●地味な印象のマイケル・デルと新製品
記者会見では、まだ日本での事業展開が明らかになっていない、ホワイトボックス供給事業、プリンタ事業、PDAに関する質問も寄せられたが、会長の口から具体的な計画について明かされることはなかった。ただ、ホワイトボックスについては、現時点では米国でも実験している段階であり、早急に日本を含めた他の地域展開する計画はないこと、プリンタについては2003年中には、日本でもビジネス展開したいということ、PDAについては市場と標準の成立、特にPocketPCの動向を見守っているところであることを述べるにとどまった(ただし、米国においてはPocketPCベースのPDAの事業化を考えていることがうかがわれた)。 同日発表された新製品は、企業向けの省スペースクライアントPCであるOptiPlex SX260。ストレージデバイスにノートPC用のもの(スピンドル回転数5,400rpmの2.5インチHDDならびに同社の企業向けノートPCであるLattitudeシリーズと共用のFDD、CD-R/RWドライブ)を採用、拡張スロットを省略することで、極めて小型の筐体を実現している。詳細は、同社のWebページなどを見ていただくとして、フォームファクタを除けば基本的には保守的で堅実なPCだ。チップセットはIntelの845Gで、メモリはPC2100 DDRメモリ。強いて特徴を挙げれば、標準でGigabit Ethernetをオンボード搭載していることだが、これもIntel製と手堅い。コストパフォーマンス的にもDimensionシリーズの方が上で、あくまでもTCOが問題になる大企業向けといったところだろうか。 Dell会長の記者会見にしても、今回発表されたSX260にしても、驚くようなもの(特に技術的な側面において)や、リップサービスといったことは、ほとんどない。どちらかといえば面白みに欠ける印象が強いのだが、まさにそれこそが現在のDellの強さを物語っている。てらいのない王道の製品を堂々とリリースして、世界シェア1位を獲れるのが、今の同社なのではないか。それを可能にするのが直販によるDellモデルであり、それによる低価格と、充実したサービスによる顧客満足度の高さこそがDell躍進の原動力だと思われる。 今回発表したOptiPlex SX260は単純な低価格PCではないが、大企業におけるクライアントPCのあり方を考えた結果であり、それによる付加価値、さらには3年間の当日対応オンサイトサービスや24時間365日の電話サポート(Eメールサポート付)といったサービスを考えれば、高くはないということだろう。それに、純粋にコストパフォーマンスを追求する個人には、Dimensionシリーズという選択肢も用意されている。どちらを選ぶかは顧客しだいだ。
●生き残りが難しいPC業界 PCベンダとしてのDellは、決して技術開発型の企業ではない。つまり、新しい技術を開発し、その技術により製品を差別化することで付加価値を得て、製品の価値を高める企業ではない。どちらかといえば、流通業、あるいはサービス業に近い企業だ。IBMがサービス業なのだとしたら、Dellはサービス業的事業を増やしつつある流通業、というのが正しいところかもしれない。だが、Dellは最初から流通業だったわけではない。PCのプロセッサが286や386だった時代、Dellは今よりずっと技術開発型の企業だった。AMDやHarris Semiconductorといったセカンドソース製の高クロック版286 CPU(もちろんIntelは提供していない)を採用したピザボックス型のPCや、メインメモリにSRAMを用いた386マシンなど、他社とは異なる製品をリリースしていた。そして、この頃こそDellが経営的に一番危なかった時期だったように思う。 歴史的にDellのような直販型のベンダは、コストパフォーマンスの高さをウリに、まず個人や小規模な事業所のようなユーザーから支持される。そこで規模を拡大していきながら、やがて全国区へと名を売っていく。まだインターネットが普及していなかった当時、PC MagazineやByte、PC Worldといった雑誌にカラー広告をうつようになるのが、このレベルに到達した証であった。しかし、その次のステップへ踏み出そうとして、多くの直販ベンダは壁にぶつかる。すなわち、大企業市場への浸透である。大企業にPCを売るには、個人やSOHOとは異なる種類のサービスが求められる。多くの直販PCベンダが、ここでつまづいた。ZEOS International、Northgate Computer、CompuAddなど、いずれも一時は羽振りの良さそうなベンダだったが、みな消えていってしまった。Dellは、小規模な直販ベンダからスタートして、大企業向けにPCを売れるベンダへと脱皮することができた、数少ない成功例の1つなのである。 だが、Dellが生き残った戦いは、これだけではない。'90年代の前半から半ばにかけて、いわゆるDOS/Vの登場とともに、多くの外資系PCベンダがわが国に参入してきた。AST Research、Zenith、Compaq、Olivetti、Packard-Bell、Micron PC、Gateway(当時はGateway 2000)といったベンダだ。Dellも、そのうちの1社である(AcerやMitacといった台湾系のベンダは、その直前、AXのタイミングで参入してきたところが多い)。しかし、これらのベンダの多くは会社そのものがなくなったり、日本から撤退したりで、Dell以外に残ったところはほとんどない。台湾系ベンダも、いつのまにか自社ブランドよりはOEMに主軸を移し、ブランドとしての認知度はあまり高くならなかった。11月1日をもってCompaqがHPに吸収されるのも、象徴的な出来事だ。IBMも、上述したようにサービスに軸足を移しており、PCベンダという印象は限りなく薄くなっている(いまやIBMと聞いてPCが頭に浮かぶのは、ThinkPadの店頭販売を今も続ける日本くらいかもしれない)。結局、Dellだけが生き残ったのである。
●デルが生き残った理由 なぜDellだけが生き残れたのか。一言であらわせば、マイケル・デルその人の経営者としての才覚というになるのかもしれない。が、要するにPCベンダの本質が製造業から流通業にパラダイムシフトする変わり目を見逃さず、いち早く積極的に転進を図ったことが今日の隆盛に結びついたのだと思う。すなわち、PC標準化の主役がIBMやCompaqといったシステムベンダから、IntelやMicrosoftというキーコンポーネントのベンダへ移行していく際、その動きに抗うのではなく、その動きの中でどうすればPCベンダとして最も大きな利益を上げられるかを真剣に考えたのがDellなのだ。つまり、ハードウェアや基本ソフトウェアのイノベーションはIntelやMicrosoftに任せ、Dellはサプライチェーンマネジメントに代表される流通革命と、顧客サービスに重点を置く。たとえばIBMはOS/2でMicrosoftと一時は対立したし、CompaqはIntelが純正マザーボードのビジネスを拡大することに反対であった。Dellは技術分野において、こうした無駄な抵抗をしなかったのである(GatewayもDellに近い路線だが、ついに大企業向けのサポートをものにすることができなかったように思う)。 もちろんDellにも技術を担当する役員やエンジニアはいるのだが、純粋な技術の開発より、技術をどう組み合わせるか、自社の製品にその技術を採用するかどうか、採用するとしたらどのタイミングか、といった企画面、技術マーケティングが中心になっているハズだ。実際、Dellにとって重要なパートナーであるMicrosoftが力を入れるTablet PCにしても、Dellはまだ対応製品のリリースを行なっていないが、これも同社の技術部門とマーケティング部門がゴーサインを出していないからだろう。 現在PC市場はDellの一人勝ちに近い状況だが、おそらくこの傾向はまだ続くだろう。そのDellが今度危うくなるとしたら、Dellのシェアが高くなりすぎて他の反発を招いたり(競合他社、ユーザー、司法省?)、PC事業の次のパラダイムシフトを見逃す、といったことくらいしか思いつかない。
□デルコンピュータのホームページ (2002年10月31日)
[Text by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
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