■元麻布春男の週刊PCホットライン■Motorolaから独立したFreescaleの技術セミナー |
意外なところで登場の「玄箱」 |
今のPCのユーザーにとってMotorola(Freescale)の製品で最も有名なのは、AppleのMacintoshに採用されているPowerPC(Apple、IBM、Motorola/フリースケールの3社共同開発)だと思うが、同社の製品は組み込み分野等で幅広く使われている。たとえばアキバで人気の「玄箱」に使われているのはPowerPC系の組み込みプロセッサ(MPC8241/8245)であり、ソニーのPDAである「CLIE」の下位モデル(PEG-TJ25/PEG-TJ37)に使われているのは同社のARM系組み込みプロセッサ(i.MXL)だ。
その同社のFreescaleとして初めての開発者向けイベント、Smart Networks Developer Forum 2004 Japanが10月21日都内で開催された。冒頭、キーノートスピーチに立ったフリースケール・セミコンダクタ・ジャパン株式会社の高橋恒雄代表取締役社長は、まず同社の沿革を紹介し、特に力を入れている分野として、携帯電話とネットワークインフラ、車内ネットワーク向け半導体、家電向けの組み込み半導体の3つを挙げた。特に最後の家電向け組み込み用途に対する1つのアプローチとして、メルコとの協業によるPowerPC(MPC8241/8245)ベースのプラットフォームである「玄箱」が紹介された。
玄箱は、メルコの子会社が販売するNASのベアボーンキットというべき製品。最大のポイントはインストーラブルなLinuxがCD-ROMで提供されていることで、自分で選択したHDDにインストールして市販品と同等のNASに使うことができるほか、ユーザーがLinux上のアプリケーションをインストールし、機能を拡張することができる。
フリースケールは、MPC8241/8245の正式な開発環境として評価ボードである「Sandpoint」を用意しているが、玄箱を非公式な開発プラットフォームとして、個人ベースの実験から業務まで、幅広く活用されることを期待しているようだ。パソコンの黎明期に個人ベースで様々な実験が行なわれたワンボードマイコンの現代版、という位置づけらしい。1人でも多くの開発者やマニアが手にすることで、その中から大企業では考えもつかないようなアイデアが飛び出してくることが期待されている。
●既存の製造技術の延長線上では問題解決は不可能
東北大学 大見教授 |
半導体技術に限らず、産業技術は時代とともに高度化し、システム化/総合化が進む。広範な技術の融合一体化が求められる一方で、電子情報通信産業分野の主戦場は、コンピュータからネットワーク対応の家電製品や個人情報端末に移ろうとしている。顧客の好みの移り変わりの速い家電分野では、多品種少量生産が求められ、すべてにおいてスピードが求められる。それにふさわしい新しい生産方式を創出する必要があり、そのために産官学の連携、得意分野の異なる複数トップ企業による連携が欠かせない。
現在、大見教授が取り組んでいるプロジェクトでは、半導体製造時の反応温度を既存の熱酸化膜ベースの1,000~1,200度という高温を、200~400度に引き下げることにより、製造時間の短縮と歩留まりの向上を図る。合わせて30枚程度のマスクセットを半日/100万円以下で製造する技術の開発、設計時間の短縮技術を開発し、劇的に半導体の生産時間と生産コストを切り詰め(たとえば大型平面ディスプレイの製造コストを1インチ5,000円で実現できるよう)、シリコンサイクルという言葉をなくしてしまいたいとしている。
すでに半導体のプロセスルールは、原子スケールまで進んでおり、ゲート長や絶縁膜の厚みを原子の数で語れるところにきている。この微細なプロセスを動かすには動作電圧を引き下げる必要があるが、動作電圧の引き下げはSN比の劣化を招くため、当初予想されていたような低電圧化は実現していない。集積するトランジスタ数を増やせば増やすほど、動作クロックを上げれば上げるほど、量子雑音、熱雑音、低周波雑音(1/f雑音)が増大し、S/N比が低下する。しきい値のばらつきによるS/N比の劣化も著しくなっている。
これらの問題は、もはや既存の半導体製造に基づく勘と経験では解決しない。学問的な裏づけのある、新しい製造技術が必要になる。マイクロ波励起プラズマ装置を用いたラジカル(不対電子、通常は同一軌道上に2つあり対をなしている電子を一定条件のもとで1つにしたもの。不安定だが高い反応力を持つ)反応ベースの生産方式は、既存のプラズマ装置の欠点を解消するものとして15年がかりで開発したもの。低電子温度の実現と、プラズマ励起空間をプロセス空間から分離することによりウェハに対するダメージを防止する。ゲート絶縁膜に従来の酸化膜にかわり窒化膜を用いることで、動作電圧を高くしながらリーク電流を3桁以上低減することが可能となる。寿命も長いため、家電製品に求められる長寿命にも対応できる。
大見教授の講演は、おおむねこのような内容だったと思うが、ハッキリいって専門知識を持たない筆者がどれだけ正しく理解できたかは分からない。だが、あのIntelがついにPrescottコアで4GHz動作を断念した、というニュースを聞いたばかりの状況では、“もはや既存の製造技術の延長線上では問題解決は不可能”という言葉がグッとくる。
NetBurstマイクロアーキテクチャに基づく最初のPentium 4プロセッサ(Willamette)の発表時、Intelが同マイクロアーキテクチャについて、動作クロック10GHzを見越したものであり、5GHz動作は現実のものとして見えている、と大見得を切ったことを筆者は覚えているが、実際には4GHzを前に足踏みしてしまった。もちろん今回の断念により4GHzに永遠に到達できない、ということでは決してないが、Willametteを発表した時点に比べ、クロックの引き上げペースをハッキリ落とさざるを得なくなっていることだけは間違いない。Intelのような大企業は、供給責任ひとつをとっても、製造技術にまったく新しい未知のものを採用するのは難しいだろう(保守的にならざるを得ない)と思うが、そろそろ大胆な一歩が必要になる可能性はあると、ライバル会社のイベントで考えてしまった。
●低データレートの無線通信「ZigBee」
さて、基調講演以外で筆者が注目していたのは「ZigBee」だ。ZigBeeというのは、低コスト、低データレート、低消費電力を目的にした近距離無線通信規格。802.11b/gやBluetoothと同じ2.4GHz帯を利用する(ヨーロッパやアメリカではほかに利用可能なバンドがあるが、それらは日本では利用できない)。ハードウェアについてはIEEE 802.15.4で、ソフトウェアについてはZigBeeアライアンス(、Motorola、Ember、Honeywell、Invensys、三菱電機、Philips、Samsungの8社が議決権を有するプロモーター)で標準化が行なわれている(後者は現在進行形)。
他の無線技術と比較したZigBeeの位置づけ | ZigBeeと他の無線技術の比較 | ZigBeeのメッシュネットワーク |
ZigBeeのミソは、低データレートで、想定するスループットは25Kbps以下に過ぎない。25Kbpsで何をするのと思うかもしれないが、リモコン、冷暖房を含めた温度管理、ガスや水道のメーター管理、病人の脈拍や呼吸数ならびに血圧の遠隔監視といった用途には十分過ぎる。逆にデータレートを抑えることで、消費電力を抑制することが可能だ。単三電池2本で1年以上使える、といったイメージである。
ネットワーク的には、IEEE 802.11b/gやBluetoothのようなスタートポロジに対応するほか、メッシュネットワークやクラスタツリートポロジにも対応する。メッシュネットワークを利用することで、広いエリアを低消費電力/低出力でカバーすることができる。メッシュネットワークやセンサネットワークについては、Intelのパット・ゲルシンガーCTOもIDFのキーノートで取り上げたことがあるのだが、センサネットワークを構築するビルディングブロック(ZigBee対応のチップ等)を事業化する計画は今のところないらしい。IntelのIPを盛り込むだけの器がないと見ているのか、単に単価が安すぎると思っているのかは分からないが、何か面白い使い方がありそうな、そんな気にさせる技術だ。
□Freescaleのホームページ(英文)
http://www.freescale.com/
□ニュースリリース(メルコとの協業)
http://www.freescale.co.jp/media/news/melco.html
□東北大学未来科学技術共同研究センター未来情報産業研究館のホームページ
http://www.fff.niche.tohoku.ac.jp/ja/
(2004年10月27日)
[Reported by 元麻布春男]