第270回
PSP専用から標準ビデオ用メディアへの脱皮を目指すUMD



 今日12日、1年半以上にわたって話題を振りまいてきたPlaystation Portable(PSP)が発売された。一部量販店では早朝販売を行ったようだが、少なめの初期出荷台数(久夛良木氏によると20万台)や年間生産台数(年間300万台で国内向けは100万台)もあって、当面は品不足が続く可能性もある。もちろん、税抜きで19,800円という刺激的な価格が、その傾向をなおさらに煽っている。

●SCEIが見据える“6cmディスクの向こう側に見える世界”

 東京ゲームショウでのお披露目後、首都圏での実機を用いた展示などを見た人たちが、一番最初に驚いていたのは、低価格の(しかも多くの人が“たかが子供用のおもちゃ”と思っている)携帯ゲーム機が映し出す映像の美しさだろう。シャープのASV方式を採用した4.3型480×272ピクセルの液晶パネルは、最大200cd/平方mの高輝度も実現している。

 視野角補償フィルムは使われていないのか、テレビやPC用ディスプレイのASVパネルと比較すると斜め方向から見たときのコントラストは低いが、パネルサイズが小さいためわざわざ横から覗き込まなければ問題とはならない。

 16:9画面で横480ピクセルというと意外に解像度が低いと思うかもしれないが、計算してみるとピクセル密度は約128ppiもあることがわかる。PCで言えば14.1インチSXGA+程度のピクセルピッチだ。加えて高い輝度と色純度を損ねないアクリルパネルで覆われた表面処理などもあり、大人の目から見ても高品位な印象を受ける。

 これほどまでに、デザインや各部のディテールに拘ったのは、もちろんゲームユーザーの年齢層が変化している事も一因だ。しかし、本来はTN型を搭載する予定だった本機を、途中からASVに変更させる決定を下したのは、単純にゲーム機としての品位を上げるためだけとは思いにくい。

 関係者の話からすると、5月のE3 2004の段階ではTN型液晶パネル搭載での展示だったものの、ほぼASVへの変更は決まりかけていたというタイミングだったようだ。つまり、5月からPSP向けの液晶パネル製造ラインを作り替えた(あるいは別途作った)ことになる。サンプルのテストと評価、さらにそのフィードバックといったプロセスを考えると、かなり無茶なスケジュールだったはずだ。

 ここ数年のシャープを見ていると、単にきれいな液晶パネルを作るだけでなく、外注向けにカスタマイズされた液晶パネルも素早く製造ラインを立ち上げる“俊敏性”を備えているようだが、それにしてもコスト面や失敗のリスクなどを考えるとASVへの変更は難しい判断だったと想像される。

 そこまでして液晶パネルの品質に拘った背景には、久夛良木氏がPSP発表当初から唱えていたゲームだけでなく映像や音楽の標準メディアとしてUMDを育てたいという意図が強く働いたからだろう。

 久夛良木氏はUMDをDVDビデオのように利用するアプリケーションフォーマット(ここでは仮にUMDビデオと呼ぶ)を、世界標準にするべく標準化団体に仕様提出すると明言した。仮にUMDビデオがコンパクトなSD(標準解像度)ビデオ専用メディアとして規格化されれば、もっともポピュラーな再生デバイスはPSPになる。

 つまり、多くの人にとってUMDビデオの画質=PSPでのUMDビデオ画質となるわけで、そのときにUMDビデオのコマーシャルパッケージとしての可能性がきちんと伝わる品質で再生できなければ、UMDビデオの将来を潰しかねない。だからこそ液晶パネルの品質に拘ったわけだ。

PSPはUMDの先兵でもある

●携帯デバイス向けに最適化されたUMDの仕様

 UMDの物理仕様は6cmの2層記録で、容量は1.8GBと発表されている。ちなみに8cm DVDは2層だと2.8GB。Blu-ray Discの8cm版は15GBだ。容量が小さく感じるかもしれないが、サイズの小ささを考えればかなり健闘しているのではないだろうか。

 小型かつローコストながら容量を上げやすかった理由のひとつは、カバー層の薄さにあったと見られる。DVDはカバー層0.6mmで、0.6mmディスク基板を2枚貼り合わせて製造する。しかし実物のUMDを見ると、ディスクの厚みは0.6mmしかなく、そのちょうど真ん中に記録層が見える。

 つまり0.3mmのディスク基板にそれぞれ記録層を作り、貼り合わせて作っているのがUMDというわけだ。製造上のノウハウはDVDのものをそのまま流用できるため歩留まりが良く、製造ラインのコストも下げることができるうえ、カバー層が薄く同じ波長のレーザーを使う場合でも0.6mmのDVDよりも密度を上げる事ができるわけだ。

 また、カバー層が薄い事によるメリットはもうひとつある。それはディスクの傾きに対する強さだ。記録密度が高くなると振動などでディスクが傾いた瞬間、焦点の合う場所がずれて読み取りエラーが発生しやすくなる。カバー層が厚いと傾きによる焦点のズレが大きくなるため、薄ければ薄いほどいい。その点、UMDはDVDの半分のカバー層しかないため、ドライブごと手に持って利用したり、あるいは飛行機や電車の上で使うといった利用方法に向いているのである。

 もちろん、128bit暗号技術を用いるUMDは、DVDよりもコンテンツ保護の面で強固であり、DVDのコピーに悩むコンテンツベンダー側も興味を持ちつつあると聞いている。北米や日本では、コピー技術うんぬんよりも、とにかく普及したDVDプラットフォームで稼ぎたいという意識が強いだろうが、今後を考えればコンテンツ保護が重要になることは間違いないからだ。たとえば中国で“販売”されるDVDビデオの90%は違法にコピーされた複製品というデータもある。

 UMDビデオの仕様は、DVDメニューと同じようなユーザーインターフェイス構築のためのフォーマットや暗号化仕様、CODECプロファイルの詳細などと共に、(現時点ではどこかは書けないが)国内家電ベンダーも多数が参加している、国際的な標準化機関で審議が順調に進んでいる。最終決定までには、まだしばらく時間がかかるだろうが、決まり次第、UMDビデオのパッケージがソニー関連のコンテンツ企業から投入される事になるだろう。

●本格的なパッケージコンテンツの流通は

PSP発売時はゲームのみが供給されるUMD
 UMDの魅力は、メディアケース標準でラフな扱いにも強い上、コストは裸ディスクのDVD並にできる(とSCEIが話している)ことだ。一番最初の母体となるPSPが、数百万台規模で普及することが確実なため、新規メディア立ち上げ期の苦しさも(コスト的に)軽減される。

 最近はDVDを配布し、映画の予告編を配布したり、商品説明のビデオなどをDVDにして配布するといった使い方も多くなってきた。そうしたプロモーション用メディアの場合、再生環境が豊富なDVDの方が何かと都合が良いことは確かだが、UMDを同様の使い方で利用するといった事も行なわれるようになるかもしれない。PSPや将来のUMDビデオプレーヤの普及次第だが、出版物に近い形での利用というのは現実味もなくはない。またUMDを用いた電子ブック仕様があれば、PSPを用いた電子書籍というのもあり得そうな話である。

 ただ、映像コンテンツの流通メディアとして普及させるには、かなりの時間と労力が必要だろう。コンテンツが増えなければUMDビデオは魅力的と見てもらえないだろうし、UMDで映像再生する事に魅力を感じる人が増えなければコンテンツも増えない。UMDビデオオーサリングツールの使いやすさなども、普及初期の段階では問題になってきそうだ。

 PSPで見るUMDビデオの品質は、SCEIが自信を持って高画質だと話していただけあって、SD専用としてはかなり良く、コンテンツベンダー側も評価しているという。しかし、画質を十分とするかどうか、あるいはセキュリティ面やパッケージサイズの小ささ、携帯利用時の信頼性などの評価と、ビジネスとして本格的に取り組むかどうかの判断は全く別のものだ。

 来年の前半、それも早い時期にはまとまるだろうUMDビデオの標準化の後には、それをどのようにして立ち上げるかというテーマが待ち受けている。画質面ではさほど問題を感じないだけに、コンテンツベンダーに“UMDでコンテンツを出す理由”、たとえば2005年をピークに売り上げが減少に転じると言われるDVDビデオに、プラスαの収入をもたらすメディアとして認知させられるかどうか、が成功の鍵になるだろう。

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【5月17日】【本田】SCEI 茶谷CTO インタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0517/mobile247.htm
【2003年8月29日】【海外】久夛良木健氏が語る次世代携帯ゲーム機「PSP」の本当の狙い
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0829/kaigai014.htm

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(2004年12月12日)

[Text by 本田雅一]


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