大手メーカー製では初めてLinuxを搭載したPDA「ザウルス SL-A300」。SL-A300のハードウェアについては、発売直後に紹介記事が掲載されているので、ここでは、ソフトウェア面を中心にレポートすることにしよう。
●GUIはQt Embedded+Qtopia
ラウンチャー画面 |
SL-A300は、OSにLinuxを、GUIに「Qt Embedded」(以下Qt Eと略す)を採用したPDA。QtはノルウェーのTrollTechが開発したGUIフレームワークで、WindowsやX Window System(X11)用などがあり、多くのプラットフォームをサポートする。簡単にいえば、Qtを使ってGUIプログラムを造れば、多くのプラットフォームに対応できるわけだ。
Qt Eは、組み込み機器向けのQtで、WindowsやX11上のQtと互換性がある。ただし、これはあくまでもライブラリである。PDA向けには、Qt Eで作られたシェル環境である「Qtopia」を利用する。SL-A300で起動後に表示されるラウンチャー画面がこのQtopiaである。
ただし、SL-A300は、Qtopiaに含まれるアプリケーションの一部しか内蔵していない。たとえば、英語版のLinux搭載ザウルス「SL-5000シリーズ」にはMP3/MPEG-4プレーヤーなども同梱されている。しかしSL-A300では、ヘッドフォンジャックがあるのに映像や音楽の再生プログラムがまったくない。
これはどういうことなのかとハードウェアを調べてみると、SL-A300は内蔵プログラムを収めたフラッシュメモリを16MBしか搭載していない。SL-5000シリーズも同じくフラッシュメモリは16MBだが、SL-A300では日本語フォントなどの最低限必要なデータが海外版に比べると多いために、入らないプログラムが出てきたのだと思われる。このときに、スケジュールや住所録といった優先度の高いプログラムのみを入れたために、MPEGプレーヤーやターミナルソフトといったものが落ちたのではないだろうか。だったら、せめて、付属のHancomMobileOfficeのようにCD-ROMにでも入れてくれればいいと思うのだが……。
このQtopiaには、スケジュールや住所録といった“標準的PDAアプリケーション”のほか、デスクトップ側で利用するアプリケーションとしてQtopia Deskptopも用意されている。しかしSL-A300では、Qtopia Desktopの代わりにPumatechの「Intellisync for Zaurus」が含まれており、Outlookなどとデータの同期を取るようになっている。
このSL-A300とデスクトップマシン上のプログラムの接続は、TCP/IPが使われているようだ。デスクトップ側からみると、SL-300はネットワーク上のホストのように見える。実際には、接続を行なうUSBドライバがネットワークカードのドライバと同じになっており、お互いが、ネットワークでつながっているように見えるのである。
●ファイルブラウザになるカレンダー
この手のPDAには、かならずスケジューラーや住所録といった個人情報管理(PIM:Personal Infomation Management)ソフトウェアが付属する。SL-A300にも、カレンダー(スケジュール管理)、アドレス帳、ToDo、メモ帳といった基本ソフトウェアに加え、イメージノート(手書きメモ)、メール、時計、電卓、世界時計といったツールがある。このうち、世界時計やメモ帳は、SL-5000シリーズに内蔵されていたものの日本語版だが、カレンダー、アドレス帳、ToDOにはちょっと手が入っているようだ。
イメージノートは、画像(JPEG、PNGなど)ビューアー兼、手書きメモソフト。大きな画像の縮小表示も可能 |
カレンダーでは、ユーザーが作成したデータファイルを、カレンダーから検索できるようになっている。これはファイルの最終変更日時を使って、月間カレンダーにファイルのアイコンを表示する。該当の日付を開いて、「ファイル」タブを選択するとそこにファイルのリストが現れる。
カレンダーの一日表示。ごく普通の時間で予定を並べる表示 | ファイルタブを開くとその日が最終変更日であるファイルの一覧が表示される |
もともとQtopiaにはファイルブラウザがあったのだが、このSL-A300にはこれが組み込まれておらず、ファイルは、ラウンチャー画面に組み込まれたファイルタブか、このカレンダーの持つファイル機能を使って表示させる。なお、画像の場合ビューアーとしてはイメージノートが起動する。
SL-A300は、接続したPCの画面などを簡単に取り込める「ザウルスショット」や、PC側からSL-A300をネットワークドライブのように見せる「ザウルスドライブ」など、PCとの連携を重視し、データビューアーという位置づけを持っている。こうした背景のため、ラウンチャーやカレンダーで、画像ファイルなどを扱い、検索を容易にしているのだと思われる。
●まあまあ使える標準アプリケーション
アドレス帳では、付属の郵便番号辞書をインストールしておくと、郵便番号の入力で住所の一部を入力せずに済ませることができる。また多数用意されている入力項目のうち、利用する項目だけを入力ウィンドウに表示させることが可能。名前や所属などの10項目のほかに会社や自宅の住所、誕生日など25項目が用意されており、この25項目のうちどれを使うかや、入力欄の順番などを指定することができる(英語版では、順番のみ指定可能だった)。
アドレス帳の一覧リスト表示は、名前以外の13項目のうち2つだけ指定できる。たとえば、「名前、電話番号、FAX番号」というパターンや「名前、メールアドレス、自宅電話」といったパターンなどである。
ToDOも締め切り日だけでなく、仕事の開始日、終了日の設定ができるようになっているなど、英語版(というよりQtopiaオリジナル)から改良されている。
アドレスの一覧リストは、名前と入力項目の中から2項目を表示させることができる | 入力項目は名前や会社名など基本の10項目に加えて25項目の中から利用するものを選ぶことができる | ToDOでは、優先度や締め切り日、作業開始日、終了日などの項目がある |
標準のQtopiaのアプリケーションと合わせての全体的な印象だが、基本機能は押さえているが、他のシステムと比べて大きな違いがあるわけでもなく、まあまあというところ(ファイルがカレンダ画面で検索できるというのは1つのアイディアだとは思うが)。
この手のソフトは、Palmの標準ツールが基準となったせいか、Pocket PCにしてもSL-A300にしても、スケジューラーやアドレス帳の機能に大きな違いはない。解像度が標準Palmの倍以上あるにもかかわらず、SL-A300やPocket PCなどでもカレンダーの週間表示はグラフ表示のままで、項目をタップしないと内容を見ることができない。PalmやPocket PCでは、サードパーティのソフトウェアを使うと、1週間の予定を手帳形式で画面を7つに分割して表示できるようになる。
電子手帳以来、スケジューラーを作り続けてきたシャープなのだから、できれば週間表示などもテキスト表示するとか、アドレス帳と連携するなど、もう少し凝った作りにしてほしいところ(もっとも、これが既存のザウルスとの差別化点なのかもしれないが)。
時間帯によるグラフ表示。予定(写真の青い部分)にタッチしないとその内容がわからない | 月間表示では、午前中の予定が青、午後の予定が赤い四角、ファイルはピンで止めたメモのアイコンで表示される |
●表計算とワープロをインストール可能
SL-A300には、韓国Hancom LinuxのHancom SheetとHancom Wordのモバイル版が含まれている。ただし、これはフラッシュROM上ではなく、付属CD-ROMに格納されており、ユーザーがインストールして利用する。Pocket PCにもPocket WordとPocket Excelが付属しているが、どちらかというとこれらよりもPCのWordとExcelに近い。Hancom WordもHancom SheetもWordやExcelのファイルを直接読み込むことができる。このため、デスクトップマシンで作成したデータをそのまま持ち歩くことができるし、ちょっとした編集ならSL-A300上で行なうことも可能だ。
Hancom SheetはExcel互換の表計算ソフト。XLSファイルがそのまま読み込める | Hancom Wordはワープロで、Word文書が読み込み可能 |
起動には、ちょっと待たされるが、起動してしまえば、そんなにもたつく感じはしない。Hancom Sheetは、表示の拡大、縮小が可能なので、大きな表も縮小すれば、ある程度の範囲を見渡すことが可能だ。ただ、SL-A300は、入力はソフトウェアキーボードや手書き認識なので、Hancom Wordで少し長い文章を入力するのはちょっと苦しい。Hancom Sheetで計算式を作っておいて、必要なデータを入力するだけで計算が行なわれるような使い方は、それほど苦ではなかった。
あと、Hancom Wordで日本語用のLC Fontを指定したときにボールドやイタリックが表示されない(通常の文字と同じまま)のは、Wordの文書を表示させるときにちょっと問題(1バイトコード用のフォントではちゃんとボールドになる)。
この2つのソフトは、ファイルとして提供されるため、不要と思えば、インストールしなくてもよく、その分、メモリ(SL-A300は、メインメモリ64MBのうち半分をストレージ用として使っていて、ユーザーが利用可能なのは26MB程度)を食わなくなる。
●ソフトウェアはC++またはJavaで開発
SL-A300のウリの1つは、OSとしてLinuxを採用したことによるオープン性であり、これはユーザーがアプリケーション開発が可能ということを意味する。SL-A300では、C++を使ったQtネイティブアプリケーションのほかに、Javaによるアプリケーション開発が可能だ。
Qtによるアプリケーションを作ろうとすると、Linuxマシンを用意してクロス開発環境を作らねばならず、ちょっと敷居が高い。この点では、Javaのほうが敷居は低いと思われる。
SL-A300に搭載されているJavaは仕様としては「Personal Java Ver.1.2」というもので、JDKでいえば1.1.8相当となる。GUI部分はAWTを使い、今のJava2で標準的なSwingは利用できない。
実際にプログラミングを行なう場合には、シャープのサイト「ザウルス宝箱Pro」にドキュメントがあるので、これを元に必要な環境(JDKやPersonal Java仕様に適合しているかどうかを判定するJavaCheckなど)をダウンロードして環境を構築する。とりあえずJava関係の最低限の環境はフリーで入手可能で、しかもWindows上で開発が行なえる。
ただ、一般的にはこのJavaでもまだ、敷居は高いような気がする。もっと手軽に使えるインタプリタ系の言語(でQtによるGUIがサポートされているもの)ぐらいあってもいいのではないかと思う。
なお、米国版のSLシリーズ向けに作られているソフトウェアは、そのまま動作するようである。なので、このあたりを探して、必要なものを導入すればいいだろう。
●待たれるサードパーティー製品
コンパクトなサイズにXScaleという強力なプロセッサ、SDカードスロットにオプションのCFカードスロット。ハードウェア的な魅力もあるし、Linuxで自分でプログラムを造れるという魅力もある。キーボードがないのがちょっと苦しいところで、その点では、米国で販売されているSL-5500のほうが魅力的だ。ただし、SL-5500のサイズは現行のMIシリーズと同じで、SL-A300のほうが小さい。
「Linuxって何?」というユーザーを相手にしなければならないという点、電子手帳以来のZaurusユーザーもいるということを考えると、ハードウェア面でも差別化しなければならないというのはわからなくもない。しかし、Treo90の記事にも書いたように、いまやPDAはキーボード付きというトレンドに向かいつつある。なので、オプション、あるいはサードパーティ製品でもいいから、本体と一体化できるキーボードが欲しいところ。
プログラムを組んで楽しもう、という方にはおすすめできるが、純粋にPDAとして使いたいという方には、Pocket PCやPalmに比べると独自アーキテクチャ(Linuxとはいえ)という点で、現時点ではおすすめしにくい。というのは、まだ、サードパーティアプリケーションや関連書籍、アクセサリ、ケース類も少なく、その点では、PalmやPocket PCのほうが充実しているからである。
価格的にはPalmより高めだが、同等のハードウェアを持つPocket PCよりは安い(それにコンパクトでもある)。プログラムが作れるというユーザーなら、当分楽しめるのではないかと思う。その意味では「買い」といえよう。
なお、ソフトウェア開発の場合、PCとの接続が頻繁になるが、このときはオプションのクレードルがあったほうが使い勝手がよい。というのは、クレードルに立てると、デスクトップマシンを使いながら、SL-A300の画面が見やすくなるし、タップなどの操作もしやすくなるからである。標準付属のケーブルでも接続という点では同じだが、立たせておくことができないので、作業中SL-A300をのぞき込むような体勢になり、ちょっとした煩わしさを感じる。また、毎日持ち歩くといった使い方なら、手軽に接続できるクレードルのほうが便利。できれば一緒に入手しておいたほうがいいだろう。
さらに言えば、128MB程度のSDカードもあったほうがいいだろう。標準付属のHancom Mobile Officeなどをインストールするだけで、内蔵メモリをかなり占有してしまうからである。
□シャープのホームページ(2002年8月30日)
[Reported by 塩田紳二]