第205回
Intelがワイヤレス技術にこだわる理由



 Centrinoの発表以降、何通かいただいたメールの中に「なぜIntelはCentrinoを押しつけるのか。IntelがCentrinoを押しつけても、ユーザーは何の得にもならない」といった趣旨の意見をいくつかいただいた。

 なぜIntelがワイヤレス技術にこだわるのか。その理由は、Intel Developers Forumのレポートなどを注意深く観察していると、その中に隠れていることがわかる。戦略的な是非はともかく、Intelはワイヤレス技術と半導体技術を融合させることにより、自社の優位性を高められると考えている。

 Intelはワイヤレス技術を組み込めるアナログ回路と、最新プロセッサにも活用できる高速ロジック回路の両方を、ひとつのチップに混載する技術を開発している。それにより、Intel最大の武器であるx86プロセッサのアーキテクチャに、新たなる付加価値を加え現在よりもさらに高い競争力を発揮できるからだ。

 たとえば、9日に開催されたIntelのワイヤレス技術説明会を見ると、Intelがいかにして自社の戦略の中にワイヤレス技術を取り込もうとしているかが、おぼろげながらも見えてくる。

●高電圧にも耐えられる高性能のアナログ/デジタル混載プロセスを持つIntel

 IntelはPCに関連する、様々な技術に対する積極的な投資を行なったり、業界団体における標準化プロセス、基礎研究開発などに関わっている。しかし、すべての技術がIntel社内における事業を見据えたもの、というわけではない。実際に多いのは、有望なベンチャーを支援することでテクノロジの進化を加速させたり、業界内でリーダーシップを取って業界全体が前へと進む時期や速度を速めるといった活動の方が目立っている。

 だが無線技術に関しては違う。PCが使われるフィールドを広げ、PC市場の拡張を狙う意図ももちろんあるだろう。しかし半導体企業としてのIntelは、ワイヤレスという切り口で独自性を発揮できるだけの技術を持っている。

 たとえばIntelは、高出力のワイヤレスデバイスを実装可能なアナログ回路と、最新プロセッサにも利用できる90nmの高速デジタル回路を混載可能な、半導体製造プロセス技術を持っている。それらの技術は、現在はハイコストだが、将来的にはIntel製のあらゆるチップに採用可能になるだろう。

 半導体へのワイヤレス技術の統合は、Intelだけが研究開発しているわけではないが、世界最大の半導体企業であるIntelが、この分野に並々ならぬ自信と可能性を見ていることは間違いない。

 IntelがCentrinoの戦略を、多少強引にも見える手法で推し進めてきた背景には、将来的にIntelの提供するPCプラットフォーム技術、つまりプロセッサやPCチップセットにワイヤレス技術を統合していく前に、PCにおけるワイヤレス技術の経験を積み、さらにはマーケティング的にもワイヤレスにコミットした姿勢をアピールしたかったからではないだろうか。ワイヤレスをシステムに統合することによるメリットの認知を上げ、ノートPCへの無線LAN統合を当たり前にすることで、ワイヤレスのアプリケーションや接続性を向上させる技術の進歩を加速させることもできる。

 Intelは近年、ワイヤレスに限らず通信系の半導体ベンダーを次々に買収してきた。しかし、Intel自身による無線LANチップ提供の経験や実績はなく、Intel Pro/Wireless 2100がはじめての自社製チップになる。IEEE 802.11gの認知が急速に拡がったことや、IEEE 802.11aへの対応が遅れたことなどは、はからずもこの分野でのIntelの経験値不足を世に知らしめることにはなった。用意周到なIntelらしくないと言えばそれまでだが、もう少し長いスパンで見れば、Centrinoの戦略はIntelにとってプラスに作用することは間違いない。

●あらゆる無線に対応できるプラットフォームを目指す

 Intelがやろうとしているのは、Intelアーキテクチャが組み込まれるデジタル機器(PCだけでなく、XScaleが組み込まれる端末も含まれる)に、あらゆる環境下においてネットワークへの接続性を持たせることだ。

 現在は爆発的な普及速度から、無線LANが注目されているが、長く使われてきたEthernetによるネットワークの置き換えである無線LANだけでは、カバーできない使い方もある。たとえば(日米ではほとんど普及していないが)Bluetoothなどは、無線LANを補完するために考えられた規格であり、デバイスプロファイルを持ち、機器同士が簡単にワイヤレスで繋がる世界を実現するのに向いたプロトコルとなっている。

 また、各ワイヤレス機器自身が中継点となって、ワイヤレス網を拡張するメッシュネットワークのように、ワイヤレス時代の新しいネットワークトポロジとそれを実現するプロトコルの提案も行なわれている。

 法規制の緩和によるワイヤレス通信で利用可能な電波帯域の拡大や、それに合わせた新しいワイヤレスプロトコル、たとえばUltra Wide Bandのようなワイヤレス技術など、新しい技術が今後も数多く登場してくるだろう。

 そんな中で、当たり前のようにデバイスがワイヤレスで接続されるようになるためには、ハードウェア側にも柔軟性が必要となる。また、あらゆるものがワイヤレスで接続されるためには、ワイヤレスの実装コストが無視できる程度に下がっていかなければならない。どんな場所でも、そしていつでもワイヤレスで繋がるためには、接続のためのあらゆる可能性を内包しておく必要があるからだ。

 しかし、固定されたワイヤレス機能を内蔵してしまうと、接続性の幅を限定してしまうことになる。WAN、LAN、PANなど、ユーゼージや使われる場所などによって、様々なネットワークの形態が考えられるが、これまでの技術では多くの規格やトポロジ、各国の規制などに対して柔軟に対応することはできなかった。

ケビン・カーン氏

 説明会でIntelフェロー兼コーポレート技術本部コミュニケーション&インターコネクト技術ディレクタのケビン・カーン氏は、CMOSプロセスへの無線機能の実装、リコンフィギュアブルなベースバンドDSP、スマートアンテナについて話をした。

 これらはいずれも、あらゆる無線に対して柔軟に対応可能なプラットフォームを創り出すのに不可欠なものばかり。特にリコンフィギュアブルなベースバンドDSPは、将来実用化されるだろう規格を含む、多くのワイヤレス技術に幅広く対応しつつ、シリコン上の実装を節約し、消費電力も最小限に抑えることができる重要な技術となるだろう。スマートアンテナ技術も、多種のワイヤレス標準をサポートするために不可欠なものだ。また、Intelはここで上げた3つ以外にも、実に多くのワイヤレス技術に対して投資している。

 半導体上へのワイヤレス技術の実装が当たり前になれば、そこでの技術的な優位を信じて先行的な投資を続けてきたIntelにとって、明らかに有利な展開となる。ユーザー側にとっても、こうした次世代に向けた競争に腰を据えて挑戦してくれるIntelの姿勢はプラスに働くだろう。Intelの向かっている方向は、テクノロジの観点から言えばプラスだ。

 ただしPC業界におけるIntelの支配的な立場を利用して、自社に有利な市場環境を作ろうとするならば、僕らは厳しい目を彼らに向けなければならない。Intel以外から生まれてくるワイヤレス技術も、ユーザーにとっては重要なものだからだ。

 Intelはもちろん、PC業界にとって重要なプレーヤではあるが、Intelだけが技術革新をしているわけではない。幅広い視野で技術動向を見守る必要はある。Centrino戦略については、賛否さまざまな意見が飛び交ったが、Intelのようなプラットフォーム技術の保有者が、どんな戦略を展開しようとしているかには注意を向けなければならない。

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【6月9日】インテル、CMOS無線技術などへの取り組みを紹介
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0609/intel.htm

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(2003年6月11日)

[Text by 本田雅一]


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