第257回
複数PC使いの悩み解決 2004



 先週紹介したAirMac Express、やっと我が家にも1カ月前に注文していた品物が届いた。しつこいようだが、ネットワークでリビングルームにBGMを流したいユーザーには、掛け値なしにオススメできる製品だ。音楽再生にiTunesが動作するPCが必須、という面を受け入れられるなら、この手の製品の中ではもっとも完成度が高い。

 が、記事中ですでに訂正を入れたように、先週のレビューにはひとつ間違いがあった。Ethernet側からはIP印刷ポートからの印刷が行なないと書いたが、実際には“行なえる”が正しい。設定変更を繰り返しているうちに、Ethernetポートからの印刷要求を受け付けないよう、オプションのチェックボックスをいじってしまっていたのに気付かなかったことが原因のようだ。実際には、デフォルトの設定のままで無線LAN、Ethernet双方から印刷を行なえる。読者と関係者に陳謝したい。

●“同期”が当たり前になったその後は

 '94年ぐらいの事だからすでに10年も前の事になるが、2台以上のPCを効率的に使うために、どんなソフトがあるのか、どのような運用方法が良いのかを考える連載記事を、ある雑誌で受け持っていた。当時、既にDOS/Vによる価格破壊は始まっていたが、それでもそれなりに高価な時代。“ブルジョワなPCライフ”という、とってもハズカシイ連載名を編集長に付けられ、なるべくその連載名を思い出さないように連載を書き続けたのを思い出す。

 当時の話題と言えば、複数のPCを個人で使い分ける際、あるいは会社と自宅でPCがそれぞれにある場合、デスクトップPCとノートPCなど、あらゆる利用場面における環境設定や情報の同期を行なうことが中心だった。

 というのも、当時は“同期”という言葉も一般的ではなく、ソフトウェア開発者に「この製品の情報はどうやったら、ポータビリティ(可搬性)を持たせることができるのか?」と聞いても「そんなものは必要ない」と言われるばかりだった。今ではWindows CE搭載デバイスやデータベースなどで、“複製”や“同期”といった言葉を使うマイクロソフトも、当時ポータビリティに関する質問をすると「会社にダイヤルアップして(当時はまだインターネットが普及しておらず、セキュリティ対策も万全ではなく、直接のダイヤルアップが主流だった)、サーバに直接アクセスした方がデータの鮮度が高い」と言って取り合われず、そんなことだからポータビリティを意識したLotus Notesに負けるんだ、とやや辛辣な記事を書いた記憶がある。

 “同期”という概念が業界内に根付き始めたのは、複数台のPCを使うことが目的ではなく、記憶容量の小さいポータブルデバイスが登場し始めたことがきっかけだ。古いPCユーザーなら覚えているだろう、開発ツールとデータベースソフトで、一時はマイクロソフトよりも注目を集めたボーランドのフランス人創始者フィリップ・カーン博士が、そのボーランドを追われてスグに設立したStarFishソフトウェアの“TrueSync”は、携帯型デバイスに必要な情報を同期させる概念をウリにした技術で、同期の概念を業界内に広げる役目を果たしたように思う。その後、US RoboticsのPalm Pilotでデータを同期、あるいは一部を切り出して持ち歩く情報ポータビリティという考え方が定着したのはご存じの通りだ。

 複数PCを利用する使い方も、モバイルPCの普及によってサーバやデスクトップPCなどから、持ち歩くパーソナルなツールたるモバイルPCに情報を取り出そうという使い方にも注目が集まるようになった。今では情報の一元管理とポータビリティの両立を図る上で、同期という考え方は様々な製品に取り込まれ、10年前よりも複数台のPCを使って情報を操ることは、ずいぶんと簡単になってきている。相変わらず運用方法は十分に検討を重ねてから決める必要があるし、完全なデータの一元管理を行なえるアプリケーションも限られているが、手段が用意されているだけでもずいぶんマシだ。

 ただ、複数台のPCのコンディションを合わせ、使い分けることが楽になってくると、今度は複数台のPCを同時に使う時に、もう少し操作環境を改善したいという欲望も沸いてくる。今回はそのためのユーティリティをいくつか紹介したい。

●もう1台が外部ディスプレイになるMaxiVista

 エージーテックが日本語版を発売したMaxiVistaは、ドイツを本拠とするソフトウェアのベンチャー企業が開発した、ネットワーク経由で別のPCをセカンダリディスプレイとして利用するソフトウェアである。

 たとえばあるPCを使っているとき、もう1台のPCはユーザーインターフェイスを向上させる上で何ら役に立たない存在だが、MaxiVistaを用いればマルチディスプレイを構成する1台として利用できるわけだ。ネットワークを通じて別のコンピュータに描画指示を与えているわけで、Windows XPの標準機能であるリモートデスクトップとは、全く逆の動作を行なっていることになる。

 リモートデスクトップの場合、アプリケーションはすべてネットワークの向こう側にあるコンピュータ上で実行され、手元のコンピュータに内蔵されたプロセッサやハードディスクなどのパフォーマンスはあまり役立たない。一方、MaxiVistaは手元のPCの上ですべてのアプリケーションが動作するので、ネットワークでつながったもう1台のパフォーマンスはあまり必要ない。

エージーテックのMaxiVista MaxiVistaは2台目のPCをセカンドディスプレイにする

 スイス・ローザンヌへと仕事で出掛けたとき、3泊の強行軍での取材にもかかわらず、同業のY田氏が巨大なスーツケースと手荷物カバンをぶら下げているのに、みんなが驚いた。Y田氏によると、3泊とはいえやっぱりホテル用にと、大きめのノートPCも持ち込んだのだという(もっとも、スーツケースの中身はほとんどカラだったようだが)。なんでも「もう1台のPCが、ただのバックアップ用荷物ではなく、仕事の環境を大きく改善できるツールを入手したから」だとか。

 実はそのツールこそがMaxiVistaで、やはりローザンヌに同行していた同業のM麻布氏が「こんなソフトを欲しがっていなかったっけ?」とドイツのソフトウェアベンチャーのWebページを紹介したものだった。そのMaxiVistaをエージーテックが日本語化して発売することがわかったのは、その後のことである。

 Y田氏の活用例はこうだ。

 取材に出掛けるときにカバンに入れるPCは、なるべく軽量なものが良い。そこで12.1型のモバイルPCを取材に使う。ところが、故障時のバックアップのためと、ホテルでの仕事を快適にするために、高解像度の液晶パネルを採用した大きめのノートPCも持ち込んでいる。これまではホテルでは大きめのノートPCで仕事をしていたが、するとお出かけ用PCとデータの整合性が取れなくなり、運用に気を遣う必要があった。

 そこで大きめのノートPCは、お出かけPCのセカンダリディスプレイとして用い、お仕事はすべてお出かけPCの中で完結させようというわけだ。Y田氏のお出かけPCは、東芝のDynabook SS Sシリーズなのでキーボードはフルピッチ、ディスプレイさえ広くなれば作業効率にあまり大きな差はない。

 なるほど、それはいい。というわけで、僕も同じ使い方をしてみたが、出張先ではもちろんの事、普段の作業もすべてモバイルPC1台に収斂させることもできそうだ。プライベートの情報やAV系アプリケーション/データの管理、フォトレタッチなどのカラーイメージング関係はデスクトップPCで、純粋なお仕事作業はノートPCで、ときちんと振り分ける使い方をする場合でも、デスクトップPC用の大きく高解像なディスプレイを活用できる。

 また、チームでプレゼンを行ないながら外回りをしている人ならば、同僚との合わせ技でプレゼン環境の改善を図れるだろう。同行者のPCに、MaxiVistaのディスプレイサーバを仕込んでおき、自分のPCと無線LANのアドホックモードやLANのクロスケーブル、あるいはIEEE 1394ケーブルなどで接続。ディスプレイとして接続し、同僚のPCを相手に見てもらえる。

 システムからは完全にWindowsのセカンダリディスプレイとして認識されるので、PowerPointの機能“発表者ツール”を活用することもできる。発表者ツールは、デュアルディスプレイ環境下で、片方にスライドを、片方にスライドコメントや前後のスライドサムネイル、プレゼン時間などの情報を表示できる機能で、シングルディスプレイでは利用することができないが、MaxiVistaならば可能となる。

 機能そのものは単純で、描画指示をIPトネリングさせているだけなのだが、活用の幅はなかなか広そうだ。と、なかなか気に入ったMaxiVistaを我が連載の担当に説明したところ「プロセッサが2個あるのに、フルに使えるのは手元の1台だけだなんてもったいない」とのコメント。

 MaxiVistaのサーバは、単純に描画コマンドをネットワークから受けて描画するだけなので軽い。このため、たとえばデスクトップPCでビデオトランスコードを行なっているときに、ノートPCからデスクトップPCをセカンダリディスプレイとして使う、といったことはできる。が、2台のPCを2台のPCとして、もっと便利に使いたいという担当の意見ももっともな話だ。

 といわけで、担当T氏のオススメ「Fチェンジャー」および「Sチェンジャー」も紹介しておきたい。前者はフリーウェア、後者はシェアウェアで機能レベルの差はあるが、主要機能は基本的に同じだ。他にもいくつかある、ソフトウェアキーボードチェンジャーの一種である。

●ケースバイケースで使い分け

Fチェンジャーの設定画面

 実はソフトウエアキーボードチェンジャーは、以前に「どこドア」というシェアウェアを試してみたことがあったのだが、マウスカーソルが自動的にリモートPCに移動するという、マルチディスプレイライクな動作の“どこドア”と、実際のマルチディスプレイ環境、あるいはPCを置く場所などがしっくり来ず、結局使わなかったことがある。

 僕の環境で複数台のPCを1組のキーボードとマウスで使うなら、明示的に操作中のPCを切り替えるFチェンジャー/Sチェンジャーの方が使いやすい。

 ちなみに両者の違いは、シェアウェア版のSチェンジャーが最大8台までのリモートPCを登録でき、クリップボード内容の転送(テキストと画像のみ)も可能なのに対して、Fチェンジャーは最大3台まででクリップボード転送が行なえない制限がある。また、SチェンジャーはWindows 2000/XPのサービスとして動作するが、Fチェンジャーは常駐アプリケーションとして動作する。

 MaxiVistaとどちらがいいか? というと、全然違うソフトなのだから比べることはできない。ケースバイケースで、使い分けるべきだろう。筆者はY田氏に負けず劣らずマルチディスプレイマニアなので、デスクトップPCのデュアルディスプレイに、もう1台のディスプレイを足す、といった使い方もしているためMaxiVistaの方が便利だ。しかし、ノートPC上に起動していたアプリケーションをちょっと操作したいというなら、ソフトウェアキーボードチェンジャーでなければ解決できない。

 僕の場合、Sチェンジャーを使うことで、リビングルームに置いた23型のテレビ兼用ディスプレイに繋げたNECの水冷PCからキーボードを排除できた。起動時にエラーが発生しないよう、余っていた小型のキーボード切り替え機を水冷PCに接続しておき、実際にはキーボードもマウスも接続せず、ノートPCをリモコン代わりに利用している。

 この10年で複数のPCを使うことは珍しくなくなり、IPネットワークであらゆるものがつながるようになった。これからの10年はどうなるのだろう? 家電も含めたあらゆるデバイスが、IPネットワークに参加し、情報の入り口と出口はネットワークによって仮想化されるようになるのだろうか?

 手元で使っているデバイス、目の前にあるディスプレイ、流れ出すコンテンツ。それらが、ネットワークの向こう側にある世界を夢見ていた10年前、実際にその時代がやってきてみると、意外と自然に受け入れられているように思う。これがもっと一般化し、あらゆる人が意識せずにつながる世界。これからの10年を想像するのも、また楽しい。

□エージーテックのホームページ
http://www.agtech.co.jp/
□Fチェンジャー(Vector)
http://www.vector.co.jp/soft/win95/util/se291578.html
□Sチェンジャー(Vector)
http://www.vector.co.jp/soft/win95/util/se250535.html
□関連記事
【7月27日】エージーテック、空きPCを2ndディスプレイにする「MaxiVista」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0727/agtech.htm

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(2004年7月30日)

[Text by 本田雅一]


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