■山田祥平のRe:config.sys■機器を結ぶグルー |
人間は、パソコンと直接対話することはできない。必ずGUIのようなユーザーインターフェイスを介し、キーボードやマウスといったデバイスを使って指示を与え、その結果がディスプレイやプリンタに出力される。そのやりとりのもどかしさを最小限に抑えるべく、ハードウェア、ソフトウェアのイノベーションが繰り返されてきた。
●優れた入出力デバイスはパソコンの使い勝手を変える
Logitech(日本ではロジクール)は、いわゆるラスト1インチ、すなわち人間とパソコンの間合い、約3cmをカバーするためのデバイスを提供する世界的なベンダーだ。
「われわれは、決して主役を作るつもりはない」
と、同社CEO Guerrino De Luca氏は断定する。主役はあくまでもPCやアプライアンスであって、同社のビジョンはその脇役を提供することで、主役の魅力を高めることにある。アカデミー賞でいえば、監督賞や作品賞を狙うのではなく、あくまでも助演女優賞を狙うといったところか。
パワーユーザーなら、マウスやキーボードによって、パソコンを使ったときの印象が大きく変わることを、よくご存じだと思う。そして、優れた入出力デバイスは、無機質なはずのデジタルデータ操作に、手触りの感覚を与え、データを扱うことの生々しさを演出する。
パソコン市場が好調とはいえなかった昨年も、同社のビジネスは堅調であったそうだ。ギリギリのコスト削減によって、これらのデバイスの質を落とさざるをえないメーカー製パソコンだが、それらを少しでも快適に使いたいというユーザーが少なからずいることがわかる。数千円から高くても2万円以内の投資で得られる幸せとしては、マウスやキーボードの交換は、実に投資効果が高い。
De Luca氏は、ボーダレスな製品が今後増えていくことを示唆し、増える一方のデジタルアプライアンス、そして、その中心にいるパソコンを結ぶインターフェイスが求められているという。これまでの同社のビジネスは、パソコン分野に限定されているわけではないにせよ、主要なものはパソコン関連のプロダクトであり、彼らはパーソナルペリフェラルカンパニーとしてのこだわりを持ち続けてきた。
De Luca氏の示唆を象徴するように、CeBIT 2005では、同社としてはちょっと毛色の変わった製品が発表されている。多機能学習リモコン「Harmony」だ。インターネット経由で各社各種デジタルアプライアンスのリモコン制御情報を受け取り、このデバイスにダウンロードすることにより、1つのリモコンで複数の機器を制御できるというものだ。
学習リモコンは過去にもあったが、その学習のさせ方が煩雑で、機器の制御以前に、嫌気がさして使わずじまいになってしまった経験がある。そのややこしい部分をPCのGUIにまかせ、設定情報をUSBでダウンロードできる点では安心だ。日本での発売は検討中だが、欧米ではこの春にも発売されるという。
●プロシージャをファンクションに
よく、年配の知り合いに携帯電話の設定などを聞かれる。ぼく自身は、機種変更しながらも、ずっと使ってきたのはドコモのNEC製端末なので、同じメーカー製ならば、ある程度はわかるが、手渡された端末が、別のメーカーだと、簡単な設定にも四苦八苦することがある。同じ通信事業者の携帯電話であるにもかかわらず、そのユーザーインターフェイスの思想が大きく異なるからだ。
パソコンが汎用機であるのに対して、各種のデジタルアプライアンスは単機能機だ。もっとも携帯電話は単機能機とはいえなくなっているかもしれない。
現在の花形はHDDレコーダーだと思うが、これまた、メーカーによって、大きくユーザーインターフェイスは異なる。もちろん、機器の数だけリモコンがあるわけで、DVDを見ようというだけでも、テレビモニタとDVDプレーヤーの電源を入れ、テレビの入力モードを切り替え、ディスクの再生開始ボタンを押すといった一連の作業が必要になる。場合によっては、音声はオーディオアンプに接続されているかもしれない。だとすれば、その制御も必要になる。
リモコンには多いもので50個近いボタンがあるが、リモコンが3つあればキーの数は単純に3倍となり、すでに一般的なパソコンのキーボードのキーの数を簡単に超えてしまう。こうなると、キーの位置を覚えるのもたいへんだし、タッチメソッドで使うのも難しい。Logitechのソリューションは、GUIこそ違え、せめて人間が物理的にさわることになるリモコンを単一にし、さらに、一連のプロシージャを、単一のファンクションとして定義し、ひとつのボタンの押し下げですませようという試みだ。
DVDプレーヤーは単機能機ではあるが、それ自体では完結していない。コンテンツを楽しむには、必ずディスプレイが必要だし、多チャンネルサウンドには、オーディオ機器が必要になる。洗濯機や冷蔵庫などの白物家電とは異なり、デジタルアプライアンスはこうしたスタイルのものが多い。何かと接続することで、初めて有効に機能するようになるのだ。
そういう意味では、入出力デバイスが必ず必要になるパソコンの域に似ていなくもない。ノートパソコンのように、キーボードやポインティングデバイスが一体化したものがあり、さらにOSによって、それぞれの要素の差がうまく吸収されているパソコンの世界の方が、まだ、わかりやすいかもしれない。
●グルーがつなぐアプライアンス
複数の要素が有機的に接続される場合、それらを融合させ、ある種の「世界」を築くためには、それらを結ぶための要素が必要だ。物理的にはケーブルということになるのだが、それを超えた存在としてのグルー、つまるところは糊(のり)のような存在が求められる。
スパゲティのように絡んだケーブルの隙間を埋め、孤立した機器を一体化させるためのグルー。グルーという言葉を初めて知ったのは、1980年代の終わり。スタンフォード大学のドナルド・E・クヌース(Donald Ervin Knuth)による文書処理系TeXを紹介した書籍「TeXブック」(鷺谷好輝翻訳、斎藤信男監修、アスキー、1989)を読んだときだった。
グルーは個別にバラバラに存在する文字列や単語をつなぐ糊として機能する。ネバネバとした糊は柔軟で伸縮自在だ。それが文書の美しい組み版に際して有効に機能するのだ。著者自身は、この仕組みを「グルー」というより「バネ」に近い概念だとしている。それは計算されて導き出された解であったとしても、杓子定規であることが前提である機械処理に、「融通」とか「曖昧」、「適宜」といった考え方を持ち込んでいることに、ちょっとした新鮮さを感じた覚えがある。
学習型の多機能リモコンが、アプライアンスをつなぐグルーになれるかどうかはわからない。けれども、そのアプローチは、新たな世界を展開するための試金石となるだろう。Logitechロジクールは、主役は作らないという。けれども、主役がいないこのアプライアンスの世界では、すべてを統括するリモコンこそが主役という考え方もできる。そういう意味では、Harmonyは、同社が初めて作る主役としてのプロダクトとなるかもしれない。
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【3月10日】【CeBIT】Logitech、PSP/iPod対応機器など新製品を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0310/cebit03.htm
(2005年3月18日)
[Reported by 山田祥平]