第266回
久夛良木氏が語るPSP“19,800円”実現の舞台裏


久夛良木健 社長兼CEO
 27日、税別で2万円を切る“衝撃的”という言葉の似合う価格が発表されたPlaystation Portable(PSP)。一部では「39,800円ぐらいでは?」、「いや、安価に設定したとしても29,800円」、「戦略的な価格でも24,800円が限界ではないか」と言われたPSPだが、そうした予想を下回る低価格を実現した。

 かねてより「ハードウェアで損をして、ソフトウェアで儲けるビジネスモデルは存在しない」と公言してきたソニーコンピュータエンターテイメント社長兼CEOの久夛良木健氏。この価格はどのようにして実現したのだろうか?

 27日に行なわれた一連の発表に関し、久夛良木氏がプレスラウンドテーブルの場でその“種明かし”を披露した。

●内製化比率50%で実現した低価格

 東京ゲームショウを控えた9月下旬に行なわれた「Playstation Business Meeting」では、PS3でのBD採用や新しいPS2といったニュースが盛り込まれていたものの、年末の主役となるハズのPSPについては、価格発表は行なわれなかった。

 しかも「東京ゲームショウで来場者の反応や要望を聞いて、ゲームベンダーや流通サイドとも話し合いながら決めていきたい」、「ゲーム機が1万ちょっとの時代、高付加価値のPSやサターンは4万円近くても売れた」と微妙な言い回しに終始したため、やや高めの価格からスタートするのではないかと筆者自身も予想していたところだった。

 しかし、この予想は全く逆方向の読み違いだったようだ。あるいは、東京ゲームショウでの反応やゲームベンダーや流通との話し合いの中で、十分な数を売れる確信が持てた事が、この価格に繋がったのかもしれない。

 「PS1の時も、PS2の時も、価格を決めたのは一番最後、ギリギリの段階だった。今回も決めたのは本当に最後。価格に関しては社内でも極秘。かみさんにさえ話さなかった。その結果、SCE社内でも驚きの声がある」と久夛良木氏。結果的には、高付加価値の路線を見せつつ、今回の価格を見せたことで値頃感を加速させることができた。

 久夛良木氏自身「最初から価格を“スイートスポット”に持ってきたかった」と話すように、19,800円という数字は売れる数字だろう。パートナーからは、そんなに安いならば本体との同時発売ソフトを用意すれば良かった、と悔しがられているという。

 もっとも、戦略的な理由だけで低価格化が可能になったわけではない。ビジネスとして成立しない“ハードウェアの投げ売り”だけではプラットフォームは成り立たない。

 久夛良木氏は、低価格化実現の主な理由について「部品の内製化比率を50%にまで引き上げたため」と話す。

 初代PSの場合、半導体の開発をLSIロジックと共同で行なうなど、外部から調達した部品が多かった。特に最新技術を導入する製品投入初期の段階ではコスト面で厳しくなる半導体調達を自社でまかなえるようになったことが大きい。

 「90nmの自社Fabに関しては、各方面から“無謀だ”との指摘を受けた。しかし、今回の値付けは外部調達で見込めるものではない。薄型PS2とPSP、それにソニーグループで必要ないくつかのチップを合わせると、90nmの自社Fabは、すべて埋まってしまう。半導体への投資はソニーとしてではなく、SCEとして始めたものだが、自社で必要な半導体を社内調達するためのもので、あのときの投資が無ければ、今回の低価格化も無かった(同)」

 とはいえ、初期出荷分から黒字ということもあるまい。久夛良木氏はこれまで、「ハードウェアで利益は出すが、ゲーム機の長いライフタイムサイクルの中で利益を出していく構造」だと話していた。最初は損をしていても、同仕様のハードウェアを作り続けていれば、コストダウンによって利益が増加し、ライフタイムサイクルトータルで黒字収支となる。では、PSPは何年ぐらいをめどに黒字に転換する計画なのか?

 「PS1やPS2は、(5年などの)長い時間軸の中で利益を出すモデルだった。しかし、携帯機にはそれは通用しない。PSPというプラットフォームを守りながらも、何らかの原因で価格は上がるかもしれない。だんだん下げていくのではなく、最初からスイートスポットを狙った(同)」

 氏は同時に、普及速度を早め、作れば作るほど経営環境が良くなる上昇スパイラルを作りたいと話している。たくさん作れば外部調達部品も安くなり、自社で作る半導体のコストも安くなる。同時に対応ソフトウェアも増え、結果的にゲーム機としての付加価値も上がっていく。

 「さほど遠くないうちにプラスになると思っている。日本での初期出荷は20万台、年内には50万台の出荷を見込んでいる。年間のキャパシティは300万台で、来春からの海外展開も考えると来期は日本、北米、欧州で100万台ずつを分け合う形になる。(これを達成すれば)上昇スパイラルに乗って利益を出せる(同)」

●液晶はシャープASV。高品質液晶向けに提供される映像コンテンツとは?

 ちなみに外部調達のパーツはメモリ、液晶パネル、外装部品などだが、液晶パネルの調達先は自社系列ではなくシャープだという。他社からの調達は現時点では考えていない。

 しかも視野角の限られたTN型ではなく、ASVパネルを利用しているというから、品質の高さにも納得がいく。実はPSPの初披露となったE3 2004の時点では、視野角は東京ゲームショウなどでも展示された量産型よりも視野角が狭かった。

 当時、久夛良木氏を含む関係者は一様に「液晶の品質はまだ上がる」と話していたが、当時使っていた液晶パネルはTN型。ASVパネルへの変更は当時既に決まっていたが、実際に試作機のパネルが入れ替わったのはE3直後ぐらいだったそうだ。

 ちなみに、一時は液晶パネルの調達難から発売が遅れるのでは、との憶測も流れたが「出荷台数が制限される要素は半導体。専用チップの歩留まりとキャパシティが一番。液晶パネルの調達で出荷が滞ることはない」と否定した。

 PSPで価格、液晶パネルと並んで注目されていたのが、PSPが使うUMDを利用した映像コンテンツ流通の可能性である。PSPにはH.264再生デコーダの回路が内蔵されており、SD品質ながらも再生が可能。SD品質と言ってもPSPの液晶パネル解像度よりも高い解像度だ。

 「我々はUMDをSDコンテンツの流通用メディアとして普及させたいと思っている。だからPSPの液晶よりも解像度が細かいSDフォーマットに拘った。しかし、映像/音楽向けコンテンツ向けフォーマットは互換性が重要で、これを最初にきちんと決めておかなければならない」

 「そこで、自社で先行して映像や音楽コンテンツを提供するのではなく、業界団体を組織して標準のアプリケーションフォーマットを定義し、それに基づいて映像・音楽の流通にUMDを提案していきたい。UMD向けのアプリケーションフォーマットに関しては、すでに動いており詳しい事は言えないが、PSPだけのためのフォーマットにはしない(久夛良木氏)」

 価格は大胆な設定だが、ゲーム以外のアプリケーションに関しては、思ったよりも慎重な姿勢だ。もっとも、そのまま独自にアプリケーションフォーマットを決めても、PSPだけのローカルフォーマットになっていた可能性が高い。

 久夛良木氏自身「PSPは最初から最後までずっとゲーム機であり続ける。UMDを用いた映像・音楽の流通は、あくまでもゲーム業界側からの提案で新しい映像・音楽が楽しめるものになる事をアピールしたかった。ただし、純粋な映像・音楽のコンテンツ販売ではなく、ゲーム機のインタラクティブ性を利用した映像中心のコンテンツはバンダイがガンダムをフィーチャリングしたものを発売する事になっている。H.264の高画質とPSPのインタラクティブ性が融合したソフトで、シリーズ化される事が決定している」と話しており、純粋な映像・音楽コンテンツの立ち上げは緩やかに進める方が得策と考えているようだ。

 久夛良木氏の話は、半導体関係や、省電力関係、ドコモとの提携にも及んだ。次回も引き続きご紹介したい。

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(2004年10月28日)

[Text by 本田雅一]


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