■元麻布春男の週刊PCホットライン■2004年のPC業界を振り返る
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●あまり明るいとは言えなかった2004年PC業界
何でも2004年を象徴する文字は「災」であった、とのことだが、PC業界もあまり明るい年ではなかったように思う。年末にはIBMのPC事業売却というニュースが飛び込んできた。同社はかねてより、何度も撤退の時期をうかがっていたように思うし、実際米国ではかなり前に量販店チャネルから撤退している。
PC事業を中国のLenovoに売却すると聞いた時も、衝撃を受けるというより、ついに、という感慨の方が大きかった。そういう意味では予想されていたことだが、やはりPCのオリジネーターが、自ら創出した市場から去るということには感慨をおぼえずにはいられない。先にHDD事業は日立に売却しており、今後IBM製品を身近に感じる機会は減っていくことだろうが、それも時の流れということだろう。
しかし2004年に、IBM以上に災いに見舞われたのは、ひょっとするとIntelだったかもしれない。少なくともIntelは、ここ数年にないトラブルを経験し、事業戦略上、大きく舵を切った。以下は順不同にIntelが2004年に遭遇したトラブル、あるいは問題を列挙したものだ。
・CPU関連のスケジュール遅延
Prescott
Dothan
Madison-9M
90nmプロセスP4EE
64bit拡張サポート
NX bitのサポート
・プロダクトのキャンセル
Prescott 4GHz
Tejas/Jayhawk
Bayshoreチップセット
LCOS
・チップセット関連のトラブル
Alvisoの遅延
ICH6の製造不良と発売直前回収
ICH6W/ICH6RWの事実上のキャンセル
Lindenhurst初期ロットのPCI-Express不良
・ネットワーク関連製品のトラブル
PCI-Express対応1000BASE-T製品間に合わず
802.11 a/b/g遅れてようやくリリース
UWBでMotorola/Freescale陣営の反撃
まぁ、この中にはトラブルや問題というより、事業戦略の転換に伴う必然的な変更も含まれているだろうが、それでもかなりの数に上る。しかも、こうした事業戦略の転換が、必ずしも全社の総意ではなかったことが、エンタープライズプラットフォーム事業本部のマイク・フィスター事業部長(当時)の突然の辞任という形で明らかになってしまったたことも、問題の根の深さを示しているように思われる。
2005年はこうした問題を後にして、新しい戦略に突き進むべき年であることは間違いないのだが、その成果が直ちに表れるかというと、それはどうも難しそうだ。もちろん、直接の成果である製品については、新戦略の象徴ともなるデュアルコアのプロセッサが、サーバー、デスクトップPC、モバイルPCの全分野において2005年中にリリースされると、12月に開催されたアナリストミーティングでオッテリーニ社長自らが語っている。
ただ、モバイルPC向けの「Yonah」は、Prescottと同じパターンで「2005年中のOEM向けの出荷」が開始されても、ユーザーの手に実際に届くのは2006年になる可能性が高いなど、そのスケジュールはそれほど楽観できるものではないようだ。それより何より、仮にデュアルコアのプロセッサが出荷されたとして、それが本当に製品の魅力、PCの魅力につながるのかというと、どうも怪しい。
●デュアルコアへの疑問
デュアルコアのプロセッサがサーバーの分野で直ちに効果が期待できることは、おそらく疑う余地はない。この分野ではすでにマルチプロセッサシステムが広範に利用されており、効果が確認されているからだ。
しかし、デスクトップPCやモバイルPCといったクライアントPC分野で、デュアルコアが直ちに効力を発揮するかというと、かなり疑問だ。もしクライアントPC分野でそれほどデュアルコアが高い効果を発揮するのであれば、すでにこの分野でもマルチプロセッサシステムが使われていることだろう。
少なくとも、7~8万円もするようなハイエンドグラフィックスカードを購入するクラスのユーザーなら、みなマルチプロセッサシステムに移行していてもおかしくない。しかし、実際にデュアルプロセッサ構成のクライアントPCを使っているユーザーなどほとんどいない。
また、一時Celeronのデュアルが一部で流行ったことがあったが、すぐに廃れてしまったのは、単に動作を確認するだけでなく、実際に役に立つことを実感できるアプリケーションがなかったことが原因だったのではないかと思う。
上述したアナリストミーティングでは、デュアルコアプロセッサのデモンストレーションが行なわれたが、結婚式を撮影したDV素材からのDVDオーサリングと、デジタルカメラで撮影した静止画素材からの音楽付スライドショーを、同時に2つのアプリケーションを立ち上げて、同時にビルド(トランスコード/エンコード)するという「力技」であった。これはユーセージモデルとして、かなり無理がある。
そもそもクライアントPCにおけるデュアルコアの有効性が疑わしいのは、肝心のユーザー自身がボトルネックとなるからだ(同時に複数のユーザーが利用するサーバーなら、個人の能力は問題にならない)。
たとえば、上の例でいうと、DV素材の編集作業を終え、MPEG-2のエンコードをバックグランドで実行しつつ、静止画素材を見たり、並べ替えたり、レタッチしたり、といった試行錯誤を行なうことは十分考えられるが、同時に編集作業を行ない、両方の編集がほぼ同時に終わって同時にビルドするということは人間の能力を超えている。
バックグラウンドでエンコードしながら、フロントでアプリケーションを使った場合の使い心地は、シングルコアよりマルチスレッド(Hyper-Threading)、マルチスレッドよりデュアルコアの方が良いだろうが、それがどれくらいPCの“ウリ”になるのかといわれると、かなり微妙だ。
ましてや、CeleronにMPEG-2のハードウェアエンコーダを組み合わせた場合と、デュアルコアプロセッサ+ソフトウェアエンコーダのどちらの価格性能比がベターか、といった比較まで考えると問題はさらにややこしくなる。
もちろん、Intelも(同じくデュアルコアをロードマップに持つAMDも)このことを百も承知しているからこそ、クライアントPC向けにマルチプロセッサシステムをこれまでプロモートしてこなかったハズである。
クライアントPCで顕著な効果があるのなら、自社のCPUが2倍売れるデュアルプロセッサシステムを売り込まないわけがない。クライアント向けにも、デュアルプロセッサやマルチプロセッサが有効なアプリケーションが全くないわけではないが、通常それらは「ワークステーションアプリケーション」と分類される種類のものであり、内容的にも価格的にも一般ユーザー向きではない。
●プロセッサパワーはすでに十分
しかし、こうした問題よりさらに深刻なのは、もはやプロセッサの性能が以前ほど必要とされていない、ということだ。年が明けて、富士通、ソニー、NECとPCの新製品発表が相次いだが、これらの製品で力点が置かれているのは、TVを見る際の画質であったり、録画やDVD化の容易さといった部分で、どんなプロセッサが搭載されているのかはカタログの隅で語られる問題に過ぎない。
日本はIntelのスー副社長も嘆くほどのCeleron大国であり、今回の新製品にも多くのCeleron搭載モデルがフィーチャーされている。またPentiumモデルにしても、各社とも量販店向けモデルには必ずしもハイエンドのプロセッサをラインナップしておらず、直販モデルのみのオプションだったりする。かつて、Intelが高クロックのプロセッサをリリースするタイミングで、各社が一斉に新製品を発表していたのとは大違いだ。
つまり、多くの消費者にとってプロセッサパワーというのはすでに余っているものであり、PCを購入する際の差別化ポイントではない。その余剰なものが2倍になってもインパクトがあるハズがない。
プロセッサパワーが渇望されているのであれば、もっとPentiumモデルが売れるだろうし、店頭には3.8GHzのPentium 4や2.1GHzのPentium Mを搭載したPCが溢れていることだろう。デュアルコアのプロセッサは、ある意味、今年の目玉となるべき製品だが、まずこうした状況と戦わねばならない。
ただ、だからといってプロセッサのデュアルコア化、マルチコア化がクライアントPCには無意味だと言っているわけではない。確かにデュアルコアのインパクトはそれほど大きくないだろうが、コアの数が4個、8個、16個と増えていった時、何かが起こる可能性は十分にある。
ひょっとするとPCのアーキテクチャは根底から変わるかもしれないし、利用形態にも大きなインパクトを与えるかもしれない。もっともそれはかなり先の話で、デュアルコアはその始まりの始まりに過ぎない。
□関連記事(2005年1月7日)
[Reported by 元麻布春男]