●力を発揮できない両雄
現在のPCグラフィックス市場は、NVIDIAとATI Technologiesが2強として君臨しており、デスクトップPC向けをNVIDIAが、ノートPC向けをATIが、それぞれリードしている。この2社以外はというと、SiSがグラフィックス事業を子会社(Xabre Graphics Inc)に分離、さらにTridentがPCグラフィックス事業をXabreに売却し撤退するなど、あまり明るいとは言えない状況だ。というより、最新のDirectX 9に対応したグラフィックスチップを出荷できているのは、この2社に限定されている(S3 GraphicsがDX9互換のDeltaChromeを発表しているが、量産出荷はまだ先だと思われる)。市場シェアでも、技術でも、両社が牽引していることは間違いない。 2強のうちトータルでリードしているのはNVIDIAだが、その優位性は以前に比べれば小さくなっており、競争は熾烈さを増している。両社にとって不幸なのは、ちゃんと戦う「場」が提供されていないことだろう。DirectX 9に対応した現在のハイエンドグラフィックスチップが、その真価を十分に発揮できるようなアプリケーションがなかなか揃わない。これでは本来の力を見せたくても見せられないというわけだ。 しばらく前に、両社のドライバが代表的なベンチマークソフトである3DMark 2003に対して、不正な「最適化」を行なった、行なわないと話題になった。が、こうした問題が生じるのも、結局はアプリケーションが不足し、3DMark 2003くらいしか対応したアプリケーションがないから。アプリケーションの不足は、グラフィックス市場全体を歪めていると言えるだろう。 もちろん、代表的な3Dグラフィックスアプリケーションであるゲームの開発をしている側にも、言い分はたくさんあるハズだ。ちょっと前に、2002年の国内ゲーム専用機市場が2ケタの減少だった、というニュースが流れたが、さらに市場規模の小さいPCゲーム市場はもっと大変だろう(世界的にもそうだが、日本国内はそれ以上に小さい)。PCゲーム市場を牽引するべきMicrosoftも、Xbox優先の傾向が見られる。 そんな環境で、PC向けに膨大な開発費を必要とする3Dゲームの開発などできない、といわれればそれまでだ。現状ハイエンドのカードは、ゲーム専用機用も含めたゲーム開発者か、一部のマニア以外には必要性のないものになりつつある。それでもハイエンド向けグラフィックスチップ/カードに対する興味がかろうじて失われないでいられるのは、これらが次世代のメインストリームの仕様を先取りしたものだからだろう。 ●まだ日常には遠い冷却機構
現在のハイエンドグラフィックスカードが特殊なものになりつつあることを示しているのが、NVIDIAのGeForceFX 5900 Ultraを搭載した製品かもしれない。写真1は、いわゆるNVIDIAのリファレンスカード。カードベンダから市販されている「リファレンスカードベースの製品」とも電源部等の仕様が若干異なるが、巨大な黒いヒートシンク、隣接するPCIスロットのスペースまで占有する2スロット仕様など、市場に登場した第1世代のUltraベースの製品と多くの点で類似している(最近、ようやくFX 5900 Ultraベースでリファレンスデザインとは異なるヒートシンクを採用したカードも見られるようになってはきた)。 この黒いヒートシンクを初めて見たとき、その質感等で思い出したのは、大昔(1980年代半ば)に筆者が購入したMaxtorのハードディスクだ。当時のMaxtorはハイエンド向けの5インチフルハイトドライブが主力。その巨大さや重量、黒い焼付け塗装などから、タンク(戦車)とも呼ばれていた。当時、まだサラリーマンをやっていた筆者は、ボーナスをはたいてESDIのドライブを当時の日本代理店から購入した思い出がある。 それはともかく、こんな金物(ヒートシンク)を必要としていてOEMはもうかるのだろうかと、ちょっと心配になるほどだ。もちろん、前作FX 5800 Ultraのヒートシンクが、通常時(2Dグラフィックス動作時)はファンが停止、3Dグラフィックス動作時のみファン回転という仕様で、特別にうるさかったのに比べれば、このFX 5900 Ultraのヒートシンクは通常時低速回転、3Dグラフィックス動作時に高速回転という仕様に変わり、ずいぶんと静かにはなっている。 それでも、幹線道路からほど近い筆者の自宅ならいざしらず、閑静な住宅地での夜間利用に向いた製品とは言いがたい(周りがうるさい筆者の自宅でさえ、GeForceFX 5900 Ultraを使うと、そばで寝ていたネコが逃げ出す)。この点に関しては、現時点ではATIの方に分があるのは間違いないだろう。言い換えればFX 5900 Ultraは、ヒートシンクにこれだけの物量を投入せねばならず、コストと騒音の両面でハンデを負っている。そうした負担に見合うだけの性能差が得られているのか、というのがFX 5900 Ultraの課題だ。 ●ベンチマーク1:3DMark
そうは言っても、冒頭でも述べたとおり、このクラスの性能を論じるのは非常に難しい。ベンチマークテストに対する「最適化」は、ユーザーのメリットにつながるのかどうか分からないし、かといって一般的なアプリケーションの数は絶対的に不足しているからだ。ただ、そうとばかりも言っていられないので、ここでは異なるバージョンのディスプレイドライバを含め、いくつかのテストを行なってみた。
バージョン44.03は、現時点でNVIDIAが正式にリリースしているWindows XP対応ドライバの最新版、44.61はいわゆる非公式版である。比較対照にRADEON 9700 PROのスコアも記しておいたが、これは筆者の現時点での標準テスト用グラフィックスカードだ(GeForceFX 5900 Ultraがメモリを256MB搭載しているのに対し、RADEON 9700 PROは128MBという違いがある)。 テストのうち、3DMark 2001 SEと3DMark 2003については、あらためて説明する必要もないほど有名なものだ。逆に、説明する必要がないほど有名だからこそ、その副作用として「最適化」の問題が生じたわけである。とりあえずここで注目して欲しいのは、ドライバのバージョンを44.03から44.61に上げることで、3DMark 2003のスコアが25%も上がっていることだ。どうやらこの新しいドライバでは、3DMark 2003に対する「最適化」が行なわれているようだ。
●ベンチマーク2:GunMetal Benchmark2
次のGunMetal Benchmark2は、Yeti StudioのDirectX 9対応アクションゲームであるGunMetalに基づいたベンチマークテスト。ゲーム内容的には筆者はあまり興味がないのだが、ベンチマークテストを行なう際には、こうした新しいプログラムとの入れ替えを常に行なわなければ、特定のアプリケーションに対する最適化に気づけなくなってしまう。 ただ、RADEON 9700 PROとGeForce FX 5900 Ultraを比べてみると、GunMetalはかなりNVIDIAに有利なスコアが出る傾向があるようだ(その理由は定かではないが、ひょっとするとGunMetal Benchmarkはシェーダプログラムの作成にNVIDIAのCgコンパイラを使っているのではないかと思う)。興味深いのは、3DMark 2003でスコアが伸びた44.61ドライバが、このGunMetal Benchmarkでは逆にスコアが低下する傾向が見られることだ。ベンチマークテストのスコアが上がっても、必ずしもユーザーの利益にならない、というのはこのあたりの事情による。
次のFF XIベンチも、わが国ではとてもポピュラーなもの。ただ、ここにきてベンチマークテストとしての存在価値は薄れつつある。ここには記していないものの、RADEON 9700 PROとRADEON 9800 PROの間で、スコアの変動がほとんど見られなくなっており、プログラム内のどこかが飽和しつつあるようだ。FF XIは、パッケージにNVIDIAのロゴが入るほど、NVIDIAとの強い連帯により製作されたゲームであることを考えれば、FX 5900 Ultraのスコアが高いことに何の不思議もない(まず間違いなくCgが使われているだろう)。しかし、44.61ドライバでは10%以上スコアが低下しており、ここにも「最適化」の副作用が現れている。
●ベンチマーク3:ゆめりあベンチ
続く「ゆめりあベンチ」は、株式会社ナムコのPS2用美少女ゲーム「ゆめりあ」をモチーフにしたWindows用のベンチマークテスト。 多分にゲームの販促用プログラムとしての性格が強いこと、内容が内容ということで、キワモノ的な扱いを受けているが、このゆめりあベンチマークがすばらしいのは、絶対にディスプレイドライバの「最適化」のターゲットにはされていないだろう、と思われることだ。また、FF XIではほとんど差のつかないRADEON 9700 PROとRADEON 9800 PRO間で、ちゃんと差が出るなど、それほど素性は悪くないのではないかと筆者は思っている。
□ゆめりあベンチマークダウンロード(窓の杜)
ここでのポイントは、RADEON 9700 PROに比べGeForce FX 5900 Ultraのスコアが極端に悪いこと、そして44.03ドライバに対する44.61ドライバによる性能向上がここではかなり顕著に(16%強)見られることだ。 このプログラムがWindows用の製品としてリリースすることを目的としていないことからして、特に何かのハードウェアに対して最適化をしているとは考えにくい(ゆめりあベンチマークがRADEON用に最適化されているとは思えないし、RADEONのドライバがゆめりあベンチマークに最適化されているとも思えない)。にもかかわらず、大きな差(約2倍)が生じているということからして、ゆめりあベンチマークがGeForce FX 5900 Ultraがサポートしていない機能(たとえばPixel Shader 1.4など)を使っているか、FX 5900 Ultraの性能を引き出すには、Cgの利用が不可欠なのではないか、という気がしてくる。 Cgは無償で提供されるし、ソースコードも公開されているから、これを利用することは何も悪くはないのだが、利用しなければならない、となると話は微妙かもしれない。DirectXの本家であるMicrosoftもDirecrtX 9向けにHLSLをリリースしており、必ずしもNVIDIAの動きを歓迎しているとは思えないからだ。 自社製のコンパイラを提供しているという点ではIntelも同じだが、CPUのインストラクションセット(x86のと言い換えてもいい)は、MicrosoftがOSビジネスを始める前からIntelが決定権を保有しており、いわばIntelの既得権益。それに対しWindows上の3DグラフィックスAPIは、Microsoftの既得権益であり、それを侵されることをMicrosoftは許さないだろう。 RIVA128の頃のNVIDIAがカッコ良かったのは、他の3Dグラフィックスチップベンダ(3Dfx、S3、Rendition、etc.)が、DirectXとは別に自社固有のネイティブ3D API(最も有名なのは3DfxのGlide)を持っていたのに対し、NVIDIAはうちのネイティブAPIはDirectXだ、と言い切ってはばからない点だった。それに比べて今のNVIDIAはコンパイラでの囲い込みや、特定アプリケーションへの最適化など、ワークステーショングラフィックスベンダのような体質になりつつあるように思えてならない(そういえば、SGIからずいぶんと人材を獲得しているが)。 話が脱線してしまったが、44.61のドライバでゆめりあベンチマークのスコアが著しく向上したということで、このドライバの「最適化」が3DMark 2003のスコアアップだけを狙ったものではない、ということは言っていいのかもしれない。スコアが上がったのが3DMark 2003とゆめりあベンチマークで、下がったのがGunMetalとFF XIということを考えると、44.61ドライバでの改善点は、Cgを使わないアプリケーションでの性能改善ではないか、という気がしなくもないが、これだけの種類のベンチマークテストを実施しただけで、そう断言するのは早すぎるだろう。 ●ベンチマーク4:CINEBENCH 2003
最後に残ったCINEBENCH 2003は、3DグラフィックスソフトウェアのCINEMA 4DをリリースしているMaxonが提供するベンチマークソフト。 当然、このベンチマークもCINEMA 4Dをベースにしたもので、Windows版に加えMacintosh版も提供されている。 テストはCINEMA 4Dのソフトウェアグラフィックスエンジンをベースに、OpenGLベースのハードウェアアクセラレーションについてもテストすることができる。また、シングルCPUだけでなく、マルチプロセッサ、Hyper Threadingの効果をテストすることができるのもこのソフトのミソだ。
まずCPUのテストは、Daylightと呼ばれるシーンをCINEMA 4Dが内蔵するレイトレースエンジンでレンダリングするもの。スコアは1GHzのPentium 4相当を100としてあらわされる。1CPUのスコアはシングルプロセッサによるもので、X CPUは内蔵するすべてのプロセッサを利用した場合のスコアだ。HyperThreading対応のCPUの場合、1 CPUは1論理プロセッサで、X CPUは2つの論理プロセッサを用いたものになる(CPU Ratioは1 CPUとX CPUの比率)。ここでのテスト結果は、RADEON 9700 PROもGeForceFX 5900 Ultraもほぼ同じになっているが、テストの内容を考えれば当然のことといえるだろう。また、HyperThreadingによる性能向上がちゃんとスコアとして現れている。 次のC4D Shadingからが3Dグラフィックスのベンチマークテスト。テストは3DアニメーションのPump Actionと、ポリゴン数の多い都市のモデルを俯瞰するCitygenと呼ばれる2種類で構成されている。C4D Shadingは内蔵するソフトウェアシェーダによるもので、スコアは1GHzのPentium 4を100として示される。次の2つは、C4D Shadingと同じテストをOpenGLアクセラレータを利用して実施するものだが、OpenGL SW-Lはライティングのみをソフトウェアで行ない、OpenGL HW-Lはライティングを含めてすべてをハードウェアで行なうものだ(おそらく過去にライティングを処理させると極端に性能の低下するハードウェアがあったのだろう)。SL RatioはC4D ShadingとOpenGL SW-Lの性能比を、HL RatioはC4D ShadingとOpenGL HW-Lの性能比を、それぞれ示したものである。 このテストを見る限り、GeForceFX 5900 UltraはRADEON 9700 PROより若干スコアで上回るが、その差が大きいとはいえない。また、44.61ドライバの方が44.03ドライバより若干スコアが下回っているが、ベンチマークテストの誤差を考えれば、同じといってもかまわない差でしかない。このテストで一番面白いのはマルチプロセッサにかかわる部分かもしれない。 ●相互を意識し合わなければならない状況
今回はGeForceFX 5900 Ultraを中心に、複数のベンチマークを試してみた。念のために申し添えておくと、これはNVIDIA対ATIの対決を意図したものではなく(そうであればRADEON 9800を用意すべきだろう)、いろいろな光を当てることによってGeForceFX 5900 Ultraの特性を照らし出したいということだ。 3DMark 2003における「最適化」の例でもわかるように、アプリケーションとドライバソフトの関係により結果は大きく変わってくる。あるハードウェアが普及しているのであれば、アプリケーション側も最適化したライブラリを使用するし、あるアプリケーションが指標となればドライバ側もそれに最適化したルーチンを装備する。いずれもライバルに勝つために、相手を意識しなければならない状況なのだ。 今回、印象的だったのは、ハードウェアベンダー(ドライバソフト提供者)が意識していないであろう「ゆめりあベンチ」という指標が登場することによって、また別の角度から各ハードウェア&ドライバソフトの特性を見ることができたことだった。 ゆめりあベンチの作者たちは、たぶん素直に3Dプログラムを作っており、それによってこれまで見えなかった側面を表れている。あえて言えば「無垢の勝利」と言えなくもない。 それにしても、NVIDIAとATIの両社が存分に力を発揮できる場が早く登場することを、両社のためにも祈りたい。 □関連記事 (2003年8月8日)
[Text by 元麻布春男]
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