米国時間の5月7日、ついにHPとCompaqの合併による新会社(存続会社はHP)が発足した。昨年の9月4日、両社が電撃的に合併を発表して以来丸8ヶ月。従業員から合併に冷ややかな声が多く聞かれたばかりでなく、HPの創業家が公然と合併に反対するなど、紆余曲折を経た末での船出である。実際、両社はPDAからRISCサーバーに至るまで、製品ラインナップが真正面からぶつかるものが多い。企業合併の1つのパターンである補完関係というのは、少なくともこの2社については当てはまらないように思う。となれば、目指すところはスケールメリットを追求した合併、ということになるだろう。
ただし、2つの会社が1つになっても、1+1が2にならないのがこの世の常である。古くはHPによるApollo Computerの買収、CompaqによるDECの買収、さらにはMaxtorによるQuantumの買収など、どれも1+1が2になってはいない。1+1が2にならない理由については様々なことが言われるが、極論すれば次のような感じだろうか。
仮にA社とB社とC社が商談を競った場合、それぞれが商談を得る確率が等しく1/3ずつだったとした場合、A社かB社が商談を得るのは2/3ということになる。しかし、A社とB社が合併してD社となった場合、ビジネスはC社とD社で争われ、それぞれ1/2のチャンス、ということになりがちだ。つまり、2/3から1/2へ減ってしまう、ということが良く言われる。今回のHPとCompaqの合併についても、新会社が2社のシェア合計を守ることはおそらく不可能に近いだろう。
シェアを落とすことがほぼ確実なのだとしたら、避けられないのはリストラクチャリングだ。人事的なリストラがどうなるのかは、まだ不明だが、製品ラインナップのリストラについては、おおまかな方針が示された。冒頭でも触れた通り、2社の製品ラインナップに重複が多いため、大胆な製品ラインナップの統廃合が行われることになる。
HP | Compaq | |
---|---|---|
IA-32サーバー | × | ○ |
Itaniumサーバー | ○ | × |
RISCサーバー | ○ | △ |
フォルトトレラントサーバー | N/A | ○ |
Unix | ○ | × |
ストレージハードウェア | × | ○ |
ストレージ管理ソフト | ○ | × |
イメージング/プリンティング | ○ | × |
企業向けPC | × | ○ |
コンシューマー向けPC | ○ | ○ |
ワークステーション | ○ | × |
PDA | × | ○ |
まず、全体方針として明らかにされたのは、原則的にコーポレートブランドをHPに統一する、ということだ。これに伴い、F1のWilliamsチームのメインスポンサーはCompaqからHPに変わる。またそれぞれの製品ごとのブランド、たとえばHPのビジネス向けノートPCのOmniBookに対し、CompaqのEvoノートなど、新会社はほとんどすべての製品分野についても、2つのブランドを抱えることになるが、この統廃合についても方針が示された。それは、表1のようなもので、どうやら基本的にはシェアの大きいブランドを残したようだ。
たとえば、IA-32サーバーはCompaqのProLiantブランドが生き残るわけだが、上述のようにコーポレートブランド統一によりHP ProLiantというブランディングとなる。Itaniumサーバーは、まだシェアを論じるようなレベルではないと思うが、IA-64アーキテクチャの共同開発者という立場を考えれば、HP側がイニシアチブをとるのもうなずけるところだ。RISCサーバーについては、すでにCompaqがAlphaサーバーから徐々に撤退することを表明していたこともあり、HPのPA-RISCが生き残るのことに何の不思議もない(IA-64の共同開発でも明らかなように、PA-RISCはIA-64への移行が容易という利点もある)。ただ、以前からCompaqが言っていたように、いきなりAlphaの提供やサポートを打ち切るのではなく、新会社になっても当面販売とサポートは継続される。
以下、少し省略して、企業向けPCだが、デスクトップPC分野で生き残るのはEvo Desktopということになっている。CompaqのデスクトップPCといえばDeskpro、というイメージの強い筆者にとって、Evoはまだ馴染みの薄い新しいブランド。どちらかといえばHPのVectraの方が馴染んでいるのだが、シェア的にはEvoの方が上なのだろう。ノートPCについても、生き残るのはEvo Noteで、OmniBookはいずれ消えていく運命にある。
一方、コンシューマー向けPCは、とりあえずHP PavilionとCompaq Presarioが両方とも生き残る。いわば例外中の例外とでもいうべき分野だ。この理由についてプレスリリースは、国によってブランドの認知度が異なるため、認知度の低いブランドに統一することによる混乱を避けること、CompaqとHPで必ずしも性格が同じでないこと、などを挙げている。
だが、それよりもっと切実なのは、もしコンシューマー向けのブランドを片方に統一してしまえば、現在量販店の店頭で2社で占めている展示面積が、残されたブランドの分だけ(つまりは半分)になってしまう、ということだろう。コンシューマー向け市場は、消費者に接する機会が減ると、売上も減少する傾向にある。拙速なブランド統一はシェア激減につながるかもしれず、とりあえずはそれを避けたかった、ということだろう。
PDAについても生き残るのはiPAQブランドで、Jornadaは2002年中にフェードアウトとなる。HPのPDAというと、科学計算用ならびにビジネス用の計算機にルーツを持ち、HP100LXなどで知られるPalmtop PCシリーズなど豊かな歴史と伝統を持つ。確かに、最近のシェアという点、Pocket PCマシンとしての認知度という点ではiPAQに及ばないとは思うが、残念な気もする。いずれにしても、合併後も生き残るブランドに旧Compaqのブランドが多いような印象を受けるのは、存続会社はHPということが念頭にあるせいだろうか。
それにしても、今回の新会社設立で、正式にCompaqという会社が消えることになった。持ち運べて、しかもIBM PCと完全な互換性を持つPCというアイデアを抱えたRod Canionが、同じくTIをスピンアウトした同僚と'82年に創業したCompaqは、PC互換機のルーツとでも言うべき会社だった。本家IBMより早く80386を採用し、外部バスとメモリバスを分離するFlexアーキテクチャを考案したのもCompaqだった。現在のATAのルーツとなるAT互換ハードディスクコントローラ一体型ハードディスク(いわゆるIDE)を考案、EISAバスでも主導的な立場を果たした反面、ACE(Advanced Computing Environment、いわゆるRISC PCのイニシアチブ。そもそもWindows NTはここから生まれた)では最後に船から降りてしまい、RISC PCの夢をしぼませる直接の引き金を引いたのもCompaqだ。CompaqのPCは、パソコン界のBMWと称されることもあるほど高価で、とても筆者の手の届くようなものではなかったが、その動向は非常に気になる存在だった(そのCompaqが日本上陸に際し、低価格で知られる存在になるのだから、世の中皮肉なものである)。
元々技術指向の非常に強い会社で、独自技術に対するこだわりは人一倍強かったように思う。この「独自」という部分にこだわりすぎたのが、つまづきの始まりだったのかもしれない。特にIntelがチップセットビジネスに参入し、誰でもPCメーカーになれるインフラ(ビルディングブロックとも言う)を提供するようになると、Compaqの孤立は一層深まった。そもそもCPUの提供者である上、全世界を相手にインフラを提供するIntelに対し、自社製PCを前提にアーキテクチャを考え、チップセットを開発するCompaqが、価格的なアドバンテージを持つことは難しかった(それが故の「BMW」でもあったわけだが)。
PCのイノベーションがシステムベンダから半導体ベンダに移り、PCベンダはメーカーから流通業への移行を余儀なくされた。今回合併したHPにしてもCompaqにしても、メーカー的体質が色濃く残るベンダであり、流通業への移行はそれほどスムーズではないように思う。両社が1つになることで、クリティカルマスを達成し、技術力に加え、流通業という点でも強みを発揮できるようになるのか。その答えが出るまでに残された時間はそれほど多くないハズだ。
□HPのホームページ
http://www.hp.com/
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0508/hp2.htm
(2002年5月15日)
[Text by 元麻布春男]