第187回
家庭内ノマドよ何処へ行く



 International CESへの出張移動と重なったこともあり、先週は連載を1回飛ばしてしまった。しかし家電のみならず、PCやネットワーク、通信までを巻き込んだ今年のCESは、かつてCOMDEX/FallがPC以外の業界を巻き込みながら膨れあがって行ったころの勢いを感じる。CES参加ベンダーが異なるのは、COMDEX/Fall参加ベンダーが、生まれたばかりだったPCを中心にしたビジネスが地に足をつけないまま、“可能性”だけで突き進んできたのと対照的に、家電業界のより長い歴史を背景に地に足のついた立ち回りをしていることだろう。

 CESは昨年までの数年間、PC業界から強い影響を受けながら、PCが家電に近づくとともに活気を増していたが、今年は完全に家電業界がIT業界を脇役に押しやった格好だ。家電ベンダーは事業規模が大きいため、一面だけで語ることはできないが、関係者からは“AV家電を中心にしたホームネットワークにPCは邪魔”という雰囲気も読みとれた。

●自宅でノートPCを持ち歩く意味がなくなる?

 “家庭内ノマドというのは、数年前にライターのゼロ・ハリ氏が作り出した言葉。PCを自分の部屋の机だけで使うのではなく、モバイルPCを自宅内を自由に移動(放浪)しながら、便利に、そして楽しく使おうという提案が込められている。

Turtle Beach AudioTron

 様々な機器がEthernetに繋がり、それに無線LANからアクセスできるようになると、PCはもっと便利に多様性を増してくる。たとえば以前紹介したTurtle Beachのネットワークオーディオプレーヤ「AudioTron」は、それ自身がWebサーバーになっておりWebブラウザを通じてインフォメーションを受け取ったり、PCの広いスクリーンを利用してリモコンよりも複雑な操作を快適にこなせる。東芝のDVD/HDDビデオレコーダ「RDシリーズ」も同様のアプローチで、Webブラウザからタイトル編集などの操作が行なえるようになっている。

 最近は「10フィートユーザーインターフェイス(10フィートUI)」と呼ばれる、赤外線リモコンで離れたところからあらゆる操作を行なうユーザーインターフェイスや、各機器の連携を高めるためのユーティリティ開発が盛んだが、10フィートUIとは別にPCだからこそ便利な使い方というのも別にある。どちらが良いかではなく、どちらも重要だと思うのだ。

 PCが持つパワーは、何も高解像度でサイズの大きなスクリーンだけではない。大容量のHDDやメモリ、それらの拡張性。さらには強大なプロセッサパワーも家電にはない魅力であろう。ただ、それらの要素はネットワーク中のどこかに存在していればいい。

 ネットワークの良いところは、機能が空間的制約から解放されることだから、何もすべての機能を持ち歩く必要はない(ただしあらゆる機能がシームレスに接続されるためのインフラは必要であり、それはまだ実現されていないので、現時点では机上の空論ではある)。つまり、ネットワーク経由で結合できる機能は家庭内で持ち歩く必要がなくなる。

 たとえばネットワークの先にビデオや音楽が保存できるなら、手元の機材にHDDは必須ではないし、テレビ放送をネットワーク経由で中継してくれるキカイがあればテレビチューナーを内蔵しなくともテレビを見ることができる。

 と考えていくと、何もモバイルPCを手にして家庭内ノマドする必要はなくなってきてしまう。実際にはソファーでくつろぎつつ、音楽を聴きながらメール処理をしたい、なんて要求もあるだろうから、万事がそうなるとは言い難いが、PCを持ってウロウロするよりはSmartDisplayを使う方がいい。キーボード付きSmartDisplayなんてものは世の中にはないが、ユーザーインターフェイスに特化したノートPC型のリモート端末なんてものがあれば、個人的にはノートPCを持ってウロウロする必然性はなくなってしまう。

●コンテンツプロテクションがネック

NECのSmart Display端末「SD10」

 もっとも、そんなことを考えながら「SmartDisplayが欲しいなぁ」なんて思うのはPCがよほど好きな人たちだけ、というのが、家電業界の住人たちの意見。現在のSmartDisplayは、そこそこの性能を持つPCが5万円以下で買えるご時世を考えれば少々高価ではあるが、PC中心の生活をしている人から見れば、なかなか魅力的なデバイスだと思う。

 しかし業界が異なれば注目を集める製品も違ってくる。SmartDisplayは来場者には好評を博していたようだが(もっともデモを見るとホットドッグが食べられるから並んでいるという話も)、取材先の担当者やプレスの間ではあまり話題に上らない。コンセプト自体は1年前から明らかだったから、というのも理由だろうが、家電屋さんたちは、PCのことを“ホームネットワークの中心”だと、全く考えていないからSmartDisplayに対する興味も薄いのではないだろうか。

 家電業界、特にAV家電を担当する部署がPCを嫌う理由は明らかだ。中にはPCなんて無い方がやりやすいとまでハッキリとコメントする人までいる。それはPCのコンテンツ保護機能が、あって無いようなものだからである。

 米国はデジタルCATVをテコに、デジタルHDTVの普及が速いピッチで進むと期待されている。日本ではデジタルBS、デジタル地上波などが話題だが、米国ではもっぱらCATVのデジタル化とHDTV化が鍵となり、テレビの世代更新が進むと見られている。家庭へのブロードバンド回線の整備・普及は、日本ほど進んでいるわけではないが、将来的に見ればインターネットアクセス機能を包含するセットトップボックスへと移行することになるだろう。

 HDTVのデジタル対応が進めば、その上で視聴するリッチコンテンツを届けるため、様々なアプローチで整備が進む。日本とは事情が異なるため、デジタルCATVとデジタルHDTVを軸にした動向はあまりこちらに伝わっていないが、現地での関心は相当なものだ。マーケティング上の問題で投入されなかったが、HDTVコンテンツ販売を急ぐためMPEG-4を用いた赤色レーザーのHD-DVDプレーヤ開発が急がれたのも同様の理由があってのことだろう。

 HDTV対応の記録型光ディスク、HDDレコーダなど、この分野は活気に満ちている。しかし残念なことに、業界はPCから一歩引いたところで話を進めている。なぜなら、コンテンツの複製阻止が難しい現在のPCでもHDTV向けのリッチコンテンツが扱えるようになってしまうと、コンテンツベンダーの了解が得にくくなるからだ。

 CCCDの例を挙げるまでもなく、映像/音楽のコンテンツベンダー、それに放送業界は、PCを完全に敵視している。以前、ある音楽出版社にコンテンツ保護の取材を申し込んだら“あなたには記事を書いて欲しくない”と断られたことがある。他にも放送業界関係者からは“できればPCなんか無くなって欲しい”とも言われた。

 ホームネットワークの中で、PCは依然としてユニークな存在であり、その機能やパワーを活用する意思はあるとAV家電ベンダーの多くは話すが、その一方でコンテンツベンダーとの協力が無ければ前進することができないという事情もある。

 PCのセキュリティ機能が向上し、コンテンツ保護に関する機能がユーザーから完全にマスクされるようにならない限り、こうしたPCへの嫌悪が収まることはないだろう。

●家庭内ノマドの行方

 もっとも最終的にはPCに対するコンテンツベンダー側からの規制も緩和され、落ち着くところに落ち着くのかもしれない。が、PCでリッチコンテンツが自在に扱えるようになる時期は、家電でのそれよりも先になるのではないだろうか。

 家庭内でPCを持ってウロウロしている場合ではないのだろうか。PC側の人間である僕は、まだまだ家庭内ノマドをやめられそうにない。家電のためだけのSmartDisplayや家電のリモコンになるPDAなどがあれば、それも便利ではあるだろうが、PCの代わりにはならない。

 僕らに必要なのは発想を転換させて、PCがあるからこそ楽しめる使い方や機能の提案を行っていくことだ。みんなが楽しめるものにならなければ、家庭内ノマドはどんどん希少種になってしまうだろう。

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(2003年1月22日)

[Text by 本田雅一]


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