ThinkPad工場の現在

~ ThinkPad社会見学 (その2) ~

 ThinkPadにはたくさんの人やたくさんの施設が関わっている。このシリーズでは、ThinkPadに関わりのある施設を見学していこう。
 第2回は、ThinkPadの組立てラインがある「PCフルフィルメントセンター」を訪れる。(取材日:2002年9月24日) [Text by tanak-sh@impress.co.jp]
 
 
ThinkPadのもう1つの故郷、藤沢事業所

 現在、日本国内向けのThinkPadの組立てラインがあるのは、神奈川県藤沢市にある日本アイ・ビー・エム(IBM) 藤沢事業所だ。藤沢事業所は横浜市営地下鉄・小田急線の湘南台駅からタクシーで数分の場所にある、敷地面積11万8千平方mの広大な事業所だ。駅前でタクシーを捕まえ「IBM」と言えばそれだけで連れて行ってもらえる。もちろん、事業所にたどり着いたとしても、関係者以外は立ち入れないが。

 藤沢事業所はHDD開発・製造拠点として有名で、玄関にはmicrodriveをはじめ、同事業所で開発製造されたHDDの数々が展示されている。現在ではHDD関連施設のほか、ThinkPadを組み立てる「PCフルフィルメントセンター」や、PCの再利用・再資源化を手がけるリユースセンターなどがある。

日本アイ・ビー・エム 藤沢事業所 玄関にはHDDのディスプレイがある

 さっそくPCフルフィルメントセンターの鈴木輝信部長にご案内いただき、組み立てラインを訪れてみよう。組み立てラインのある部屋はセミ・クリーンエリアということで、専用の上着と靴カバーを着用しなければならない。

 藤沢事業所では、ライン1本につき10人程度のスタッフがつき、組立作業を行なっている。

 ノートPCのような精密な機械を組み立てるには少なすぎる人数だと思われるだろうか。実はここでは、1からThinkPadを組み立てているわけではない。ボディシェルにマザーボード(IBMでは“プレーナ”と呼ぶ)やディスプレイなどを組み付けた“半完成品”が運び込まれ、藤沢事業所ではCPU、メモリ、HDD、光学ドライブ、キーボードなど、地域や顧客の注文により変わるパーツを取り付けるのだ。ちなみに半完成品にするまでは、中国の深センにある工場で行なわれる。深センのような工場はほかにメキシコにもあり、深センではアジア、ヨーロッパ向け、メキシコではアメリカ向けのボディシェルを生産している。

PCフルフィルメントセンターの鈴木輝信部長 2つのライン。ライン名の横の数字は、「目標値」が1日の目標生産数、「予定値」が目標値から算出された、その時点に生産されているべき台数、「実績値」がその時点で実際に生産された台数
ラインに入るには、専用の上着と靴カバーを着用する 藤沢には半完成品の状態で運び込まれる

 どのラインがどの機種を担当する、といった決まりはなく、1日の中でも同じラインにAの○○が30台、Tの△△が100台、またAの○○が20台といったように、様々な機種が流れる。取材時にもたまたま、とある機種から別な機種へと切り替わるところに立ち会えた。ラインの終わりのほうで前の機種を組み立てているうちに、先頭では次の機種のパーツを用意し、組み立てにかかる。すべて切り替わるまでに10分かかるかどうか、という速さだ。

 すべてのパーツにはバーコードが取り付けられており、いつどこの工場で作られ、どのマシンに組み込まれたかが記録されている。これらの記録は販売後にもサポートで生かされる。販売後に問題の多い部分があれば、その問題は工場までフィードバックされる。

ラインの全景 CPUの組み付け 作業員のすぐ脇に、必要な数だけ置かれたパーツ
HDDの組み付け 作業の指示はすべて英語で書かれている。各国に共通のラインを作るため、翻訳の手間を省いている

 組みあがった製品は全数がテスト工程に流れ、CPU、メモリ、I/Oなどをテストされる。ここではテストプログラムを動作させるとともに、すべてのポートにコネクタをつなぎ動作テストを行なう。さらに、「ラン・イン」というテストに廻る。規定の時間、電源を入れてテストプログラムを動作させ続ける。ある製品の製造が開始されたばかりの頃はこのテストが24時間続けられるが、製造数が増え信頼性とイールド(歩留まり)が向上してくると12時間、8時間、6時間、4時間と段階的に時間が短くされる。

 このテストプログラムはEthernetでロードされる。以前はフロッピーディスクでロードしていたのだそうだ。同じ回線を使って、サーバーからプリインストールプログラムを入れる。この後、マニュアルやACアダプタなどの付属品とともに箱に梱包される。この後さらにいくつかが抜き取られてテストされ、その後、出荷されることになる。

ポートのテスト台。各種I/Oケーブルのほか、マウスやテンキーパッドなども見える ラン・インのテスト風景 梱包を待つThinkPadたち
梱包ライン ラインの管理はThinkPadで。OSはOS/2(!) 事業所の壁に貼られた「think CUSTOMER first」のスローガン

 PCフルフィルメントセンターの鈴木部長は「PCの生産は儲からない仕事。とくに日本では中国などよりも人件費が高いので、工場の無駄を省かなければならない」と言う。現在、PCの価格は市場が決めてしまう。パーツの価格が決まっていれば、そのぶん、生産工程のコストを下げていかなければならないのだ。生産台数は前日の15時に決められ、朝、必要なだけの資材が運び込まれる。テストが4時間まで短縮されると、朝ラインに流したものが夕方には出荷できるようになるという。組み立て前のパーツや、組み立て後の資産が工場に留まる時間を最小限に抑える努力がされているのだ。

 ThinkPadの開発拠点である大和事業所からもっとも近い生産拠点である藤沢事業所のラインは、製品の生産だけでなく試作機の組み立てや、生産工程の開発という役目もある。どのような手順で組み立てるかをここで開発し、世界各地の生産拠点に「輸出」される。このような開発には特別な作業員が携わるわけでなく、通常の生産と同じメンバーで行なわれる。藤沢事業所は、ThinkPadの誕生に大きな役割を果たしているのだ。

コスト削減のための新しい試み

 ThinkPadの国内生産拠点はもう1つ、藤沢事業所から車で20分ほどの綾瀬にもある。こちらでは、海外の委託工場からやってきたマシンを取り扱う。こちらにやってくる製品は藤沢にやってくる製品と違い、すべてのパーツが組み込まれた「ほぼ」完成品だ。綾瀬ではテストと、ソフトウェアのインストール、また企業などの大口顧客向けのカスタマイズ作業と梱包が行なわれている。

 藤沢ではハイエンドの機種、綾瀬ではローエンドの機種、と棲み分けが行なわれている。ハイエンド、ローエンドというのはたとえばAとTシリーズがハイエンドでXとRがローエンド、というわけでなくすべての機種のラインナップのうちのハイエンドとローエンド、ということになっている。

綾瀬に運び込まれ、テストと梱包を待つXシリーズ 綾瀬までは1つのダンボール箱に7台のThinkPadを詰めて運び込まれる。1つずつ梱包するよりも、輸送費が節約できる メモリの取り付けなども行なわれる
テストプログラムによるテスト テストが終わると梱包される OSやプリインストールソフトなどのHDDイメージを転送するサーバー

 綾瀬の拠点「IFC(インテグレーテッド・フルフィルメントセンター)」は、2万2千平方mの敷地に運送会社が建てた巨大な倉庫兼トラックターミナルだ。もともとは、国内に分散していた物流拠点を統合する目的で設立したもので、ThinkPad以外にデスクトップPCやサーバなどのIBM製品も取り扱う。綾瀬の大きな特徴は、事業所自体がIBMの所有物ではない、というところだろう。建物は輸送会社のもので、この中にIBMはじめ組み立て関連会社が入居し、作業する。全社で物流管理システムを統合することで、コストを削減し、納期を短縮するのだ。

綾瀬の拠点は運送会社が建てた、地上3階建ての巨大なトラックターミナルだ 関連各社がIBM製品の出荷のために同居する

 コスト削減のためには意外な工夫も施されている。たとえば、この拠点に運び込まれるThinkPadは、IBMのものではない。運送会社が買い取ったものなのだ。運送会社の所有物をテストし、カスタマイズし、梱包するのだ。IBMのものになるのは出荷直前だ。IBMの資産となっている期間を極力減らし、物流コスト削減につなげる工夫だ。

綾瀬ではThinkPad以外にもサーバーやデスクトップを扱う IFCの久保田さん
梱包され、出荷を待つ製品たち

 IBMの現在の主要な顧客が企業であるため、受注数は月末、期末に普段よりも大幅に増える。生産数の変動に応じるため、工場内の人員配置などのやりくりは大変だ。とくにThinkPadだけでなく、多数の製品を扱う綾瀬ではそれが顕著だろう。それでも綾瀬の久保田さんは言う。「年間を通して生産数が一定なら、工場の管理者など必要ないのです」。

 ThinkPadは同種の他社製品に比較すると値段が高い。それでも生産の現場では血の滲むようなコスト削減を図っている。ThinkPadが、いかに開発にコストがかかった贅沢な製品なのかがわかる見学だった。

(2002年10月23日)

[Text by tanak-sh@impress.co..jp]


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