第206回
Bluetoothはなぜ日本で流行らない?



 我が家にはBluetoothを搭載したノートPCが2台あるが、この2台でBluetoothを実際に動かす機会がない。マイクロソフトからBluetoothに対応したキーボードとマウスが発売されているが、これらにはどうも食指が動かないし、プレゼンを滅多に行なわない僕にしてみると、ロジクールのコントローラも、やはり守備範囲外。

 もちろん、本来ならばもっとも有望視されていた携帯電話やPHSとの接続に使いたいところだが、いざ使い始めようと思ってみると、世の中からBluetooth対応の携帯電話やPHSはなくなってしまった。

 Bluetoothがいかにすばらしいかについて、今さらここで取り上げようとは思わないが、Bluetoothが不要と考えられている現状には多少疑問を感じている。Bluetoothの現行バージョンは確かに速度が遅いものの、無線LAN技術などとは根本的に異なる特徴により、PCをはじめとするデジタルデバイスの可能性を大きく広げることができるからだ。

 また、Bluetooth SIGで、次バージョンとなるBluetooth 1.2も承認され、これまであった問題が、ある程度改善される見込みも立ってきている。

●GSM圏では普及の兆しが見えるBluetoothだが……

 日本でのBluetooth市場は、非常にお寒い状況にある。出始めの頃には既存のPHS電話機に装着するBluetoothユニット、Bluetooth内蔵の携帯電話やPHSが存在していたが、現在、それらは入手が不可能か、あるいは入手が非常に困難な状況にある。

 個人的にはNTTドコモからPaldio 633Sが投入された後に「そのうちH"でも同様の製品が出るだろう」と考え、auのソニー製Bluetooth携帯電話C413Sもパスして様子を見ていたら、なかなか出てこない。そのうちそれらの製品も型遅れの感が否めなくなって、さらに敬遠していると、そのまま市場からすべての製品が消えていってしまった。

Nokia 6650

 現在、日本で入手できるBluetooth内蔵の携帯電話は、J-Phoneが国際ローミングサービスVodafone Global Standard向けに販売しているノキア製のW-CDMA/GSMデュアル端末「Nokia 6650」だけだ。しかも、J-Phoneとして積極的にBluetoothを採用しているわけではなく、欧州で発売しているデュアル端末がBluetooth内蔵だったため、それをそのまま日本でも発売しただけのもの。

 J-PhoneのUSIMカードは持っているため、端末を買ってくればすぐに使えるようにはなるものの、J-PhoneのW-CDMAサービスは、まだまだエリアが狭い上、データ通信向けの料金プランが用意されていないのが難点だ。またNokia 6650は米国のGSMサービス(1.9GHz帯)をサポートしていないため、米国でローミングサービスを受けるためには別途GSM端末を購入する必要があり、7万円を超える投資をしてまで入手する気にはなれない。

 一方、GSMが標準となっている欧州では、Bluetoothが1.1になって以降、選択肢も豊富になってきたようだ。この半年、そして今後の半年に発売予定の製品を合わせると、GSM携帯電話のうち20%でBluetoothが利用可能だという。

 筆者は欧州にほとんど出張しないため、細かな現地での使われ方を分析することはできないが、たとえばヒースロー空港ではBluetooth対応ヘッドセットや端末が普通に売られていた。また、英国在住者に話を訊いてみると、対応端末も入手しやすい状況にあるとのこと。望むなら、カバンに入れっぱなしにしてあるBluetooth対応携帯電話から、GPRSで簡単にインターネットアクセスが可能な環境をすぐに構築できる。

 インターネットの通販サイトなどを覗いてみても、英国のショップなどではBluetooth周辺機器がポピュラーになりつつあることが感じられる。

●Bluetoothに対する誤解

 Bluetoothに関して誤解が多いといつも思うのは、無線LANと比較して「Bluetoothはもう終わった」と言う人が多いことだ。たしかに世界中でホットスポットが増加していることを考えれば、ある程度落ち着いてPCが使える場所において無線LANがたいてい利用できる、という状況になる日は近いだろう。すでに都内、特に山手線管内では駅から数分のところに無線LANでアクセス可能な場所が存在している。

 しかし、無線LANはその名の通り、LANを無線で行なう機能しかない。実際にLANに参加している機器同士が相互に通信を行なうためには、別途プロトコルやアプリケーションが必要となる。これに対してBluetoothはデバイス同士の接続をワイヤレス化することに特化している。こう書くとIrDAの無線版では? という意見も聞かれるのだが、似た側面はあるものの、IrDAよりも進んでいる部分は多い。

 Bluetoothについてはすでに様々な参考文献があるので、ここでは詳細な解説は避けるが、Bluetoothは対応機器同士を近づけるだけでアドホックなネットワークを自動的に作り出し(Piconetという)、その中で親機となるデバイスが自動的に決定され、ユーザーが特に難しいことを意識しなくとも“繋がる”環境を提供してくれる。

 また、Bluetoothを用いたアプリケーションのタイプごとにプロファイルが定義され、アプリケーションの通信手順があらかじめ定義されている。たとえば音声通信のプロファイル、携帯電話などに対してシリアルポートと同じようにアクセスするためのプロファイル、画像を転送するプロファイル、印刷を行なうプロファイル、ハードディスクなど汎用ストレージにアクセスするプロファイルなどだ。デバイス同士が通信を行なう際は、それぞれのデバイスが同じプロファイルに対応していなければならない。

 Bluetoothが登場した当初は、なかなか実用的なプロファイルの標準化が進まず、デバイスへの実装面でもサポートするプロファイル数が少ないために“繋がらない”状況があった。本来、Bluetoothが徐々に普及する中で使われ方が収斂されていき、その中で実装されるプロファイルも増えることで、このあたりの問題が解決するハズだった。それがプロファイルがあるが故に、接続性がかえって悪くなっているというのも皮肉なことだ。

 いつでも簡単にデバイス同士が繋がるためのプロファイルの、製品への実装が甘かったことで「無線LANは“設定すれば”今あるアプリケーションが全部使えるのに、Bluetoothはそもそも繋がらないし設定方法も何もよくわからない」といった誤解を生む結果になっている。共通プロファイルの実装さえ進めば、Bluetoothは特別な設定をしなくても、簡単にワイヤレスで繋がるようになるのだが、今のところ新しいデバイスが出るごとにプロファイルが新しくなるといった状況。

 本来ならば、汎用性の高いPCが牽引役となって標準を収斂させるべきなのだが、肝心のMicrosoftがBluetoothのユニファイドドライバを提供しておらず、新しいプロファイルに対応するためにはBluetoothインターフェイスのドライバごと個別に対応していく必要がある。このあたりはMicrosoftが本腰を入れなければ、なかなか解決するのは難しいだろう。

 逆に無線LANで、デバイス同士が自動的にアドホックネットワークを構成し、互いの特徴を分かり合った上で、何の設定もなくセキュリティ認証さえ通せばアプリケーションが動く、といった機能を実現するには、多くのハードルがある。無線LANでBluetoothの真似事をするためには、無線LANの上に数多くのプロトコルを構築、標準化し、様々なデバイス上に実装していかなければならない。そもそも、携帯電話などの小型機器に組み込むためには、無線LANは消費電力が大きすぎるという欠点もある。

 無線LANチップそのものは今後も高性能化、ローコスト化が進み、LAN用のアプリケーションがそのまま利用できる事を活かして用途を広げていくだろうが、Bluetoothと同じような使い方ができるようになるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。

 もっとも、Bluetoothをまともにサポートする携帯電話がほとんど存在せず、そのために発売されている周辺機器も限られている日本では、何を言っても机上の空論でしかないのだが。

●なぜBluetooth対応携帯電話が出てこない?

 それでもあえて、Bluetoothで繋がるようになったなら……を考えてみてほしい。少なくとも、PCと携帯電話の接続など基本的な使い方であれば、現状の標準サポートされているプロファイルでも利用は可能なのだ。

 ノートPCやPDAでネットにアクセスするといった使い方ひとつだけを取っても、ユーザーにはなかなか魅力的な環境が見えてくる。将来は、Bluetooth対応端末を様々な機器のユニバーサルリモコンとして使える環境だって決して夢ではない。

 とりあえずBluetooth対応端末があれば、まずはAirH"やFOMAなどの通信専用カードが不要になる。手持ちの携帯電話やPHSがBluetoothに対応していれば、いちいちケーブルで接続しなくても、簡単にインターネットに接続できるからだ。その結果、通信専用に契約していた回線が不要となる。

 たとえばAirH"専用に契約していた回線の予算を、携帯電話のパケット通信割引プランに回せば、携帯電話ひとつに契約回線を集約できる。使い方や料金プランにもよるが、巨大なファイルのダウンロードなどをしなければ、その方が安く上がるケースも多いと考えられる(もちろんAirH"回線をプライマリーのインターネット接続としている人は、その限りではないが)。

 都内をはじめとして、PHSの方が携帯電話よりも繋がりやすい環境の場所では、AirH"フォンひとつあれば64kbpsのPIAFSや32kパケット通信で音声と(PCやPDAを含む)データ通信のすべてをカバーできる。NTTドコモのPHSを使っているユーザーなら、@FreeD対応版のPaldio 633Sが発売されれば、是非使いたいという人も多いんじゃないだろうか?

 このほかにも、ワイヤレスヘッドセットは車で移動しているときや、電話をしながらPCを使いたい時に便利だ。PCで管理しているスケジュールデータをBluetooth経由で携帯電話/PHSに接続してデータ同期しておき、スケジュールビューアとして利用するといった使い方もできる(冒頭で述べたNokia 6550はOutlookとのスケジュール同期が可能)。

 そもそも、携帯電話側の対応さえ進めば、前述したプロファイルの問題も解決の方向が見えてくるはずだ。

 もちろん、これらは携帯電話/PHSのネットワークオペレータ(キャリア)も認識しているはずだが、それでもBluetooth対応端末が出てこないのは、彼らにとってメリットが薄いと考えているからだ。

 たとえばデータ通信専用カード向けに専用料金を設定し、複数回線割引を適用するなどして料金を抑えれば、回線をひとつに集約する必要はないという考え方もできる。そもそも、少数派の(PCからの)データ通信を重視するユーザーよりも、音声端末をたくさん使ってくれるユーザーに対してアピールする機能を重視したいという考え方もある。

 「Bluetoothを搭載するコストや実装容積を確保するぐらいならば、その分を、カメラ機能や液晶ディスプレイの充実に割り当てた方がよほど売れる端末になるから、携帯電話会社はBluetooth搭載を望んでいない。端末をキャリアが買い上げる方法だと、僕ら自身で市場を広げることよりも、キャリアが売りたい製品を作る方が実績を上げやすいという事情もある」懇意にしている携帯電話の開発者は、そう話していた。

 このあたりは携帯電話の利用者層の違い(日本はコンシューマ指向が異常なほど高い)が大きいと考えられる。少なくとも、コンシューマ向けのカメラ機能やディスプレイ性能の充実といった要素が一段落し、端末への小型実装に多少なりとも余裕が出てくるまでは、日本におけるBluetooth内蔵携帯電話の登場は難しそうというのが実感である。

 音声端末ユーザーの減少をAirH"ユーザーの増加でカバーしてきたDDIポケットに、携帯電話と異なる方向での提案として取り組んで欲しいところなのだが、現在はまだ、DDIポケット関係者からそうした声は聞こえてきていない。

 コンシューマ指向の強い進化方向を否定するわけではないが、通信会社自身が多様なユーザー層に対応できるよう、マーケティングの方針に柔軟性を求めていくよう、ユーザーが声を強めていくしかないのかもしれない。

 また、そうした話の流れとは別の方向から、Bluetooth対応携帯電話が登場する可能性もありそうだ。ちょうど取材に来ているニューヨークでニュースを流し見ていたら、cdmaOne方式の携帯電話向けチップを提供しているQualcomと無線チップベンダーのBroadcomが提携し、Qualcom製チップセットにBroadcom製Bluetoothチップの機能を統合していくことが発表された。

 QualcomのWebページからこの情報の詳細を辿ってみると、すでにこの協業による成果は製品に反映され、携帯電話ベンダーにBluetooth機能内蔵チップを出荷済みだという。現在のところ、auからの発表は今のところ何もないが、auの携帯電話端末がBluetoothに対応する可能性が高まったとは言えそうだ。

●QoSや互換性問題に取り組んだBluetooth 1.2が確定

 このコラムを書き終える頃、今度はBluetooth 1.2の仕様承認が最終段階に入ったことがBluetooth SIGから発表された。追加情報として、ここでも簡単にバージョン1.2の紹介をしておくことにしたい。

 まず他の2.4GHz帯製品との干渉を低減するため、アダプティブ・フリクエンシー・ホッピング(AFH)という技術が採用された。この技術を使うと干渉による速度低減が抑えられ、また干渉によって通信リンクが切れてしまうことを防ぐことができる。IEEE 802.11b/gや電子レンジなどとの干渉に効果がある。

 またQoS機能が強化され、複数のBluetoothデバイスに対して同時に情報を送信可能になり、複数デバイスが混在する環境でのパフォーマンスアップを実現している。

 匿名モードが追加され、Bluetoothデバイスの物理アドレスを隠匿した通信を可能にした。これは通信を傍受し、物理アドレスを割り出し、特定デバイスに対して攻撃を行なうといった可能性を排除するものだという。

 音声通信のデジタル処理を強化し、騒音の多い環境下における音響ノイズ低減の処理が可能になった。主にBluetoothヘッドセット向けの機能強化。

 さらにBluetooth SIGは、携帯電話とPC向けに、Bluetooth機能をデバイスに実装するガイドを用意した。今後、PDAやデジタルカメラ、プリンタ、音楽プレーヤなどのデバイスにも、実装ガイドの幅を広げていく。

 実装ガイドでは、デバイスごとにBluetoothがどのように実装されるかが示されているため、Bluetoothの仕様を各社が独自に判断しながら実装していた部分での共通認識が高まり、機器間の相互運用性を向上させることができる。Bluetooth SIGで中心的な役割を果たしている各企業が、自社製品でのBluetoothの実装に関する情報を提供し、まとめたものだという。

 その効果のほどを確認するまでにはまだ時間が必要だが、このところ停滞気味だったBluetoothが殻を破るひとつのきっかけになるかもしれない。

□Bluetooth SIGのホームページ
http://www.bluetooth.com/
□関連記事
【6月18日】Bluetoothバージョン1.2、承認に向け最終段階へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0618/blue.htm

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(2003年6月18日)

[Text by 本田雅一]


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