先日発表された東芝の新製品「dynabook SS SX」シリーズは、最軽量モデルが995gと、執念のような軽量化で1kgを切った12.1型ノートPC、Let'snote Tシリーズを下回る軽量さで驚かせた。 最軽量モデルは無線LAN無し、1.8インチハードディスク採用でCFスロットまで省くことにより達成された数字だが、802.11b/g無線LANとCFスロットを装備し、2.5インチハードディスクを搭載したモデルでも約1.1kg。 この数字は同じ東芝のdynabook SS S9とほぼ同じだが、CFスロットの有無、ハードディスクのサイズ、それにバッテリ駆動時間の長さ(スペック値で約5時間)を考えると、実用度はSS SXの方がずっと高い。もちろん、その一方でSS Sシリーズが持っていた美しさは失われているが、東芝は従来のSS SシリーズとSS SXシリーズを併売する意向だという。 東芝 PC事業部 PCマーケティング部 PC商品企画担当 原田健史氏、およびマーケティング担当 主務 荻野孝広氏の話を交えながら、新製品のディテールを追ってみたい。なお、インタビュー時点、そして執筆時点においても、筆者は本機を長時間に渡って試用していない。短時間の製品紹介を試作機を元に受けた上での記事であることを付記しておきたい。 ●“モバイル市場全体の拡大を狙いたい” 12.1型クラスに、2つのシリーズを擁するPCメーカーは、東芝と日本IBMの2社となる。相談して開発をしていたわけではないだろうが、非常に興味深いところだ。両社に共通するのは、企業向けノートPCに強い、ビジネスモバイル機のプレミアムブランドということ。日本市場において、ビジネス向けモバイル機は12.1型クラスが根強い人気を誇っている。とはいえ、2シリーズを並べ立てるほど市場が大きいとも考えにくい。 「我々の市場調査では、モバイルPCがノートPC市場全体の中で占める割合は12%程度になっています。これは他の調査結果などを見ても、だいたい同じような数字で、しかも数年来ほとんど変化していません。東芝としては、この市場を20%のレベルにまで引き上げたい。そこで従来機(SS Sシリーズ)とは異なる使われ方を想定したモバイルPCを開発したんです(荻野氏)」
ご存じのように、東芝はPCの小型化、薄型化技術では、業界をリードしてきた実績がある。近年、軽量化に関しては松下電器にそのイニシアティブを譲った感もあるが、かつての独自チップセット時代はもちろん、Intel製汎用チップセットを使うようになってからも、その挑戦は続けてきた。 しかし、小型化、薄型化、軽量化といった技術を活かし、他社に先んじた魅力ある製品を開発しようにも、市場そのものの規模が小さい中では事業としての成立は難しい。一方で、サイズの大きなノートPCでは、PCベンダーとしての特徴を出しにくいといった事情もあるだろう。SS Sシリーズからはコンセプトをガラリと変えたSS SXシリーズは、東芝がモバイルPCの事業としての可能性を問う試金石と言えるかもしれない。では、SS SXのコンセプトとは何なのか? 「本当に持ち運んでもらうために、どのようにすればいいのか。今回の製品では、軽さとバッテリ駆動時間の追求を行なった製品を、低価格に提供できるものにしようと考えました。ただし軽さは求めるが、拡張性は犠牲にならないことにも留意しました(荻野氏)」 確かに同じ12.1型でも、SS SXシリーズはSS Sシリーズとは全く異なる路線だ。SS Sシリーズは薄く、軽量だが、それは1.8インチハードディスクと小容量のバッテリに助けられてのことである。 一方、SS SXシリーズにはUSB 2.0×3ポート、CFスロット、SDカードスロット、PCカードスロットが装備され、2.5インチハードディスクも搭載可能な設計だ。これらの機能を、従来よりも14%小さい筐体に収めているため、本体の厚みは増しているが、バッテリ容量も増えているため、トータルバランスは向上していると言えよう。機能面は確実に向上している。 スペックだけを見れば、SS Sシリーズを廃止し、SS SXシリーズへと切り替えても良いのでは? と思えるほどである。しかし表面的なスペックではほぼ上回っているが、実際の使い勝手が向上しているかと問われると、使い方次第だと思う。東芝が2つのシリーズを併存させている理由は、そのあたりにあるのではないだろうか?
●SS SXシリーズが得たもの、捨てたもの モバイルPCを、携帯するPCに必要な要素に合わせ、ミニマム構成のコンポーネントを集めるパズルのようなもの、と考えると話がわかりやすいかもしれない。SS Sシリーズでは、バッテリとハードディスクの小型化、薄型化が、あれだけの筐体デザインを実現できた背景にある。小型化や薄型化にはペナルティもあり、それが標準バッテリでのバッテリ駆動時間やI/Oパフォーマンス、ハードディスク容量の物足りなさに繋がった。
一方、SS SXシリーズは、SS Sシリーズで割り切った部分を、すべて拾い上げている。(ただしバッテリに関しては100%、向上しているとは言えない部分もあるが、これは後述したい) その代わりに失ったのが、引き締まったサイドラインを演出していた薄型デザインと、SS Sシリーズで好評だった、ゆったりとしたピッチのショートストロークながら良好なタイプフィールを持ったキーボードである。 キーボードは基本的にSS Sシリーズのスイッチを踏襲しており、タッチそのものに大きな変化はない。しかし、丸形セルを採用したバッテリパックの高さ、全体に縮小した底面積のおかげで、縦方向のピッチが大きく狭まってしまった。 SS Sシリーズが縦横とも約19mmのフルピッチだったのに対して、SS SXシリーズのキーボードは横方向こそ19mmを確保しているものの、縦方向は16.5mmしかない横長キーになっている。またファンクションキーとメインキーの間にあった隙間も削られてしまった。変則縦ピッチを改めたLaVie Jとは全く逆方向に進んでしまったのだ。しかもスペースバーとタッチパッドの間隔が狭く、パームレストからキーボードに向けてのカーブが急峻になっていることも、多少窮屈さを感じさせる原因のようだ。 本機と同様のコンセプトを持つ松下電器のLet'snote Light T2も、やはり縦方向のピッチが詰められているが、T2は2列あるバッテリの手前側をキーボード下にくぐらせているため、SS SXシリーズほど縦方向のスペースがキツクはない。一方、フラットな底面を実現しているSS SXシリーズは、2列のバッテリを避けてキーボードを配置しており、これが縦方向の窮屈なレイアウトになっている。 少々キツイ書き方になってしまったのは、キーの縦ピッチが狭いことが、本機の中で最も気になった点だったからである。両氏から、このことに対して明確なコメントを得ることはできなかったが、SS Sシリーズと同じキーボードを期待しているのであれば、(タッチはほぼ同じだが)縦ピッチの狭さが気にならないかどうかは、確認しておいた方がいい。
●重量優先設計で譲ったところ、譲らなかったところ さて、冒頭のコメントにもあるように、本機の製品企画者が最も重要視したのが、本体の軽量化である。そこで最初に底面積を最小化する所から、基本レイアウトを始めたという。PCを構成するパーツの中でも、外装部分は最も重いところ。本体の底面積を減らせば、自ずと重量は小さくなる。 まず採用予定の液晶パネルを調達し、無線LANのアンテナを配置した上で、もっともサイズが小さくなる数字を割り出した。加えて、元々コンパクトだったSS Sシリーズよりも基板サイズを30%削減している。これは「薄型化をある程度諦めることで、部品の高さ制限を撤廃できたため(原田氏)」としている。 とはいえ、基板サイズの縮小が効いており、本体のうちキーボード側の厚みは機能アップや軽量化を考えると、取り立てて“厚くなった”と言うほど携帯性に悪影響を与えているわけではない。 実は取材時には、内部構造がわかる透明アクリル外装のモデルも見せて頂いた(撮影は許可されなかった)が、内部にはまだスペース的な余裕が多く見られるほど。これは企画当初、ハードディスクを左パームレスト下に配置しようとしたが、ハードディスクを中央右の位置(右コネクタの少し内側)に移動させたため、2.5インチハードディスク分の容積がスッポリと空いたためだそうだ。その空いたスペースにはPCカードスロットが1つ装備されているが、残りの空間はほぼ空洞になっていた。 これについて原田氏は「東芝ではハードディスクの修理、交換などを簡素化するため、容易に換装できるよう設計しています。しかし、パームレストに手を突いて立ち上がるなどのストレスをかけた時、ハードディスクに対する影響が出てしまいます。パームレストとハードディスクの間に充分な空間を作ることができれば、パームレスト下に配置することもできましたが、そうするとかなり分厚くなってしまう。そこで、レイアウト変更を行ないました」と話す。 なお、ハードディスク交換は“リムーバブル”と言うほどに簡単なわけではないが、キーボードを外すことで容易に交換できる構造になっている。またパームレスト下から、大きな熱源であるハードディスクがなくなったことは、実際の使い勝手の面でも良い結果をもたらすだろう。 さて、キーボード側の厚みが(薄くはないが)機能に応じた常識的な増加量に収まっているのに、全体がかなり厚くなっている理由の大半は、実は液晶パネル側にある。東芝が“スプーンカット”と呼ぶ液晶パネル裏の造形を採用しているからだ。
また、この造形で薄くなっている部分に関しても、SS Sシリーズなどよりも、液晶パネル裏の空間を広く空けている。これは、軽量化のために採用している0.6mm厚の薄型マグネシウム合金パネルが、強度の点では問題ないものの、たわみ量が大きいためだとか。 実際、SS SXシリーズの筐体、液晶パネル側を指で押してみると、かなりたわみ量が大きいことがわかる。これは材質を薄くしているからというのも理由だろうが、内部が何もない空間になっていることも大きいようだ。筐体がたわむと液晶パネルにストレスがかかり、液晶パネルの故障、導光板の傷(パネル上に染みのように現れる)などが発生する。 0.6mm厚マグネシウムは、様々な軽量ノートPCで使われているが、こうした問題を避けるための空間が充分にない場合もある。SS SXシリーズでは、薄さを捨てて軽量化を図るため、あえて液晶パネル部の厚みを持たせたというわけだ。また、スプーンカットの厚いところにインバータ基板を配置することで、底面積の小型化にも寄与している。 ●直接のライバルはLet'snote Light? こうしてSS SXシリーズのディテールを追ってみると、そのコンセプトが松下電器のLet'snote Lightシリーズに非常に近いことがわかる。Let'snote Lightシリーズは、市場規模が小さいと言われる個人向けモバイルPC市場の中でも、かなり健闘していると評判だ。 「携帯性、特に軽量化という部分で、Let'snote Lightシリーズが存在していたことは確かです。我々は多くの企業ユーザーに対する実績があるため、実際の企業向け案件で負けることが多かった、というわけではありません。しかし、Let'snote Lightを選ばなかった顧客から、“ああいう、軽くて標準バッテリの駆動時間が長い製品がほしい”という指摘は受けていました(原田氏)」 とはいえ、コンシューマ市場ではLet'snote Lightシリーズとの比較は避けられない。機能的には上回っているが、軽量化という観点で見ると横並びと言える。 「確かに最終製品が似た構成になっていると言われれば、そうかもしれません。ですが、本当に使いやすい、使えるハードウェアになっている点が違います。たとえば本機には冷却ファンが付いていますが、これをファンレスにすれば軽量化できるでしょう。しかしファンレスにすると底面が熱くなり、また高い負荷をかけた時にパフォーマンスを落とさざるを得なくなる。案内しているスペック通りのパフォーマンスが出ないことが、お客様にとって良いことだとは思えません。筐体に関しても、削ろうと思えば削れますが、我々が携帯するPCに必要だと考える剛性を無視してまでは削れません(原田氏)」 軽量化と共に本機で重要視したバッテリ駆動時間に関しては、JEITA測定法でLet'snote Light T2と本機ともに5時間。ただしJEITA測定法で有利な結果を導き出す、最低輝度はSS SXシリーズの方が明るいため、実質的にはSS SXシリーズの方が低消費電力と言えるかもしれない(Let'snote Lightシリーズの最低輝度は、暗い場所でも見にくいほど暗い)。 この点は実際に同じ輝度設定でベンチマークしてみるほかないが、バッテリ構成の違いも多少は影響しているようだ。本機はノートPC用としては一般的な18650(18mm径650mm長)ではなく、18500(18mm径500mm長)を採用している。写真では18650×4のバッテリパックに見えるが、実際にはそれよりも若干横幅が大きい18500×6セルパックなのだ。容量は10.8ボルト3,160mA時(約34W)で、7.2ボルト2,200mA時(約31W)よりも、僅かながら容量が大きい(ただし重量面では約40g不利になる)。 ごく僅かな差ではあるが、より高い電圧からPCに必要な電圧を取り出す方が、電力効率を高めやすい。またSS Sシリーズで、すでに実績のある高効率の電源チップを開発していたため、電圧を同じ10.8ボルトにしたかった、という事情もあるという。SS SXでは基板が変更されているため、全く同じではないだろうが、SS S9においては非常に低い平均消費電力を実現している。バッテリ構成の選択肢がない(セカンダリバッテリや大容量バッテリは用意されない)点が非常に残念ではあるが、機能と軽量さのバランスに優れる本機だけに、製品版でのバッテリパフォーマンスに期待したいところである。 【お詫びと訂正】記事初出時、原田健史氏のお名前を誤って表記しておりました。お詫びして訂正させていただきます。 □関連記事 (2003年12月5日) [Text by 本田雅一]
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