第152回:オーディオ業界の盛衰とPCの文化



 ニュースのないこの時期に、火曜日だけはなぜか平日。日頃の計画不足がたたってネタが無いと泣きついたものの、それが許されないのも、また世の常である。普通ならば、ゴールデンウィークを利用してどこかに出かけ、モバイルな実験をやってみるところだが、今年は事情あってほとんど外出することができなかった。最終日になって、仕事で徳島のホテルに一泊。なんともモバイルではないゴールデンウィークだ。

 と、そんなとき、モバイルではないアーティクルでもかまわないというお許しが出たので、外出不許可のゴールデンウィークに思ったことを書き記してみたい。


●なぜ今さら?

 「なぜ今さら?」とは、この業界の御大Y氏の言葉。なぜか僕の周りでは、ピュアオーディオが大流行の兆しなのだ。AVではない。2チャンネルステレオの純然たるオーディオ機器である。きっかけはある知り合いが持ち込んだ真空管アンプのキットだった。

 僕がかつてオーディオに興味を持った時期は、真空管アンプが彼方へと消え去ろうとしている時だった。当時の知識しかない、しかもデジタルな世界で生活する僕にしてみれば、真空管アンプからまともな音が出てくるなんて想像もできない。

 そう思ってクールに構えていたつもりなのに、いつの間にか我が家のリビングには真空管アンプ、それもデールの金属皮膜抵抗にニチコンMUSE、オーディオファクトリのコンデンサを信号系に入れ、電源まわりをスプラグとエルナーのコンデンサと、高級素子(といっても、全部で4,000円程度)で固めた改造アンプがドンと置かれるようになってしまった。おかげでスピーカーまで買い換える始末。最初は簡単なキットなのに、そのうち部品を交換して別物になっていく様は、まるでPCのようだと思いながら、とりあえずの自己満足に浸っている。

 こうして思うのは、オーディオマニアが必ず口にする「周波数特性やS/N比で音質は語れない。そうした特性は音質の一部ではあるがすべてではない」という言葉だ。ただ周りにオーディオマニアでもいない限り、良い音に触れる機会というのはそうそうないのも事実。だからCDをはじめとする周波数特性やS/N比に優れるデジタルオーディオの音が良いと思い、そうでないものはすべてだめだと思いこんでしまう。本物がないから、本質も全く見えないわけだ。

 時を同じくして世間ではコピーコントロール機能付き音楽ディスクが話題に。実はこの連載でこの音楽ディスクを扱った時、もっとも多かった意見が「うちのMDラジカセでは音質なんか悪くならない」というものだった。正確に比較しようと思えば、通常のCDと聴き比べなければ差はわからないはずだが、ともかく音なんか違いはないという。

 多少、思い切って書けば、当初発売されていたエイベックスの音源では、音質の差なんてわからないと思う。ヴォーカルには電子的なエフェクトが強めにかけられ、打ち込みを多用したサウンド。録音状態も今1つ。ヘッドフォンステレオやラジカセ向きに意図的に作った音ではわからないものだ。

 しかし、たまたま友人が所有していたマイケルジャクソンの米国初回出荷盤(コピーコントロール機能付き)を聞いてみると、やっぱり音が悪いのだ。オーディオショップに協力してもらい、ハイエンドのアンプとスピーカーで再生させてもらうと、よりハッキリと違いがわかるようになった。さらに最大4倍までのアップサンプリング(サンプリングレートを高くコンバートし、間を補完する機能)に対応しているCDプレーヤーでは、途中から読み出すことができなくなり、シークを何度も繰り返してしまう。

 再生できる、できないはともかくとして、見事なまでに音が悪くなることに驚いた。J-POPはともかくとして、クラシックやジャズはもちろん、ポップスやロックでもアンプラグドで録音したアコースティックなソースを好む人ならば、悲しくなるような違いだ。

 もっとも、コピーコントロール機能の是非について、蒸し返すつもりはない。


●知らないだけでは済まないのでは?

 コピーコントロール機能付き音楽ディスクの音質が悪いといっても、現代的なJ-POPの多くはその違いを気にさせないし、再生装置もそこまで音質にこだわったものが少ない現状では、このことはあまりクローズアップされないだろう。以前問いあわせたとき、エイベックスの広報は「音質は全く変わらない」と話していたが、もしかすると本気でそう思っているのかもしれない。

 しかし、高音質に触れるチャンスが少ない現代の子供たちには、なんとか本物を知ることができる環境で育って欲しい、などと柄にもないことを考えてしまう。なぜなら、我が家では(ハイエンドとは言えないが)音質が改善されたことで、家族全員(といっても二人であるが)の生活が大きく変わったからだ。

 まずテレビをほとんど見なくなった。コンテンツがつまらないこともあるが、低音質で耳に付く音声が気になってしかたがない。またオーディオの音が、聞きやすく疲れにくくなったため、いつまでも音楽を聴いていたくなってしまう(おかげでamazon.comの優良顧客になってしまった)し、今までは聴いたこともなかったジャンルの音楽ソースを楽しむようになった。この年になって、というところが少し照れくさい気もするが、クラシック音楽が非常に心休まることに初めて気付いたのも、やはりオーディオの品質が向上したためだろう。

 デジタル世界で生きてきた僕は、CDが席巻し、ピュアオーディオをジェネラルオーディオが駆逐していく様を身をもって体験してきた。デジタルへの移行期には、フラットでワイドレンジな周波数特性を持ち、しかもS/N比が良いCDの音は絶対的に良いと思っていたし、同じ理由からトランジスタアンプの方が優秀だと思いこんできた。

 だから、デジタル技術が進み、小型・軽量化、あるいはローコスト化などで、あらゆる場所で誰もがローコストに音楽を楽しめるジェネラルオーディオになっていくとき、決して音が劇的に悪くなっていったとは思わなかったし、それによって得るもの(利便性や可搬性)はあっても、失うモノなど何もないと思ってきたのだ。

 ところが、実際に久々にピュアオーディオに触れてみると、その差の大きさに愕然としてしまったというわけである。

 ここでふと怖いと思ったのは、我々の子供の世代はジェネラルオーディオしか知らず、本来の良い音や良い音楽を知らずに育ってしまう可能性があるということだ。であるならば、オーディオを通して聴く音楽の文化性がどんどんなくなっていくだろう。良い音を知らなくてもいいじゃないか、では済まされない。


●オーディオとPCは異なるが……

 ネタに困ると自分の身近な話にPCを関連づけるのはいつものことなのだが、さすがにオーディオとPCを直接結びつけるのは強引過ぎる。オーディオ業界の盛衰とPC業界のそれを重ねて話す方もいるが、両方とも趣味性が高く技術中心という共通性があるものの、本質的には異なる性質の市場だと思うからだ。

 ただ連休中に時間があると、余分なことをたくさん考えてしまうものだ。

 サンスイのアンプ復活を願ったり、真空管アンプをみんなで使おうと声をかけたりするつもりは毛頭ない。ターンテーブルがほとんど使われなくなったのも、ナガオカのレコード針が買えなくなったのも、時代の流れ、すなわち市場環境の変化が起きたに過ぎない。しかし、音の悪さが文化を浸食しているのであれば、それは憂慮すべきことじゃないだろうか。

 僕が、固定機能の小型デバイスを使わず、わざわざ大きく電池持続時間も短いノートPCを持ち歩いているのは、ノートPCの自由度が高く、汎用性があり、多くの情報を保存、管理できるからだ。使いこなしで用途の幅が広がり、自分の知的生産活動の能力を増幅してくれる。だから、道具としてのノートPCを手放せない。

 しかし、今の世の中の流れは、ユーザー層の広がりと共に、用途や使いこなしの手法などを、あらかじめ機能として組み込む方向にある。身につけるように日常的に使うデジタルデバイスに、どんどんインテリジェントな機能が組み込まれたり、あるいは携帯電話の一機能として、さまざまな形でモバイルPCで行なっていたアプリケーションの一部がアプライアンスに流れている。

 言うまでもなく、ハッキリとした目的があり、その目的を達成するのにシンプルな専用機があるならば、その方が作業性などで勝るのは確かだが、一方でPCのような汎用性、多様性は持ち得ない。ベンダーが実装した機能、ベンダーが想定した運用形態で利用するのがアプライアンスであろう。

 もちろん、アプライアンスなりの使いこなしや運用はあるが、それはPCの使いこなしや運用、そしてアプリケーションの広がりとは本質的に異なる。クリエイティビティの差は明らかではないだろうか。

 もしそうなっていくならば、汎用性の高い道具を使いこなすという、PCならではの文化は徐々に失われていくのかもしれない。それは市場環境の変化なのかもしれないが、PCベンダーはPCの特色を失わないためにも、PCならではのクリエイティブな文化が失われないようにコントロールしていってほしいものだ。


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【3月19日】【本田】音楽の持ち歩き方を規制せよ!?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0319/mobile145.htm

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(2002年5月9日)

[Text by 本田雅一]


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