元麻布春男の週刊PCホットライン

汎用パーツにも独自仕様を盛り込む「EPSON」PC




 IBMがPC事業全体を中国のLenovoグループに売却するというニュースが象徴するように、PC、特にハードウェアの販売で利益を上げ続けていくことは、どんどん難しくなっている。

 現時点においてIBMのPC事業は赤字ではなかったとされているが、将来ほかの事業並みの利益率を確保できる見通しを立てることは、かなり困難な状況だったに違いない。人件費の高い先進国で、PC事業を継続していくには、Dellのように規模を追求しながら、同時にサプライチェーン管理を徹底するしかないのではないか、とさえ思えてくる。

 Dellばかりでなく、Compaqを買収したHPの基本戦略も、これに準じるもののようで、この2社がPCの世界市場で3位以下を大きく引き離した2強を構成している。この2社には及ばないものの、IBMのPC事業を買収したLenovoも、基本的な戦略は同じなのだろう。

●エプソンPCはホワイトボックスと同じ?

 こうした趨勢にあって、ユニークなポジショニングにあるのがエプソンダイレクトだ。同社はセイコーエプソングループのPC直販会社として、企業向けの間接販売を受け持つエプソン販売が扱うPCも含めたPCの商品企画/開発/製造を行なうかたわら、「エプソンダイレクト」ブランドでPCの販売を行なってきた。この10月からは、コーポレートブランドを、より知名度の高いEPSONに統一している。

 かつてはEquityブランドによるIBM PC互換機を北米市場で事業展開したこともあるセイコーエプソンだが、現在PCビジネスを展開しているのは基本的に日本国内のみ。世界シェアは上述した2社に遠く及ばない。失礼を覚悟で言えば、国内シェアでさえ決して大きいとは言えないのが実情だ。

 つまり規模のビジネスという点では、上位のPCベンダに太刀打ちできないわけだが、それでも同社の直販PCは、一定の価格競争力を維持しており、ハイエンドユーザーと企業/法人ユーザーを中心に支持を得ているという。

 規模で劣るエプソンダイレクトが価格競争力を保つには、同社なりの努力、DellやHPとは異なる身の丈にあったサプライチェーン管理のノウハウ等が寄与しているに違いない。

 それに加えて、同社に部品を供給するベンダ各社との協業体制も、仕入れ価格の低減に貢献しているようだ。たとえばエプソンダイレクトのPCに使われているマザーボードやノートPCは、台湾のASUSTeKが製造するものであり、CPUのヒートシンクはCooler Masterのものが用いられているのは良く知られたことだ。

 これらのベンダは秋葉原でもおなじみだが、エプソンダイレクトはこうしたベンダに同社のノウハウをフィードバックし、それをエプソンダイレクト向けの製品に反映させるだけでなく、一般市場向けの製品にも反映させることを認めることで、価格面での協力を得ているという。

 となると、逆にエプソンダイレクトのPCは、秋葉原で各ベンダの製品を購入して組み立てたもの、あるいは販売店ブランドのホワイトボックスPCと何が違うのか、という話になる。この点を探るべく、長野県松本市にあるエプソンダイレクト本社を訪れた。

●新日鉄鋼板を採用した独自ケース

Endeavor Pro3100

 エプソンダイレクトの現在のフラッグシップである「Endeavor Pro3100」は、Intel 925XEチップセットを用いたハイエンドモデルだ。Intelのチップセット中、唯一FSB 1,066MHzに対応したもので、当然CPUもFSB 1,066MHzをサポートしたPentium 4 Extreme Edition 3.46GHzがラインナップされている。ただし、リーズナブルな通常の(FSB 800MHzの)Pentium 4プロセッサを組み合わせることもできる。

 一瞥して、Endeavor Pro 3100がいわゆる自作PCやホワイトボックスPCと異なるのは、採用するケースだ。EndeavorとEPSONのロゴがつけられたケースは、ハイエンドモデル用ということもあり、最近のPCにしてはかなり大きめ。特に幅と奥行きはかつてのフルタワーケースに匹敵するサイズだ。

 しかもとにかく重い。同社によると、一般に流通しているスチール製PCケースの主流が厚さ0.6mmの鋼板を使っているのに対し、このケースに使われているのは厚さ1mmなのだという(切り欠きの多い背面のみ0.8mm厚)。鋼板を厚くすれば、耐久性だけでなく、不要輻射の抑制、振動や騒音の防止といった点でも有利なのだが、当然コストが高くなる。

 しかも、エプソンダイレクトは鋼板の納入メーカーとして新日鉄を指定しているとのこと。鋼板がどこのものだろうと、PCの性能には関係ないし、その方面の専門家以外に違いが分かるのか疑問だったのだが、焼付け塗装を行なった際の色むらの少なさなどでは明らかな違いがあるらしい。このように、Endeavor Pro 3100に使われているケースは、鋼板を指定し、独自に企画したものであった。

 そのこだわりはケースの内部にも現れている。ケース内部では、マザーボードと電源ユニットの固定を除き、ネジは使われていない。言い方を変えれば、マザーボードと電源ユニットを交換する場合を除き、ドライバーなしでアクセスできるケースになっている。

 ネジの代わりに使われているのは青い樹脂製のパーツで、樹脂の弾力を利用して固定する仕組みになっている。秋葉原で売られている汎用のケースでも、ケースの開け閉めや、ドライブユニット及び拡張カードの固定がドライバーレスで可能なものは少なくないが、冷却用のダクトやグラフィックスカードを固定するステー、ケース冷却ファンにいたるまで、完全にドライバーレスで済むものはそれほど多くない。

Endeaver Pro 3100の5インチベイ後部のカバー。気室を分ける意味があるものと思われる

 このケースのもう1つの特徴は、冷却に対する配慮だ。一般に、温度が10度上がると寿命は1/2になるとされており、長寿命化と安定動作のための要素として重視されている。

 ケースファン、CPUの冷却ファン、電源ユニットの内蔵ファンのすべてを2ボールベアリング以上に指定しているだけでなく、ケースの設計自体が内部の空気の流れを十分考慮したものになっている。

 Endeavor Pro 3100の冷却の基本は、電源ユニットの内蔵ファンがケース前面上部の光学ドライブと電源ユニットを、電源ユニットの下にあるケースファンがHDDを含めたその他のパーツをそれぞれ冷却する2チェンバー(気室)構成だ。この2つのチェンバーの独立性を保つため、5インチベイの後部はダクトで覆われている。ケース前面パネルはEndeavorのロゴの真下に溝があり、2つに分かれたようなデザインになっているが、ここにもチャンバーの独立性を守る工夫があるらしい。

●マザーボードにも独自性

 マザーボードにはASUSTeKの「P5AD2-E」シリーズが採用されている。が、市販のもの(P5AD2-E Premium)とはかなり仕様が異なる。マザーボードを一目見て気づくのは、搭載するI/Oがグンと減らされていることだ。

 P5AD2-Eに限らずP5AD2シリーズは、オンボードに山盛りのI/Oを備える。South Bridgeチップ(ICH6R)が内蔵するものに加え、追加のシリアルATAコントローラ、RAIDに対応したパラレルATAコントローラはもちろん、セカンダリのGigabit Ethernetコントローラや、さらには無線LAN、IEEE 1394bまで、これでもかというほどだ。

 全部合わせるとHDDだけで計14台を接続可能なのだが、これはクライアントPC用のマザーボードである。こんなにハードディスクが必要だとは思えないし、実際、台数的にも、電源容量的にも、熱の点でも対応可能なクライアント向けのケースがあるとは考えられない。何とも過剰な仕様のマザーボードだ。

 それに対してEndeavor Pro 3100に採用されているマザーボードは、回路パターンこそP5AD2-Eシリーズを踏襲しているものの、オンボードのI/Oが簡素化され、シンプルですっきりしたものになっている。ただし、Endeavor Pro 3100用のマザーボードにはリテール版にない2番目のシリアルポートが存在する。これはエプソンダイレクトの顧客に保守的な官公庁が含まれていることを示しているのだろう。

リテール版P5AD2-E Premium。I/Oチップの空きパターンがほとんどなく、フル実装に近い構成となっている Endeavor Pro 3100に使われているASUS製のマザーボード。使われているCPUファンはCooler Master製だが、リテール品とは若干仕様が異なるという マザーボード下部。空きパターンの多さは、省略したI/O機能が多いことを意味するが、これだけのI/Oで困ることはないと思われる

 さらにマザーボードを細かく見ていくと、ほかにも違っている部分が見つかる。たとえばメインメモリの実装に用いるDIMMソケットだが、リテール版が色違いになっているのに対し、エプソンダイレクト版は黒一色になっている。色違いの方が分かりやすいのは間違いないのだが、黒一色のソケットの方が特性的には優れているという。

 また、マザーボード上の電源部に使われているコンデンサの構成も、リテール版とエプソン版では異なっており、エプソン版に使われているコンデンサは同社で指定したものだという。こうした細かな部分の積み重ねが、長期にわたる信頼性の確保や、メモリモジュールとの相性問題軽減に最終的に利いてくるのだという。

 もう1つマザーボードで異なっているのはBIOSだ。現在ASUSTeKのBIOSは多言語対応になっており、その中には日本語も含まれている。しかし、エプソンダイレクトのマザーボードに使われているBIOSは、意外なことに英語のみのBIOSで、日本語はサポートされていない。アップデートの速度とBIOSサイズの小ささを優先したためで、ある意味割り切った仕様になっている。また、マザーボードBIOS(システムBIOS)に限らず、搭載するHDD、光学ドライブとも、BIOSやファームウェアのバージョンは、エプソンダイレクトで指定したものだ。

リテール版のメモリスロットは、このように2色のものが使われている Endeavor Pro 3100用マザーボードのメモリスロット。4つすべてに黒色のものが使われている
リテール版の電源部。コンデンサが異なるほか、レギュレータに銅製のヒートシンクがつけられている Endeavor Pro 3100用マザーボードの電源部。コンデンサの構成等が明らかに異なる

●エプソングループの強みを生かした徹底的検査

ライフテストルームによる加速試験。単に設置するだけでなく、負荷のかかった状態でテストされる

 さらに大きな違いは検査工程だろう。エプソンダイレクトでは、同社が販売するPCについて、さまざまな検査を行なっている。恒温槽による加速度試験、振動機を使った振動試験、無響室を用いた騒音試験、10m法半無響電波暗室を用いたEMC試験などだ。

 無響電波暗室1つでもその建設には数億円の費用を要する。これはハッキリいってPCの直販だけでは、世界的な規模でもない限りペイする額ではない。これらはセイコーエプソングループとして所有するものであり、エプソンダイレクトが独自に保有するものではないが、そうした施設を利用できるというのも、エプソンダイレクトの強みだろう。

 同じASUSTeKのマザーボードを使ったPCでも、いわゆるホワイトボックス系のPCでは、不要輻射に関するわが国の自主規制(VCCI)をクリアしたものはほとんど存在しない。このあたりが、規格にうるさい官公庁や大企業の信頼を勝ち得て、きっちり食い込める理由なのだろう。

 このように、同じように見えるパーツでも、Endeavor Pro 3100に使われているものは、エプソンの仕様に合わせたものになっており、秋葉原等で店頭売り部品を単に組み立てただけでは同じものはできない。各部品を作っているのは外注かもしれないが、最終的な製品は独自性を持ったエプソンの製品になっているのだ。製品としてのPCを作り上げるためには、メーカーとしての力がいかに必要かということを、再認識させてもらった取材だった。

振動試験中のEndeavor PC。輸送時の振動を想定したテストが行われる 10m法半無響電波暗室を用いたEMCテストの様子 ISO 7779に基づく騒音テスト

□エプソンダイレクトンのホームページ
http://epsondirect.jp/
□関連記事
【11月2日】エプソン、Intel 925XE搭載デスクトップ「Endeavor Pro3100」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1102/epson.htm

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(2004年12月27日)

[Reported by 元麻布春男]


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