大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

日本HP、樋口社長率いる新体制発足
~その評価は「まじめ」と「アグレッシブ」




日本ヒューレット・パッカード 樋口泰行社長

 日本ヒューレット・パッカードの樋口泰行新社長が、5月27日の新戦略発表会で、初めて報道関係者の前に姿を表した。

 同社関係者によると、5月1日に社長に就任して以来、約50社にのぼる顧客への挨拶まわり、2度の海外出張、社内の各事業部門トップとのヒアリングなど、まさに土日返上の日々を送っていたようだ。

 今回の会見では、エンタープライズ分野向け新戦略として「アダプティブ・エンタープライズ戦略」を発表。同社では、低価格路線のボリュームビジネス戦略、付加価値路線のバリュービジネス戦略の2極化戦略を標榜しているが、今回の新戦略は、そのうちバリュービジネス戦略を加速するものとして位置づけ、具体的に3つのサービスを用意した。

 アダプティブ・エンタープライズ戦略の詳細についてはあとで触れるが、これが樋口新社長としての初の記者発表となったわけだ。

 とはいえ、エンタープライズ分野への取り組みに関しては、代表取締役会長でCEOの寺澤正雄氏が、強力なバックアップ体制を取る様子であり、むしろ当面の間は、大手顧客に対するトップ商談では寺澤会長が前面に出ることになりそうだ。

●アグレッシブな若手経営者

 樋口新社長は、'57年11月兵庫県生まれ、'80年に大阪大学工学部電子工学科卒後、松下電器産業に入社。その後ボストンコンサルティンググループ、アップルコンピュータ、コンパックコンピュータと渡り歩いた。'91年にはハーバード大学MBAを取得している。

 45歳という年齢ながら、これだけ複数の会社を渡り歩いていることから、社内でも、「コンパック派という印象よりも、むしろ、どこにも属さない中立的な印象の方が強い」との評価もある。

 寺澤会長は、その樋口氏を「攻めに転じる日本ヒューレット・パッカードにとって、素養と判断力を兼ね備えたアグレッシブな若手経営者。いまの日本HPには最適なリーダー」と評する。

 樋口社長は、昨年11月からの新生日本ヒューレット・パッカード発足にあわせ、執行役員としてIAサーバー事業の陣頭指揮をとり、今年1月からは同分野における市場ナンバーワン奪取を目指した戦略的ともいえる低価格戦略を推進してきた。

 そのIAサーバー事業は、今年1~3月の実績では、前期比3ポイントアップの16%台となり、トップNECとの差はわずか2.1ポイントという健闘ぶり。

 「約2ポイントの間で4社がひしめく市場。一気に上を狙いたい」(樋口社長)と、IAサーバー市場でのトップシェア奪取に鼻息も荒い。

●趣味の時間は勉強に割きたい

 こうした強気の樋口新社長の社内の評価は、「アグレッシブ」、そして「まじめ」の2つの言葉にほぼ集約されるようだ。

 「なにしろ仕事にはアグレッシブ。グイグイ引っ張っていくタイプだ」という声とともに、「何事にも真剣に取り組み、まじめという言葉がぴったり当てはまる」、「まさにハードワーカータイプ」との声が複数の同社社員の間から聞かれる。

 その評価のなかには、「むしろ、まじめすぎるきらいがあるほどだ」との声も出ているほどだ。前社長の高柳肇氏が、会話の端々にジョークを交えて語るのとはまさに対照的。だからこそ、余計に「まじめ」との印象が強くなるのかもしれない。

 ハードワーカーを象徴するようなこんな逸話が早くも社内では出ている。

 新社長就任後、各事業所のトップとの懇談の際、フリーディスカッションで樋口社長の趣味に関する質問が飛んだという。

 それに対して、樋口社長は、「私は松下電器の出身であり、製造業はいかにアイドリングタイムを少なくするかが重要な鍵だと教え込まれた。仕事も同じであり、アイドリングタイムをいかに短くするかが私の人生観。趣味の時間があるとすれば、それを読書などの勉強の時間に割きたい」と回答したという。

 まさに勤勉型。ゴルフを始めたのもわずか4年ほど前。ゴルフを始めたのが遅いことが勤勉型の証とはいわないが、樋口社長が根っからの勉強家であるのは間違いないだろう。

●新社長を陣頭に若返りを図る

日本ヒューレット・パッカード 代表取締役会長件CEO 寺澤正雄氏

 寺澤会長は、「若い」という言葉を何度も持ち出して、樋口新体制の優位性を訴える。

 「歳を取ると、頭が硬直化してくるんですよ。そうすると、なかなか新しい文化が作れない。日本ヒューレット・パッカードは、昨年11月に新たな体制で日本法人がスタートしたところ。新たな文化を作る必要性があるなかで、若いリーダーを据えられるいまの日本HPの組織は、大きな飛躍の可能性があるということ。お客さんのところに挨拶に行くと、若い人をトップに据えられるのはいいですね、と羨ましがられる」と話す。

 高柳前社長は61歳、寺澤会長も62歳。45歳の樋口新社長とは、社長人事でいえば2世代、場合によっては3世代の差がある。

 かつて、日本ヒューレット・パッカードの前身となる横河ヒューレット・パッカードでは、笹岡健三元社長が、'74年に49歳で社長に就任した例があるが、それ以来の40代社長の誕生ということになる。

 寺澤会長は、「たまに高柳さんと、経営者のネクストジェネレーションの話になることもあった。その時、何人かの名前があがっていたが、彼は、最年少に近い部類として名前があがっていた1人だった」という。

 この言葉からも、新生日本ヒューレット・パッカードが新たな文化を創出する上で、一気に若返りを図るという選択を選んだのがわかる。

 「若いからやりにくいということはない。むしろ、高柳前社長が、実質4カ月間の社長期間であり、しかもそのうち半分は入院していた。そのため、新生日本HPのカラーが出来上がっていない段階でもある。樋口カラーを出しやすい状況にあるといえるだろう」と、寺澤会長は樋口体制を全面的に支援する姿勢を見せる。

●樋口社長が打ち出す「アダプティブ・エンタープライズ戦略」とは?

 その樋口社長は、現在の日本HPを次のように自己分析する。

 「日本HPは、HP、コンパック、DEC、タンデムという4つのIT企業が合体した企業。また、6,000人規模の大所帯であること、外資系企業であるといった特性がある。4つの企業の情報インフラは統合できたが、人や文化の統合には時間がかかる。社内を見回した結果、まずは気持ちをひとつにすることを社内に徹底的に訴えることが必要だと感じた。さらに、市場変化はますます速度を増しているなかで、お客様第一主義、スピード、結果重視、オープン、日本市場への浸透といった5つのテーマに取り組んでいきたい」と話す。

 寺澤会長は、「彼は、ロジカルであることと、フレームワークづくりがうまい」と樋口社長を評価するが、これが新たな日本HPの企業文化づくりにどう発揮されるかが注目される。

 その樋口社長が初めて打ち出した戦略が「アダプティブ・エンタープライズ(AE)戦略」というわけだ。

 アダプティブ・エンタープライズ戦略は、「ビジネス環境の急激な変化にも柔軟に対応できるIT基盤を構築する」というのが基本コンセプト。これまでの情報システムに対する要件が、コスト削減効果、ビジネス品質の向上、リスク低減といった点が求められていたのに対し、ここにきて、IT環境をビジネス上のニーズの変化に適応させる「アジリティ(俊敏性)」の向上が求められるという。

 それを実現する具体的なサービスとして、企業におけるアジリティを、ビジネスとITの両面から測定する「アジリティ・アセスメント・サービス(AAS)」、アプリケーションインフラストラクチャの構築方法論である「アダプティブ・アプリケーション・アーキテクチャ(AAA)」、ネットワークの設計・構築のための新しい方法論である「アダプティブ・ネットワーク・アーキテクチャ(ANA)」の3つのサービスを新たに用意する。

 また、従来から提供しているhp OpenView、UDCといった製品群に加えて、HP-UXやノンストップ技術、そして合併効果によって戦略的な低価格路線を追求できるハードウェア製品群が、アダプティブ・エンタープライズ戦略を下支えすることになる。

 新サービスを支援するために30人のアセスメントコンサルタント、300人のAEコンサルティングチームを用意。戦略パートナーやSI、ソフトベンダーとの協業強化、ウェブや広告、イベント、トレーニングを通じたAEの訴求も図る考えだ。

 「当社が打ち出すソリューションは、絵に描いたものではなく、すぐに動くソリューションとして提供できる点が他社とは異なる」と樋口社長は強調する。

 いよいよ動き出した樋口新体制。新生日本HPが樋口新体制となって、どれだけ日本市場に根付いた展開ができるかが注目されるところ。日本法人の業績については基本的には明確にしないため、これを外から推し量る手法は、まずは、シェアということになるだろう。

 日本で躍進するデルコンピュータの浜田宏社長も今月末には44歳となり、樋口新社長とは同年代。シェアという点では、若い経営者を擁する日本ヒューレット・パッカードとデルコンピュータの一騎打ちが、当面の焦点ともいえそうだ。

【お詫びと訂正】初出時に寺澤正雄氏の役職名を誤って記載しておりました。正しい役職は代表取締役会長兼CEOです。ご迷惑をおかけいたしました関係者の皆様にお詫びして訂正させていただきます。

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【4月8日】日本HP、高柳代表取締役社長が退任
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0114/gyokai45.htm
【2002年11月1日】日本HP、コンパックと正式に合併。新生日本HPが発足
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1101/hp.htm

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(2003年5月28日)

[Text by 大河原克行]


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