■ThinkPadの現在と未来(下)■ 来年のThinkPadはほとんどBaniasになる!?後編では、ロングインタビューの中から次世代のThinkPadに関する情報をピックアップし、将来のThinkPad像について探っていきたい。 ■独自のサーマルソリューションを持つIBM ThinkPad全体に関するお話は、ThinkPadの技術全般について指揮をとられているポータブル・システムズ ポータブル製品担当 技術理事の小林正樹氏と、ThinkPadの総合的なマーケティングを担当されているPC製品企画&マーケティング事業部 モービル製品企画の北原祐司氏に伺った。お二人のご回答は整理した形で掲載する都合上、筆者の[Q]、お二人の[A]という表記をとる。
[Q] CPUの冷却に関する御社の基本的なスタンスについて教えて下さい。 [A] CPUの冷却にまつわるサーマルソリューションは、大きく分けると2つあります。ひとつはIntelが提供しているソリューションで、モバイルPentium 4-Mでしたら「Remote Heat Exchanger」( http://www.intel.com/support/processors/mobile/pentiumiii/REMOTE1.jpg )と呼ばれるものがこれにあたります。もうひとつは自社開発のソリューションです。多くのメーカでは前者を採用しているようですが、IBMではIntelと密接に情報交換を行ないつつも、基本的には後者を選択しています。 Intelのサーマルソリューションは、CPUを冷やすという点では最もパフォーマンスが高いのですが、現在のノートはCPU以外にもDC-DCコンバータ、メモリ、ビデオチップなど、余分に発熱するコンポーネントが増えている関係で、ただCPUを冷やすだけでは不十分なのです。 弊社では、ノートを膝の上に置いて使用できなければならないとか、人間が触れるこの部分は何度以下でなければならないとか、かなり細かな内規があります。このため、ノートの冷却設計は自社で行なうのが最も確実だと考えています。現在では、日本IBM大和研究所も含む3拠点で開発を進めています。 [Q] 最も熱いCPUが入りそうなAシリーズとTシリーズについてお聞きしますが、これらは何WまでのTDP(熱設計電力)に対応しているのでしょうか? [A] 基本的には、Intelが要請しているTDPのプラス5Wまで対応できるように設計しています。 [Q] Intelのごく最近のデータによれば、A4フルサイズ、A4 Thin & Lightともに30Wで要請をかけていますよね。ということは、AもTも最低35WのTDPには対応できるということになるわけですか? [筆者注:IntelのサーマルソリューションについてはMobile Intel Pentium 4 Processors - M Thermal Management( http://www.intel.com/support/processors/mobile/pentium4/thermal.htm )を参考にしていただきたい] [A] Aシリーズに関してはそういうことになりますね。ただし、現在のAシリーズは30Wまでの設計となっていますが。 [Q] Tシリーズについてはどうでしょうか?Intelは、A4 Thin & Light にもモバイルPentium 4-Mを搭載したいと意気込んでいますから、こちらも30Wまで耐えうる設計になっているのですか? [A] 現行のTシリーズはTDPの比較的小さなモバイルPentium III-Mですし、次のモデルでモバイルPentium 4-Mを搭載するかどうかもまだ明言できない段階にあるのですが、とりあえずは30Wのラインで考えていることは確かです。 [Q] 30Wまでということは、最高でも1.8GHzのモバイルPentium 4-Mにしか対応できません。ということは、もし近い将来的に1.9GHz以上の製品が登場したら、ThinkPad側でも何らかの追加対応をするわけですよね?
[A] はい、対応する予定です。サーマルヒンジ(本体と液晶ディスプレイを結ぶ留め金)を加えることで5W程度を確保できますので、こちらで対応したいと思っています。 [Q] Tシリーズについてもう少しはっきりさせておきたいのですが、Tシリーズの熱設計はAシリーズと比べてどれくらい落ちるものなのでしょうか? [A] 実は、AシリーズとTシリーズはまったく一緒だったりします。Aシリーズは筐体が大きいので、一見するとかなり冷やせそうに思えるのですが、ウルトラベイが2基あって隙間が少ないので、冷却の難易度はTシリーズとまったく同じです。 [Q] ということは、裏を返せばTシリーズも最終的には35Wまで対応できると考えてよいわけでしょうか。そして、かなり高い動作周波数のモバイルPentium 4-Mも搭載されることになりますよね? [A] うーん、鋭いツッコミですねぇ(笑)。でも、将来の製品についてはコメントできません。「次期モデルに乞うご期待!」ということで今回は許して下さい。 [Q] さらに、冷却に関するご質問なのですが、水冷(液冷)に関してはどう思われますか? 最近開催されたIDF(Intel Developer Forum)では、日立が水冷を利用した面白いノートを公開しましたが……。 [A] 弊社も水冷については、あるメーカーとともに古くから研究を続けています。ただし、まだ通常の空冷で十分対応できると考えています。将来的には違うものが来る可能性はありますが、当面は現在の空冷を改良することで乗り切ることができます。たとえば、各部の熱抵抗をいかに下げるかといった部分でまだまだ改良の余地がありますので。 ■来年のThinkPadはほとんどBaniasになる!? [Q] 将来のThinkPadに搭載されるCPUについてお聞きします。2003年前半にはノート専用の次世代CPUであるBaniasがリリースされる予定ですが、ThinkPadへの搭載プランはどうなっていますか? [A] Baniasについては、かなり期待しています。現在テストをしている段階ですが、パフォーマンスはすごく高いですよ。Pentium 4が下位に来るように思えるほど、驚異的なパフォーマンスを誇っています。もちろんサンプル版での感想ですから、製品になったらまた変わってくるかもしれませんが……。 [Q] ということは、TシリーズあたりまではBaniasで攻められるということでしょうか? [A] Tシリーズは確実にBaniasが搭載されるでしょうね。Tシリーズに求められるモビリティや長時間動作には、まさに最適なCPUといえますので。 [Q] AシリーズにはどんなCPUが搭載されますか? Baniasですか? それとも次世代のモバイルPentium 4-MとされるMobile Prescottでしょうか? [A] 具体的にはまだ決まっていません。ひとつコメントするとすれば、最近ノートに高性能なデスクトップ向けのCPUを搭載すると表明しているメーカーがありますが、Aシリーズはこうした高性能CPUとBaniasの狭間にある製品といえることです。ただし、ThinkPadはあくまでもノートとしての仕様にこだわりますから、ノート向けのCPUが搭載されることに間違いはありません。 ■燃料電池もいいが、まずは省電力を徹底することが先決 [Q] 先ほど出てきた長時間動作に関連して、バッテリについてお聞きします。最近では、ノートに搭載できる燃料電池の話題が一部で上がっており、ノートの長時間動作に期待を与えるような雰囲気さえあります。ThinkPadに燃料電池を搭載する計画などはあったりするのでしょうか? [A] 常に新しいバッテリの可能性は調べていますが、燃料電池はかなり勇み足だと思っています。色々なメーカーと話していますが、あまりに課題が多すぎて、まだ搭載できる状況にはありません。 [Q] 具体的にはどのような課題でしょうか? [A] まずは発電効率がよくないこと。燃料にはメタノールを使っていますが、人体への影響などを考慮しなけれなならないため、メタノール溶液の濃度をあまり濃くできないのです。しかし、これでは発電効率が非常に低くなってしまいます。一般に燃料電池の発電効率は高いといわれていますが、それはかなり理想的な環境下においての話です。 次に、燃料の供給インフラの問題があげられます。燃料電池の燃料は、燃料がなくなるたびに交換カートリッジを購入する必要があります。しかし、こうした供給インフラを整備することは弊社だけではできません。これこそ、すべてのメーカが力を合わせなければ実現できないものです。しかし、ここに至るまでの道のりは想像するだけでも気が遠くなります(笑) [Q] ということは、当面は現行のリチウムイオン電池で何らかの改良をするということですね? [A] そうですね。限界が近いといわれつつも、リチウムイオン電池の容量は少しずつ伸びてきていますので、こちらにも期待したいと思います。しかし最も大事なのは、ノート側の消費電力をいかに減らすかということです。IBMはこの省電力化の面において他社を大きく引き離しているものと自負しています。 たとえば、TシリーズはThinkPad 600の時代から6セルのバッテリを使用しています。他社ではこのクラスだと8セルのバッテリを搭載していますが、それでも弊社の製品の方が動作時間が長かったりします。これは、弊社が省電力に向けて地道に取り組んできた結果といえるでしょう。最近のノートでは、モバイルPentium 4-Mや無線LANなど、かなり電力を消費するコンポーネントが増えて苦労していますが……。 ■ノートの液晶ディスプレイを大きく変えるFlexView Display [Q] A30シリーズでは、液晶ディスプレイとしてFlexView Displayが採用されましたが、Aシリーズ以外のモデルにも採用が広がる予定はありますか? [A] ゆくゆくは他のモデルでも採用したいと考えています。しかし、現時点では15インチのパネルしか発売されていません。14インチ以下のパネルは検討段階には入っているのですが、まだ具体的なプランが決まっていないのです。 [Q] どこが技術的に難しいのでしょうか? [A] FlexView Displayは、IDTech(日本IBMとChi Meiの合弁会社)が開発したIPS(In-Plane-Switching:横電界スイッチング)方式の液晶パネルなのですが、IPSはもともとデスクトップPC向けのモニタから来ている技術です。このため、TシリーズやXシリーズに登載できるほど薄く・軽くできないという問題があります。また、IPS方式は液晶層の透過率が低いため、ある程度の輝度を達成するにはバックライトを強くする必要があり、消費電力の増大につながります。デスクトップPCのモニタならばサイズも消費電力もまったく気になりませんが、ノートではそうはいきません。ここが実に悩ましいところなのです。 [Q] FlexView DisplayをThinkPadに搭載した意義とは何でしょうか? [A] FlexView Displayの売りは、実は広視野角ではなく色の再現性の高さにあります。IPS方式のモニタやCRTディスプレイと比較した場合、ノートの液晶ディスプレイは色の再現性という面において、どうしても見劣りしてしまいます。そこで、デスクトップPCと競合するA4フルサイズのノートから画質の差を埋めていこうというのがFlexView Displayの役割だと考えています。したがって、FlexView Displayの本当のバリューは15インチにあるといっていいでしょう。まずは15インチでの認知度を十分に高めたところで、小さなノートへの搭載を検討したいと思っています。 ■9.5mm厚の2.5インチHDDが主流になっていく [Q] 話は変わりますが、HDDの容量はどのように決めていますか? [A] 基本的には2.5インチHDDの業界動向を踏まえながら、価格面や供給面を考えつつ容量を決定しています。 [Q] HDDに関することで何か社内的に出ている話題はありますか? [A] そうですねぇ、1つあげるとすればHDDの厚みがあります。弊社のA4ノート(AシリーズとTシリーズ)では、これまで12.7mmの厚さをサポートし続けてきましたが、12.7mmをまじめにサポートしているメーカは、もはやIBMだけとなってしまいました。このため、そろそろ9.5mmに移行してもいいのではないかという意見が社内的にも出ています。ただし、9.5mmに移行した場合にはプラッタの枚数が1枚減りますので、一時的に容量の後退が見られるかもしれません。 [Q] 東芝では1.8インチHDDを搭載したノートが発売されましたが、御社でもこうしたより小さいHDDを搭載するアプローチは考えていますか? [A] 技術的には検討していますが、現時点で採用の予定はありません。我々技術者にとっては1.8インチのHDDを搭載するアドバンテージは何らかの形で説明がつくわけですが(笑)、製品を実際にお使いになるお客様にとって明らかにどこがよくなったのかを示せなければ採用することはできないのです。たとえば、1.8インチのコンパクトさを活かしたフォームファクタにするとか、2台のHDDを搭載してRAID 1構成でFault Tolerantにするとか、何らかの売りが必要になるでしょう。 さらに、HDDを供給するソースが最低でも2社以上は欲しいですね。HDDは、新たな世代に入るときにさまざまな問題が発生しますから、製品の安定供給を考えますとマルチベンダの体制は必須といえます。 ■無線LANは最終的にa/gコンボになる [Q] 次に、無線LANについてお聞きします。現在の主流はIEEE 802.11b(以下、IEEEを省略)ですが、今後は5GHz帯を使用した「802.11a」と、802.11bのエンハンス版にあたる「802.11g」という2種類の規格へと移行します。IBMではどちらを採用する予定ですか? [A] お客様のインフラによって左右されたくないという理由から、基本的にはすべてをサポートする方針で考えています。つまり、まずは802.11aと802.11bのコンボ、802.11gの規格が定まった時点で802.11aと802.11gのコンボという形になります。実は、ThinkPadに搭載されているアンテナは、すでに2.4GHzと5GHzの電波に両対応していますので(Dual Frequency Capable)、大きな変更を加えることなく5GHzにも対応できます。 [Q] ThinkPadのアンテナがすでに5GHzに対応しているのならば、なぜ802.11aに対応したThinkPadがすぐに登場しないのでしょうか? [A] 実は、アンテナだけでは規格をとれないのです。製品として発売するには、カードとアンテナの両方で規格を通す必要があるため、意外と時間がかかります。したがって、802.11aへの対応にはもう少し時間がかかるでしょう。同様に、802.11gへの対応にもそれなりの時間がかかるものと予想されます。 [Q] 無線LANのコンボに関連して、複数あるアクセスポイントの検出や接続設定などについてはどのように考えていますか。たとえば、先日のIDFでは複数のネットワークを自動的に切り替え、そして設定する「インテリジェントローミング」と呼ばれる技術がIntelから発表されましたが、こうした技術を応用したりするのでしょうか? [A] 無線LANのコンボにした場合、802.11aを拾うか、802.11gを拾うかという作業はお客様に意識させることなく自動化する必要があると思います。単にコンボであるだけでなく、いかに使いやすいかが重要なのです。弊社にはネットワーク設定を簡易化する「IBM Access Connections」というソフトウェアがありますので、これを拡張する形で対応するのがベストだと考えています。 [Q] 変な質問かもしれませんが、無線LANを搭載したことで何かマイナスになった点はありますか? [A] それはなんといっても電気を食うことですね。無線LANは、アイドル時でも消費電力が大きく、けっこう悩ましいものがあります。現在は、モバイル性を求めて無線LANを搭載すると、バッテリの動作時間が短縮するという非常に困ったスパイラルが発生しています。早く無線LANがバッテリも長持ちする真のモバイルソリューションになって欲しいと願っているのですが……。 ■今後はX、T、Aの3本柱で攻めていく [Q] 次に、ThinkPad全体に関するご質問をします。今後、ThinkPadはどのようなセグメント分けがなされるのでしょうか? [A] 現在の通り、1スピンドルのXシリーズ、2スピンドルのTシリーズ、3スピンドルのAシリーズという形で攻めていきたいと思っています。これらの中でも主力は、12.1インチの液晶ディスプレイを搭載したXシリーズとなるでしょう。生活環境の違いはありますが、アメリカではTとXが8:2の割合なのに対し、日本では逆に2:8でXの方が多くなっています。したがって、日本ではXをどれだけ魅力的なものにするかが今後の課題といえます。 [Q] さらに小さなs30なるモデルがありましたが、このクラスの小さなノートはもうやらないんですか? [A] s30について聞かれると心が痛いのですが(笑)、s30は日本では受け入れられましたが、全世界的に見るとXとの差別化がうまくいかなかったのです。IBMはグローバルな企業ですから、世界的にも見て対投資効果の高い路線を歩む必要があります。したがって、s30はXシリーズに吸収され、以後はXに注力するという決定が下されました。 しかし、s30で育んできた技術は将来のモデルに必ず受け継がれますから、s30の開発自体は決して無駄ではありませんでした。将来のThinkPadをさらに魅力的なものにするものとしてきっと活かされるでしょう。 [Q] 先ほどXシリーズを魅力的にとおっしゃっていましたが、個人的にはXシリーズを2スピンドルにすれば、さらに魅力的になると思うのですが……。 [A] 実は、社内的にもXシリーズで2スピンドルという形は検討したのですが、Tシリーズとの差別化が難しくなるので諦めたという背景があります。たとえば、Xシリーズにドライブを1台追加すると、重量がTシリーズにかなり近づきます。こうなると、お客様にとってどちらがよいのかが非常に曖昧になってしまうのです。 また、単にドライブを内蔵するだけならば簡単なのですが、たとえばウルトラベイのように他のThinkPadと互換性を持った形で内蔵するとなると、Xシリーズでは技術的に困難です。単に「はめ殺す」だけの内蔵は弊社のポリシーに大きく反しますので、これだけは絶対にやりたくないのです。 [Q] 最後の質問となりますが、10周年記念モデルなどを出す予定はありますか? [A] 10周年記念のために大々的なモデルを登場させるという予定はありませんが、既存のモデルの特別版を出すなど、何らかの形でお祝いはしたいと思っています。ぜひ楽しみにしていて下さい。 □製品情報(ThinkPad A31p) (2002年5月8日) [Reported by 伊勢雅英] |