大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

10周年を迎えたエプソンダイレクト
~山田新社長が描く次の10年


山田明社長
 エプソンダイレクトが、今年11月1日、設立10周年を迎えた。

 セイコーエプソンの100%出資会社でスタートした同社は、かつてPC-98互換機事業を推進していたセイコーエプソンとは一線を画し、PC/AT互換機路線で展開。さらに、セイコーエプソンがエプソン販売を通じた販売店ルートによる流通方式を採用していたのとは異なり、メーカー直販の専業ベンダーとして事業を開始した。

 この10年間に渡り、直販ベンダーとして、そしてセイコーエプソン以上に小回りを利かせられる特徴を生かしながら、低価格路線よりもむしろ付加価値戦略で高い評価を得てきたのが特徴といえるだろう。

 そのエプソンダイレクトが10周年を迎えたのを機に、10月21日付けで4代目社長として、山田明氏が新社長に就任し、新たな一歩を踏み出した。山田明新社長に、これまでの10年のエプソンダイレクトの歩み、そして新社長としての抱負、今後の展開などを聞いた。


●週2回の早朝会議で決まる事業戦略

 毎週月曜日と木曜日の午前8時。長野県松本市のエプソンダイレクト本社では、山田社長以下の同社幹部が全員出席して約1時間の早朝ミーティングが行なわれる。

 部門長会議と呼ばれるこの会議では、発売した製品の売れ行き、粗利率、顧客の反応などを、それぞれA、B、Cで評価。予想を下回った実績の製品については、なぜ予想を下回ったのか、対策はどうすればいいのか、といった議論が交わされる。また、好調な売れ行きを見せた製品についても、同様に今後の部品調達、生産はどうすべきか、サポート体制はどうか、というような形で議題が出される。

 まさに、この場で、エプソンダイレクトの事業戦略が決められるといっていいだろう。

 山田社長は、この会議を極めて重視している。「いいものを出し続けるにはどうしたらいいのか、顧客の要求はどこに向かっているのか、新たな技術や部品の動向はどうなっているのか。その結果、どういった製品をどのタイミングで、どれくらいの価格で、どの程度の数量を出せるのか。こうしたすべての情報がこの会議に集約される」からだ。

 そして、山田社長がこの会議と同じくらい重視している会議がもうひとつある。

 毎月1回のペースで開催されているCRM会議だ。ここでは、顧客から寄せられた声や、独自に実施しているアンケートからの声を分析し、製品化やサービスの充実に反映させるための議論が繰り返される。

 直販ベンダーとしての強みである顧客との直接対話の中から得られた情報が、製品/サービスに反映されているというわけだ。


●エプソンダイレクトの強みとは?

 エプソンダイレクトの強みは何か。山田社長はその質問に対して、次のように話す。

 「最先端技術を搭載した旬の製品をいち早く提案し、商品として可能な限り安い価格で提供することができるメーカーである点」。続けて、「テクノロジードリブンのメーカーである」と話す。

 こうしたエプソンダイレクトの強みを下支えするのが、「EDCS(エディクス)」と呼ばれる同社のSCMの存在だ。

 調達、販売、在庫管理、ファイナンス、物流、販売情報などを一元管理するEDCSは、'99年10月から稼働。それまで生産計画や部品引き当てなど、人間が直接行なっていた作業をEDCSの導入によって自動化。この部分の工数が削減されたことで、受注から出荷まで2日間のリードタイムを実現するなどのメリットが出てきた。

 「EDCSによって、事業を拡大させながらも流通在庫を持たない体制を維持できるため、在庫処分という事態に陥らず、結果として最新のテクノロジーを搭載した製品をいち早く市場投入することができる。そして、最終組立、商品検査を長野県内で行なうことで、日本品質での提供を可能としている。顧客情報に基づいたサポートも高い評価を受けている」。

 エプソンダイレクトの製品には、設立当初から保証書がついていない。「たまに、お客様から保証書がありませんという問い合わせをいただく」と山田社長は笑うが、同社には、いつどんな機種をこ購入いただいてるかという購入履歴がデータとして蓄積されており、これをもとに適切なサポートを短時間に行なうことができる。その保証体制までがエプソンダイレクトの製品のなかに含まれている。だから、保証書は不要というわけだ。

 もちろん、EDCSによるローコストオペレーションの実現は、物流コストの低減につながり、それが製品価格の低減、部品の価格変動にリアルタイムに対応した製品供給へとつながっている点も見逃せない。技術の進展とともに部品価格の下落が数多く見られるパソコン事業においては、いち早く価格変動に対応できるという点は大きな武器になる。


●国内に事業を特化し、国内ユーザーの声を製品化に反映

 エプソンダイレクトでは、企業ユーザー、個人ユーザーの双方にアプローチする製品を取り揃えている。

 企業向けではEndeavorシリーズが主力で、「企業ユーザーにも、今度はエプソンダイレクト、次もエプソンダイレクトと感じてもらえるバリューを提供する製品を目指す」と話す。

 直販ベンダーならではの魅力的な価格戦略と、多彩なBTOメニュー、サービスサポート体制で企業ユーザーからのコミットを得る考えだ。

 一方、個人向けにはEDiCubeシリーズを中心にした展開となり、ここではエプソンダイレクトらしい用途提案型商品がラインアップされている。

 最先端の画像処理技術を採用した製品の投入などが目立つが、こうした製品群が、パソコンゲームユーザーやビデオ編集をやりたいといったユーザーには高い評価を得ている。

 「同じ直販ということで、デルと比較されることが多いが、エプソンダイレクトは、日本国内に事業を特化し、国内のユーザーの声を直接聞いて製品化している。なんでもかんてもやるのではなく、当社が強みを発揮できる決められた範囲で事業をやり、日本の顧客の要求を具体化するのが当社の基本方針だ」と山田社長は語る。

 なかでも、EDiCubeの製品化にはまさにこうした日本のユーザーの要求を具現化したものだといえるだろう。


●4つのフェーズを経た過去10年

 エプソンダイレクトは、'93年11月1日に、セイコーエプソンの100%出資会社として設立した。それからの10年間を、山田社長は、4つの期にわけて振り返る。

 まず、最初の期が、創業からの草創期ともいえる約4年間だ。電話によるダイレクト販売で事業の基盤を作るとともに、販売の仕組み、システムの仕組みづくりが行なわれた時期であり、同時に国内におけるパソコン直販の認知度を高めることに時間と労力をつぎ込んだともいえる。

 第2期は、'97年のWebによる直販の開始である。それまでの電話によるダイレクト販売に加えて、現在の主流となっているWebによる直販体制を敷き、一気に売上規模を拡大して時期でもあった。

 第3期は、'99年に訪れる。エプソン販売では、'95年からPC-98互換機に加えて、DOS/Vパソコンの取り扱いを開始していたが、エプソンダイレクトとエプソン販売が、それぞれ別個に同じプラットフォームの製品を取り扱うのは効率面で問題があるとの判断から、商品企画、部品調達、生産をエプソンダイレクトに一本化。流通ルートやサポートはそれぞれに対応するという仕組みへと移行した。かつて、エプソン販売で調達を担当していた山田社長が、エプソンダイレクトへ出向となったのも、この時期のことである。

 このタイミングで、グループとしてのパソコン生産体制の大きな変化によって、パソコン事業におけるエプソンダイレクトの役割がより重要なものになってきたといえる。

 そして、第4期は、こうした体制の一本化の進化として、さらなるローコストオペレーションへの取り組みを開始した2001年以降だ。

 2000年までのパソコン市場の順調な成長から一転して、マイナス成長となった2001年はエプソンダイレクトにとっても厳しい1年となった。いや、それからの3年間は厳しい市場環境のなかでの事業推進を余儀なくされたといっていい。

 エプソンダイレクトが、低迷する市場環境への対応策として、まず最初に取り組んだのが製品戦略の見直しだった。幅広い製品戦略から、同社の特徴が発揮できる付加価値型製品への特化戦略を打ち出すことで、差別化を模索。さらにこれは平均単価を高め、粗利額を高めるという結果にもつながった。

 第2点目は、経費削減への取り組みだ。広告宣伝における効率化を徹底的に追求。少ない投資で、いかに高い宣伝効果をあげるかといった努力にも力を注いだ。

 そして、第3点目は調達面におけるコストダウンへの取り組みだ。取引会社と調達コストの削減に関する話し合いを繰り返し、調達に関するコスト削減へとつなげたのだ。

 パソコンメーカー各社が大幅なリストラを余儀なくされたり、あるいは赤字転落などの厳しい環境に陥るなか、エプソンダイレクトは、ピーク時に220人だった社員を200人体制で維持。しかも、設立以来続けている10年連続黒字をいまでも達成し続けている。

 2001年からの各種施策への取り組みによって、厳しい環境にも耐えうる体質へと転換してきたともいえるだろう。

 山田社長は、「2001年から2003年は、厳しい市場環境の影響もあり、事業そのものは停滞している。だが、その一方で次の飛躍への地盤固めができたとも思っている。堅実経営を行なうのはもちろんだが、企業は常に成長、発展を続けなくていけない。そして、やったことが成果となり、成長できる企業へと変化したい。シェアを高める余地も十分ある。社員全員の力を総合力として発揮できる企業づくりを目指したい」と、10年目以降の第5期において、成長戦略を推進する考えを示す。

 そして、「いまは正念場。そして岐路にも立っている。緊迫感とスピードをもって、挑戦する組織づくりを目指したい」とも語る。


●組織改革は積極的にやっていく

漆塗の10周年記念モデル。すでに完売した
 2年前には、品質保証と調達部門といったベンダーに向いた業務を行なう部門を一本化していたが、先頃、営業部門、宣伝企画部門、サポート部門といった顧客に向いている組織をカスタマーケア部に一本化。さらに、双方の部門を統括する役員を配置し、顧客からベンダーまでを総括的に掌握する体制とすることで、市場の声を部品調達や品質管理にもいち早く反映させ、よりスピードアップした経営体制へとシフトする考えだ。

 「昨年から今年前半にかけてはSARSの影響もあり、情報収集が遅れ、製品づくりそのものには反省点がある。その遅れを取り戻すという点でも、今後は、エプソンダイレクトらしい製品投入を加速したい」と話す。

 10周年記念モデルも200台限定で「漆塗り」モデルを用意した。「エンジニアの遊び心を形にしたいと思っていた。色を金色にしたり、地元の信州そばをつけたモデルを用意しよう、というユニークな案もあったが、木曽の知り合いの漆器屋を通じて、漆塗りモデルを用意することとした。漆塗りは塗装に1週間以上の時間と、生産コストがかかるため、とても限定品でないと生産できない。それだけに記念となるモデルといえる」と、10周年モデルの逸話を語ってくれた。

 現在、10周年記念モデルの第2弾製品の予定はないというが、ぜひノートパソコンでもなにかしらの記念モデルは用意してもらいたい、とお願いしておいた。

 エプソンダイレクトには、PC-98互換機の設計経験者なども多く在籍する。「自分たちでパソコンを1から作った経験というのはなかなかできるものではない。それだけこだわりをもったエンジニアが多い。どの技術を搭載するのか、といった製品化の議論はいつも白熱する」と山田社長はいう。

 そんな気持ちを形にした10周年モデルも追加で用意してもらいたいと思う。

 「過去の10年はセイコーエプソンに“おんぶにだっこ”だった。エプソンのブランドが冠にあったからこそ、ここまで成長できたし、人事や教育制度もセイコーエプソンのノウハウを活用させてもらった。10年を機に、少しずつお返しする企業になっていかなくてはならない。小さくてもピリリとした企業であり続けたい」と山田社長は語る。

 成長戦略を強く打ち出す山田新体制でのエプソンダイレクトはどう変化するのだろうか。次の動きに期待したい。

□エプソンダイレクトのホームページ
http://www.epsondirect.co.jp/
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【11月4日】エプソンダイレクト、漆塗の10周年記念200台限定PC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1104/epsond2.htm

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(2003年12月2日)

[Text by 大河原克行]


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