後藤貴子の 米国ハイテク事情

DRMで攻防するPC&家電業界とハリウッド




●次世代PCや家電の焦点、デジタル権利管理

 「すべてのPCや家電に不正コピー防止機能を義務付けよ!」「すべてのPCに一律12ユーロ(約1,500円)の不正コピー補償税を賦課せよ!」

 こんな法案や提案が、昨年、欧米で相次いだ。前者は米国の上院に法案として提出された。後者はドイツの特許庁で提案されたという。この調子が続けば、CDからコピーした音楽をPCで聞くことができなくなったり、PCを買うときに余計な税金がかかるようになるかもしれない。

 PCを、著作権を侵害するコピーマシンとして叩く風潮が強まる中、DRM(digital rights management:デジタル権利管理)技術への関心も強まる一方だ。著作権者側がユーザーのコンテンツ利用法をコントロールし、不正コピーを防止できるDRMの扱いは、今や次世代PCや家電の最大の焦点となった。それだけに、DRMをめぐっては様々なプレイヤーによる様々な主導権争いがあり、一見複雑だ。だが、その攻防をたどると逆に、各企業や業界の思惑が見えてもくる。

 DRMに関わる主なプレイヤーを簡単に色分けするとこのようになるだろう。

(1)映画会社、レコード会社をはじめとするコンテンツ提供者の業界=DRM推進派:“とにかくコピー防止”

(2)ソフトウェア・ハードウェア両面のコンピュータ業界=両面派:DRMをビジネスチャンスともPCへの脅威とも見る

(3)家電業界=苦悩派:基本は両面派だが、PCとの連携をどうするかにも悩む

(4)ISP、放送などのコンテンツ配信者の業界=模索派:組んで一番トクな相手や方向を模索中

 そしてそれぞれに、(1)のコンテンツ陣営 VS (2)(3)のテクノロジー陣営、(2)の家電陣営 VS (3)のPC陣営など、複数の対立関係があり、さらに各業界内でも競争がある。競うものも、技術ばかりではない。例えばコンテンツ業界 VS テクノロジー業界では、争いの道具は政治。つまり市場の支持より政治の駆け引きで、将来のPCや家電の姿や機能が規定される可能性もある。


●政治で対立するコンテンツ業界とテクノロジー業界

・不正コピーを法で強制的に防ぎたいハリウッド

 超党派のベテラン政治家らが提出したある法案が、昨年、米テクノロジー業界を震撼させた。冒頭に書いた、家電やPC(ソフトウェア含む)にコピー防止機能を付けることを義務づけるConsumer Broadband and Digital Television Promotion Act法案。Ernest Fritz Hollings上院議員をはじめ、Dianne Feinstein議員、Daniel Inouye議員ら大物連が、Walt Disney Companyなどの支持を受けて提出した。この法案が通れば、テクノロジー業界はコンテンツ業界やFCC(連邦通信委員会)と協議して、短期間のうちにコピー防止技術を決めなければならない。業界内だけでの協議や市場競争によるものではなくなるので、テクノロジー業界にとっては実にいやな法案だった。

 Hollings法案は、コンテンツ業界が政治力を“守り”の戦法だけでなく、“攻め”の戦法にも使い始めたことを意味していた。

 著作権が生命線であるコンテンツ業界は、昔からそれを政治で懸命に守っており、特にここ数年の政治活動は活発だった。MPAA(米映画協会)やRIAA(米レコード協会)は、DVDのリッピングを可能にするコード「DeCSS」('99年登場)を公開した出版社を告訴したり、同じくDVDの電子透かし技術の弱点を論文にしようとしたプリンストン大教授にも一時、告訴をちらつかすなどした。また、議会を動かし、告訴の拠り所である著作権の有効期限延長にも成功した。しかしHollings法案では違法コピーに手を貸す者を罰するところから一歩前に出て、コピーさせない技術を強制しようとしたのだ。

 Disneyなどが政治活動を強めた理由はもちろん、ブロードバンドの本格普及やTV放送のデジタル化が目前だからだ。映画業界は、音楽業界がカジュアルコピーの流行で市場を荒らされ、再生できないケースもあるコピー防止CDを出すなどして自らまた市場を荒らしてしまったのを目の当たりにしている。コピーを防ぎ、安心して儲けられるオンライン配信システムを一刻も早く普及させたい、そのためコンピュータ業界や家電業界に外圧をかけて、DRM技術開発を急がせたかった。

 Hollings法案は、テクノロジー業界や消費者団体、言論の自由活動団体からの猛反対などにより、成立しなかった。だがそれはたいした問題ではない。コンテンツ業界は、少し変更を加えた別案を議員に再提出させてもいいし、実際に法制化されなくても法案の圧力がテクノロジー業界との交渉のカードになるからだ。

・“フェアユース”で立ち向かうコンピュータ業界、家電業界

 ところが、コンテンツ業界の政治攻勢に対し、じつはコンピュータと家電のテクノロジー業界も同じ政治力で真っ向から対抗している。コンテンツ業界の武器が著作権なら、テクノロジー業界の武器は“フェアユース(公正な使用)”の権利だ。

 フェアユースは、消費者が自分の買ったCDやDVDをバックアップやポータブル機器で楽しむためにコピーできるのはフェアな権利であり、それをコンテンツ業界などが海賊行為と同様に禁止するのは逆にアンフェアだという考え。PCユーザーには当然に聞こえるし、消費者団体、言論の自由擁護団体なども同じことを主張している。

 そこでテクノロジー業界は、味方の多いこの論をかざして、映画業界が推すHollings法案に反対した。家電業界団体CEA(家電ショウCESの主催団体)も、Intel、Compaqなどの有力コンピュータ企業も、ともに法案に抗議の声を上げたのだ。また、やはりフェアユースを根拠に、コンテンツ業界が拠り所とする著作権関連の法規を緩和する法案を支援したりもした。

 米国では'98年成立のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)を厳密に適用すると、個人が自分の買ったCDのバックアップを取るためであっても、コピー防止技術を破ることは違法となってしまっていた。Intelなどのコンピュータ企業やCEAは、このDMCAの改訂法案を出したRick Boucher下院議員やZoe Lofgren下院議員を支持。昨年は両法案とも成立に至らなかったが、両議員とも、今年も同様の法案(Balance ActDigital Media Consumers' Rights Act of 2003)を提出、ユーザの(海賊行為でない)コピー権利を法で認めさせようとしている。


●政治対立より複雑な裏舞台

 しかしこの“コンテンツ業界 VS テクノロジー業界”という構図もいわばオモテの話だ。コンテンツ業界内にも対立があるし、コンテンツ業界とテクノロジー業界が手を結ぶ場面もある。

・Sony対Disney?

 一枚岩に見えるハリウッド。しかしよく見ると、親会社の方針や企業同士のライバル関係によって、内部に亀裂がある。大きくは、“テクノロジー主導のSony(Pictures)” VS “コンテンツ主導のDisney”という対立、それからほかの企業間でも主導権争いがあるように見えるのだ。

 例えば報道によれば、Disneyが中心となって支持したHollings法案を、ソニーが親会社のSony Pictures EntertainmentとAOL Time Warnerが親会社のWarner Bros.は支持しなかったという。映画業界に有利なはずの法案に賛成しなかったのは、テクノロジー業界トップのソニーと、AOLの影響力が弱まりつつあるとはいえやはりテクノロジー系のAOL Time Warnerという親会社の意向が、反映したと見られる。

 一方Disneyは、Sony PicturesがWarner Bros.、Metro-Goldwyn-Mayer(MGM)、Paramount Pictures、Universal Studiosの4社とともにジョイントベンチャーで始めた、Movielinkというビデオオンデマンド・サービスに参加しなかった。独自のサービスを計画しているといわれるが、計画は遅れている。さらに、DisneyのほかにMovielinkに参加しなかった映画会社にはTwentieth Century Fox Filmがあり、Disneyとはまた別個にビデオオンデマンドを計画しているといわれる。Foxは、辣腕経営者として知られるルパート・マードック氏のメディア・コングロマリット、NewsCorporationが親会社だ。

 Movielink自体は、今ある技術でとにかく始めてみたという感じのサービスだ。すぐに成功するというものではなく、主眼はノウハウの蓄積だろう。でも、提供タイトルが多いほうが成功の可能性は高まるわけで、DisneyやFox(News Corporation)が袂を分かつのは、やはり、Sonyやほかの映画会社と組んで主導権を奪われたくないのだと想像するのが自然だ。コンテンツの浸透力や量が特に強力な両社だけに、もっと独自のサービス構築をしたいのだろう。

・テクノロジー業界にとっても本当はDRMが魅力

 またコンピュータ業界や家電業界のほうも、DRM強制法案に反対したからといって、DRMそのものに反対なわけではない。逆にDRMの開発には非常に熱心だ。DRMで新しいコンテンツ配信の産業を興すことが、自分たちの生き残りをかけた大きなビジネスチャンスと考えているからだ。その意味では、テクノロジー業界とコンテンツ業界は利害が一致する。

 コンピュータ業界も家電業界も、いつかの時点ではDRMを使って映画や音楽の有料デジタル配信を普及させれば、それによって消費者向け・バックエンド向けの新しい機器や技術サービスを売ることができる。法律による強制に反対する理由はインターネット文化の自由を守りたいからではなく、(1)DRM技術の開発や標準化に関して、ほかの業界や政治家たちに主導権を取られたくない、(2)今の時点でコピー防止機能を付け急いでは、価格が上がったり消費者の反発を招くなどして製品が売れなくなる、それでは困る、ということにすぎないだろう。

 そしてコンテンツ業界内に対立関係があったように、DRMによるビジネスチャンスを争うゆえに、“テクノロジー業界”の中にも“あつれき”がある。PCでいくか家電でいくかで根本的に立場の違うコンピュータ業界 VS 家電業界、それに、海賊行為がより怖いソフトウェア業界 VS それほどでもないハードウェア業界。こうした立場の違いが、それぞれが推すDRMの形の違いにもつながっている。

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(2003年3月20日)

[Text by 後藤貴子]


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