キヤノンPowerShot S1 IS (以下S1)は320万画素CCDに手ぶれ補正機構付き光学10倍ズームを備えた、普及クラスの高倍率デジカメだ。 他のメーカーは早くから積極的に高倍率デジカメをラインナップしてきたのに対し、なぜかキヤノンはこの分野に関してはあまり積極的ではなく、これまで唯一発売した高倍率機は2001年のPowerShot Pro90 ISだけだった。 ところが、今年の春にはS1と共に800万画素+光学7倍ズームを搭載したPowerShot Pro1を発売し、ついに高倍率デジカメにも本腰を入れ始めたという感じだ。高倍率デジカメというのは以前からかなり人気の高い分野なのに、なんでキヤノンが出さないのかいつも不思議に思っていたのだが、それだけ秘策を練っていたということなのだろうか? じっくりと検証してみよう。 ●曲線主体のバイオデザイン まずはデザインである。ごらんのとおり、曲線を多用した個性的な外観となっている。個性的ということはそれだけ好き嫌いが分かれるということでもあるが、筆者的には結構気に入った。細部のディテールまで凝っているし、パッと見たときのインパクトもそこそこある。 '90年にキヤノンが発売した銀塩一眼レフのT-90は、曲線を多用したデザインで高名な工業デザイナー、ルイジ・コラーニがデザインに大きく関わっていたことで有名だが、このS1もコラーニ風のバイオデザインと言えなくもない。カラーリングはシルバーのみだが、このスタイリングにはなかなかよくマッチングしていると思う。 外装素材は強化プラスチックなので、質感はそれなり。IXYシリーズのようなメタルボディならではの高級感は望むべくもないが、Kiss Digital並の質感は備えている。重さは370gで、400万画素以下の10倍ズーム搭載機としては重い方になるけれど、手ぶれ補正機構やフリーアングル液晶モニタを備えていることを考えると充分納得できる範囲だ。ポケットに入れるのはムリがあるにしても、1日中首や肩から提げて歩いても負担になることはない。 上の写真ではレンズを繰り出した状態なので大きく見えるが、レンズを沈胴させればグリップ部より少し出っ張る程度まで引っ込むため、薄型のバッグにもそれほど無理なく収納できる。 ●ちょっと気になる電源スイッチ ホールド感はとっても良好だ。S1の兄貴分となるPowerShot Pro1はグリップの長さが短くて右手の小指が遊んでしまったが、S1では小指までしっかりとグリップに掛けることができる。 スイッチ類の配置だが、シャッターボタンやズームレバーは大きく、位置的にも問題はない。ただ、電源スイッチは最後まで慣れることができなかった。S1の電源スイッチはPowerShot Gシリーズでおなじみのセルフリターン式のレバースイッチで、ロックボタンを押しながらでないと動かないため、不用意に電源が入ってしまわないのはイイ。が、電源を入れるときはレバー操作なのに、切るときがプッシュボタンというのがどうにも馴染めないのだ。この電源スイッチがPowerShot Gシリーズに初めて搭載された時はその斬新さに「ナイス!」と思ったものだが、実際に長期間使うと、それほど使いやすくはない。 この他スイッチ類で気になったのは、測光モード切替ボタンの位置だ。S1の操作ボタン類は下の写真の通り立体的な配置で、全体的な操作感はなかなか良好なのだが、測光モード切替ボタンが右手親指に当たりやすい位置にあるため、不用意に押してしまいやすい。このボタンは押すとダイレクトにモードが変更されるため、十分注意が必要だ。事実、試用期間中にも測光モードが知らないうちに切り替わっていることがあった。 ここで考えてみたいのは測光モードの切り替えに専用スイッチを割り振る必要があるのか? いや、もっとハッキリと言うと、このクラスのデジカメでスポット測光を駆使している人がどれほどいるのかということだ。ましてや評価測光と中央部重点平均測光を頻繁に使い分けている人など、ほとんどいないのではないだろうか。使用頻度を考えると、測光切り替えはメニューからの設定でも十分だと思う。
●長時間記録が可能な動画モード この他の操作系はほとんど不満はなかった。最近では横長の扁平形状のボタンを採用するデジカメもよく見かけるけれど、S1ではプッシュボタンはすべて丸形。横長ボタンでは指の方向によっては押しにくいこともあるのに対し、丸形ならどの方向からも押しやすいという利点がある。 おやっ? と思ったのはEVFの横にある大きなボタンだ。最初何か分からなかったのでマニュアルを見たら、動画モード用の撮影開始ボタンだった。確かにビデオカメラでは右手の親指でスタートボタンを押すタイプが多いが、それと同じ雰囲気である。 動画はもっとも高画質設定の時に640×480ピクセル、30fpsで記録でき、最長記録可能時間は約1時間、最大記録可能容量は1GBまでとなっている。ズーミングモーターにほとんど動作音のないUSM(ウルトラソニックモーター)が使われているため、動画撮影中でも光学ズームを作動させることができる上、動画モードでも手ぶれ補正機構が働くのはうれしい。
●頻繁に使う項目をFUNC.に集中させたメニュー操作 次にメニュー操作だが、これに関してはIXYを初めとする他のキヤノン製コンパクトデジカメとそれほど変わることはない。露出補正やホワイトバランスなど、使用頻度の高い項目についてはメニューではなく、FUNC.ボタンを押すことでクイックに呼び出せる点も同じで、これは慣れると使いやすい。このFUNC.ボタンのおかげで、メニューを呼び出す頻度はかなり低くなっている点もいい。また、メニューはタグで切り換えられる一般的な方式で、階層も浅いため、デジカメが初めての人でも操作中に迷子になることはまずないだろう。
●このクラスでは貴重なフリーアングル液晶モニタ 液晶モニタは1.5型と小さめだが、このクラスでは珍しくフリーアングル式になっていて、ローアングルやハイアングル撮影も行ないやすい。花などをよく撮影する人にとっては、ローアングルで使いやすいこの液晶モニタはうれしい装備であろう。液晶の画素数はEVF、液晶モニタ共に約11.4万画素で、視野率も両方100%となっている。 EVF、液晶モニタ共に表示品質はキヤノンにしてはあまり良くなく、輝度差の大きい条件では妙に白けて見える。このため、実際に撮影されている画像は適正でも露出オーバーに見えてしまうのは残念だ。あと、EVFと液晶モニタで色味の差があるのも気になる。最近の800万画素デジカメにこぞって採用されている23万画素EVFなどに比べて、見え方が荒いのは価格的に仕方がないと思うが、せめて露出が正確に把握できるようにしてほしい。
●入手の容易な単3電池で駆動可能だが 電源は基本的に単3電池4本だ。アルカリ一次電池の他ニッケル水素充電池ももちろん使える。最近は強力なリチウムイオン充電池を採用した機種が多いので、単3電池駆動というのは少し不安を感じたが、案の定、アルカリ電池ではそれほど保たない印象を受けた。特に寒い日にストロボ撮影を行なうと、すぐに残量警告マークが点灯する。アルカリはあくまでも緊急用とし、通常は別売のニッケル水素充電池を使った方が良さそうだ。 撮影枚数はメーカー公称値でアルカリ電池は約120枚、ニッケル水素が約550枚(共にEVF使用時)となっているので、ニッケル水素なら不満を感じないだろう。アルカリでは内蔵ストロボのチャージもやや遅めだ。 単3電池はどこでも入手できるのが大きなメリットだが、欲を言えば、単3リチウムのFR6やパックリチウムのCR-V3なども使えると、一次電池による長時間駆動が可能になり、さらに良かったのだが。 ●テレコンで608mm相当の超望遠撮影も可能
S1のレンズは実焦点距離が5.8~58mm、35mm判換算では38~380mmとなる光学10倍ズームだ。先にも書いたとおり、手ぶれ補正機構が内蔵されており、シャッター速度2~3段分の補正効果が得られる。手ぶれ補正機構については今さら言うまでもないが、確実に撮影の可能性を広げてくれる。特にS1のような高倍率機ではなくてはならない機能だと思うのだが、300~400万画素機で手ぶれ補正機構を搭載しているのはパナソニックのDMC-FZ10と本機だけである。 歪曲収差は下の写真の通りで、ワイド側では多少タル型の収差が見られるが、望遠側ではかなりよく補正されている。 なお、今回は使用しなかったが、オプションで0.7倍のワイコンと1.6倍のテレコンが用意されている。ワイコンを付けると35mm判換算で26.6mm相当、テレコンを付けると同608mm相当の超望遠撮影も可能になる。また、これらのワイコン/テレコンを取り付けるためにはレンズアダプターが必要だが、こちらはフードとセットで販売されており、比較的安価。フードを取り付けておくと、沈胴レンズを繰り出したときでも鏡胴を何かにぶつけたりしなくてすむため、S1オーナーは是非手に入れておきたい。 ●ややかったるい起動速度
電源スイッチを入れてからEVFが点灯して撮影スタンバイになるまで、手動計測で約3.3秒ほどかかった。さらにAFが作動してシャッターが切れるまでの時間をプラスすると、電源を入れてから最初の1枚目を撮影するまで最短でも約5.5秒ほどかかった。これは最近のデジカメとしてはあまりほめられた数字とは言えない。 あと、電源を入れたときにパワーランプが点灯するまで少し間があるので、オンになっていないのかと思ってもう一度操作しそうになるのも気になるところだ。 ●よく当たるAWB 【滑り台】 さて、いよいよ実写である。まずは公園のロケット型滑り台を同じ位置からワイドとテレで撮り比べた下の写真を見て欲しい。さすがに10倍ズームだけあって、これだけ画角が違う。両方ともAWBだが、晴天時の順光撮影ということもあり、色味に不満はまったくない。コンパクト機としては彩度も適当な高さだ。 【屋外ポートレート】 次は屋外ポートレート。逆光でレフ使用というありがちなシチュエーションだが、露出も適切で色味に関する不満はない。ホワイトバランスはオートと太陽光モードで撮り比べて見たけれど、差はわずか。正確さでは太陽光だが、記憶色に近いのはAWBの方だろう。
【屋内ポートレート】 屋外では非常に成績の良かったAWBだが、ミックス光下ではどうなるだろうかというわけで撮ったのがこれ。さすがにこの条件ではオートは少し青く、やや違和感を感じる。隣は白い紙を使ったマニュアルホワイトバランスで、やはりこちらの方が好ましい。
【ストロボ撮影と夜景】 ストロボ撮影の調光精度を確認してみたが、このようなシチュエーションでは問題なく、正確に調光した。前回のパナソニックLC1に比べると、籐のイスの色味がかなり異なる。S1のストロボ撮影はかなり演色傾向を強く感じる。 夜景でもノイズは非常に少ない。露出補正はあえて行なっていないが、個人的な感覚ではやや露出アンダーに見える。意外といっては失礼だが、このクラスのレンズとしてはフレアが少なく、よく締まった描写である。
【マニュアルホワイトバランス】
白い紙を使ったマニュアルホワイトバランスだが、かなり黄色みが残り、完全に追従しきれなかったようだ。同条件で撮影した前回のパナソニックLC1の画像と比べると違いがよく分かる。 【ノイズ】 ISO感度を上げたときのノイズの出方を実験してみた。当然ながらISO50の時がもっともノイズは少ない。ISO100までならそれほどノイズを意識しないですむが、ISO200以上ではかなりノイジー。ただ、これはS1が特に悪いというわけではなく、このクラスとしては標準的なノイズ量といえる。
【作例】 ●ライバルはFZ10 他メーカーの300~400万画素クラスで10倍以上の光学ズームを備えた機種としては、オリンパスのCAMEDIA C-770 Ultra Zoom、同C-760 Ultra Zoom、京セラのFinecam M400R、同M410R、コニカミノルタのDiMAGE Z2、パナソニックのLUMIX DMC-FZ10などがある。 この原稿を書いている時点での実売価格を見ると、S1は300万画素機としてはやや高く、400万画素のC-770やZ2と同じ価格で売られているようだ。ただ、ライバルたちにはない手ぶれ補正機構やフリーアングル液晶モニタなどを備えていることを考えると、むしろ割安にも思える。ネガティブなことも書いたが、弱点の数はむしろライバルたちより少なく、このクラスをリードする機種であることは間違いない。個人的にもしこのレンジから選ぶとすれば、FZ10とS1のどちらにするか大いに悩むだろう。
□キヤノンのホームページ ■注意■
(2004年4月6日) [Reported by 河田一規 / モデル 岸 真弓]
【PC Watchホームページ】
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