大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「DOS/V生みの親」が挑む、日本IBMのソフト事業統合


日本IBMの堀田一芙 常務取締役

 7月1日付けで、日本IBMのソフトウェア事業が統合されて、早くも3カ月が経過しようとしている。

 日本IBMが従来から持っていたDB2、WebSphereに加えて、これまで別会社だったロータス、日本チボリシステムズを加えた4つの事業が日本IBMに完全統合、1つの事業部として生まれ変わった。もちろん、この事業統合の中には、ViaVoiceやホームページ・ビルダー、翻訳の王様といったコンシューマプロダクトも含まれる。

 そして、この事業統合の陣頭指揮を振っているのが、DOS/Vの生みの親であり、日本IBMのパソコン事業を長年統括してきた堀田一芙常務取締役なのである。

 「古くからお付き合いのあるソフトメーカーの社長から、『堀田さん、年齢的に見て、これが日本IBMでの最後の仕事なんだから、好き勝手にやろうよ』と言われた。それを聞いて、うーん、そうかなぁと思った」とジョークを飛ばす堀田常務。

 そんなDOS/V生みの親が率いる日本IBMのソフト事業統合の取り組みを追ってみた。


●なぜ、理事の後任に常務が就任したのか

 ソフトウェア事業部長に堀田常務が就任した背景にはいくつかの要因がありそうだ。

 ひとつは、40歳代の事業部長が相次ぎ登用されているなかで、50代中盤の堀田常務が就任した意味である。

 前任の事業部長であった平井康文氏は40歳代。理事ながらも米IBMに出向となったために事業部長から退くことになった。だが、その後任として堀田常務が就任したという点だけを捉えれば、言い方は悪いが、堀田常務の降格人事との見方が出ても当然だ。理事のポストに常務取締役が後任として就任するというのはあまりにもバランスが悪いからだ。

 だが、これは逆にとるべきだといえそうだ。実際には日本IBMがソフトウェア事業を、極めて重視していることの証ととった方がいいだろう。

 IBMが'90年代前半から、全世界規模でハードウェア事業からの脱皮を標榜し、ソフト・サービス事業の強化をすすめているのは周知の通り。それに加えて、パソコン事業同様に、企画、開発、製造、販売、サポートまでを1つの事業部が担当している数少ない部門の1つである。

 堀田常務も、大歳卓麻社長から、「堀田さんと橋本さん(パソコンをはじめとするハードウェア事業を担当している橋本孝之取締役)は、自分が社長になったつもりでやってよ、と言われた」というように、ソフトウェア事業に関しては、堀田常務に全権を委譲した格好だ。

 事業が重視され、しかも、ソフトに関する設計からサポートに至るまでのすべての要素が求められるというIBMの中での特殊条件、そして、それに4つの異なる事業を統括するという役割ものしかかってきているのである。DOS/Vを成功に導いた堀田常務でなければならない理由がここにあるというわけだ。

 そして、堀田常務でなければならない理由がもうひとつある。

 それはDOS/Vの普及活動をはじめとするパソコン事業の指揮官として培った幅広い人脈だ。他社とのパイプの強さは日本IBM随一というのは、自他ともに認めるところ。ソフトウェア事業のあらゆる製品が、日本IBM以外のルートを通じて販売されることを考えても、そのルートづくりに堀田常務の人脈が生かされるというわけだ。


●文化の融合に堀田流の施策

 日本IBMの事業統合に際して、ソフトウェア事業部長に就任した堀田常務は、「全員会議」に、本当に全員が参加するまで会議をやると宣言している。

 1度参加した人は、その後の会議には出席する必要はないが、残りの1人が1度参加するまでは続けるという。「最後はマンツーマンの全員会議(?)になるかも」と笑う。

 すでに4回の全員会議を開催、仕事の都合や出張などで、まだ出席していない社員は800人中約30人だ。

 全員会議の全員参加にこだわっているのは、4つのソフト事業がまったく異なる生い立ちを持ち、この文化の融合が優先課題であるという判断からだ。同じIBMの中にあったDB2とWebSphereをとっても、かたやメインフレーム畑から生まれた製品であるのに対して、WebSphereは、インターネット環境の下、マルチベンダーでの流通をねらった製品として生まれた、というように、生い立ちは大きく異なる。

 だからこそ、全員会議にこだわっている。

 その全員会議では、日本IBMのラグビー部応援部への加入率や健康診断の受診率、日本IBM出身の大リーガーの近況報告などを盛り込む。一見、共通性がないような項目だが、日本IBMという共通インフラの上で、それに関連する情報を共有するという点が共通している。「IBMという会社に全員が共通に参加する、という意識を持ってもらうための手だて」と堀田常務は話す。

 このほかにも文化の融合には、いくつも手を打っている。

 ロータスの社長をつとめた安田誠氏をDB2の事業責任者に抜擢したのも、古くからのIBM文化を壊す狙いがある。堀田常務自身、日本IBMでPC事業を立ち上げた経歴を持つが、当時の日本IBMにとって、PC事業はあくまでも傍流。その中で、ネクタイ、スーツというIBMの文化を壊し、新たなPC文化を日本IBMに根付かせた経緯がある。だからこそ、最もIBMの文化をひきずっているDB2の事業責任者に、IBM以外の文化を知る安田氏を登用したともいえる。

 さらに、堀田常務は、ソフトウェア事業部長就任直後から「シャドープログラム」という制度を実施している。これは、PC事業を担当していた時期から、堀田常務が取り組んでいるもので、自分の1日の仕事に1人の社員を同行させ、自らの仕事のやり方を体験させるというものだ。都内にいる際には、なるべくこのプログラムを実施し、堀田流のビジネススタイルを社員に浸透させようとしている。

 こんなところにも、文化の融合に向けた取り組みが行なわれている。


●ロータスの看板ははずさない

 ソフトウェア事業部は、日本IBMの象徴的拠点である箱崎オフィスから飛び出して(厳密には一部部門は箱崎に残っているが)、対外的な窓口となる拠点としては、五反田の旧ロータスのオフィスと、渋谷のチボリシステムズのオフィスに集約した。

 しかも、五反田オフィスのビルの上に設置してあるLotusの看板は取り外さないつもりだという。

 「取り外すだけで2,000万円もかかるというのが、看板をはずさない理由」と笑いながら、「実は、IBMの看板を掲げると、他のハードベンダーの人が来づらくなる。Lotusの看板ならば、他社の人も来やすい」とその理由を話す。堀田常務も、自ら五反田オフィスに部屋をおいて、事業の陣頭指揮をとっているというわけだ。

 こうした旧来からのブランドを大切にする姿勢は、堀田常務が就任にあわせて社員に向けて発した2つのメッセージからもわかる。

 1つは、4つのそれぞれのブランドに誇りを持てということだ。IBMというブランドを越えて受け入れられるようなブランドに育て上げるのがソフトウェア事業の方針だという。

 2つめは、複数の製品を一緒に売ることでバリューを高める戦略を徹底させる、ということ。ビジネスパートナーも単一ブランドの製品しか扱っていないという例が多いため、複数のブランドを扱えるような仕組みにすることで、IBMならではの強みを発揮しようというわけだ。

 こうした施策を行なうためには、箱崎に本拠を置いたままではいけない、というのが堀田常務の判断だったというわけだ。


●徐々に製品がベールを脱ぐ

 今年7月のソフト事業統合を前に、ソフトウェアに関する研究、開発のプロセスは約2年前から統合されている。

 その結果、今年11月に登場する予定の「Domino 6」は、初めてIBMの開発プロセス、品質管理の元で開発したものであり、IBMのオートノミックコンピューティングという考え方が反映された初めての製品として登場することになる。

 また、「ViaVoice」は、今年秋から米国市場においてホンダのアコードに標準搭載され、今後、日本でも同様の展開が見込まれる。これには、車特有の雑音を排除した格好で音声を認識する技術を搭載しており、同様の技術を用いることで、オフィスなどでも音声認識の精度を高めることができる。

 さらに、日本IBMが今後力を注ぎたいとしているのが、旧ロータスが持っていたプロダクトである「SameTime」。オンライン会議システムとしての使い方のほか、個人ユーザー同士でもインスタントメッセージやチャットといった使い方ができる。年内には、個人ユーザー向けにお試し版を無料ダウンロード提供する予定だという。また、「ホームページ・ビルダー」に関しても、年内には機能強化を図る予定だ。

 「とくに、新たな製品が出るというわけではないが、コンシューマプロダクトに至るまで、IBMの開発プロセスや技術力が生かされるほか、ロータスをはじとめする各事業部のこれまでのノウハウなども反映されている」として、多くのプロダクトにおいて、相乗効果が図られていると強調する。


●さらなるビジネス速度の向上が課題?

 だが、まだ課題はたくさんある。

 もちろん、これだけ文化が異なる4つの事業を、わずか3カ月の短期間に1つにするというのは、どだい無理な話である。

 それを踏まえた上で、あえて苦言を呈するとすれば、やはりビジネスの「スピード」の問題が指摘されるだろう。新たな事業部になってから、ビジネスの速度が上がったという声がある一方で、会議の増加や組織の階層が存在することで、まだまだ遅いという指摘も社内にはある。

 まさに、この部分は、生い立ちが異なる4つの事業部ごとに判断が異なるところだろう。DB2の事業速度と、ロータスの事業速度とに大きな差があるのが実態だ。これが速い方向で統一化されれば、日本IBMのソフト事業の競争力は高まるはずだ。これも文化の融合の中で重要なファクターだといえる。

 また、これまで異なっていた流通政策の一本化も、今後の課題だといえよう。

 パートナー政策については、来年1月の新年度スタートにあわせて、新たな制度を開始できるように準備中だというが、パートナー各社をいかに味方につけるかが、日本IBMのソフト事業を左右するのは明らかだ。

 それともう1つの課題は、日本IBMが、いかに幅広いメーカーと協業を図れる体制を早期に構築できるかといった点だ。ロータスは7割が日本IBM以外のメーカーを通じたルートで販売されているほか、WebSphereに関しても4割以上が他社ルートでの流通。DB2に関しても、今後、他社ルートでの展開が鍵となっている。

 そうした意味で、先にも触れたように、パソコン事業に携わり、業界活動を通じて、他社とのパイプが最も強いと見られる堀田常務が果たす役割は極めて大きなものだといえる。

 堀田常務自らも、就任と同時に、NECや富士通などの主要メーカー幹部に、就任挨拶の電話を入れたというほどだ。DOS/V生みの親が、これまでに培ってきた人脈をソフト事業の拡大にどう生かせるかも、成否を占う視点といえそうだ。

 写真のポスターは、社内の宣伝部門が「遊び」で作成したもの。それには「堀田一芙は時代の先を行き過ぎている」と表現されている。時代の先を行き過ぎている堀田常務に、4つの事業部が追いつけることができるか、という見方も、ソフト事業部の行方を見る上で面白い視点かもしれない。


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【3月5日】日本IBM、ロータスらを7月に統合
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0305/ibm.htm

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(2002年9月17日)

[Reported by 大河原克行]


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