第247回
SCEI 茶谷CTO インタビュー
~“PS1+α”ではなく、PS2レベルのゲームを携帯機に



PSP

 E3 2004における新携帯ゲーム機に対する来場者の過熱ぶりは、展示会最終日を迎えた5月14日になっても一向に衰えを見せない。その一角を担うPSP(Playstation Portable)を見学する長蛇の列が、その注目度の高さを示していると言えるだろう。

 いよいよ発表されたPSPだが、ハードウェア、ソフトウェア、そして商品そのもののビジネスモデルに関しても、まだ判らない部分は多く残されている。

 PSPの発表に沸くE3会場で、ソニー・コンピュータ・エンターテイメント(SCEI)の茶谷公之(まさゆき)CTO(最高技術責任者)に話を伺った。


●PS1+αではなくPS2レベルのゲームを

E3 2004基調講演での茶谷公之 CTO

-いよいよ発表されたPSPのスペックで目を引くのは、メインメモリが32MBとされていることだ。メインメモリは、PSPチップに内蔵されるeDRAMの4MBとは別チップで実装される。

 「メインメモリ32MB、組み込みDRAMが4MBというスペックは、PS2と全く同じものです。正確にはPS2にはI/Oコントローラチップにもメモリが内蔵されているが、ほぼ同じと言っていい。実際のところ、コストを考えると“大サービス”です」

-これだけ多くのメモリを搭載する予定は無かったハズだが、PS2と同じになった理由は?

 「コンテンツパートナーからの要望が強かった。PSPはメインプロセッサもPS2と同等で、クロックはむしろ早い。メインプロセッサが同等以上ということは、PS2と同等以上のAIやシミュレーションプログラムを組めるということです。そうした潜在力を活かす観点から、各方面よりメモリサイズをPS2と同じにしてほしいという意見が多数寄せられました。その結果、液晶解像度などの違いはあるものの、ほぼPS2レベルのゲームを開発できるプラットフォームになりました」

-搭載バッテリの容量は1,800mAh。電圧は未発表だが、おそらく3.6か3.7Vだろう。どの程度のバッテリ持続時間があるのだろうか?

 「バッテリ持続時間はアプリケーションによって大きく異なります。音楽再生がもっとも“軽い”のは自明でしょうが、もっとも重いアプリケーションはゲームです。映像再生はチップへの負荷が少ないため、その中間ぐらいだろうと予想しています」

 「またゲームに関しても、そのタイプによってバッテリ持続時間は変わってきます。32MBのメモリに収まるゲームならば、ロード時に一気に読み込んでオンメモリで動かせば、相当な時間連続で遊べるでしょう。しかしUMDへの頻繁なアクセスが行なわれるようなら、持続時間は減少します。PSPのチップは積極的なクロックゲーティングを行なっていますから、プログラムによって消費電力は変わります」

PSPは32MBのメインメモリと4MBの組み込みDRAMを搭載する バッテリは1,800mAh

●ハードウェアの大枠はほぼ完成

-E3会場内の特別に区切られたエリアに展示されているPSPは、UMDドライブがあるハズの場所で、太い角形パイプにネジ留めされている。これは実際にソフトウェアが動作している開発用ハードウェアが壁の中に隠されているからだ。では、製品と同じカタチの開発用ハードウェアはいつできるのか?

 「もうすぐゲーム開発者向けにPSPの開発キットをリリースします。そこに携帯型のターゲットハードウェアが付属します」

-展示されているPSPの外観や操作感、また背後で動いている開発用基板のパフォーマンスなどは製品版と変わらないと考えていいのか?

 「質感やデザイン、パフォーマンスは製品レベルの品質がすでに出ています。ただしひとつだけ、液晶パネルに関しては、想定した品質に達していないため、発売までには改善したいと思います。現在の液晶パネルは特に視野角の点で満足していません」

 「パフォーマンスは発表会でのデモムービーを見て確認して頂くのがいいでしょう。デモムービーに一瞬だけ挿入されていた何枚かのカットは、E3直前にベンダーからいただいたターゲットハードウェア上でのスクリーンショットです。現時点で、すでに高いビジュアルクオリティが出ています」

-サスペンド/レジューム機能は装備されるのか?

 「現時点では決まっていません。サスペンド時にメモリスティックにステータス保存させるには、そこそこ長い時間がかかってしまいますし、起動時のステータス読み込みにもそれなりの時間がかかります。一方、OSのチューニングなどでブート時間短縮の可能性も現在詰めている段階で、サスペンド/レジュームが不要になるかもしれません」

-完全にメモリ内容やステータスを外部ストレージに保存するカタチではなく、ステータスだけを保存し、メモリ内容は低リフレッシュモードでバッテリ保持することもできるのでは?

 「サスペンド/レジューム機能が重要なことは認識していますが、OSやファームウェアのチューニングを行なっている最中で、バッテリへの負荷やサスペンド/レジューム時間、確実性なども含め、どの方法が良いのかを現在検討している途中のため、ハッキリとした答えを出せません」

-本体内のROMには、起動用のIPL、音楽プレーヤが入ることは予想できるが、それ以外のソフトウェアは含まれる可能性はないのだろうか?

 「ROMに何を入れるべきかは現時点では決まっていません。様々なソフトウェアの開発が並行して走っており、その中でベストな組み合わせを選ぶことになります」

-以前、茶谷氏とディスカッションをしたとき、携帯時に持ち歩きたい情報を整理し、それらの構造をXMLスキーマで定義。メモリスティックに別のデバイス(PCなど)からXMLデータベースを書き出すようにしておけば、PSP側にはシンプルなXMLデータブラウザを用意するだけでPIM情報などを含む様々なデータを活用できるのでは、と(僕の側から)提案したことがあった。18歳以上の大人がターゲットならば、そうしたエンタテイメント以外の情報を参照することが可能でも良いのでは?

 「PSPの1号機は携帯ゲーム機として良いものにしようと考えています。これにはそうした機能は含まれないかもしれません。しかし、PSPは1号機だけで終わるのではなく、かつてのPSやPS2がそうだったように、時代の変化に合わせて機能が追加されることはあるでしょう。将来はPDAになったり、携帯電話になったり、様々な形態のPSPが登場するかもしれません」

●UMD、コンテンツホルダーからの反応

PSPに採用される新メディア「UMD」

-PSPにおいて、新しい読み込み専用小型メディアのUMDを用い、映像や音楽の流通も目指すというSCEI。果たして、コンテンツベンダーはPSPでしか再生できない新メディアに興味を示しているのだろうか?

 PSPに採用されたUMDは、ゲーム機としてではなく映像や音楽を流通させる小型メディアとしても利用するという。UMDそのものは、PSPだけでなく幅広い機器で利用可能にするつもりとのことだが、新メディアとしての立ち上げ時には事実上PSP専用メディアとなる。

 今回の発表でも、パートナーはソニーグループの2社と、ゲーム業界におけるパートナーが賛同の意志を表しただけだ。映像や音楽の流通手段としてのUMDを疑問視する向きも少なくない。

 「映画スタジオや音楽レーベルからの反応は悪くありません。映画スタジオとのミーティングでもポジティブな意見が出ていますし、彼らが東京に来た時に向こうから我々のオフィスを訪ね、UMDに関して話し合う場面もありました。名前は明かせませんが、ソニー・ピクチャー・エンターテイメント以外の映画スタジオです」

 「また映像コンテンツは映画だけではありません。我々も想像していなかった分野からの問い合わせもあります。他の携帯機器にはない大きなカラー液晶と高性能のグラフィック機能があるからです。たとえばグラビア雑誌の出版社は、コンテンツを写真だけでなくビデオとしても持っている場合が多い。それらとPSPのグラフィック機能を組み合わせたコンテンツの可能性もあります。またグラビア誌の場合、印刷や製本のコストは光ディスクよりもずっと高い。製造原価という意味では、UMDの方が安くなります」

-なるほど、電子ブックなどの電子出版メディアの場合、それを見るためのビューアを普及させることが、ビジネスを拡大する上で非常に大きなハードルになっている。しかしゲーム機として多くのユーザーを獲得できることが、あらかじめ予測できるデバイスならば可能性はある、ということか。

 しかし2層光ディスクのUMDは裸ディスクのDVDとは異なり、キャディの分だけ高コストになってしまうように思えるが?

 「すでに装置としてこなれ、開発コストも償却できているDVDと現時点で比較することはできません。しかし、キャディのコストはそれほど高いものではありません。光ディスクそのものの製造コストはUMDの方が安くなります」

-2層光ディスクの作り方は、ディスク直径が変わっても変化しないのではないか。工程に大きな違いが無ければ、部材費程度の差となり1枚あたりのコストはさほど変化しない。たとえばDVD9(DVD2層の8.5GB)は、0.6mm基板のそれぞれ反射層を作り、貼り合わせることで製造される。これはUMDでも同じではないのか。

 「DVDと同じではありません。小さい分だけ安くなるようになっています。キャディを含むトータルコストで、DVD9とほぼ同じと考えてかまいません。また保護層が0.6mmとも案内はしていませんよね。UMDの物理仕様に関しては、今のところ公開していません」

ゲーム以外にもUMDを活用したさまざまな用途が計画されている

【注記】いったんインタビューから離れて、ここでは推測を述べておきたい。

 0.6mm基板を2枚貼り合わせて……と質問したのは、DVDが1.2mm厚のディスクをそのように作っているからだ。2枚別々に作って貼るだけで良いため、2層ディスクを作りやすい。しかし、茶谷氏の話によればDVD9とは異なる保護層を持つのかもしれない。たとえば0.6mm程度のディスク基板に2層の反射層を作り、貼り合わせることなくディスクを作っているなどの可能性もある。

 ちなみにDVD9の1枚あたりのコストは、レーベル面のプリントを含めて60~70セントほど。UMDのコストもこれと同じ程度になる見込みというわけだ。ならば、あとはSCEIがコンテンツホルダーに提示できるビジネスプラン次第ということになろう。

 UMDで映像コンテンツの流通を活性化させるには、コンテンツホルダーにPSPで再生させることのメリットを伝えなければならない。たとえばUMDの映画を1本買った人が、DVDを買わなくなるようならば、UMDの価格がDVDよりも低くなることはない。しかし、UMDがDVDとは全く別の市場を形成し、DVDを買わない人も買うようになるか、DVDに加えて携帯用にUMDを購入するといった筋書きを描く必要がある。

 もっとも、UMDの映像、音楽ビジネスの詳細が語られていない現時点において、これ以上の議論は無意味だろう。

-UMDの容量は1.8GB。1層DVDの約1/3の容量だが、UMD映像コンテンツの解像度とビットレートはどれぐらいになるのか。

 「解像度に関しては現在検討中です。UMDはPSP専用ではないため、液晶解像度と同じになっているわけではありません。基本的にはSD(640×480ピクセル)に準じますが、完全に同じではないかもしれません。ビットレートは2Mbpsで約2時間の記録が可能です。その品質に関しては、会場でのデモを参考にしてください」

●未発表のPSP専用ソフトも開発進行中

-発表されたPSP用ゲームタイトルを見て気になるのは、すでにPS/PS2でお馴染みになっている名前が多いことだ。単なるリメイクなのか、同じ世界観やシステムを用いた別バージョンなのかはともかく、テレビの前に縛られず、無線LANによるネットワークにも対応した携帯ゲームになっても、同じ顔ばかりというのでは、単に外に持ち出せるPS2だ。

 「パートナーから名前の公開を許されたものだけを発表時にリストアップしました。したがって、公開されていないものも多数有ります。全くの新作の場合、ベンダーは発表を控えたいと考えますから、よく知られた名前ばかりが並ぶのは現時点ではしかたがありません」

 「しかしPSP専用に作られた携帯ゲーム機という新しいフォームファクタを活かしたタイトルも開発されていますよ。それらは現時点では名前を公表できません。発売までに楽しみにしておいてください」

-18歳以上35歳までの男性を第一ターゲットにした製品とのことだが、これまで携帯ゲーム機は(一部のユーザーを除き)子供のものだった。

 「発表会で挙げたターゲットユーザー層は、あくまでも米国市場における想定ユーザーに過ぎません。日本の場合、女性ユーザーの比率が米国よりも高いですから、女性もターゲットに入ってくるでしょう。ユーザー層も、米国より日本の方がずっと幅広い」

 「ただしユーザー層がどうなるかは、最終的にはコンテンツ次第です。低年齢層が楽しめるコンテンツが多ければ、低年齢のユーザー層が厚くなるでしょうし、その逆もまた真でしょう」

-火曜日に任天堂の岩田社長は“馬力”じゃなくて、遊びの幅を広げる時代"といった趣旨の発言をし、次世代機ではグラフィックのパワー競争ではなく、新しい遊びのディメンジョンを広げる必要性を説いた。

 「昔、初代PSを発売した'95年頃に、やはり同じような議論がありました。3Dになることが重要ではなく、3Dになるからといって楽しいゲームはできない。しかし現在、3Dグラフィック機能はゲーム機にとって必須の要素になています」

 「一方、遊び方がゲームを楽しくする上で重要だという指摘は当然でしょう。しかし、ゲーム開発者が考え出す“新しい遊び”を作るためには、性能面での余裕がなければなりません。我々はPSPに無線LANを搭載し、データ量を減らすために頂点補間の機能を持つ新しいグラフィック機能を実装。さらにメモリも32MBを搭載しました」

 「新しい遊びを作るためには、新しい要素とともに、アイディアに見合うパフォーマンスも必要です」

CELLベースのシステム開発状況

-E3 2004における発表会では茶谷CTOが、CEllベースのワークステーションについて発表を行なった。IBMとSCEIが共同開発するCEllベースの映像クリエイター向けワークステーションをIBMが提供し、映画とゲームの映像クリエイションを同一プラットフォームで行なえるようにする。これに加えてCellベースの次世代ゲーム機と、次世代ゲームコンテンツの開発ワークステーションをSCEIが提供する。

 「現時点で話せるのは発表会での内容だけですが、もう少し加えるとするならば、CELLベースの製品における焦点は非常に強力な浮動小数点演算性能にあります。コンテンツプレーヤーとなるCELLベースの次世代機が非常に強力になるということは、制作者もより以上に強力なワークステーションを必要とするということです。今後さらに高品質の映像が求められるようになるわけで、そうした環境に対応できる膨大な演算能力が必要になるわけです」

-CELLはいわばネットワークで結ばれるマルチコアプロセッサとも言える高いネットワーク透過性が特徴のひとつになっている。分散処理を実現するためのOSは、どのような開発状況なのだろう。また、それはMachなど既存の分散OSをベースにしたものなのか?

 「分散処理部分はかなり出来上がっていますが、まだ公表はできません。ただ、何らかの分散処理技術を基礎にして開発したものではあります」

-CELLワークステーションは、複数のCELLワークステーションを結んで分散処理プログラミングを行なえるソフトウェアインフラを備えたものになるのか?

 「現時点では何とも言えませんが、そうした環境を開発者に提供したいとは考えています」

-CELLベースの次世代機向けソフトウェア開発フレームワークは、開発者にはすでに説明している段階なのか?

 「まだ開発者に対してフレームワークの説明はしていません。しかし、社内的には基本的な方針や骨子は決まっています。また一部のベンダーとは、意見交換の形で開発フレームワークの方向性について話し合ってはいます。基本的にはPS2での反省もあり、ライブラリによる、より手厚いサポートを行ないます。これはPSPも同じです」

-次世代PSはシングルプロセッサで、当面の間はシングルプロセッサをターゲットにしたゲームタイトルばかりだと考えられる。次世代機向けソフトウェア開発フレームワークを用いて開発を行なえば、将来的にライブラリ側の実装によって透過的に分散処理に対応可能になるのか?

 「そうならなければならないでしょう。OSやライブラリ側で、分散処理に関して管理を行ないますから、フレームワークにしたがって構築されたソフトウェアならば、トランスペアレントに分散処理の恩恵を受けることができるようになります」

-CELLがネットワークを通じて繋がるというコンセプトは、いつごろ“リアル”なものになると考えているのか。

 「たとえば初代PSは、すでに世界中に1億台が普及しています。次世代機が1億台普及する頃には、インターネットを通じてCELLが繋がる環境が整っていると思います。また、CELLを用いたデジタル家電なども家庭にに存在するでしょう。CELL搭載の製品が増えてくれば、CELLの特徴を活かしたソフトウェアも作りやすくなります」

□E3のホームページ
http://www.e3expo.com/
□関連記事
□プレイステーションのホームページ
http://www.playstation.jp/
□ニュースリリース
http://www.playstation.jp/news/pr_040512_psp.html
http://www.playstation.jp/news/pr_040512_pspsoft.html
□関連記事
【5月13日】【本田】PSPの全く新しい取り組み
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0513/mobile244.htm
【5月11日】プレイステーション・ポータブル(PSP)がついに公開!(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20040512/psp1.htm

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(2004年5月17日)

[Text by 本田雅一]


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