。しかし将来的な高速化や、様々な環境、アプリケーションへの対応などを考えると、物理的な接続手段を切り離すことによるメリットもありそうだ。 「実はSIG内部で、物理層を切り離すことに関して議論を行なっているところです。しかし現状のスキームでは、現在使っている2.4GHzのワイヤレスプロトコルで間に合っています。将来的な高速化も、この枠の中でやるつもりです。Bluetoothの物理層は多数ユーザーが同じセグメントにいる場合でも、干渉しにくい設計になっています。たとえば狭い電車の中で、同時にBluetooth対応オーディオで何人もが音楽を聴いても、混信や音飛びなどの問題は発生しないでしょう。IEEE 802.11はBluetoothの物理層よりも高速だが、同じような状況ではパフォーマンスが著しく低下してしまいます。日本のように、同じ場所に多くの人が集まりやすい国では、Bluetoothのこうした特徴は大きなメリットと言えます。 物理層を切り離し、他のワイヤレス通信技術とも組み合わせることは、不可能ではありませんが技術的に難しく、SIG内には抵抗もあり、そうした方向には行かない見通しです」。 と、こうした話をしているうちに、今度はMcCamn氏から逆に質問をされてしまった。“2004年、Bluetooth機器が日本でも増えると仮定して、懸念材料はなんだと思うか?”という質問だ。 PC関連の仕事をしている立場を考えると、Windows XP SP2のBluetoothスタックがどのようなものになるのかが気になるところだが、それ以上にNTTドコモをはじめとする携帯電話会社のBluetoothサポートが、どのようなものになるのかが懸念材料だ。 特にNTTドコモは、IrDAを端末に標準装備させ物理層での接続には標準技術を用いたものの、IrDAで定義している標準のトランスポートにはほとんど対応していない。たとえばデジタルカメラの写真などは、IrTran-Pを用いれば簡単に、多くのデバイスと通信できるはずだが、NTTドコモはIrTran-Pを使わなかった。もちろん、ダイヤルアップ接続が可能になるIrCommも未サポートだ。 彼らが自社の端末にBluetoothを採用するとしても、どこまで標準プロファイルを積むのかわからない。自動車への対応があるため、完全に独自プロファイルだけということはないだろうが、最低限の標準プロファイルのみで、(標準プロファイルでもカバーできるはずなのに)独自プロファイルの方が多い、なんてことも考えられる。 「IrDAの件は、私も本で読んで知っていました。NTTドコモが、どのような実装を行なうのかは、私も非常に心配しているところです。彼らはデータトラフィックがPCなど、携帯電話以外のデバイスに直接流れることを嫌っています。携帯電話のデータは、携帯電話のネットワークを通って欲しいからでしょう。しかし、大きな成功を収めるためには、あえてNTTドコモのような巨大な組織に呑まれてしまうというのも手です。そこでの使われ方は、Bluetoothという通信規格を見直すことに繋がるかもしれません」。 □関連記事 (2003年11月19日) [Text by 本田雅一]
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