前回の原稿を編集部に送った直後の2月3日、1つのニュースが飛び込んできた。NECが世界最小クラスの携帯電話端末を中国で売るというアレである。国内での販売予定が「今後検討する」という域を出ないのは、前回触れたわが国の携帯電話事業の問題点と無関係ではないハズだ。端末の販売価格を電話事業者ではなく端末ベンダが、端末の機能や性能に見合ったものに設定できるようにならなければ、結局ユーザーの選択肢も狭められてしまうと、改めて痛感した。 実はこの2月3日というのはなかなか忙しい日で、Intelも待望久しい? Prescottの発表を行なった。そしてソニーは、これまた待望されていた新しいCLIEの発表を行なっている。この発表が待望されていたのは、すでにどんなモデルが登場するのか、米国FCCの認可情報からバレていたからだ。英文マニュアルのPDFまで事前にダウンロード可能になっていたのだから、情報管理にもう少し気を使って欲しいものだと思う。 それはともかく、新しく発表されたCLIE(PEG-TJ37とPEG-TH55)はなかなか魅力的な製品となっている。特に上位モデルであるPEG-TH55(以下TH55と略)には興味がそそられた。今回、このTH55を発売前に試用する機会があったので、ここで紹介する。 ●デザインが一新されたPEG-TH55 まずは外観だが、プレーンなスレート(タブレット)型の筐体を採用する。大きさ的には、本機と型番の類似性を持つPEG-TG50に近い(Gの次はH、50番台の型番)が、キーボードを内蔵していないため、後継機という感じではない。 キーボードを省略する代わりにハイカラー液晶ディスプレイがワイドタイプ(320×480ドット)になっている。キーボードを搭載しなかった点については賛否両論あると思うが、キーボードが必要なユーザーもいれば、必要でないユーザー(筆者も含む)もいるということ。どちらが良いというのではなく、両タイプをラインナップする必要がある、ということだろう。 筐体は、上面フレームはアルミニウム製だが、ボディの下側は樹脂製となっている。ただ、マット塗装(標準の黒のほか、限定色の赤もある)のせいもあって質感は高く、安っぽい感じはしない。
組み込みのカバーは透明のアクリル製で、カバーをしたまま表示を読み取れるのが1つの特徴でもある。カバーは角度的に160度くらいまで開くが、360度完全に折り返して本体といっしょに握れるようにはならない。また、取り外すことは不可能ではないが、デザインとしてつけたまま利用することを前提にしているようだ。 本体下部には4つのハードウェアボタンがあり、左から3つのボタンのうち最初の2つには初期状態で予定表、手書きメモが割り当てられている。3番目のボタンは、CLIEオーガナイザーボタンとされており、CLIEオーガナイザー(後述)のタブ間を移動するといった使い方になっている(以上3つのボタンの割り当ては変更可)。 右端のボタンだけ機能がちょっと変わっており、その時選択している文字列を利用して、新しいデータを作成したり、既存のデータの中から合致するものを検索したり、といったことを行なう「データ活用」ボタンとなっている。 たとえば、電子メールでURLが送られてきたら、そのURLの部分をスタイラスで選択してからデータ活用ボタンを押す。表示されるメニューの中からブラウザで開くを選ぶと、選択したURLが内蔵のブラウザ(NetFront v3.1 for CLIE)に転送される、といった具合だ。同様の手順で新規の予定やアドレス、メモなどを作成したり、検索ができる。使いこなせると便利そうだ。 一方、ソニーの代名詞とでもいうべきジョグダイヤルは、本体の背面に移動した。本体を左手で握って、人差し指で扱う配置だ。ジョグダイヤルのすぐ下には内蔵31万画素カメラ(静止画撮影のみで、動画撮影不可)があるが、普段はレンズバリアが閉じられており、指でレンズを汚す心配はない。内蔵カメラは液晶ディスプレイをファインダに見立てると、デジタルカメラライクなポジションで構えることができるし、カメラを内蔵したことで本体が大きくなってしまった、という感じ(邪魔な感じ)がしないのが良い。 ジョグダイヤルの左右には右ボタンと左ボタンが配されているが、すべてのアプリケーションで利用できるとは限らないのが残念なところ。TJシリーズでは省略されてしまったバックボタンもTH55には用意されており(レンズの左上)、片手で操作するという観点からすると、センタージョグのTJシリーズに比べ格段に扱いやすい。 これ以外の操作スイッチ類は、本体の左側面に集中配置された。上から順にヘッドフォンジャック(標準の3.5mm径、リモコンのサポートはなし)、内蔵カメラのシャッター、レンズバリアの開閉スイッチ、メモリースティックスロット、電源スイッチ、ボイスレコーダースイッチである。メモリースティックスロットはフタでカバーされるタイプになったため、スロットから飛び出るタイプのメモリースティックは使いにくかろうと思ったが、カメラモジュール、GPSモジュール、Bluetoothモジュールなど、スロットに収まりきれないようなオプションはすべてサポート対象外となっており、余計な心配だったようだ。 ●価格は4万円弱だがコストパフォーマンスは良好 本機のもう1つの特徴は、無線LAN(802.11b)機能の内蔵だが、逆に言えばこれ以外の通信手段となると、モバイルコミュニケーションアダプタと接続ケーブルを用いた携帯電話との接続しかないことになる。ソニーによるTH55の位置づけは、電子手帳であるTJシリーズの上位モデルということで、通信機能については重視されていないようだ。実売価格も新製品時で4万円弱と、CLIEシリーズとしては中堅とでもいうべき価格帯である。通信機能を重視するユーザーには、おそらく他の通信オプションを備えた別のモデル(たぶんハイエンドモデル)が用意されるのではないだろうか。 通信機能は、世界各国、地域によって法規制も市場動向も異なるのが厄介だ。PDAのようなハンドヘルドデバイスとWAN間の接続方式は、前回も少し触れたように米国でスマートフォンがシェアを伸ばす一方で、ヨーロッパではBluetoothでPDAと携帯を接続する方式がポピュラーになりつつある。それに対してわが国では、CFカードタイプのPHSデータ通信カードを用いるのが主流となるなど一様ではない。わが国の通信事情に合わせたPDAが若干割高になるのは避けられず、自ずとハイエンドモデルにならざるを得ないだろう。 話をTH55に戻すと、4万円弱の中堅モデルとして考えた場合コストパフォーマンスは決して悪くない。搭載するプロセッサはUX50と同じソニー独自開発のHandheld Engine(クロック123MHz)だし、無線LAN機能を内蔵しているのはすでに述べたとおり。メモリの総容量は減っている(UX50のメモリは合計104MBだが、バックアップ用の不揮発メモリがあったりと変則)ものの、ユーザー使用可能領域という点ではUX50の16MBから32MBへとむしろ増えている。 UX50からは動画撮影機能とBluetooth、ハードウェアキーボードが省略されてしまったわけだが、たとえばバックライト最大での連続動画再生時間が2.5時間から4時間に延びるなど、改良された部分もある(前述の通り本機で動画の撮影はできないが、メモリースティックビデオレコーダー等で録画したモバイルムービーの再生はサポートされる)。 事実上のハイエンド扱いといってもおかしくない価格帯であったUX50(NZ90という特例? もあったが)をトータルの機能で上回っているとは言えないものの、TH55の内容はかなり接近しており、コストパフォーマンスは確実に向上している。キーボードの件を除くと、UX50の内容をTG50の筐体に押し込んだものに限りなく近いのがTH55のハードウェア、と言えるかもしれない。 ●TH55の価値はCLIEオーガナイザーに このハードと組み合わせるのは日本語PalmOS Ver 5.2.1だ。昨年末、マルチスレッド対応のPalmOS 6のライセンスを開始した、というニュースもあったが、製品化まではある程度時間がかかるのが通例である。PalmOS 6のようなマルチスレッドOSは、PIMメインのPDAより、スマートフォンを狙ったものではないかという気もする。いずれにしても、PDAであれ、スマートフォンであれ、当面はハイエンド向けのOSとなることは間違いないだろう。 TH55で最も注目されるのは、PalmOSそのものではなく、その上で動くCLIEオーガナイザーと呼ばれるアプリケーションだ。CLIEオーガナイザーは、アプリケーションランチャ、予定表、アドレス帳、ToDoリスト、手書きメモ、メモ帳、ビュワー、便利情報閲覧の機能を備えた統合PIMソフトである。 一応、これまでのPalmOS 5搭載CLIEで採用されていたCLIEランチャーやPalmOSの標準ランチャーも残されているが、このCLIEオーガナイザーこそがTH55のユーザーインターフェイスであり核心だと思う。もちろんPCの上で動くCLIEオーガナイザーfor PC(Windwos Me/2000/XP対応)も付属しており、PCとのデータの共有やバックアップができる。 いずれにせよ、CLIEオーガナイザーは多機能なアプリケーションであり、すべてを細かく見ていくとキリがない。そこで、ここでは筆者がNX73Vで最も不満を感じている予定表機能を中心に見ていくことにする。
まず画面1がCLIEオーガナイザーfor PCの起動画面だ。右側に表示されるのはTH55上の画面イメージを、PC上で再現したものである。ここで新規のボタンを押すと画面2のようなダイアログが表示され、ここに予定を入力していく。色指定やアイコンといったあたりが、PalmDesktopとは違う部分だ。
ここに時間が重なりあう2つのスケジュールを入力した様子が画面3だ。これは実際のTH55では画面4のように表示される。前回掲載したNX73Vが内蔵する標準の予定表に比べて、かさなり具合が分かりやすい。なお、右に見えるタブは、CLIEオーガナイザーの各機能を切り替えるもので、スタイラスで直接選択することはもちろん、ジョグダイヤルで選択することができる。 これが予定表の基本だが、これを週間表示にすると、画面5のようになる。ここで注目して欲しいのは、カレンダーに六曜(大安、赤口、先勝、先負、友引、仏滅)の表示が入っていること。これまでPalmの標準予定表には、六曜どころか国民の祝日さえ入っておらず、置き換えソフト(標準のPIMアプリケーションを置き換えるサードパーティ製のソフト。データ互換性を持つ)を使わなければならなかったが、さすがにCLIEオーガナイザーではそんなことはない。
だが、CLIEオーガナイザーの予定表が標準の予定表と大きく異なるのはここからだ。画面6で分かるように、予定表に手書きの文字を加えたり、オブジェクトを貼りこむこともできる。画面6では写真のオブジェクトを貼りこんでいるが、ボイスメモ、手書きメモ、写真など、様々なデータを貼りこみ、それをスタイラスでタップすることでそのまま再生できる。
画面7はオブジェクト(コンテンツ)を貼りこんでいる様子で、スタイラスを使ってドラッグ&ドロップで配置すればよい。こうして入力した手書き文字やオブジェクトは、ホットシンクすることでPC上のCLIEオーガナイザーのプレビュー画面にも反映される(画面8)。内蔵カメラで撮影した写真は、撮影日の属性を持ったオブジェクトとして予定表のコンテンツに加わるので、探すのも容易だ(ほかに予定表に貼る「シール」も用意されている)。 ●手書き文字の表示速度は遅め ちょっと気になるのは、手書き文字の表示速度。入力する時は、特にレスポンスに問題があるとは思わないのだが、表示(再表示)の際のスピードはかなりまったりしている。たとえばジョグで切り替えた先の日にちに手書き文字があったとすると、切り替えそのものはそれほど遅くないのだが、手書き文字の表示には結構時間がかかる。まず瞬間的にベクトルデータとして手書き文字が表示された後、ゆっくり入力時に指定した色で手書き文字が塗られていくという感じだ。 筆者は、色を塗り終わる前から文字が読めるし、手書きデータをテンポラリなものと割り切れる(後からテキストとして清書するか、終わったら消してしまうと割り切れる)のでそれほど気にならないが、ユーザーによっては気になるだろう。店頭で確認することをすすめる。が、そもそも手書き文字の入力はこれまでの予定表ではできなかったことであり、気になるなら使わなければいいだけの話。それよりもPIM機能という、当たり前すぎてあまり振り返られることのなかった部分(Palmですらこれまで抜本的な改良をせず放置してきた部分)に手を入れたことを評価したい。 この予定表のほかにも、ToDoリストが階層構造(大項目、中項目、小項目)をサポートしたり、アドレス帳に顔写真が入れられたりと、細かな改良が加えられている。今まで標準では添付されていなかった手書きメモや、テキストファイルを直接開くことができるメモ帳(従来のメモ帳はメモリースティック等のテキストファイルを直接開くことはできず、PalmDesktopを使ってコピー&ペーストする必要があった)など、なぜ今まで対応していなかったのか不思議な部分にもちゃんと手が入っている。 また、画像、動画データ、ボイスメモ、手書きメモといったオブジェクトを一括して扱うフロントエンドであるビュワーもアクセスしやすいところにある。なお、便利情報というのは、地下鉄マップや度量衡の換算表など、システム手帳ならたいてい入っているようなデータ集のこと。標準のもの以外のデータも「リフィル」としてダウンロード販売する予定になっている。 ●モノクロ液晶時代の呪縛から逃れたPalm 以上のような特徴を持つCLIEオーガナイザーだが、データについてはPalmDesktopの上位互換となっている。データも共通で、たとえばCLIEオーガナイザーで入力した予定は、PalmDesktopや、PalmOS標準の予定表アプリ(Palmの標準アプリはすべてROMに収録されている)にも反映される。したがって、その気になればTH55を純粋なPalmOS 5マシンとして使う(PIMをすべて標準アプリで処理する)ことも可能だが、それではTH55を買う甲斐がないというもの。 筆者にはCLIEオーガナイザーによって、初めてTH55は160ドット×160ドットモノクロ液晶の初代Palmの呪縛を解かれ、ハイレゾ画面やHandheld Engineといったハードウェアに見合ったPDAになったと感じるからだ。筆者はCLIEオーガナイザー込みで利用することを前提に、TH55を1台買ってみようかと思っている(強いて不満を述べれば、伸縮式のスタイラスということになる)。 ただしCLIEオーガナイザーの搭載でPDAとしての完成度が高まる一方で、PDAとして「出来上がったもの」になっているのも否定できないことかもしれない。初期設定であるCLIEオーガナイザーをランチャーとしたTH55には、これまでほどカスタマイズする余地がないように感じる。人によっては、筆者がOutlookに感じるのと同じように、TH55を押し付けがましいPDAと思う可能性もある。だが、メモリにも余裕があるTH55なら、無線LAN内蔵の純粋なPalmOS 5マシンとしてカスタマイズのベースにもそれなりに使えるのではないだろうか。 □関連記事 (2004年2月9日) [Text by 元麻布春男]
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