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次期ゲーム機のカギを握るのはOSとネットワーク




●XboxのキーパースンJ Allard氏

J Allard氏

 それは昨年5月のElectronic Entertainment Expo (E3)のXboxイベントでのことだった。Microsoftはゲーム業界関係者&報道陣を集めたこのイベントを、DJによるミュージックミキシングライブで始めた。ひとしきりパフォーマンスが行なわれたあと、ステージにはストリートファッションで決め、顔を隠したDJがただ一人残された。意味深な演出。そして、DJがおもむろに顔を隠す目深なキャップを取ると現れたのは、MicrosoftのJ Allard(ジェイ・アラード)氏(Corporate Vice President、Xbox)だった。

 パっと見ただけでは、ちょっと年配のストリート野郎にしか見えないAllard氏。だが、この人物こそ、MicrosoftのXbox部門のもっとも重要な幹部の1人だ。

 その日、ステージには当時のXboxの3幹部であるAllard氏、Robbie Bach氏(Senior Vice President)、Ed Fries氏(Corporate Vice President、Games Publishing、今年1月に辞職)が勢揃いした。この3人の中で、Allard氏が管轄するのは、Xboxのハードウェア、OS、オンラインなどのプラットフォーム戦略。そして、その中には、現在のXboxだけでなく、次世代機も含まれる。つまり、次期Xboxについても、Allard氏がキーパーソンであることは間違いがない。

 もっとも、Allard氏は、じつはXbox前からMicrosoftのキーパーソンの1人だった。それは、8年前にMicrosoftを大きく方向転換させたことがあるからだ。

 当時、Windows 95を発表した直後のMicrosoftは、インターネットの荒波にさらされていた。Microsoftはインターネット戦略では大きく出遅れており、ネットが爆発的に成長を始めたら取り残されると言われていた。実際、世間の話題はインターネットやその上で成功を収めつつあったNetscapeなどに集中しており、Microsoftを取り巻くムードは緊迫していた。

 しかし、Microsoftは、'95年12月に劇的なインターネット宣言を行ない、全社の製品と態勢をインターネットに向けて組み直すことを発表。その結果、Microsoftは踏みとどまり、インターネットの波に押しつぶされることなくここまでやって来ることができた。そして、Allard氏は、そのMicrosoftの劇的な転換の原動力のひとつだった。

 Allard氏は、'93年に「Windows: the Next Killer Application for the Internet」と題したレポートを書いた。インターネットはMicrosoftにとってチャンスであり、またインターネットを取り込まないとMicrosoftは危機に陥るという内容のものだったと言われる。このメモが社内を駆けめぐり、最終的なMicrosoftの方向性を決定づける重要な資料になったと言われる。


●Allard氏がXboxに加わった意味

 もともとAllard氏は、Microsoft内のネットワークの専門家で、WindowsへのTCP/IPスタックの実装などを担当し、Windows NTのネットワークチームにも加わっていた。IISもAllard氏のプロジェクトだ。同氏の存在が表に出始めたのは'96年春のProfessional Developers Conference (PDC)からで、この時、Allard氏はChris Jones氏(現在はCorporate Vice President, Windows Core Operating System Program Management, Longhornの開発を指揮する)の次にキーノートスピーチまで行なっている。

 そして、Microsoftをインターネット戦略に転換させた立役者のひとりAllard氏が、次の大仕事として選んだのがXboxだったというわけだ。

 Xboxは、もともと、Microsoftのなかでは傍流(OS/言語系ではないという意味)のDirectXチームのSeamus Blackley氏(元Xbox Technology Officer)らがスタートさせたプロジェクトだった。しかし、計画が本格化するにつれて様々なチームから人が集まってきた。Allard氏もそうで、最初に同氏の名前をXboxに見つけた時はかなり驚いた。そして、Allard氏はXboxプラットフォームを担当するようになり、Blackley氏が去った後は、ますますその重要度を増していった。

 Allard氏の元々の専門はゴリゴリのネットワークで、フィロソフィ的にはインターネット信奉者。それを考えると、過剰に思えるネットワークプラットフォームを整えた「Xbox Live」の登場も当然に思える。そして、Allard氏の歴史を考えると、Xbox Liveはまだ単なるスタート地点に過ぎないはずだ。もっと大きな仕掛けがこの先も待っているだろう。それは、次のXboxのOSとネットワークになるはずだ。

●PlayStation 3でもOSが重要に

 次世代ゲーム機は、ハードだけでなくOSとネットワークが重要なカギとなる。それはXboxに限らず、ゲーム機の大きな流れになるだろう。つまり、今後のゲーム機では、これまでよりも、OSとネットワークの占める位置ははるかに重要なものになる。そう考える理由はいくつかある。

(1)ゲーム機の機能が複雑化するためリッチなOSが必要となる。
(2)ネットワーク接続とその上でのリッチなサービスが“ほぼ”必須となる。
(3)ハードウェアのパフォーマンスが上がるため、ソフトウェアレイヤで抽象化しても性能が出しやすい。
(4)分散コンピューティングなど新しいテクノロジ要素が入ってくる。

 こうした傾向は、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)のPlayStation 3で顕著だ。ネットワーク上での分散処理をゴールとするPlayStation 3は、OSをIBMと共同で開発していると言われる。このOSは、もともとSCEIの岡本伸一元コーポレート・エグゼクティブ兼CTO(退任)が担当していた。岡本氏は、OSの開発にある程度のメドを立てて辞職したと言われる。

 SCEIの特許申請を読むと、PlayStation 3に搭載されるCellプロセッサは、オブジェクト指向プログラミングと分散コンピューティングを前提として作られているように見える。Cellプロセッサで実行されるのは、ソフトウェアCellと呼ばれるソフトウェアオブジェクト。ソフトウェアCellには、そのオブジェクトのグローバルなユニークIDや、実行に必要なサブプロセッサやメモリサイズが格納される。つまり、きっちり規定された粒度の比較的小さなオブジェクトを実行することを前提としているわけだ。一見すると、ハードウェアアシステッドオブジェクト指向とでも呼ぶべきアーキテクチャだ。

 もっとも、Cellプロセッサ自体はソフトウェアセル構造のオブジェクトでなければ実行できないわけではない。ソフトウェアCellは、言ってみれば“Cellアーキテクチャ上でのプログラミングの作法”とでも呼ぶべきものだという。つまり、ソフトウェアCellではない(=オブジェクト指向ではない)プログラムも、Cellの上で走らせることができるらしい。

 しかし、Cellコンピューティング(SCEIの構想での分散コンピューティング)の理念のベースはソフトウェアCellにある。そのため、PlayStation 3のOSは、当然粒度の小さなオブジェクトで構成された、オブジェクト指向色の強いOSになると推定される。また、PlayStation 3が次のステップに進みネットワーク上でのCellコンピューティングへと進むと、ソフトウェアCellにさらにルーティング情報、つまりグローバルIDや伝送元のCellと受取り先のCellのアドレス情報などを加える必要がある。当然、ソフトウェアCellをハンドルして、情報部分を生成するソフトウェアレイヤが必要になる。

 つまり、ちょっと考えただけでも、PlayStation 3には、かなり複雑なOS/ソフトウェアレイヤーが必要になることがわかる。PlayStation 2の時のように、ハダカに近い状態で、アプリケーションにハードを叩かせるといったことは不可能だろう。

●Xboxの次のポイントはOS/ネットワーク

 MicrosoftのXboxも、現世代はハードが注目を集めた。XboxのコンセプトはPCアーキテクチャを最大限に利用することで、PCを継承したハードウェアに、Windows 2000カーネルのストリップダウン版をOSとして載せ、薄いレイヤーのDirectXを重ねた。つまり、PCアーキテクチャのゲーム機化だった。そのため、ソフトウェアアーキテクチャはそれほど注目を集めなかった。既知の世界だったからだ。

 しかし、次期Xboxはハードだけでなく、今回はOS/ネットワークがカギになると思われる。それは、次期OSはPC OSのストリップダウン版ではなく、また、現在リーダシップを取っているのがAllard氏だからだ。

 次期XboxのCPUについては、以前に間違えた推測をレポートした。しかし、CPUについては報道の通り。そうすると、今回のOSは基本的にフロムスクラッチで開発されている可能性が高い。

 だとすると、それは、Microsoftにとって、全く新しいOSということになる。それも、何の制約もなしにゼロから開発された新OS。ソフトウェア資産やハードウェア資産に縛られることなく、決め打ちのハードと新しいソフトのためだけに作られたOSだ。そうしたOSは、Windowsとは異なり自由に設計することができる。より斬新なアイデアを織り込むことも容易だ。ゲーム機の場合、過去の資産の継承性が失われても、致命的な問題ではない。それで得られるものを考えれば、継承性を犠牲にして新アーキテクチャへ向かうのは悪い取引ではない。

 インターネット戦略時代のAllard氏のフィロソフィは、インターネットのオープン性を取り込むことだった。IIS開発をスタートさせたことでもわかるとおり、アプリケーションプラットフォームとしてネットワークを利用することにAllard氏は関心を持っていた。元来のインターネット専門家であるAllard氏の理念がXboxに来たからといってそれほど変わるとは思えない。また、Allard氏はWindows NTの開発チームに所属していた。とすれば、次期Xbox開発にも、旧Windows NTチームのネットワーク関係の人材が集まっていると推定するのが自然だ。

 そうした要素を考慮すると、次期XboxのOSは、ネットワークアウエアOSになると推定される。例えば、クライアントBOXが、ネットワークバックエンドと何らかの形で連携するアーキテクチャを取る可能性は高い。もちろん、その場合にはネットワークがほぼ必須ということになる。いずれにせよ、Microsoftは、次期Xbox OSでは様々な革新を試すチャンスがある。

●OSでも斬新な革新が可能になるゲーム機

 ゲーム機のイノベーションが速いのは、PCのようにレガシー(旧来の)なソフトウェア資産に縛られないからだ。だから、ハードウェアで思い切った冒険ができる。PlayStation 3のように、従来のコンピューティングパラダイムを崩そうとする斬新なハードの試みも可能になる。

 そして、同じことは、実はソフトウェア/OSについても当てはまる。ゲーム機にはPCのOSのように、レガシーを引きずり、ゆっくりと進化させなければならないといった制約はない。だから、斬新なハードアーキテクチャを試みるだけでなく、斬新なソフトウェアアーキテクチャを試すこともできる。

 しかし、これまでのゲーム機は、ハードを刷新しても、ソフトではそれほど革新を行なってこなかった。非常に基本的なI/Oとライブラリを提供する程度の場合が多かった。それは、ゲームタイトルは、ハードを最大限活かすために直接ハードを叩くものという、潮流があったからだ。

 もちろん、今後もそうした部分は残るだろう。しかし、ゲーム機の複雑化とネットワーク化によって、流れは変わりつつある。つまり、OSとネットワークが重要なカギとなりつつある。おそらく、次のゲーム機では、そこが最大の革新の要素になってくるだろう。

 今週、サンノゼで開催されるGDC(Game Developers Conference)では、Allard氏らXbox幹部によるキーノートスピーチが行なわれる。水曜日(日本木曜)のこのスピーチで何が出てくるのか、それがポイントとなる。


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【2003年9月11日】【海外】Xbox2は“小さくクールで低コスト”がテーマ
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【2003年11月4日】Microsoft、次期XboxにIBMのプロセッサ技術を採用
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【2003年11月4日】Microsoft、XboxのチップセットでSiSと提携
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【2003年8月18日】Microsoft、次世代Xbox開発でATIと提携
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【2003年9月12日】【海外】最終形態では光ファイバでCell同士を接続
~ソニーのCellコンピューティング構想
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0912/kaigai021.htm

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(2004年3月23日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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