■笠原一輝のユビキタス情報局■日本におけるDTCP-IP実装の難しさ |
前々回のコラム「迫りくるコンシューマPCの“2006年問題”」では、PCのデジタル放送に対する実装についての現状を説明した。今回は、その続きとして、PCにデジタル放送を実装することの意味、そしてデジタル放送を生かす上で重要になると思われる、DTCP-IP(Digital Transmission Contents Protection over IP)の実装に関する話題などについて取り上げたい。
1月に米国で行なわれたInternational CESでリンクシスが展示した、DTCP-IP対応DMA。デモでは、PCに格納されているDRM(Digital Rights Managements)で保護されたコンテンツを、DTCP-IPで暗号化したままIPへストリーム出力し、それをDMAで受信して再生していた |
冒頭のコラムで述べたように、ARIB(アライブ、社団法人 電波産業界、放送機器の仕様を策定する総務省の指定団体)の許可が取れたとしても、デジタル放送という機能をPCに実装することが、PCにとって魅力的かどうかは、もう一度議論する余地がある。
そもそも、“テレパソ”と総称されるPCに搭載されたTV放送受信機が、どのように使われてきたのか、を振り返ってみよう。極論してしまえば、PCへTV放送受信機の実装は、実態としては“TVを視聴するためのもの”ではなく、“ユーザーが私的に楽しむためのコンテンツを入手するための手段”といえる。
むろん、ユーザーの中には一般的なTVを持たず、PCだけでTVを見ているというユーザーもいるだろう。特に、ワンルームに暮らす独身者などは、PCだけでTVを見ているという人もいるはずだ。実際、液晶一体型PCはそうした用途に使われているとPCベンダの関係者は指摘する。
しかし、それでも、視聴するだけという人はあまり多くないだろう。多くの人は、記録型DVDやHDDなどに、DVDビデオ形式で記録して保存したり、人によってはWMVやDivXなど、より圧縮率の高い形式にトランスコードして保存しているはずだ。つまり、視聴に利用しているユーザーでも、“コンテンツを得る手段”としても使っているわけだ。
筆者は、“テレパソ”の、そしてHDD/DVDレコーダの成功した理由は“コンテンツ入手コスト”にあると考えている。NHKは別にして、地上波放送は広告型のビジネスモデルを採用しており、基本的に視聴者は無料で視聴できる。
このため、レコーダ機器の価格というイニシャルコストだけで録画したTVコンテンツを楽しむことが可能だ。ほかのコンテンツ配信の仕組み、たとえばDVDやブロードバンド配信などでは、広告モデルを採用している例は少ない(つまり無料のもので魅力的なものは少ない)。
となれば、ユーザーが放送を録画しようと考えるのは道理だろう。
そこで、PCにおけるTV受信機の実装についてだ。HDD/DVDレコーダと比較して、PCにおけるTV録画の魅力としてあげられるのは、PCの柔軟な編集機能、そしてトランスコードなど、ほかのコーデックへ変換時の高い処理能力だ。
前回の記事の中でもふれたように、現在のデジタル家電系のHDD/DVDレコーダは、メディアプロセッサやアプリケーションプロセッサの処理能力があまり高くない。また、ユーザーが操作するためのヒューマンインターフェイスがリモコンに限られているなど、操作性の観点からも編集には向いていない。現時点では、処理能力の点からも、操作性の点からもPCにアドバンテージがあるといえる。
問題は、放送がデジタルになったときにも、そのアドバンテージが維持できるのか、ということだ。放送がアナログからデジタルになったときの最大の違いは、コピーワンスと呼ばれる一度HDDに格納した後はコピーできない仕組みだ。しかも、コピーワンスと言うと、1回はコピーができそうに聞こえるが、実際にはローカルのHDDに保存しておくことを1回に数えるので、事実上のコピー禁止と言っていいだろう。
前回説明したような、セキュリティチップを利用してメモリ空間も含めたセキュア環境を実現するとなると、最終的には、たとえばCMカットなどのアプリケーションを作ることは可能になる可能性がある。
これは、必ず元のファイルに上書きするような仕組みを作ればよいだけの話しで、難しいことではないだろう。だから編集はできるようになる可能性がある。この点は、デジタル放送でもPCのアドバンテージであり続ける可能性はある。
必ず途中で2つのファイルができてしまうトランスコードはどうするのか、という課題はあるが、トランスコードし終わった部分は常に消していくなどの方法はあるだろう。
しかし、その編集したデータを、どこでどう楽しむのだろうか? 実は、最大の問題はここにある。HDDレコーダであれば、TVにつながっていることがほとんどだろうから、そのまま楽しむか、記録型DVDなどにムーブすればよい。多くのHDD/DVDレコーダはそういう思想で作られている。
だが、PCでの使い方はそうではない。録画した映像は、そのままPCで見る人もいるだろうし、記録型DVDにムーブする人も、IPベースの家庭内ネットワークを経由して別の部屋にあるDMAとTVを利用して再生する人もいるだろう。実にさまざまな使い方をPCユーザーはしている。ところが、デジタル放送になった瞬間に、これらのことができなくなる。
実装できたとして、PCユーザーにとって魅力的なアプリケーションなのか? と筆者が言うのはこの点だ。
●ARIBでのデジタル放送機器へのDTCP-IP実装の議論は停滞したまま進まず
そもそも、コピーワンスというシステムを放送業界側が機器側(エンドユーザーと言い換えてもよい)に“強制する”ことに妥当性があるのか、この点はこれまでもさまざまな議論が行なわれてきた。
筆者としては、今のままのコピーワンスという仕組みは、容認できないし、反対だ。なぜ、そう思うのかと言えば、ユーザーの利便性や自由を損なうというユーザー側の論理だけでなく、日本の産業界にとっても、結果的にそれを強いている放送業界の側にとっても有害なモノであると思うからだ(これに関しては別の機会で取り上げていきたい)。
だが、百歩譲って放送業界の側がどうしてもコピーワンスは必要だというのであれば、最低でも家庭の中にあるIPで接続された機器では、どれでも自由に録画したファイルをストリーム再生できるようにしてほしい。
つまり、コピーワンスというDRMを認める代わりに、DTCP-IPのような、DRMにより保護されたファイルをIPネットワーク上に流してもきちんと保護される技術を利用し、少なくとも家庭内ネットワークではIP上でストリーム再生ができるようにしてほしい。
DTCP-IPがやろうとしていることは、ビデオテープのデジタル移動だ。たとえば、ある家庭にビデオデッキが、リビングと寝室にあったとする。そうした環境では、リビングで録画したビデオテープを持ち歩いて、寝室で見ることができる(ありふれた使い方だろう)。DTCP-IPが実現しようとしていることは、これをデジタルで行なおうというだけの話だ。
DTCP-IPを利用すると、リビングのHDDレコーダなりPCで録画したデジタル放送を、コピーすることなく、暗号化されたストリームとして別の部屋などにあるDMAに配信できる。つまり、コピーワンスとデジタル移動が両立するわけだ。
DTCP-IPに関しては、本連載でも度々ふれているように、DRMで保護されたファイルをIPに流す場合にDTCP-IPへと変換するため、DRMの有権者がDTCP-IPを承認しなければ使えない。今回のデジタル放送のDRM(つまりはコピーワンス)の場合はARIBの承認が必要だ。
だが、ARIBにおける議論は、今のところDTCP-IPを認める方向には向かっていないという。情報筋によれば、ARIBにおいて現在放送業界側と、5Cと呼ばれるDTCP-IPを提案している機器ベンダのうち日本側のメンバーとにおいて合同の評価グループを結成し、議論が進められているが、先週、DTCP-IPをARIBの規格として規格化するのは現時点では困難であるとの結論に至ったという。
問題となっているのは、IPネットワークが家庭内で完結していないことが問題という。ルーターの先にはインターネットがあるし、無線LANで隣の家とつながってしまうこともありうるという点が問題だというのだ。
ただし、現時点では難しいとなっているだけで、今後も評価と議論は続けられていく見通しであると情報筋は伝えている。
●デジタル放送がPCにおいて魅力的なアプリケーションとなるにはDTCP-IPが必要
現時点でデジタル放送受信機能をPCに実装した時の魅力は、編集機能やHDD増設などの拡張性だけになる可能性がある。
たしかに、HDDを増設できるような機能を持ちながら、デジタル放送受信が可能なHDD/DVDレコーダは少なく、この点は魅力になりうるかもしれない。しかし、それとて、近い将来にHDD/DVDレコーダが編集機能やUSBポートなどに対応すれば、差は縮まるだろう。
やはりDTCP-IPとの組み合わせで、地上デジタルで録画したHDコンテンツを、家中のどこでもDMAなどを使って見えるようにする、というのが、PCにとってもっともありそうなストーリーではないだろうか。
なぜなら、HDコンテンツのストリームやDTCP-IPにはかなりCPUパワーが必要になるため、現在のHDD/DVDレコーダに搭載されているようなアプリケーションプロセッサでは全く力不足だからだ。そこに、PCの強力なCPUパワーというメリットがでてくる。
それだけに、デジタル放送とDTCP-IPを巡る議論には、今後も注目していく必要があるし、エンドユーザーも、それが絶対必要なものだという声を放送業界に対してあげ続けていくことが重要だろう。
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(2005年2月22日)
[Reported by 笠原一輝]